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interview Esperanza Spalding『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』:音楽と科学、研究と表現、西洋と東洋を繋ぐチャレンジ

オレゴン州ワスコ、ポートランド、そしてニューヨークのローワー・マンハッタンで行われた癒しのための音楽実験の場「ソングライツ・アポセカリー・ラボ」にて音楽療法、神経科学、黒人音楽、イスラム 神秘主義、南インドのカーナティック音楽など様々な分野の専門家とのコラボで生まれた楽曲を収録。

前作『12リトル・スペルズ』からヒーリング・アートと音楽の関係の探求をスタートさせたエスペランサだが、今作では自身による研究のみならず、プロフェッショナル、研究者の指導の下に音楽を作りたいと思ったとのことで、ソングライツ・アポセカリー・ラボを2020年2月に立ち上げた。ソングライツ・アポセカリー・ラボはエスペランサがハーバードで教えているコースでもあり、その生徒、ミュージシャン仲間、音楽療法、神経科学、演劇セラピーなどを研究する人々から成り立っていて、音楽の何が人間を助けるのかを研究するのが目的にしている。(『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』プレスリリース)

これはエスペランサ・スポルディングの2021年作『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』のプレスリリースのいち部分。これだけ読むとなんだか難しそうだが、音楽自体は全然そんなことはない。むしろエスペランサ・スポルディングの近作の中では特にフレンドリーな作品であると断言できる。そして、このコンセプトは突飛なものではなく、ここ数年のエスペランサの作品と密接に繋がっていて、過去作と並べて聴くとより楽しめるものになっていると僕は考えている。

芸術と癒しの特性、音楽と身体の相互作用、またレイキにエスペランサが関心を持ち触発されて、それぞれの楽曲は身体の各パーツをテーマに作曲、そしてそのパーツ(曲)にはそれぞれ呪文がついており、いわばエスペランサによるヒーリング・アルバムといえる内容。イタリアにある城で作曲し、ブルックリンに戻り仲間たちとわずか数日間レコーディングした。(『12 Little Spells』プレスリリース)

これが2018年リリースの前作『12 Little Spells』のプレスリリース。前作の時点でヒーリングについても語っていたし、芸術とヒーリングの関係について彼女は考え続けていたことになる。つまり、『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』は前作の延長にある、ということになるわけだ。

またエスペランサは2017年には『Exposure』を発表していた。このアルバムは2017年の9月12日午前9時に何も準備せずにスタジオに入り、自身のバンド以外に、ロバート・グラスパー、レイラ・ハサウェイ、アンドリュー・バードを招き、3日間、作編曲、演奏、録音をして、そのプロセスを全てFacebook Liveで公開。77時間で完成させ、それを7777枚限定でリリースしたもの。ミュージシャンの即興と作曲のプロセスを全てさらけ出す実験的な試みだった。

『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』の「Formwela4」から「Formwela6」の3曲に関してはエスペランサがYouTubeにアップしている“Crafting a batch of formwelas in the Portland Songwrights Apothecary Lab - May 2021”という動画でその制作の様子を少しだが見ることができるし

全曲のコンセプトやそこで作曲のために参照した資料や論文のリストは全て公式サイト"songwrightsapothecarylab.com"で公開されている。

また2021年6月にはエスペランサが彼女の研究室で行っている実際の作曲プロセスを披露したり、その際の専門家とのやり取りをトークセッションのような形でオープンな場で行った様子が”esperanza spalding & The Songwrights Apothecary Lab: conversation & shareback”としてアップされていて、エスペランサが専門家たちとどんなやり取りをしているのかを見ることができる。

こういったプロセスは新しいものだが、プロセスをできるだけ開示していくオープンな在り方は『Exposure』の延長にあるものではないかと考えている。

つまり、僕は『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』はエスペランサの過去2作の延長にあると考えている、ということだ。『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』は辿り着くべくして辿り着いた必然のようなアルバムであり、その結実だとも思っている。エスペランサが2010年代後半から取り組み続けてきたものの最新形態がこの『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』だ。そして、本作はエスペランサによる新たなチャレンジの序章でもあり、ここから彼女のクリエイティブが更に変わっていきそうな予感もある作品だ。

個人的にはかなり重要な作品になる予感もしている。だからこそ僕は彼女が今、何を考えているのか、聞いておきたかった。

※取材・執筆:柳樂光隆 通訳:丸山京子 協力:ユニーバル・ミュージック

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◉『12 Little Spells』と『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』の関係

――『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』の資料を読みました。『SONGWRIGHTERS APOTHECARY LAB』は『12 Little Spells』の延長にあるんじゃないと思ったんですが、いかがですか?

そうだと思います。『12 Little Spells』は私がこういった探求の旅に出た最初のアルバムだったので。レイキ・ヒーリング(※19世紀、日本発祥の民間療法。アメリカの西海岸に伝わり、ニューエイジとも結びつき広がった)をやるようになって、自分の中にヒーリング・アートと音楽を組み合わせることへの興味が出てきたんです。そこを出発点にして、アーティストとして一つの作品として作り上げたのが『12 Little Spells』でした。

『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』ではそれを私の研究室=Songwrights Apothecary Labと共同で行ったと言えると思います。つまり私はただのひとりのアーティストとしてではなく、少し手を広げてラボと一緒に制作しているんです。このラボにいる人たちはプロフェッショナルとして、もしくは研究者として、かなり深くヒーリングやヒーリング・アートを実践しているので知識も豊富です。だから、ラボが持っている知識を音楽を通じて人々の役に立たせることができないかってことを追求した成果が今回のアルバムです。

――つまり『12 Little Spells』は自分の関心から始まって、そこから自分ひとりでリサーチして作ったどちらかというとパーソナルなアルバムってことですかね。

『12 Little Spells』には様々な人との対話やコンサルトしてもらったことも入っていますが、とにかくたくさんの本を読んだことが重要だったと思います。ただ、その本はどちらかというと西洋医学を超えたところにあるもの、もしくは西洋医学とは別の領域にあるものだったんです。具体的には祖先によるヒーリングだったり、音によるヒーリングだったり。もちろんレイキ・ヒーリングもそのひとつ。他にはトラウマに対するヒーリングの方法だったり、心理学だったり。それに自分の直感もかなり入っていて、読書などで得たものを自分のフィルターを通して作品にしています。だから、次の作品ではプロフェッショナルの人たちとコラボレーションをして、彼らのガイダンスをもとに制作をしたいと思うようになったんです。

――『12 Little Spells』についての話をもう少ししたいんですが、自分でリサーチして得た知識はどんな形で楽曲やサウンドに反映されていたのでしょうか?僕は歌詞ではない部分にどう反映したのかについて関心があります。

役者が何かの台詞を言う際に、そこにどんな演技をつけるのか、どんな表情をつけるのか、ってことに似ていると思います。例えば、今、自分が侮辱された気持ちでいるとする。なぜかというと、自分の兄が私の元恋人と一緒に家に帰ってきた。心の中では侮辱されたような気持ちでいるけど、歯を食いしばって顔をあげて毅然とした態度でいる。そういう場合って自分の意志でそうしようと思ってそうしているんじゃなくて、自然とそういう行動をとってしまうものだったりしますよね?『12 Little Spells』はそれに似ています。もちろんテンポをこういう風にしようとか、脚についての歌だから脚にフォーカスしたリリックを書こうといった意識はあったけど、それ以外のところは自分の意識に付随して身体や表情が演じるように、自然についてくるものだったと思う。『12 Little Spells』では、自分が頭の中でどうするべきかわかっていても、どうすべきかわかっていなくても“自然にそうなってしまった”って感じで演奏や声がついてきた感覚だったと思います。

◉『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』について

――なるほど。僕は『12 Little Spells』はすごく謎めいていて、理屈で説明ができない音楽だと思っていたので、その答えには納得しかありません。では、次は『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』のコンセプトを教えてもらえますか?

Songwrights Apothecary Labはまさにラボ=研究室。今回、作品になったのはラボで行ったことの中のほんの一部に過ぎなくて、表に出ていないものは山ほどあります。ちなみにこのラボは今、私が教えているハーバード大学のコースの名前でもあるんです(※エスペランサは2017年からハーバード大学で教えている)。なので、私のコースの生徒はもちろんですし、ミュージシャン、音楽療法をやっている人、演劇でのセラピーをやってる人、神経科学を研究している人などなど、今、私がやっていることに興味を持ってくれる人たちが集まって、2020年の2月からスタートしています。
ラボでは“音楽療法とはいったいどういうものなのか”ってことを突き詰めてはいますけど、同時に私たちは学んでいる途中だし、まだお互いのことをわかり合うための時間でもあったので、必ずしもすべてが成功しているわけではないとは思っています。

このラボの目的としては“音楽の何が人を助けるのか”ってことを学ぶこと。私たちは音楽が人を助けることがある事実はわかっています。何万年も前から多くの人たちが音楽によって精神的にも、肉体的にも救われてきたわけだから。それに、自分たちが毎日音楽を聴いているように、音楽は求められているのもわかります。でも、“なぜ音楽を聴くことによって助けられるんだろう”って思うんです。もしそのことに少しでも近づけたら(私が恩恵を受けた)セラピー・コミュニティに返すことができるって気持ちもあります。

――なるほど。

ラボにApothecary(=薬剤師)って名前を付けたのは、薬剤師を調べると、彼らは神秘主義と薬学の交差点のような場所にいた人たちだった歴史があるから。“こんなものはまやかしだ”って批判されながらも、実験を続けながら実際にその効力を証明してきた。例えば、コーヒーを飲んだら頭痛が治まった際に、なぜ頭痛が治ったのかはわからなかったと思うけど、実際に起きていたわけだから。私たちのラボは新しい領域に関わっているわけだし、その中でも新参者だという認識もあります。だから、自分たちが答えを出しているってことではないって(エクスキューズ的な)意味でもApothecaryって名前を付けたのもありますね。“音楽によってガンが治る”とか“音楽で血圧が下がる”とか言ってるわけでは決してないので。でも、私たちのラボがやっている旅のプロセスを公開することで結果として人々のために何か返ってくるものがあればいいなと思っています。

今回の『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』ではたった12曲しか見せられてないですけど、すでに曲は出来ているし、私たちの旅はこれからもまだまだ続いていきますから。

◉科学と非科学、具体と抽象が混在すること

――つまり、ただのアルバムではなくて、これからも続く研究と実験の始まりに過ぎないと。ひとつ気になったのが薬剤師のくだりでの神秘主義と科学が両方あったって部分です。このアルバムでも、スーフィズム(イスラム神秘主義)、インド音楽、哲学、神経科学や音楽療法と、科学的なものと非科学的なもの、抽象的なものと具体的なもの、いろんなものが入っていると思います。それについてはどんな意図がありますか?

それは歴史上、ずっとあったことですよね。例えば、医師がなぜあんなユニフォームで現れるのかっていうと、それを見ると患者が安心するし、医者が言ってることを信じやすくなるって側面もあります。そもそも病院の構造自体にもそういう役割があると思います。つまり、科学のプロセスを信用させることができるかどうかの意味や役割があるということ。そうやって、アートとスピリチュアリティと科学はミックスされてきたと思うんです。

自分たちは医師ではなくてミュージシャンなので、例えば、イタリアの画家レオナルド・ダヴィンチが数学や建築学、工学を学んでいて、それらの文脈から得たテクノロジーを的確に合体させ、それを自分の領域に活かすことで作品を生み出していたことと近いと考えるとわかりやすいかもしれません。もちろん彼らはそれらの学問のプロではなかったし、プロを目指していたわけではなかった。でも、彼らは様々な領域について学ぶことによって自分が目指すことが現実のディメンションに近づくと思っていたんだと思います。つまり、ミュージシャンとしての私たちもラボを通じて、彼らと同じことをやっていると言えます。私たちが実際にやるのは音楽かもしれないけど、様々な専門家が持っている先進性や科学、テクノロジーを貸してもらって、それらを使うことでより自分たちがやろうとしていることやその効力を精緻に伝えるための手段になるかもしれないと思うんです。

――聞けば聞くほど壮大なプロジェクトで、まだ始まったばかりなんだなって思えますね。さっきこのラボはハーバード大学でのコースだって話してましたよね。この企画を立てる際に大学側も協力していたりするんでしょうか?

私の中にこういうことをやりたい気持ちはすごく昔からあったんです。『12 Little Spells』を2019年2月に出して、次は様々なプロの人たちにコンサルタントのような形で入ってもらって、自分が評議会(カウンシル)を作って、新しいことをやろうって思っていたところでパンデミックになってしまった。だったら、このパンデミックで苦しんでいる人たちのために音楽を作ろうと思うようになったんです。まずは自分が教えているソングライティングのコースの学生たちに「誰か一緒に曲を書きたい人いない?」って感じで声をかけて、そこからやり始めて、それを一年間くらい続けました。2020年の秋ごろに発表した「Formwela」の1~3はその成果です。私も含めて関わった人たちはみんながこのプロセスをすごく楽しむことができました。だったら、本格的にラボにしようと考え始めて、実際にSongwrights Apothecary Labとして立ち上げたのが2021年の春です。このアイデアにハーバード大学も同意してくれて、正式にコースにしてくれたんです。

なので、2020年のパンデミック禍にミュージシャンとしてできることを考えてやってみたっていうオーガニックなプロセスから生まれたものだと思います。さっきも言いましたけど、決してすべてが成功しているわけじゃないんです。そのプロセスの中では科学者とミュージシャンはうまくいかないことがあることは実際にやってみて感じましたし、何度かの失敗も重ねています。そういったことを経て、今、ようやくアルバムとして発表するところまでたどり着けたんですよね。

◉専門家のアイデアの導入とクリエイティヴィティ

――では、具体的な話も聞かせてください。ラボのサイトを見たら、科学者や音楽療法士などの意見を楽曲に取り入れたと書いてあります。つまりなんとなく気持ちいい曲とかなんとなく癒される曲を書いたのではなく、その曲になった根拠がそれぞれの曲に明確にあるってことですよね。専門家の意見やアイデアは作曲にどんな形で反映されているのでしょうか?

「Formwela2」を例に挙げると、仕事のストレスによってしばらくの間、休業しなくてはいけなくなってしまった労働者の人たちへのリサーチ結果が関係しています。どんな音楽がストレスの軽減に繋がるかを調査したら、クラシック音楽が有効だって結果が出たとのこと。更に調査をしたら、クラシック音楽の中でもメロディーの動きのふり幅が狭くて、トニック・フォームが予想しえるようなわかりやすさで、ソロ・ヴォイスがあって、周りの音がソロ・ヴォイスを取り囲むように作られてる構造が特に有効だって結果がでたという資料がありました。その構造に基づいて書いているのが「Formwela2」。たぶん聴いてもらえれば、その構造だってことがわかると思います。

――なるほど。

でも、ここで重要なのはクリエイティヴィティ(創造力)っていうテクノロジーだと思っています。でも、そのことは見過ごされがちだし、あまり語られていません。例えば、映画の制作者たちがあるシーンを再現しようとするときに、“どんな色合いがいいいのか”とか、“今までの人たちがどういう作り方をしてきたのか”とか、“この部屋の雰囲気は歴史的に考えるとどうするべきなのか”とか、いろんなことを勉強したり、リサーチしてからやりますよね。でも、最終的に出されるのは(製作者たちの)クリエイティヴィティというテクノロジーを通して作られたもの。そこは一種のミステリー・ボックスなんです。

映画だけじゃなくて音楽でも同じなんですけど、細かいことよりもその美しさを全体を通じて感じるわけで。逆に“ここのあれがこうなんだよね”って指さして指摘されてしまうようではダメだとも思う。要素は学ぶんですけど、その要素を直接的に聴いた人が具体的に指をさして“ここがこうなんだ”って言えないものを作るのが音楽だと思うし、それがクリエイティヴィティだと私は思っているんです。今、私はそういう“クリエイティヴィティって言うテクノロジー”が面白いと感じているので、今、それについて学んでいるところでもあります。

――そのクリエイティヴィティの話は『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』についての重要な話ですね。制作のプロセスには専門家による様々なアイデアが入っていて、それをもとに構築されているはずなんですけど、実際に聴いてみるとよくわからない掴めない面白さがあります。

この研究で音楽が科学的な実験に使われる際に、音楽は明確に医療的な目的で書かれているわけではないんです。例えば、“音楽を手術後の患者に聴かせることで回復が早くなる”って結果が出たとしても、目的として音楽を使っていたわけではなくて、結果としてそうなったって考え方です。つまり、その結果がなぜ出るのかはわからないと考えているということですね。それはすごく皮肉だなって思います。ミュージシャンは自分がやっていることを必要以上に神秘化させようとしているわけではないし、抽象化したいわけではなくて、むしろ人によっては音楽によって誰かの力が増すようにしたいって思ってたりもすると思うんですけど、それは結果に過ぎないと捉えるということなので。

◉非西洋的な要素のこと

――その態度こそ科学的ですよね。その流れで聞きたいんですが、『12 Little Spells』ではレイキ・ヒーリング、『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』ではスーフィズム、インド音楽と、非西洋的な要素がかなり入っていると思います。これはどういう考えから来たものですか?

そもそも私がよくやってるジャズという音楽自体がある種、非西洋的なものだと私は感じているんです。“西洋化という大きな岩の下で育ったのがジャズ”だったと私は思っているので。もちろん私はアメリカ人だし、西洋的なものの中にも好きなものはたくさんあるんですけど、最終的に心惹かれるものや繋がりを感じるもの、インスピレーションを感じるものは、非西洋的な哲学やテクノロジーだったり、文化や価値観だったりします。でも、私は西洋人なので、西洋人的な思考様式でもある。歯医者に行ったら“この歯医者はわかってやってるんだよね、科学的な証明はあるんだよね”ってエビデンスを求めてしまうところがある。でも、その両方があるからバランスが取れていていいのかもしれないとも思っています。

神秘的なテクノロジーはずっと昔から存在していました。音楽だって西洋科学のずっと前から存在していて、ずっと人々を癒し続けていました。人間は生まれつき音楽の動物ですし。それに私は自分が西洋人だからこそ、西洋以外から影響を受ける際はいつも生徒でいることができる。西洋人としての土台があって、そこに(非西洋的なものを)取り入れているから、そこにある種の透明性が生まれているのも感じますしね。西洋的な論理を持っていることで、この結果こうなったんだってことを論理的に言えるってのもあると思いますし。

――ところで『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』にはエンジニア/サウンドデザインでEben Hofferが参加しています。彼は演劇のフィールドで活動している人でもあると思います。あなたは『12 Little Spells』の時にはアレハンドロ・ホロドフスキー『サイコ・マジック』からの影響について言及してましたが、この映画はセラピーの話で、演技的なことをすることでトラウマから癒されたりするシーンがかなりあります。それもあって、さっきあなたが『12 Little Spells』について語る時に役者と演技を例に出したのは納得でした。あなたの活動を振り返ってみると、2016年の『Emily's D+Evolution』ではあなたのペルソナをテーマにした作品でライブではかなり演劇的なパフォーマンスをしていました。『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』のPVも踊っているとも言えるし、演じているようにも見えます。もしかしたら“演劇”もしくは“演じる”ってことは、しばらくの間、あなたの中で大きなテーマなのかなとも思ったんですが、いかがですか?

アレハンドロ・ホロドフスキーのことは忘れてたから、名前を聞いて興奮しちゃいました。『サイコ・マジック』からはたくさん情報をもらったので。例えば、潜在意識を通じて語るーーつまり、潜在意識に協力してもらい、意識が達しようとしている共通の目標を達成する、ということについて。私はマインドコントロールや催眠術を信じているわけじゃないけど、意識は潜在意識とのコラボレーションに同意しなければならないということも考えたりする。『12 Little Spells』の歌詞やサウンドは、潜在意識に働きかけて、歌詞が言おうとしていることを、意識に同意してもらうために招き入れているんです。そして、潜在意識が同意すれば、儀式や詩、シンボリズム(象徴主義)などのパフォーマンスを通じて、潜在意識にアクセスしやすくなり、潜在意識がそれに同意し、受け入れれば、日々の現実の中で、意識がそれを信じ、参加することができます。
演劇とは本質的に、意識が見ている嘘に同意し、潜在意識がそれを真実であると理解し、感じ、現実として理解しようとするものだと思います。劇場という空間、特にブロードウェイのような場ではなく、実験的な劇場には、共通の目標があり、それはシンボル、儀式、ジェスチャーを使って、現実に、潜在意識が同意する別の次元を伝えます。たとえ、意識して見ているものが一致していなく、抽象的で意味を成さないように思えたとしても、です。

――意識と潜在意識って話は『12 Little Spells』『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』に限らず、あなたの音楽における重要なテーマな気がしてきました。最後にフェリックスラファエル・サディークをプロデューサーにしたんですか?

どちらも仕事したかったからですね。フェリックスに話を聞いたら、彼もちょうど音楽と感情や心理みたいなことに関心を持っていたところだったと言っていたから、タイミングも良かったと思います。
ラファエルに関しては興味を持ってもらえるとは思わなかったけど、彼に参加してもらうことで普段なら自分の音楽が届かないところにも届くようになればいいなって思いもありました。深い知識がある人とやりたいっていうよりは、興味を持ってくれればそれでいいって感じの人選ですね。
ちなみに今回はハーバード大学からも予算が出ているんです。レーベルからの予算でやっていたらここまでのことはできなかったと思います。そういう事情もあるから、プロデューサーの人選だけじゃなくて、リサーチャーも含め、いろんな人たちにもきちんとギャラを支払うことができているんです。ここまでやりたいことができたのにはそういう理由もあるんですよね。

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◉オマケ:『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』レビュー


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