HERITAGE ORCHESTRA - The Breaks:カマシ・ワシントンやスナーキー・パピー人脈が参加したブレイクビーツ・クラシックス集
The Heritage Orchestraによる『The Breaks』というアルバムが自分の中で大ヒットで、友人にも送ったらけっこう盛り上がったんで、ここでも紹介しようかなと。
◉ヘリテイジ・オーケストラとは
ヘリテイジ・オーケストラはUKで結成されたオーケストラ。創設者はクリス・ウィーラーとジュール・バックリー。
まずはメトロポール・オーケストラの首席指揮者です。ジェイコブ・コリアーやスナーキー・パピー、ローラ・マヴーラ、ジェイムスズーなどなど、ジャンルを超えたコラボで話題になることも多い名門オーケストラを率いるイギリス人の指揮者で音楽監督です。つまりジャズとオーケストレーションのハイブリッドの最前線にいる人物。
そして、クリス・ウィーラーはプロデューサーでどちらかというと仕掛け人っぽい人だと思われる。自身でも自分が好きな様々なジャンルの音楽をオーケストラと組み合わせることを考えてきた、と語るように、チャレンジングな音楽家がオーケストラを取り入れようとしたときにそれを形にしてきた人と言ってもいいかも。
その二人が手を組んで企画したオーケストラによるカヴァー・プロジェクトがこのヘリテイジ・オーケストラ。
彼が手掛けたのがアモン・トビン『Foley Room』、ヴァンゲリス『Blade Runner Soundtrack』、ゴールディー『Timeless』のオーケストラ解釈。それらが高い評価を得たことから、DJのピート・トングとの繋がりができて、彼とのコラボで『Classic House』や『Ibiza Classics』といったクラブ・ミュージックのオーケストラ・カヴァー作品に繋がって今に至る、といったところがヘリテイジ・オーケストラの大まかなキャリア。
そのヘリテイジ・オーケストラが企画したのが『The Breaks』。これまではハウスなどのUKのダンスミュージックが中心だったのが、USのヒップホップに取り組むチャレンジを行ったことになります。
◉ヒップホップとブレイクビーツ
ここからはまず”ブレイクス”という言葉の説明から。
ヒップホップには4大要素なんて呼ばれるものがあります。
MC=ラップ
DJ
ブレイクダンス
グラフィティ
その中のDJとブレイクダンスについての話がここでのカギになります。もともとはDJクールハークがレコードの特定の部分を2台のターンテーブルを使って何度も交互にかけてループさせることでブレイクビーツと呼ばれるヒップホップのもとになったビートを作って、そのループするビートに合わせて行われたダンスがブレイクダンス。みたいな話はヒップホップについての本を読むと必ず書いてある創世記の最重要エピソードですが、そのブレイクビーツとブレイクダンスがこの『Breaks』におけるテーマになります。下にリンクを張った動画”viva freestyle kool dj herc live”は正にヒップホップ創世記のブレイクビーツのライブ版と言った感じ。
『Breaks』で演奏されているのは、ブレイクダンスへと導いたブレイクビーツの下になったレコードに収録されている名曲をカヴァーすること。つまりここに収録されている曲はヒップホップ創世記にDJによってプレイされた重要曲ということになります。これらの曲は『Ultimate Breaks & Beats』というコンピレーションにまとめられていたことでも有名です。『Breaks』でカヴァーされている曲の中にも『Ultimate Breaks & Beats』に収録されている曲がいくつもあります。
動画を見てもブレイクダンスとの関係性が重視されているのがわかります。2019年に行われたライブではダンサーも共演したようです。
そして、その曲はクラシックスとして、ヒップホップの世界で何度もサンプリングされたり、引用されてきました。つまりは定番の中の定番のサンプリング・ソースでもあるということ。
これらはジャズで言えば、「Tea for Two」や「All The Thing You Are」のような演奏され続けるだけでなく、構造が様々な楽曲のインスピレーション=元ネタのようになってきた曲と同じようなものかと。
つまりヒップホップ黎明期におけるスタンダード・ソングみたいな曲のカヴァー集といっていいのではないでしょうか。
◉HERITAGE ORCHESTRA play Sampling Source.
その辺りはプレイリスト《HERITAGE ORCHESTRA play Sampling Source.》を聴いて確認してください。どの曲がヒップホップの曲において、どんな感じでサンプリングされてきたかを知れば、ここに収録されている曲がどれだけ重要な曲かがわかるかと思います。そして、ヒップホップが好きな人も、僕のようにヒップホップにサンプリングされた過去の音楽が好きな人にとっても愛される名曲だということも。
そして、このヘリテイジ・オーケストラが魅力的なのはサンプリング・ソースの名曲たちをその原曲のムードや質感をできるだけ維持しつつ、演奏のクオリティやアレンジの繊細さで絶妙にブラッシュアップしていること。限りなくコピーに近いけど、今、リリースされる意味が密やかに且つ確実に込められているカヴァーといった本当に絶妙な塩梅に仕上がっている。例えば、スクラッチも限りなくヒップホップ黎明期のテイストだし、ジュールズ・バックリーのアレンジも洗練させすぎない控えめさがありつつ、所々で細やかにアップデートされている。こんな丁寧に”当時の雰囲気を残すこと”の演出に力を注いでいるだけでもうれしくなる。
◉スナーキー・パピー人脈とラッセル・エレヴァドの起用
そのためにケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』にも参加していたドラマーのロバート・スパット・シーライト、現代最強のオルガン奏者コリー・ヘンリー、そして、ヒップホップ感覚を持った敏腕パーカッション奏者ネイト・ワースの元&現スナーキー・パピーの3人に、更にカマシ・ワシントンまでをも招集して、素晴らしい演奏でカヴァーしています。
※ロバート・スパット・シーライトとネイト・ワースによるグループのゴースト・ノートは現在世界で最もテクニカルでエグいファンクを奏でるバンドです。
しかも、ラッセル・エレヴァドがミックスを手掛けているのがすごい。
ディアンジェロ『Voodoo』、エリカ・バドゥ『Mama’s Gun』、コモン『Like Water for Chocolate』、RHファクター『Hard Groove』でお馴染みの名エンジニアで、近年もカマシ・ワシントン『Heaven And Earth』、トム・ミッシュ&ユセフ・デイズ 『What Kinda Music』、ジョン・バティステ『WE ARE』、バッドバッドノットグッド『Talk Memory』などの話題作を次々に手掛けている。70年代的なヴィンテージな質感を扱わせたら右に出る者はいないラッセルによるミックスで、本作はその質感や響きでもサンプリング・ソースへのオマージュが聴こえてくるものになっている。
つまり『Breaks』は様々なこだわりの集積で作られた逸品だ。
◉サンプリング・ソースのカヴァー・プロジェクト史
ちなみにこういったサンプリング・ソースのカヴァー・プロジェクト的なものは過去にもいくつか存在する。
例えば、有名なのは2000年代初頭に人気のあったブレイケストラ。
最初期の『The Live Mix』の2作はブレイクスとほぼ同じコンセプト。当時、ブレイケストラはストーンズスロウと契約して、後に系列レーベルのNow Againがファンク・バンドのコニー・プライス&ザ・キーストーンのメンバーにもなっていたり、当時はヒップホップ的な文脈を理解しているファンク・バンドが出てきた時期でもあった。
2008年にはUltimate Breaks & Beats Instrumentalsというプロジェクトがアルバムを発表した。
ここではGhostface Killahが生バンドとコラボした『36 Seasons』でも演奏していたThe Revelationsのメンバーや、リー・フィールズ、シャロン・ジョーンズのバックで演奏していたミュージシャンなど、レーベルで言えばTRUTH&SOUL、DAPTONE周辺のヴィンテージ・ソウル/ディープファンク系のコミュニティによる制作。そう言ったシーンらしいこだわりが聴こえてくる作品でもある。その後も続編がリリースされ計3作のアルバムが出ています。
※ヴィンテージソウル/ディープファンクについては以下のオルガンジャズ記事でも少し解説してますので、併せてどうぞ。
◉ヒップホップと生演奏
ちなみにその前には1988年にステツァソニックが『In Full Gear』を、1994年にザ・ルーツが『Do You Want More?!!!??!』を、1992年にはUKでブラン・ニュー・ヘヴィーズが『Heavy Rhyme Experience: Vol. 1』を、と言った感じで、80年代末からファンクやブレイクビーツを生演奏で奏でて、バンドでヒップホップを演奏しようとする動きが出ていた。
70年代に録音されたソウルやファンク、ジャズなどの音源を使って、80年代末から90年代にヒップホップが作られ、その中からヒップホップをバンドによる生演奏でやろうとする人たちが現れたり、00年代にはヒップホップに魅了された世代がヒップホップから遡ってソウルやファンクを発見して、それをヒップホップ的な感覚でカヴァーした、みたいな流れがあったわけだ。
その間には90年代にはメアリーJブライジ、ジョデシ、SWV、ブランディなどのヒップホップ・ソウルみたいな90年代のサンプリング・ヒップホップ調のR&Bがあったり、00年代にはディアンジェロやエリカ・バドゥらによるヒップホップ的感性による生演奏比重多めのR&Bのネオソウルがあり、ネオソウルの流れの中には最重要演奏者としてのザ・ルーツがいて、2010年代にはそういった90-00年代の流れに影響を受けたロバート・グラスパーを始めとしたジャズ・ミュージシャンたちがヒップホップ・ソウルやネオソウルを生演奏でアップデートしてジャズに止まらず音楽シーンを広く盛り上げた、みたいな文脈もあります。
00年代にはマッドリブがサンプリング・ソースでお馴染みの巨匠ウェルドン・アーヴィンの架空のミュージシャンの疑似バンドでトリビュート盤を作ったこともありました。ヒップホップとサンプリング・ソースの関係も時代によって様々な変化を経てきたと言えます。
そういったことを知ったうえで『The Breaks』を聴くと、ヒップホップが今、こんな形で歴史になり始めているんだなという感慨もあるし、それがこんな形で表現されるのはすごく楽しいこと。
しかも、これを実現したのがレコード・カルチャーやレコードを中心にした過去の音楽の再評価文化がアメリカよりもはるかに深く根付いているイギリス人だったというのも面白い。ステツァソニックやザ・ルーツのような生演奏ヒップホップのバンドがイギリスのジャズ・ダンスやアシッドジャズの文脈で真っ先に評価されたり、アメリカの大物ラッパーとの大胆なコラボを行ったのがブラン・ニュー・ヘヴィーズだった、みたいなイギリスの音楽シーンの独自性を改めて感じさせられたり。
◉HIPHOP/R&B ⇔ Sampling Source
というわけで、90-00年代にサンプリング・ソースやフリーソウルに夢中になっていた方は『The Breaks』をきっかけに久々にその辺を聴いてみるといいですよ。めちゃくちゃ楽しいし、同じようなことをやっていた近い世代の人と話すとめちゃくちゃ盛り上がります。
あと、個人的には『Breaks』が2021年にリリースされた必然性はあると思っていて、それはシルク・ソニック『An Evening WIth Silk Sonic』やホセ・ジェイムズのクリスマス・アルバム『Merry Christmas from Jose James』、もしくはジョン・バティステ『We Are』のようなヴィンテージでアナログなサウンドが含まれている作品がまた面白がられている状況ともリンクしていると思うから。
マカヤ・マクレイヴンがブルーノートのカヴァー集『Deciphering Message』を出しましたが、これも原曲を活かしながらのヴィンテージな質感だったのが印象的でした。
ジャズやソウルでは直接的な歴史の再解釈や再提示が何度も繰り返し行われていますが、ヒップホップでもそういうものが増えてくるかもしれません。
アナログも出てるので、欲しい方はお早めに。古いレコード風のデザインになってたり、シュリンクに貼ってあるステッカーが経年劣化風の色味になってたり、細かいところにニヤッとできます。商品としてもいいこだわりが随所に。
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