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善き羊飼いの教会 #2-9 火曜日


〈方解町・路上〉


     * * *

「ひょっとして、黄山さんですか?」方解町に駐車している警察車両内で、スマホを耳にあて、安堵した様子で肩の力を抜いた金子警部補は、返事を待たずに言葉を継いだ。「番号を間違えたのかと思いましたよ。イチイさんのスマホに黄山さんがでたってことは、もしや、いま、イチイさんは関係者を一堂に会して推理披露の場面だったりしますか。ははは。いや、失礼。聞きましたよ、元網元の旧家で起こった殺人事件の調査をしているんですってね。瀬戸内海の島でしたっけ。邪魔をするつもりはありませんので、イチイさんへは都合の――」
『折角お電話いただいたのに、申しわけありませんが』
 言葉を遮り、特徴のあるややハスキーな声で黄山は状況の説明をはじめる。
 イチイとは別行動を取っており、イチイは島内に残って調査を続けていること。島内では基地局からの電波はおろか固定電話にも問題が生じているので、イチイ本人から折り返し連絡させるのは困難であること。イチイの番号と繋がったのは、メッセージ受信や不在着信の確認をするために、黄山がスマホをあずかって島外へもちだしていたからということ、など。三十秒にも満たぬ短時間で、黄山は充分すぎる情報を早口で語った。
「そちらの状況はわかりましたが……ははあ。なんとも、おかしな話ですねえ。島までケーブルで繋がっているのか、無線なのかわかりませんが、みなさんが島に到着した日に問題が生じて不通になったというのは、あまりにタイミングがよすぎませんか」
『イチイも同じことをいっていました。島民の多くが調査に非協力的なので、何者かが意図的に切断していることもあり得る、と』
「まさかとは思いますが、暴かれると困る秘密を島民全員で保有していて……なんて、スリラー小説のような展開は考え難いですが、ははは。気をつけてくださいと、イチイさんへお伝えください。もちろん、黄山さんも。注意を怠ら――」
『イチイへ電話されたのは、甥御さんが探している、行方不明になった大学生の件ですよね』
「え? ああぁ、黄山さんの耳にも入っていましたか」金子は顔を綻ばせて、警察車両の扉を開けた。アスファルトの上に降り立って、日当たりのいい交差点へ向けて歩を進める。「行方不明といっても、数日連絡が取れていないだけですし、全員二〇歳前後の男子学生ですからね。いまのところは、ま、なんとも」
『一刻も早く、身内に失踪届けをだすよう、勧めてください。うちの調査員から届いた調査報告書に目をとおしてみたところ、大学生三人は何者かに拉致された可能性が高いように思えましたので』
「拉致ですって? どうして拉致なんて……あぁあ……そういえば、三人の中には、周囲からひどく恨まれている問題児がいるようなことを甥がいってましたが……しかし拉致ですか。最近、未成年による監禁事件が明るみになったばかりですから、まあ、そういった可能性――」
『そのような知人のために、甥御さんが警察署まで足を運んだことについて、どのようにお考えですか』
「え。なんですって?」
『警察へ相談で赴くというのは、労力を要する行為です。恋人や親友が失踪したのならまだしも、問題児と呼ばれているような知人のために警察署へ足を運んだ甥御さんの行動動機を、金子さんはどのように解釈しているのかお聞かせください』
「あぁあ、それでしたら、亮平くんの様子からしてある程度の……失礼、亮平というのが甥の名前なんですが、亮平くんは誰かに懇願されて仕様がなく、わたしを訪ねてきた様子でしたよ。断れなかったんでしょうね。昔っから〝押しに弱い〟子でしたから。ははは。とくに年上の女性からの押しに――」
『では、甥御さんは、行方不明の友人を心配してではなく、〝行方不明の友人を心配している誰かにいいところをみせたくて〟筒鳥署を訪ねた、と。そうお考えなんですね』
「はあ。まあ。そうですねえ。十中八九、間違いないでしょう。というのも、亮平くんは小学生のころに何度か……あぁ、中学のときも一度あったかな。そういったことが何回かあったものですから。いや、それより黄山さん。拉致というのは、どういうことです。なにかつかんでいるんです? もしかして、幽霊屋敷と呼んでいたあの家の場所も、すでに探しあてているとか?」
『佐棟町の国道沿いだそうですよ』
「え? あ、あぁあ……驚いたな」少々大きめの声で反応したために、歩道を歩く買い物袋をさげた主婦から訝しげな目で見られたので、背を丸めて、駐車している車両へ向けて逃げるように足を動かす。「昨日の今日で、すでに家の場所を特定し終えたとは驚きですね。もしや彼女が見つけてくれたんですか。ほら、ストーカー事件を機に、そちらへ入所した彼女。柊アカリさん、でしたっけ、例の彼女の、アカリさんのお姉さんの――」
『調査を担当しているのは柊ではなく、スルガです』
「スルガくんでしたか。そういえばスルガくんが、柊さんの指導係でしたね。あぁ、そうだ、生活安全課の森村から少々気になる話を聞きましてね――黄山さんに訊きたかったことがあるんですよ。森村がいうには、スルガくんと柊さんは性格がよく似ていて、幹事をやるような性格とでもいいますか、どちらも仕切りたがりな――」
『もうよろしいでしょうか。出航の時間が迫っていますので失礼します。イチイには電話が使えるようになり次第、連絡するよう伝えておきます。調査内容が詳しく知りたいのであれば、スルガに訊いてください。スルガはまだ研究所にいると思います。もし電話するのであれば、先ほど甥御さんについて話された内容を、もらすことなくスルガにも話していただけると、調査は好ましい方向に転がると思いますよ。それでは。急ぎますので失礼します』
「ま、待ってください、黄山さん」
 慌てて呼びかけるも、電話は切れていた。
 金子は唇を歪め、上着のポケットの中へスマホをしまった。
「相変わらず、黄山さんとは、落ち着いて話ができないな……」愚痴りながら運転席に乗りこむ。
 ミラーを覗きこむと、さきほどすれ違った買い物帰りの主婦が興味深げにこちらを窺っていて、その人数は四人に増えていた。

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