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DRビッグバンド入門:introduction to Danish Radio Big Band (with playlist)

ジャズ作曲家の挾間美帆が2019年にDanish Radio Big Band(以下、DRBB)の首席指揮者に就任しました。

DRBBは名門ビッグバンドとしてその筋では知られていて、この件は快挙だと思います。

とはいえ、多くの人にとっては「デンマークのビッグバンド?」って思う人もいるだろうし、そもそも「ジャズでデンマーク?」って疑問が浮かぶ人も少なくないではないでしょうか。なので、ここではDRBBのことを紹介してみることにしました。

DRBBの音源を集めたプレイリストも作ったので併せてどうぞ。

■Danish Radio Big Bandについて

ヨーロッパでは多くの公共放送がオーケストラだけでなく、ビッグバンドを運営(もしくは援助)しています。

なかでも有名なのがドイツの4つのビッグバンド。ケルンのWDRビッグバンド、フランクフルトのHRビッグバンド、シュトゥットガルトのSWRビッグバンド、ハンブルグのNDRビッグバンド。他にはオランダのメトロポール・オーケストラも有名ですし、フィンランドのUMOジャズ・オーケストラも公共放送の援助を受けています。公共放送ではないけど、フランス国営のビッグバンドのOrchestre National de Jazzなんてのもあります。

 彼らはジャンルを問わず世界中のミュージシャンとコラボを重ね、傑作を生みだし、ジャズ・ビッグバンドのシーンにおいて絶大な貢献をしてきました。スナーキー・パピーやジェイコブ・コリアーがメトロポールと共演したり、ジョン・ホーレンベックによる歌ものプロジェクトにも貢献したHRが話題になりました。ここで紹介するDRBBもそんなビッグバンドのひとつ。

DRBBは1964年にデンマークの公共放送局のデンマーク放送公社(Danish Broadcasting Corporation)直属のジャズ・オーケストラとして設立されたバンドで、すでに50年を超える歴史を持っている名門ビッグバンドです。

ここからは簡単にその歴史を歴代の首席指揮者とともに解説します。

[Chief conductor] Ib Glindemann (1964–1968)

公共ラジオ局のビッグバンドとして設立されて、最初期の首席指揮者はデンマーク人の作編曲家のIb Glindemann (1964–1968)。彼はDRBBの創設時代にも関わっていた人のようです。

Ib Glindemannは音楽的にはスタン・ケントンからの影響が大きかったようで、彼がフィーチャーされた『Talk of The Town』は正にそんなサウンドです。彼が首席指揮者を務めていた1966年にはスタン・ケントンをDRBBに招いたこともあって、その録音は『Stan Kenton With The Danish Radio Big Band』としてリリースされています。ジャズ・クインテット’60のメンバーやパレ・ミッケルボルグが参加していて、DRBBがシーンに貢献していたこともよくわかります。DRBBはスタン・ケントンのビッグバンドを参照するところから始まった、ということになります。

その後もアメリカの巨匠を呼んでコンサートをしていたとのことですが、音源が残っていません。そのうちリリースされるといいのですが。

[Chief conductor] Ray Pitts (1971–1973 )

人種差別の激しいアメリカからアフリカン・アメリカンのミュージシャンがヨーロッパへと拠点を移すことが60年代以降、かなりたくさんありました。サックス奏者のレイ・ピッツもその一人。

DRBBの首席指揮者として、DRBBに作編曲を提供したりとバンドへの貢献も大きい。1970年の『Brownsville Trolley Line』(LPのみ・再発or配信希望)では5曲中4曲が彼のオリジナル曲。それ以外にもデンマークのジャズ史における名グループのジャズ・クインテット’60のミュージシャンたちが彼が書いた曲を取り上げたりもしているのでデンマークのシーンへの影響自体が大きいと思われます。

録音は少ないですが、Bjarne Rostvold『Switch』(1966)ではレイ・ピッツがデンマークの若手と共に演奏しているだけでなく、2曲のオリジナル「Folk Musik」「Venusian Blue」も提供しています。ちなみにピアノはケニー・ドリュー。

後年ですが、レイ・ピッツが全曲を作曲・編曲・指揮・キーボード演奏をしたDanish Radio Jazz Orchestraのアルバム『This Train: the Music of Ray Pitts』なんてのもあります。

あと、レイ・ピッツとデンマークのミュージシャンの共演音源はこのCDでも聴けます。Debut Recordから出ていた希少盤の再発CD化。

[Chief conductor] Palle Mikkelborg (1975–1977)

就任当時の音源は残っていないけど、首席指揮者やっていたとのこと。プロデューサーを務めていたマイルス・デイヴィス『Aura』にはデンマークのミュージシャンがずらと並んでて、DRBBのメンバー多数。後年の演奏ですがDanish Radio Jazz Orchestra名義のアルバム『Voice of Silence』や、DRBBの音源集『A Good Time Was Had By All』で共演音源を聴くことができます。

[Chief conductor] Thad Jones (1977–1978)

[ about サド・ジョーンズ ]
1923年生まれのトランペット奏者で作編曲家。ハンク・ジョーンズ、エルヴィン・ジョーンズとは兄弟。50年代にはブルーノートからの『The Magnificent Thad Jones』でも知られる名手で、カウント・ベイシー・アンド・ヒズ・オーケストラのメンバーとしても活躍。ドラマーのメル・ルイスと共に双頭ビッグバンドのサド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラを結成し、1966年には『Presenting Thad Jones • Mel Lewis & "The Jazz Orchestra』を発表それまでにはない斬新な作編曲でビッグバンドのシーンに新風を吹き込む。70年代からはヨーロッパに移住し、デンマークのDanish Radio Big Bandの首席指揮者になり、ヨーロッパのジャズの発展にも多大な貢献をした。現代にビッグバンド/ラージ・アンサンブルへの影響という意味では最上級のレジェンド。1986年にコペンハーゲンで亡くなっている。

現在のジャズ・ビッグバンド/ラージ・アンサンブルに多大な影響を残しているサド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラのサド・ジョーンズが首席指揮者を務めたことでDRBBの後の方向性が完全に決まったんだろうなということがわります。そして、この人選が2019年の挾間美帆の起用にも繋がっていきます。

『By Jones, I Think We've Got It』 (1978)
『A Good Time Was Had by All with Thad Jones』 (1979)

としっかり音源も残っています。

[Chief conductor] Ole Kock Hansen

デンマークのピアニストが就任していた時期もあるようです。SteeplechaseやStoryvilleでの録音でベン・ウェブスターとの共演がかなりある名ピアニストです。その後もDRBBの仕事を引き続きやっているので、デンマークのシーンでは特別な指揮者なのかなと思われます。

彼の仕事で面白いのが、DRBBがノルウェーの5人の作曲家とコラボした1991年の『Nordjazz Big 5』。明らかに北欧のフォークソングっぽい旋律があったり、ひんやりした感じがあったりと、DRBBのカタログの中でもかなり異質で良いです。

[Chief conductor] Bob Brookmeyer (1996 – 1998)

[ about ボブ・ブルックマイヤー ]
1929年生まれのトロンボーン奏者で作編曲家。
西海岸のジャズシーンで頭角を現しスタン・ゲッツ、ズート・シムズ、ジェリー・マリガンなどなどの数多くの録音に参加。ジミー・ジェフリージム・ホールとのトリオでの傑作『Trav'lin' Light』に参加し、同トリオで『真夏の夜のジャズ』で知られる1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルにも出演している。
60年代半ばからはサド・ジョーンズメル・ルイス・オーケストラに参加。サド・ジョーンズ脱退後のメル・ルイス・ジャズ・オーケストラとも引き続き活動を共にし、作編曲だけでなく、音楽監督も務めた。96年にはDanish Radio Big Bandの首席指揮者に就任。その後、自身のバンドNew Art Orchestraを結成し、自身のアンサンブルを追求した。教育者としても優れていてマリア・シュナイダーダーシー・ジェイムス・アーギューライアン・トゥルースデルといった21世紀のシーンを代表する作曲家にも影響を与えている。ギル・エヴァンスと並ぶ現代ラージアンサンブルの影響源でもある。

サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラやメル・ルイス・オーケストラの音楽監督を務めていたボブ・ブルックマイヤー音楽監督を務めたDRBBの首席指揮者になったことでこのビッグバンドの系譜ははっきりと示されたと言えるでしょう。

マリア・シュナイダーも影響を受けた一枚にあげている1980年のMel Lewis And The Jazz Orchestra『Bob Brookmeyer - Composer & Arranger』や、自らの名前を掲げてのBob Brookmeyer, New Art Orchestra名義での90年代末からの活動を聴けば、後の挾間美帆へと連なるものがよくわかるかと。

1997年のボブの首席指揮者時代にリリースされたEliane Elias, Bob Brookmeyer & The Danish Radio Jazz Orchestra『Play The Music Of Eliane Elias - Impulsive!』は全曲ボブ・ブルックマイヤーの編曲で、彼のアレンジにはそれ以前のDRBBとは異なる響きがあるのがよくわかります。

[Chief conductor] Jim McNeely (1998 – 2002)

[ about ジム・マクニーリー ]
1949年生まれ、ピアニスト、作編曲家。
サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラに参加。サド・ジョーンズ脱退後のメル・ルイス・ジャズ・オーケストラにも引き続き活動を共にし、作編曲も務めた。その後、ピアニストとしてスタン・ゲッツやフィル・ウッズと活動したのち、メル・ルイス亡き後メル・ルイス・ジャズ・オーケストラのメンバーが結成したヴァンガード・ジャズ・オーケストラに加入。ピアノだけでなく作編曲を務める。Danish Radio Big Bandの首席指揮者を経て、現在はドイツのHR Big Bandの首席指揮者。世界中のビッグバンドに引っ張りだこなシーンの最重要人物。 Manhattan School of Musicの教師時代に挾間美帆などを指導していたり、教育者としても有名。

挾間美帆の大学院時代の担当教官。サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラはメル・ルイス・オーケストラになり、その後、NYのヴィレッジ・ヴァンガードでライブを行うヴァンガード・ジャズ・オーケストラとして活動を続けていますが、ジム・マクニーリーはその歴代のバンドのメンバーを経て、その後はヴァンガード・ジャズ・オーケストラの作曲家も務めていてヴァンガード・ジャズ・オーケストラには『Up From The Skies (Music Of Jim McNeely)』なんてアルバムも。

というわけで、ジム・マクニーリーはゴリゴリのサド・ジョーンズ~ボブ・ブルックマイヤーの系譜の作編曲家。

ジム・マクニーリーが退団前にDRBBに捧げた『Dedication Suite with Jim McNeely』(2006)『Plays Bill Evans』(2006)を聴くと、21世紀のヴァンガード・ジャズ・オーケストラのテイストに近いフレッシュさがあるのがよくわかるかと。『Nice Work』(2010)もおススメです。

[Chief conductor] 首席指揮者不在(2002 - 2019)

首席指揮者不在の時期ですが、活動はかなり活発で録音は多い。というか、企画ものをひたすら録音して、リリースしていた時期、ともいえます。なので、玉石混交。その中からおすすめをいくつか。

・『The Music of Jacob Gade』(2009)

デンマークを代表する作曲家をビッグバンドでという趣旨。とにかく元の曲がいいのと、それを壊さない控えめなアレンジが素晴らしい。ジャズ度低め。

・Chris Potter『Transatlantic』(2011)

クリス・ポッターをゲストに迎えての録音。作曲と編曲は全曲クリス・ポッター本人。クリス・ポッターの人数多めの編成での録音ってどれもかなり面白いんですよね。そのビッグバンド編、と言った感じ。プログレッシブなアレンジでクリス・ポッターも吹きまくり。この時期のベストかと思います。

・『Spirituals』 (2014)

70年代からずっとDRBBにいるトロンボーン奏者のヴィンセント・ニルソンの在籍40周年を祝う企画で、ヴィンセントがずっとやりたかったことを叶えてあげる的な企画のようで、編曲と指揮がヴィンセントです。スピリチュアル・ソングやゴスペルをビッグバンドで演奏するって激渋コンセプトですが、これがすごくいいんですよ。いじり過ぎてない良さがあると言いますか。ちなみにヴィンセント・ニルソン自身のバンドでのリーダー作も『Jazz Trombone Spirituals』『More Spirituals !』でスピリチュアルソング集なので、これをビッグバンドでもやりたかったんだろうなと。

この同時期の2013年にボビー・マクファーリンも同じような選曲コンセプトの『Spirit You All』を出してました。そういった作品と比べてみてもいいかもしれません。

・Charlie Watts『Charlie Watts Meets The Danish Radio Big Band』 (2017)

チャーリー・ワッツが何度かやっていたジャズ企画の最後はDRBBとのコラボでした。DRBBのトランペット奏者Gerard Presencerがチャーリー・ワッツのバンドのメンバーだったことも関係あるのかもって気がするのは、ここでの指揮をGerard Presencerが担当しているから。ストーンズの名曲のジャズ・アレンジがいい感じです。

ちなみにGerard PresencerがDRBBと企画した『Groove Travels』もおすすめ。

・Peter Jensen & DR Big Band『Crystal Palace』(2018)
・Peter Jensen & DR Big Band『Light Through Leaves』(2021)

DRBBの元トロンボーン奏者で作曲家のピーター・イェンセンとのコラボはアンビエント&エレクトロニカ系ジャズ。ヤン・バングやアルヴェ・ヘンリクセンあたりのECMとも通じるし、ヤコブ・ブロのエレクトロニック系とも通じるし、パレ・ミッケルボルグが手掛けたマイルス『Aura』を継ぐもの、とも言えるかもしれません。DRBBもこういうのやるんだっていう驚きと、近年の変化を知ると納得もできる作品でもあります。

[Chief conductor] 挾間美帆(2019 - )

[ about 挾間美帆 ]
2012年、アルバム『Journey to Journey』でデビュー。2015年にアルバム『Time River』をリリース。2016年、アメリカの『ダウン・ビート』誌の「未来を担う25人のジャズアーティスト」に選出される。2019年、デンマークの名門ダニッシュ・レディオ・ビッグバンドの首席指揮者に就任。2020年から『The Monk : Live at The Bimhuis』でも共演したオランダの名門メトロポール・オーケストラの常任客演指揮者に就任。アルバム『Dancer in Nowehere』が2020年、グラミー賞のBest Large Jazz Ensemble Albumにノミネートされた。2021年、ダニッシュ・レディオ・ビッグバンドとのアルバム『Imaginary Visions』をリリース。
吹奏楽オーケストラのシエナ・ウインド・オーケストラのコンポーザー・イン・レジデンス務めたり、 東京芸術劇場との企画「ネオ・シンフォニック・ジャズ at 芸劇」を行ったり、ジャズだけに止まらない活動をしている。

17年間空席だった首席指揮者にジム・マクニーリーの教え子の挾間美帆が就任。挾間美帆はまさにサド・ジョーンズ、ボブ・ブルックマイヤー、ジム・マクニーリーの影響を受けてきていますし、更にその先のビッグバンド/ラージ・アンサンブルを志向しているという意味で、彼女の起用はこれまでの流れを見ていくと納得です。

DRBBとの出会いのきっかけが2017年の東京ジャズだったというのも面白い話。東京ジャズの「ジャズ100年プロジェクト」はジャズ史のトピックを1曲ずつ表現しながら100年を表現するって企画で、ニューオーリンズジャズから始まって、クールジャズでリー・コニッツが、フュージョンでリー・リトナーがと言った感じで、レジェンドが出てきたりして、最後はコリー・ヘンリーで終わるっていうなかなかチャレンジングな企画で、そういった幅の広いスタイルにも対応できることも挾間美帆が選ばれた理由なのかなというのは首席指揮者不在の17年間の作品群の雑多さを見るとわかるような。

・Marius Neset『Tributes』(2020)

挾間美帆も選ばれていた2016年のダウンビート誌「ジャズの未来を担う25人」に名を連ねていたノルウェーのサックス奏者。Ivo Neame、Anton Eger、Petter Eldhなどのヨーロッパのジャズ・シーンで最も尖った人脈ともコラボしているマリウス・ネセットが共演したのが挾間美帆が指揮をするDRBB。これまでのDRBBとは異なる新しさが確実に聴こえる。

・挾間美帆『Imaginary Visions』(2021)

挾間美帆の首席指揮者としての1作目。これまでのDRBBの歴史(=サド・ジョーンズ~ボブ・ブルックマイヤー~ジム・マクニーリー系譜)を踏襲しつつ、自分らしさも盛り込んでいる。ストリングスを入れた特異な編成のm_unit名義ではなく、オーソドックスなビッグバンドのフォーマットで録音された挾間美帆の作品、という部分も聴きどころ。挾間美帆自身も語るように挾間&DRBBの「名刺代わり」とも言えるし、2020年代のDRBBのステイトメントのような1枚でもあると思います。

挾間美帆のインタビューをRolling Stone Japanに掲載しました。
上記のDRBBの歴史を踏まえたうえで音源を聴きつつ、記事を読むと納得できるところがあるかと思います。

以下、Rolling Stone Japan未掲載部分のインタビューをここに掲載します。

DRBBを”ビッグバンド”ではなく、”ジャズ・ミュージシャンの集積”として聴いてもらうために聞いた質問とその回答になります。

『Imaginary Visions』になぜあんなギターが入っているのか、なぜこんなドラムなのか、なぜあんなホーン・アンサンブルなのか、のヒントになっていると思います。

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――今のDRBBのビッグバンドとしてのキャラクターを言葉にするとどういう感じですか?

WDRビッグバンドがヨーロッパで聴けるアメリカ西海岸っぽいビッグバンドだとしたら、東海岸のヴィレッジ・ヴァンガードでやっていることに匹敵するものをヨーロッパで聴けるとしたらダントツでDRBBだと言いたいですね。

もちろんライバルとして、私の学生時代の教授だったジム・マクニーリーが率いるHRビッグバンド(ドイツのフランクフルトのラジオ局のビッグバンド。近年はジョン・ホーレンベックとの歌ものシリーズが高い評価を得ている)が出てくるわけですが、私はダントツでDRBBだと言いたいです。

――メンバー的には例えばトランペットのジェラルドはイギリス人でアシッドジャズからポップスからかなり幅広い仕事をしてきた人だったりして、実は色んな人が在籍していると思うんです。そういった個々のメンバーを何人か紹介してもらえますか?

故人なんですけどデンマークで尊敬されているレイ・ピッツ(Ray Pitts ※アメリカ出身でデンマークに移住。DRBBの首席指揮者も務めていた。ジョージ・ラッセルがドン・チェリーとコラボしたドイツ録音『At Beethoven Hall』や、クラブジャズの人気盤ビアギッテ・ルストゥエア『Birgit Lystager』で演奏している)っていうサックス奏者がいて、彼はDRBBでも演奏していました。

ファースト・テナーのHans Ulrik(アイヴィン・オールセットやセシリア・ノービーなどの起用されるデンマーク屈指のサックス奏者)はそのレイ・ピッツのサックスを受け継いで演奏している人です。彼はマルチでなんでも吹ける人で、ソプラノサックスもレイの楽器を受け継いでいます。
デンマークには人種差別がひどかった時代に、差別なくアメリカのジャズ・ミュージシャンを受け入れた背景があります。サド・ジョーンズはそこを気に入って住み着いていた。だから、サドはDRBBの指揮をすることでデンマークに還元しようとしたんです。サドだけじゃなくて、ベン・ウェブスターデクスター・ゴードンケニー・ドリューオスカー・ペティフォードが住み着いていたんです。今やその人たちの名前がついた通りの名前があって、コペンハーゲンにはサド・ジョーンズ通りがあるんですよ。私はそこに住みたいんですよね、小さな川沿いで、新しい住宅街にあるし。一番環境がいいのはベン・ウェブスター通りなんだけど、サド・ジョーンズ通りに住んでいるって言いたいから(笑) という歴史があるので、その人たちが残してくれたものが楽器も含めてデンマークにたくさんあるんですよ。Hans Ulrikが持っているレイの楽器もそのひとつ。

話は逸れましたけど、Hans Ulrikはそのレイ・ピッツから受け継いだテナーとソプラノだけじゃなくて、リコーダーやパンフルートまで操ることができて、自分ではそういう楽器を使った活動をしているし、マリリン・マズール(デンマークを代表するパーカッション奏者。ヤン・ガルバレクとのコラボやマイルス・デイヴィス『Aura』などで知られる。ECMに録音多数。)とユニット(ECMからリリースされたMarilyn Mazur's Future Song 『Small Labyrinths』など)を組んだりするほどの名手なんです。

――デンマークのジャズ史を受け継ぎつつ、独自の活動をしている人が在籍していると。

あと、ファースト・トロンボーンのPeter Dahlgrenはジョン・エリスに呼ばれてスモールズでライブやるためにNYに行ったりとか、こまめにNYに行って活動している人でもあります。引く手あまただったんですけど、DRBBにきてくれました。
サード・トロンボーンのVincent Nilsson(デクスター・ゴードンのデンマーク録音やマイルス・デイヴィス『Aura』へも参加していたベテラン。ドイツの名グループのペーター・ハーボオルツハイマー・リズム・コンビネーション&ブラスにも在籍)は、先日70歳の誕生日を皆で祝いました。サド・ジョーンズが音楽監督のころからのメンバーです。23歳で入団してずっとDRBBで演奏しています。昔のサド・ジョーンズの映像とかを見るとヴィンセントがいるんです。看板奏者でずっとファースト・トロンボーンだったんですけど、世代交代ってことでPeter Dahlgrenに変わったって感じですね。

――それはバンドの歴史を感じさせるエピソードですね。

トランペットの名物ソリストはイギリス人のGerard Presencerか、Mads La Cour。Gerard Presencer(イギリス出身。ジョニ・ミッチェルからチャーリー・ワッツ・ビッグバンド、ブランニュー・ヘヴィーズなどのアシッドジャズまでに起用される名手) は残念ながら今回はコロナのこともあって参加できなかったんです。
Mads La Courはデンマークを代表する空間系のユニットをやっていて、エフェクトをバンバン使ったり、それこそパレ・ミッケルボルグを継ぐようなトランぺッターですね。

――リズムセクションはどうですか?

リズムセクションも長くずっと一緒にやっているメンバーで、かなりマルチになんでもできるんですけど、Søren FrostのドラムセットがYAMAHAなのが特殊ですね。スティーブ・ガッドが好きで、ガッドを追いかけているような人なので、演奏もそういう叩き方です。だから、彼の演奏が活きる音楽をやる必要があるので、DRBBはそれにきちんと順応してやってきているし、他のメンバーもその音楽性に対応できる間口の広さを持っているとも言えますね。
ピアノのHenrik Gundeは譜面が強いというよりは、独特の音色とタッチを持っているので、そこに当て書きするのが楽しい人ですね。

――例えば、ギターに関して言えば、今までの挾間美帆だったら入れないようなロックっぽい演奏とフレーズを書いているわけですから、Per Gadeのキャラクターがあってこその音楽なのかなと思います。

そうですね。今まではm_unitにはギターは入ってなかったし。

――『Dancer in Nowhere』にはリオネル・ルエケがいましたけど、あれはギターっぽいギターではなく、“リオネル・ルエケが入ってる”って感じでした。ここまでギターらしいギターを入れたのは珍しい。冒頭の「I Said Cool, You Said…What?」の印象的なギターソロはPer Gadeに当て書きしたってことですね。

以前はもっとスウィンギーな曲のソロをお願いしていたんですけど、それじゃない方が彼の良さが出る気がしてきて、彼のギターがハマる曲を彼のために作ってあげなきゃってことであのコーラスを選びました。

――最初に聴いて思ったのはNYのミュージシャンとやっていたらギタリストが入ったバンドだったとしててもああいうソロを書こうとは思わなかったんじゃないかってことで。

マリア・シュナイダー(現代ラージアンサンブルの最重要人物。デヴィッド・ボウイの最晩年のコラボレーターでもある)に例えると、ギタリストがベン・モンダーだったらああいうのを入れるかもしれないけど、ラーゲ・ルンドだったら絶対に入れないと思う。ギターってそのくらい要になるんですよ。マリア・シュナイダーだって、ベン・モンダーが戻ってきて、デヴィッド・ボウイと出会ったから『Data Lords』みたいなアルバムが出来たと思うんだけど、あれがラーゲ・ルンドのままだったらああいうソロは取らせないと思う。だから、ベン・モンダーが帰ってきたのがマリア・シュナイダー・オーケストラにとって大きかったみたいなイメージですよね。そういう意味でPer Gadeの存在は大きいです。逆にヴァンガード・オーケストラみたいな(スウィンギーな)ソロをとれる人はDRBBには他にいっぱいいるから。そうじゃない演奏ができる人は貴重なんですよ。

――「I Said Cool, You Said…What?」を聴いて、NYのジャズとは違うことをやってるなって感じましたし、過去のDRBBのアルバムと繋がる部分も感じました。ピアノだって、これまでのm_unitの作品だったら出てこないようなソロが入っていますしね。近年DRBBがやってるピーター・イェンセン(Peter Jensen)とのコラボがエレクトロニカ寄りなサウンドでかなり北欧っぽさがあって面白いんですよね。そういう部分でも面白いビッグバンドですよね。

デンマークの音楽シーンを見るとかなり開放的なんです。NY独特の暗さと通じるものもありますし、北欧独特の空間的なサウンドもあります。空間的なサウンドはパレ・ミッケルボルグに通じる部分だと思いますね。パレはDRBBとも関係が深くて、音楽監督だった時期もあるので、彼らにとってはパレは神様みたいな存在なんです。パレが持っているアイスランドっぽい空間的でアンビエント的なデンマークのお国柄的な音楽とNYの暗い感じのジャズが合致はしやすいからDRBBとも合う気はしますね。

――ところで、これまでの挾間さんの作品では作品ごとにメンバーが変わっています。でも、DRBBはパーマネントなメンバーでずっと一緒にやってる人たちです。だから個人の集積っていうよりはバンドと言う形のひとつの集合体ですよね。その強みってどんなところにありますか?

サックスの5人に関してはそれぞれに非常に強いダブリング(複数楽器の持ち替え)の楽器があって、ファーストのPeter Fuglsangはクラリネットの名手だし、セカンドのNicolai Schultzはフルートがフルート奏者より上手くて、このままクラシックのオケで吹けるみたいな人。この5人に対してはそのダブリングの特性が活きるように重点的に曲を書いています。そうやって書くとこの5人はセクションで練習してくれるんですよ。ファーストのPeter Fuglsangがみんなを率いてくれるからだと思うんですけど、この5人はそれぞれのソリストとしての個性もあり、情熱もあり賢いので、アンサンブルする意義をしっかり理解したうえで演奏してくれるんです。

――なるほど。このバンドに合わせて書くわけですもんね。今までみたいに自分がやりたいことをそのままメンバーにやってもらうのとは違うわけですね。

DRBBの場合はヘリテイジ(過去の遺産)が大前提にあります。私はその延長線上で雇われたのはわかっているので、それを壊すつもりは全くないんです。だから、DRBBで作るものはm_unitで作るものとは一線を画していて、DRBBではサド・ジョーンズボブ・ブルックマイヤージム・マクニーリーの3人をしっかり勉強したうえで制作をするのが第一です。

その上で、DRBBの奏者たちのコンフォータブル・ゾーンで楽しく演奏してもらえるようにしています。もちろんそこから離れてチャレンジすることもあるんですけど、それだけだとみんな疲れちゃうので、きちんとバランスをとることは常に考えていますね。自分で選んでいるわけではないメンバーの1人1人の特徴をきちんと把握して、その人たちに当て書きしていくってのは私としてはすごく新しい書き方なんですよ。私だったら正直YAMAHAのドラムセットは選ばないです。でも、それが彼のチョイスなので尊重して、そこにどういう風に何をやれば彼の演奏が適応できるのか、そのバランスがとれるのか、そういうことを考えてやってましたね。

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