アート・テイタム やバド・パウエル のピアノのようにギターを弾きたいというアイデアを独自の奏法と発想で可能にしてしまった異端のギタリストのパスクァーレ・グラッソはデビュー以降、着々とストリーミングで音源をリリースしている。
アルバムとしては『Solo Masterpieces』 、『Solo Ballad』 、『Solo Standard』 、『Solo Bud Powell』 、EPだと『Solo Monk EP』 、『Solo Bird EP』 からクリスマス・ミニアルバムの『Solo Holiday EP』まで、すでにかなりの数の作品をリリースしてきた。ただ、なぜかそれらは全てソロギターだった。そろそろ彼が誰かと共演する音源を聴きたいと思っていたのは僕だけではないはずだ。その証拠にパスクァーレが全面的に参加したヴォーカリストのサマラ・ジョイ のデビュー作『Samara Joy』 は大きな話題になった。気鋭のヴォーカリストの圧倒的な歌唱に伴奏をするパスクァーレのギターがあまりに素晴らしかったこともこのアルバムの評価を高めたのは間違いなかった。
パスクァーレがバンドでの作品をリリースするのをリスナーが待ち望んでいる中で発表されたのがデューク・エリントン 曲集『Pasquale plays Duke』 だった。これはドラムとベースとのトリオ、ベースとのデュオ、更にはヴォーカリストを迎えた歌ものまで、パスクァーレによるスタジオ・セッション音源だ。セッションで見せるソロとは異なるクリエイティヴィティ―にはこれまで同様、世界中のリスナーが驚くはずだ。
そして、本作はデューク・エリントンに対する視点や楽曲の解釈の面でも実にフレッシュだ。そして、ここでのパスクァーレの視点はこれまで興味がありつつもなかなか入り込めなかった人も少なくないであろうデューク・エリントンの音楽への入門にも繋がるものだと僕は考えている。
なので、今回のインタビューでは事前に柳樂が『Pasquale plays Duke』でパスクァーレが“参照した”もしくは“近い部分がある”と思われる曲を予測して、それをもとに質問をしながら、パスクァーレに彼の視点でデューク・エリントンの曲について語ってもらうことにした。柳樂が予測した『Pasquale plays Duke』の元ネタと思われる楽曲を集めたプレイリストをここに貼っておくので、パスクァーレの演奏とそれらを比較しながら読んでもらえるとより伝わりやすいと思う。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 通訳:染谷和美 協力:ソニー・ミュージック
◎僕にとってデュークの曲はギターですごく弾きやすいんだ ――『Pasquale plays Duke』 をつくるきっかけを聞かせてください。
そもそもソロの曲「Prelude to a Kiss」「In a Sentimental Mood」「Day Dream」「Reflections in D」 は数年前にレコーディングしたもので、僕がリリースしているEPのシリーズの中に入っている。僕のプロデューサーのマット・ピアソン から既に4曲あるんだったら、あと5曲くらいバンドで録音して、まとめてアルバムにしようよって提案があって、デュークの曲だったら6歳の頃からずっと聴いてきているし、大好きだから、ぜひやろうってことになった。今回は10年来一緒にやっているアリ・ローランド とキース・バラ とのトリオで録音できたのも良かったね。
――今までソロでずっとリリースしてきましたが、今回はついにトリオの演奏が中心になっています。
トリオでの録音はずっとやりたいことだった。僕はドラム&ベースとのトリオの演奏が一番好きだからね。ソロの演奏の方が多かったから、トリオの録音がなかなか実現しなかったんだけど、マット・ピアソンは僕に対して、「次は何がやりたい?」「最近はどんなことを考えてる?」っていつも声をかけてくれる人。彼と話している中でトリオでの録音が実現に至ったんだ。しかも、初めてのトリオ・レコーディングにサマラ・ジョイ だけじゃなくて、シーラ・ジョーダン も加わってくれることになった。シーラは僕にとってのアイドルのひとりで、今、93歳。あの年齢で、僕の企画に参加してくれて本当にうれしかった。
――では、まず、このアルバムのテーマでもあるデューク・エリントン の音楽のどんなところが好きのかを聞かせてください。
デュークは天才。いとも簡単にいい曲を書いてしまう。メロディーはシンプルなんだけど、そこにスウィング感と様々なフィーリングが相まっている。そして、僕にとってデュークの曲はギターですごく弾きやすいんだ。メロディーも、トーンも、キーもギターって楽器にすごくハマる曲を書いている人だなと思う。実際にバンドでやってみると、そこにハーモニーが加わってきて、それによりメロディーが引き立つ。僕らの録音はすごくいい演奏になったと思うよ。
――エリントンの曲ってギタリストが演奏している録音がそんなに多くないので、ギターで弾きやすいってイメージがないんですよね。エリントンを弾いてるギタリストで好きな録音ってありますか?
バーニー・ケッセル やケニー・バレル はデュークの曲をいくつか演奏している。ケニー・バレルは僕もやった「Warm Valley」 を取り上げているよね。でも、全曲デュークの曲でアルバムを作ったギタリストはなかなかいないかも。とはいえ、優れたギタリストが演奏しているバージョンは探せば色々あると思うよ。さっきギターで弾きやすい、ギターにハマると言ったのはあくまでも“僕にとって”ということ。それは僕の育ち方とも関係があるし、僕の奏法とも関係があると思う。ともかく僕はデュークの曲が大好きなので、毎日でも弾いていたいと思うよね。そういう意味では僕のギターにとってハマるってことだね。
――エリントンの曲といえば、大きな編成でアンサンブル、もしくはエリントン自身もピアニストだったので楽曲もピアノ向きなのかなと思っていました。なので、ギターで弾きやすいという発想は興味深いと思ったんですよね。
デュークの曲はなぜか僕のギターにハマるんだよね。ミステリアスだと思う。メロディーもキーも全てハマるんだよね。少なくとも僕にとってはそうで、それは僕がデュークのことが好きすぎるからかもね。
◎滅多に演奏されない曲も少なくない独特な選曲 ――ここでは有名な曲もいっぱいやってるんですけど、滅多に演奏されない曲をやっているのもこのアルバムの特徴だと思うんですよ。「Blue Rose」 なんて、カヴァーしてる人は他にいないんじゃないかと思うんです。この曲を選んだ理由を聞かせてください。
この曲はすごく美しい曲なのになぜか誰も演奏しないよね。イタリア時代の幼馴染でオスカー・ゼナリーってやつがいるんだけど、彼がこの曲を聴いたときに“ハーモニー的には(ジョン・コルトレーンの)「Giant Steps」 と同じだね”って言ってたのが記憶に残っていた。曲調的には「Giant Steps」の方が早いしコードチェンジも多くて、「Blue Rose」 のほうがゆったりしてて間もあるんだけどね。そのハーモニーが同じだって話を思い出して、そのことを踏まえて、今回改めてトライしてみたのがこの曲だね。
――「Blue Rose」ってローズマリー・クルーニー が歌ったオリジナルくらいしか知らないんですが、他にいいバージョンってありますか?
知ってるのはないね。だからなぜ誰もやらないかほんとに不思議なんだ。
――やっぱり。僕もあなたの演奏を聴いて同じことを思いました。他には「Warm Valley」 もそんなに演奏されない曲だと思います。この曲を選んだ理由を教えてください。
デューク・エリントンのバンドでサックス奏者ポール・ゴンザルヴェス が吹いているバージョンが好きだったんだ。すごく有名なサックス奏者ではないかもしれないけど、彼は卓越したプレイヤー。だから、僕は彼の演奏に触発されて演奏したんだ。
――ポール・ゴンザルヴェス のどんなところが好きなんですか。彼はインパルスなどのアメリカ録音だけでなく、ヨーロッパでも録音を残した人ですよね。
トーンのクオリティだね。彼はトーンが特別なんだ。リズム感にしてもそうなんだけど、彼にしかない個性、つまり明らかに誰とも異なるものがある。それはコピーしようとしてもできるものじゃない。往年のミュージシャンはそういうところが好きなんだ。デュークのバンドを見ても、クーティー・ウィリアムス 、ポール・ゴンザルヴェス など、メンバーみんなに個性がある。それはパーソナリティや手癖みたいなところから生まれていると僕は思っている。過去を振り返ると、コールマン・ホーキンス 、レスター・ヤング 、ソニー・ロリンズ 、そして、ポール・ゴンザルヴェス もみんなそうだったんだけど、自分の頭の中にあるものをなんとかして表に出そうって感じで演奏しているから、その人にしか出せない音が出る。それが彼らの魅力に繋がっていたと思うよ。
――さっきケニー・バレル の名前を出してましたけど、他にもギタリストで「Warm Valley」 を演奏している人が何人かいるんですよね。この曲ってギター向きの曲なんでしょうか?
だと思うよ。でも、“僕にとっては”って意味になっちゃうけどね。
――そうでした。あなたの奏法が特殊だってことをつい忘れてしまう(笑
ははは。僕はその曲を自分の演奏にハマ“らせる”って部分もあるからね。
――さて、あまり演奏されてない曲といえば、「Wig Wise」 もですよね。
この曲はVery Weird=かなり変な曲だね。これはマット・ピアソンがやろうって提案してくれたんだ。この曲が収録されている『Money Jungle』 はすごく有名だよね。チャールス・ミンガス とマックス・ローチ が入ってて、このアルバムは彼らの最後の共演になった。ご存知の通り、彼らのレコーディング中に喧嘩をしてて、仲が悪くて、どこを聴いてもサウンドもぶつかり合っている(笑) でも、アルバムとしてはすごくいい作品だよね。即興の部分を聴くとブルースなんだよ。でも、メロディーだけを追っていくと、すごく変わった曲だってことがわかる。奇妙と言っていいね。
――もう1曲、「Reflections in D」 も演奏されない曲ですよね。
デュークがトリオで録音した『Piano Reflections』 ってアルバムがある。デュークって言うとビッグバンドのイメージがあるけど、僕は彼がトリオで演奏しているアルバムが好きなんだ。『Pasquale plays Duke』にはすごく有名な曲から今話しているようなあまり知られていない曲までいろいろ収録されているんだけど、「Reflections in D」に関してはアルバムの最後に収録している。この曲のデュークはすごくリラックスした演奏をしていて、メランコリックなものを感じる。そこがずっと好きで、自分でも演奏したいなってずっと思っていた。この曲ではちょっと変わったことをしている。曲名が「Reflections in D」なので、一番下のEの弦をDにダウンチューニングして演奏しているんだよね。
――すごいチャレンジですね、謎過ぎる(笑)ところで、さっきの「Wig Wise」も「Reflections in D」もエリントンがピアノを演奏しているピアノ・トリオの曲です。このアルバムであなたが演奏している「Prelude to A Kiss」 も『Piano Reflections』 でのピアノトリオのバージョンと近いフィーリングがあるなって感じてました。このアルバムを聴いたときにピアニストとしてのデューク・エリントンが好きなのかなって思ったんですが、どうですか?
そうだね。エリントンのトリオでの演奏がインスピレーションになったのは間違いないよ。
◎ピアニストとしてのデューク・エリントン ――あなたにとってのピアニストとしてのエリントンの魅力は?
一番はハーモニーとヴォイシング。いずれもとても個性的で、あんなヴォイシングで弾く人は他にいない。それとタイムフィールに関しても同じことが言えると思う。自分の感情と結びついたところから音を発しているから、このコードは悲しんだなとか、このコードを聴いていると何かすべてがうまくいくような気になるなとか、そういう音を鳴らすことができる。音楽性とエモーションが同じところから発生してくるようなミュージシャンだと思う。音楽性とエモーションが兄弟のように同居している感覚がデュークの素晴らしさと言ってもいいかもね。
――なるほど。
あと、僕がインスピレーションをうけたのは曲そのものの美しさや素晴らしさ。たとえば、「Reflections in D」 を聴くと幸せな気持ちになれるし、1日が素敵なものになる。朝起きた時にこの曲が鳴っていたら、きっと今日はマシになるんだろうなって感じられるから。
――そんなことを考えてエリントンを聴いたことがなかったので、聴きなおしてみます。あと、このアルバムはヴォーカリストが2人参加してますけど、それ以外の曲もエラやサラなどのヴォーカリストが素晴らしい録音を残している曲のカヴァーが多いと思います。あなたの演奏もヴォーカリストが歌うようにギターを弾いている場面も多いような気がしたんですが、どうですか?。
そうかもね。そもそも昔のデューク・エリントンのバンドのメンバーはトランペットのクーティ・ウィリアムス のように歌える人たちが何人かいたんだ。だからデュークの音楽には歌の要素はすごくあるんだよね。僕自身もビリー・ホリデイ が歌う「Prelude to A Kiss」 、サラ・ヴォ―ン が歌う「Day Dream」 、エラ・フィッツジェラルド やルイ・アームストロング が歌うデュークのアルバムも好きでよく聴いていた。ルイ・アームストロング とデューク・エリントン が共演した偉大な録音『Great Summit』 も素晴らしいんだよね。僕はそれらをかなり聴いたから、そういうのが出ているんだろうね。
――ところで今回のアルバムの中で弾き慣れていない曲ってありますか?
それぞれよく知ってる曲だけど、このアルバムのためにそれなりに手をかけているよ。でも、「Blue Rose」 は今までほとんど弾いたことがなかった曲だったから、かなり練習が必要だったね。
――改めてこの録音のためにアレンジを施して、自分なりに演奏してみて、曲の良さを再発見した曲があれば教えてください。
「Wig Wise」 かな。これもそんなに弾いたことがなかったうえに弾き方を変えてみたので、ちょっと味わいが違うように感じられたかな。とはいえ、全曲好きな曲ばかりなので、やるたびに新たな感覚があって、新たな経験になる。そういう曲ばかりだね。
◎大御所シーラ・ジョーダンと新鋭サマラ・ジョイ ――ここからはゲストの話も聞きたいんですが、シーラ・ジョーダン が歌う「Mood Indigo」 はすごく個性的な歌い方ですよね。これってコロナ禍ですが、一緒にやったんですか?それともリモート?
これはスタジオで一緒にやったよ。僕は彼女のファンなので、何度もNYのジャズクラブでライブを観ているけど、一緒に演奏したのは初めてだった。彼女はふらっとスタジオにやってきて「Fのアルペジオをちょうだい」とだけ言ってから歌い始めた。僕はとにかく一生懸命彼女についていった、それがあの録音だね。彼女はいま93歳で、チャーリー・パーカー やセロニアス・モンク 、バド・パウエル とも一緒に歌っていたし、僕の先生でもあるバリー・ハリス と友達で、ケニー・バレル とは同じ日にデトロイトからNYに出て来た同郷の仲間。すごい人だよね。
――大ベテランがいる一方で、若手のサラマ・ジョイ も素晴らしい歌を聴かせてます。
サマラは神様が与えた声を持っていると思う。それくらいどんな曲でも楽勝で歌えてしまうヴォーカリストなんだ。今回もどんな感じになるかなって思いながらスタジオに入って、やってみたらあんな感じで素晴らしい曲になった。人柄も素晴らしいから、一緒に仕事をしていても楽しいしね。その日はシーラ・ジョーダンもスタジオにいた日だったから、僕もサラマも一緒にシーラからいろんな話を聞くことができたんだ。素晴らしい1日だったね。
――最後にデューク・エリントンのおすすめのアルバムがあれば教えてください。
デューク・エリントン&ヒズ・オーケストラのビッグバンド編成ってことなら、初期のもので、30年代のものがおすすめだね。どれも素晴らしいと思うよ。トリオなら『Piano Reflections』 。こじんまりとした状況で親密な演奏が聴きたいんだったら『Piano Reflections』だね。
――ところで、ちょうど手元にあったんですが、このアルバム(『In The Uncommon Market』 )って好きですか?
もちろん。それもピアノ・トリオの曲が少しだけ入ってて、いいんだよね。
――やっぱ知ってるんですね。さすが、デューク・エリントン・マニア(笑)※80年代に発掘されたデューク・エリントンの未発表音源でピアノトリオでの演奏が収められている珍しいライブ音源。
※今のところフィジカルは日本盤CDのみです。買えるうちにぜひ。
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