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interview Nate Mercereau - Joy Techniques - ネイト・マーセロー:ギター・シンセサイザー GR-300を使って突き進もうと思った

Shawn MendesLizzoの楽曲を手がけるプロデューサーであり、シーラEのバンドに長い間在籍していたギタリストでもあるネイト・マーセローという人を僕はこのアルバムで初めて知った。LAを拠点にしている彼はジェネイ・アイコライレオン・ブリッジズなどとも仕事をしていて、ジャズのシーンというよりは、ポップ・ミュージックの世界の売れっ子と言った感じだが、彼のデビューアルバム『Joy Techniques』はそのイメージを全く感じさせないエクスペリメンタルなサウンドだ。

彼の饒舌なギターとともに、全編でコズミックなシンセサイザーのような音色が聴こえるが、これはシンセサイザーではなく、ギター・シンセサイザー。敢えてシンセを使わずに、ローランドギターシンセの名機GR-300,500,700を駆使して作り上げた本作は、80年代の(今や忘れられた、過去の)テクノロジーをつかい、その不自由さや不規則さやコントロールの利かなさを敢えて、楽しみ、その楽器と戯れ、翻弄され、試行錯誤する喜びを形にしたのがこのアルバムだ。即興演奏が軸になっているが、不自由さを全く感じさせない、それでいて、どこか違和感のある不思議なサウンドが聴こえてくる。

このアルバムのことをより深く知るために、そして、このアルバムの不思議の秘密に近づくために、ネイト・マーセロー自身に話を聞いた。

それにしても、ドメジャーの超ヒット作品にがっつり関わるポップ・ミュージック職人が、自分の作品になると普段の仕事とは全く異なるここまで実験的な作業をしていることに驚く。アメリカの音楽シーンの底知れぬ深さと懐の広さが伝わってくる作品だなとも思った。

質問作成・編集・構成:柳樂光隆 通訳・取材:中村明子 取材協力:BEATINK

――あなたがギターを始めたきっかけを教えてください。

「始めたのはかなり小さい頃だった。僕の祖父がアコースティック・ギターを持ってたんだ。まだ本当に小さかったから弾いてたわけじゃなくて触って遊んでただけなんだけどね。そのあと父が自分で弾くつもりでギターを買ったんだけど、結局そのギターは僕が弾くことの方が多かったという、それがきっかけかな。」

――10代のころのあなたのギター・ヒーローは誰ですか?

「最初にハマったのはフランク・ザッパ。あとはイエススティーヴ・ハウ。それからスティーヴ・ヴァイジョー・パス。高校の頃にハマってたのはその辺だよ。」

――音大などで音楽を学んだことはありますか?

「ああ、サンフランシスコ州立大学でね。音楽専門の大学ではないけど、そこで音楽を専攻したんだ。強く印象に残ってるのは、その大学には素晴らしいゴスペルの聖歌隊があって、そこの楽団に入ったこと。それは僕にとってすごく大きな経験だった。そこで演奏する音楽がものすごく難易度が高くて、それまで自分が聴いて育った音楽と全然違ってたから学ぶことが本当に多かったんだよ。

そこの音楽ディレクターがマイク・ブランケンシップ(※Mike Blankenship:ローリン・ヒル、レディシ、トニ!トニ!トニ!、カーク・ウェイラム、オマー、ハワード・ヒューイット等との共演経験もあるR&B、ソウル、ゴスペル、スムースジャズ系シーンで活動している西海岸屈指の鍵盤奏者。サンフランシスコ州立大学ゴスペル合唱団の仕事も評価が高い。)という人なんだけど、彼は僕にとって長年、良き師なんだ。特に学んだのは“自信を持って演奏すること”だったね。

――特に研究したギタリストは誰ですか?

「好きな音楽があるとしょっちゅうやってるかもしれない。音楽でもギタリストでも、聴いていいなと思うと、そこで何が行われているのか解明したくなるんだ。特定の誰かを集中的にということではないけど採譜もよくしてるよ。シュギー・オーティスとか、あとフランク・ザッパジョー・パスをはじめとするさっき名前を挙げたギタリストたちもね。
それからあまり知られていないけど、僕にとっては重要ですごく勉強になった人もいて、たとえばJohn "Jubu" Smith(※トニ!トニ!トニ!、アリシア・キーズ、ラサーン・パターソンから、ジョージ・デューク、ジョージ・ベンソンなどに起用されるギタリスト)やSteve Wyreman(※コモン、Jコール、リアーナ、ジェネイ・アイコなどに起用されるギタリスト)。どちらも素晴らしいギタリストで多数のレコードに参加してるけど、自分のレコードは出してないんだよ。ちなみに2人ともいろんなスタイルの音楽をやるんだけど、僕が聴いてた頃の彼らはR&B系の、スパンキー・アルフォードディアンジェロの流派みたいなギター演奏だった。影響について言うと、ギターを弾き始めた頃は、確かに他の人の演奏からできるだけ多くのことを学ぼうとしていたし影響を受けてたよ。
でも今はもっとメロディだったり、自分の感情が動かされるものに興味がある。逆に他のギタリストをコピーしないようにしてるね。人の真似をするというのは、最初はすごく役立つけど、今は自分がギターを弾いていて「これはあの人みたいだな」と思うと、それは二度と弾かないようにしているよ。」

――あなたの演奏はギター以外の楽器からの影響も感じますが、どうですか?

「実は僕はギター歴よりもフレンチホルン歴の方が長いから、ホルン奏者から学んだことはたくさんあったね。特にホルン奏者の空気の使い方というか、それはある意味自分がギターを演奏する時に意識していると思うし、だからこそGR-300ギター・シンセに惹かれたんだと思う。ホルンみたいなサウンドだなって思ったんだよね。ええと、ギター以外の演奏家だと、ファラオ・サンダースマイルス・デイヴィスアリス・コルトレーン、作曲ではストラヴィンスキーと……というかこれ、永遠と続いてしまうよ。僕は本当にあらゆる種類の音楽を聴くし、これは音楽を聴き始めた頃から変わってなくて、特に今はすべてがオンライン上にあるから常に学んでいるし常に新しい何かを吸収していて、毎回もっと深いところに何かが見つかるんだ。」

――あなたのアルバム『Joy Techniques』のタイトルが示す意味とコンセプトを教えてください。

「まずタイトルはほとんど文字通りで、それぞれの曲において、その曲特有のテクニックを駆使して喜びを発見するための空間を生み出そうとしていたという感じ。それぞれの曲から喜びへと至る道が続いているんだよ。その道中では様々な感情が湧き起こる。僕にとっては、このアルバムは喜びを経験するための空間を意識的に作るっていうことだったんだ。どの曲も、誰かに聴かせる前にまずは自分一人で何度も何度も繰り返し弾いてたから、作っててすごく満たされたし、他の誰かとシェアする時も、一緒に演奏する時も充実してたね。」

――『Joy Techniques』では、あなたはローランドのギター・シンセサイザーをかなり使っています。ギター・シンセサイザーのどんなところに惹かれたんですか?

「僕が今回ほとんどの部分で使っているのはローランド GR-300。これはギターとシンセサイザーの真ん中くらいで、どっちかが強いということもなくちょうど中間にあるもの。いろんな意味で独自の楽器だよ。とてもシンプルで、あまり調節が効かない。特徴は……すごく反応が良いと言えばいいかな。絵具の数は少ないけど、弾き方次第でいろんな音が出せるんだよ。すごくホルンに似てると思う。だから見つけた時にピンときたんだ。管楽器奏者としての経歴とギター演奏がそこで繋がったんだよね。」

――『Joy Techniques』ではオルガンやシンセサイザーは使っていませんよね。“ギター・シンセサイザーを使った意図”と逆に“シンセサイザーを使わなかった意図”を教えてください。

「このギター(・シンセ)で予想外にすごく豊かなサウンドを出せることが分かって、それで「もしこのギター・シンセサイザーに全力を傾けて、キーボードは使わないことに決めて、この楽器だけでどこまで行けるかやってみたら面白いんじゃないか」と思った。キーボードやシンセサイザーが嫌なわけでは全然なくて、実際しょっちゅう使ってる。でもこのアルバムに関してはこのギター・シンセサイザー GR-300を使って突き進もうと思ったわけなんだ。」

――ローランドのGRシリーズは300,500,700といくつかの種類があります。パット・メセニーもローランドのGRシリーズを使っていることで知られています。あなたは『Joy Techniques』では3種類を使い分けています。それらのギターシンセとはどうやって出会って、どういうきっかけで使うようになったのでしょうか?

「ちなみにパット・メセニーが使ってるのはGR-300だね。GR-700も確かに今作で使ってるけど、ほんの数カ所で使ってるだけなんだ。だからまずGR-300と出会ったきっかけを話すと、僕が中学生くらいの頃、父がパット・メセニーのコンサートに連れて行ってくれて、まだ子供だったからコンサートの内容はあまり覚えてないんだけど、印象には残っていた。それであとになってパットを聴いた時に、あの一番目立つサウンドは何だろうと思って調べたらGR-300だと分かったんだ。でも、その頃は、ある意味忘れ去られた楽器だったし、あまり多くの人が使っているものではなかった。でも、そのあまり使われていないという事実が僕を焚きつけた。そしてインターネットで売り出してる人がいるのを見つけて、その人の家のガレージまで取りに行ったんだ。弾き始めてすぐに、自分にとってすごく特別な楽器だということが分かったよ。」

――ローランドのGRシリーズで言うと、GR-500はモノフォニック(※Monophonic=同時に複数の音が出せない。)でヴェロシティ(※Verocity=弦に触れた時の速度や強弱が出せる機能)はありません。GR-300はポリフォニック(※Polyphonic=同時に複数の音は出せるが)ですが、こちらもヴェロシティはありません。GR-700であればポリフォニックでヴェロシティもあります。先ほどの話ではGR-300はシンプルであまり調節が効かないということでしたが、GR-300はPolyphonicで、Verocityがないですよね?

「GR-300はVelocityはあるにはあって、でもキーボードのように調節が効くわけじゃないっていう感じだね。使い方としては、Voltage Controlled Frequencyに繋げたペダルとFilter Sweepでヴェロシティが変化してる感じが出せるんだよ。」

――では、GR-500を使った箇所と魅力を教えてください。GR-500はモノフォニックでヴェロシティもないのでかなり不自由です。

GR-500は2曲で使ってて、「Zalatwic」が全部GR-500で「There You Are」ではリード・サウンドとして使ってる。これも非常に興味深い楽器だよ。まだそれほど時間を費やしてないけど、とてつもない世界が待ち構えているような気がしてるんだ。おそらく次回作ではもっと存在感が出てくると思う。すごくエキサイティングな楽器だよ。」

――あなたが刺激を受けたローランドのギター・シンセサイザーGRシリーズを使ったアルバムがあったら教えてください?

パット・メセニー『Offramp』の「Are You Going With Me?」で使ってて、それはすごく刺激を受けた。でもどちらかと言うと、GRシリーズが使われてるアルバムがあまりないからこそ、自分がこれで何かやってみようと思ったというほうがふさわしいかもね。」

――「There You Are」でクレジットにResynatorと書いてあったのですが、これはDon Tavelが開発した幻のシンセサイザーのことでしょうか?この特殊なシンセサイザーについてあなたの言葉で簡単に説明してもらえますか?

「その前に使った背景を説明すると、まず今作のドラマーの1人であるAaron SteeleがDon Tavelの娘さんに僕を紹介してくれたんだ。彼女は今そのシンセサイザーを復活させようとしていて、それを作るための資金を集めていた。それで彼女が試しに使ってみてと僕にResynatorを1週間貸してくれたんだ。そして「There You Are」の中盤で使ったんだよ。本当に独特なシンセサイザーでかなり予測不可能なんだけど、そこから素晴らしいものが生まれる可能性を感じた。僕はそういう予想外のことが起こるような楽器が好きだから。あの楽器には間違いなくマジックが宿ってるし、1週間使わせてもらって録音もできてかなりラッキーだったと思うよ。」

――Resynatorを使ったアルバムってあるんですか?

録音されたものが残ってるかどうか知らないんだ。もしあるとしても僕は聴いたことがないな。

――ということは『Joy Techniques』が最初のアルバムかもしれないと。次は作曲家としての話も聞かせてください。即興の要素も多いですが、一方でそれぞれの曲に展開もストーリーが確実にあり、メロディやフレーズも耳に残ります。作曲や録音のプロセスを教えてください。

「僕の場合、すべては即興から始まるんだ。すべては最初のインスピレーションの火花から始まる。そして即興のなかに何か見つけたら、自分1人の時でも他の誰かと一緒でも、僕の脳の別の部分が動き出す。そこはポップ・アーティストたちと仕事をしたりする時に働く部分と似ていて、いいなと思った部分を拡大して肉付けしていくという働きをする。でも何はともあれまずは即興ありきだ。どう説明したらいいんだろう……自分が演奏しているものを全部歌おうとしているような感じというか、心身ともに豊かでなければならないというか。即興中にそういう瞬間が起きたら、そこを元に曲として仕上げていく。曲は、そういう瞬間の連続で出来上がったものだと言えるね。それ以外にもクラシックの作曲家たちによる主題の使い方だったり、いろんなところから着想を得ているけどね。」

――『Joy Techniques』にはテラス・マーティンがゲストとして参加してます。彼はプロデューサーであるだけでなく、エフェクターの使い方が上手いジャズ・サックス奏者なので、ギターシンセ主体のサウンドにはピッタリだと思います。彼を起用した理由を教えてもらえますか。

「彼とはリオン・ブリッジズの曲(※Leon Bridges「Sweeter ft. Terrace Martin」)をやった時にリッキー・リードとも一緒に会ったんだ。会って1時間経たないうちに楽器にプラグを差し込んで一緒に演奏してたね。実はその時に生まれたコード進行が「Joy Techniques」になったんだよ。そのコード進行を元に僕は1人で曲を書き上げた。だから彼をフィーチャーするのは当然で、この曲にとって彼は欠くことのできない存在だったからなんだ。」

――『Joy Techniques』でのビートはMitchell WilcoxAaron SteeleDerek Taylorの3人のドラマーと、あなたのドラムやビーツが使われています。1枚のアルバムで4人のビートを使った理由を教えてください。

「曲はそれぞれ異なるアプローチを必要としていると僕は思っているんだ。つまりそれぞれの曲が必要としていることが起こるためには、その曲にふさわしい人が必要で。それが僕である場合もあるし、僕と他の誰かのコンビネーションという場合も、他の誰かだけが必要な場合もある。
Mitchell Wilcox「The Trees Are Starting To Have Personality」の冒頭でドラムを叩いていて、彼はサンフランシスコ出身でジャズ、ゴスペル、R&Bの一流ドラマーだよ。テクニックもあるけど、感情の動きにも波長を合わせられて、そういう人と一緒にやるのは僕にとってエキサイティングなことだし、あの曲で彼と演奏できたことに感謝してる。
Aaron Steeleも素晴らしいドラマーで、彼のアプローチというのは感覚に根ざしていて、これは本人も言ってるけど、彼のプレイはとっ散らかっていながら核心をついているんだ。まさにそれ!という感じで伝わるんだよ。即興が途中でどんなに遥か彼方まで行っちゃっても彼はどこまでも来てくれる。そうやって一緒にどこまでも行けるのがすごい楽しいんだよね。
そしてDerek Taylor、これも古くからの友達で、彼とはこれまで多くのグループで一緒に演奏してきた。彼の素晴らしいところは、その曲が必要としているものは何かということを見事に理解して、しかも余計なことはしないということ。そのアプローチはミニマルで、相手を尊重していて、求められていることに対する理解度が深い。彼は「This Simulation Is A Good One」他に参加してるよ。パーカッショニストとしても同じアプローチで、ある意味彼はプロデューサーのように考える人なんだ。

どの人も、曲を作ってる時に頭に浮かんできたし、僕は、誰かが浮かんだらそれはその人に打診してみるべき合図だと思ってるんだよ。」

――最後に、あなたはShila EShawn MendesJhené AikoRhyeLeon Bridgesなど、様々なジャンルのアーティストの様々なスタイルの楽曲において、様々な技術や手法を駆使してサポートをしてきました。今、改めて振り返ってみて、『Joy Techniques』での演奏や作曲にインスパイアを与えた仕事があれば教えてください。

「ひとつ選ぶのは難しいな。どの経験も示唆を与えてくれたし、それによって自分が何をやりたいのか、何をやりたくないのかが明確になってきたところがあるからね。どの仕事も非常にためになったし、常にいろんな人から学んでいるんだ。例えばShila Eとは長い時間を共に過ごしたし、彼女自身がこれまでの経験から学んだことを教えてもらうことも多かった。彼女が学んだことっていうのはつまりプリンスから来ていたり、ジョージ・デュークとの演奏から来ていたりする。だからそういう繋がりに触れることができて感謝してるし、パフォーマンスのなんたるかや、自信を持って演奏すること、誇りと自信を持ちながら謙虚でいること、音楽と人生において人としてどうあるべきか、ということを教わった気がする。結局、(自分が)どう存在するべきかってことなんだよね。

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柳樂光隆 Mitsutaka Nagira

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79年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。 21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集『100年のジャズを聴く』など。 Instagramで「24時間で消えるディスクレビュー」やってます。

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