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Interview Kan Sano『Susanna』- 全然違うことをやりたかったし、それをやらないと次に進めない気がしていた

実はこのインタビューはKan Sanoとorigami PRODUCTIONSからのオファーでやることになったものだ。

もともとKan Sanoの音楽が好きだった僕が個人的に取材のオファーをして、2017年の『k i s s』リリース後に取材したnoteの記事がファンの皆さんにも好評で、僕もKan Sanoもorigami PRODUCTIONSも満足いくものだったこともあり、またやりましょうよなんて話していたのをKan Sanoとorigami PRODUCTIONSが覚えてくれていて、『Susanna』のリリース前に連絡してくれたことで実現した。ちなみにこのインタビューを編集したものがライナーノーツとしてCDに封入されている。これはアルバムを制作した時期の自分の思いや考えを紙に印刷してCDに添えて残したいというKan Sanoの希望を形にしたもの。

なので、この記事はアーティストやレーベルのサイトに掲載されているわけではないが、オフィシャル・インタビューのような形だと思ってもらえるといいだろう。

そんな状況もあるので、このインタビューは普通のインタビューとは少し違うテンションで行われている。対談寄りのインタビューとでもいうべきか。

取材した僕の印象を言えば、自身の作品に対して客観的にどういうものなのかが把握できていないと感じているKan Sanoが、自身の作品をお題にライターの柳樂光隆という他者を相手に対話することで自身の作品がどういうものなのかを自分なりに確認するための時間だったのではないかと思っている。

「これを聴いた人が「あのアルバムに似てる」とか、DJの人が「『Susanna』のこの曲の後にあの曲をつなごう」とか、どう思ってくれるかどうかが自分では全くわからなくて。自分で作ったばかりの音楽なので、まだ俯瞰で聴けてないところがあって、自分ではわかんないんですよね。」

origami PRODUCTIONSのスタジオでゆったりと二人で話をした際に、Kan Sanoは自分ではよくわからないと繰り返し言いながら、その場で制作時を思い出し、頭の中で楽曲を鳴らしながら、ゆっくりと考えて、話してくれた言葉はどれも用意してきた言葉ではなかった。

だからこそ、『Susanna』のことだけでなく、Kan Sanoというアーティストがどんな人なのかが見えてくる記事になった気がしている。

前作『Ghost Notes』と『Susanna』

――まずは少し前の話からしたほうがいいかなと思ってます。2019年の『Ghost Notes』はコンセプト的には今回の新作『Susanna』とは全く異なるものだと思うんですが、いかがですか?

自分の中でずっと育ってきたネオソウルをまとめておきたかったというか、言っちゃうとそれまでの貯金で作ったアルバムなんですよね。新しいものを取り入れるとか、新しいことに挑戦するっていうよりは自分がずっと培ってきたものをちゃんと形にして残しておきたいなって思いが強かったのが『Ghost Notes』。それを作ったら次は全然違うことをやりたかったし、次に進もうと思ってましたね。それをやらないと次に進めない気がしていたので。

――つまり、『Ghost Note』はこれまでの集大成ってことですね。

ブラックミュージックというか、ソウルとか、ネオソウルとか、そっち系の中では集大成ですね。

――『Ghost Note』以前の2014年『2.0.1.1.』、2016年『k is s』あたりはバンドっぽいサウンドの比率がかなり高かったような気がするんですがどうですか?

僕はずっと独りだったんですけどね。ほぼ独りなんですよ。2011年にCirculationsから出した『Fantastic Farewell』も独りだったし。僕は自分で自分を追い込んで作っていくタイプなんですよ。そういう作り方しかできないんです。だから、そろそろ違う作り方もしてみたいなとは思ってるし、誰かにプロデュースしてもらうとか、ミュージシャンいっぱい入れてバンドで作るとか、違うやり方もそろそろしてみたいと思ってるんですけど、結局いつも一人になってしまうんですよね(笑)

―― ひとりっていうのはどういう感じですか?

僕は細かいところを自分でコントロールしたいし、作り込みたいタイプなので、ミックスも自分でやります。この前、ブルーノート(※『Blue Note Re:imagined』)から出した「Think Twice」って曲は久々にミュージシャンを入れて作ったんですけど、ミュージシャンのプレイも僕が細かくエディットしてるんですよ。ここはカットだなとか、ここのフレーズをこっちに移植してとか、やっちゃうんですよね。そこに時間をかけるんだったら、自分でやっちゃった方が早いなって感じでひとりになっちゃうんですけど、結局同じ人間が作っているので、次に全然違うことに挑戦したいと思ってもなかなか変わらないっていうのはあって。今回のアルバムだと『Ghost Notes』と全然違うものを作りたいって気持ちが強かったんですけど、実際に作ってみるとそんなに変わんねーなってのがアルバムの完成に近づいてくると何となくわかってきて、それはショックだったんですよ。30代の一年ってそんなに変わらないじゃないですか、20代の時みたいに。

――いやいや、全然違うアルバムだと思いますよ(笑)

だといいんですけどね。この前、久々に『Ghost Notes』を聴き直したら、サウンドが今とだいぶ違うなと思って、すこしほっとしましたけど。『Susanna』は絶対に違うものにしようって決めてたし、ビートもサウンドも新しい要素を取り入れたかったので、けっこう頑張ったアルバムですね。上手くいくかわからなかったし、やってみたかったし、やらないとダメな気がしていたので。

『Susanna』のコンセプト

――前作『Ghost Notes』のコンセプトはネオソウルで、ひとりで作ってはいたけど、疑似バンドっぽいサウンドも多少あったと思います。でも、今作『Susanna』はサウンドから音楽の構造まで全く違いますよね。

ライブだとアップテンポな曲をやることが多いんですけど、『Ghost Notes』ネオソウルってコンセプトがあったのでメロウなテンポが多くなってて、もうちょっとアップテンポな曲をやりたいなって『Ghost Notes』を作り終えた時点で思っていたんです。だからアップテンポな曲が増えていった感じですね。

――こういうテンポにしたいってことだけはあったってことですか?

そうですね。BPM100以上、120くらいの四つ打ちっぽいノリやすいトラックと、トラップっていうか、倍テン(倍のテンポ)で取れるようなトラックを今までに残してなかったので、それは絶対にやろうと思ってて。

――制作前や制作中に聴いてて、参照した音楽ってありますか?

今年からプレイリスト「Kan Sano Flava」を毎月作ってて、意識的に新しい音楽を聴くようにしているんですけど、割と部屋で軽く聴き流せる曲が普段は好きで、Men I Trust(カナダのインディーポップ・グループ)とか、普段聴いているのはああいうゆるい音楽なんですけど、自分で作るとなると耳に刺さってくるものにしたくなるんですよ。ジャスティン・ビーバーが今年出した『Changes』とかもチルな感じで好きなんですけど、自分で作っているともっと動かしたくなるっていうか、それが出てる曲が「Flavor」とかですね。

――僕は家でSonosってメーカーのスマート・スピーカーを使ってて、普通のマンションなのでそれなりの控えめの音量で聴いているんですけど、『Susanna』は低音がめっちゃ出てますよね?Sonosは低音がかなり出るので家ではかけづらいんですよ(笑) 想像以上に低音が出てびっくりしたくらい。

低音はめちゃめちゃこだわりましたね。前作も出してたつもりですけど、より出てるのかもしれないです。そういう耳のバランスになってますね。自分で普段聴いてる音楽も含めて、低音がしっかり鳴っててほしいんですよね。

――『Ghost Notes』はベースが太いなって感じで、音も生っぽい感じでしたけど、『Susanna』は耳で聴き取れる範囲よりも低い、身体で感じる音が鳴ってる感じというか。

太いキックとベースはこだわってますね。ビリー・アイリッシュとかそういう影響もあるのかもしれないですけど。音をどんどん足していくとそれぞれの音が聴きづらくなるので、キックとかベースを刺さる感じにしたかったら、ウワモノとか他の音をなるべく入れないほうがいいなと思って、そういうスカスカ感というか、ビートはしっかり効いていて、ウワモノを入れ過ぎないっていうのは気をつけました。でも、サビとか盛り上がっていくところにはいつも通り音を入れまくったんで、そういう飽和しているところと、極端に減らしてドラムとベースだけになっているところが、混在している感じかもしれない。

――ビートの作り方に関しては今回変えたことはありますか?

『Ghost Notes』の時からハイハットは生で録るってのはやってて、作り方自体はそんなに変わってないですかね。サンプリングはしなくて、全部自分で演奏するんで、トランペットも自分で吹いてて、その録音のやり方自体は変わってないですね。Cubase 4っていう10年前のソフトを今も使っているので、機材も変わってないですね。

――同じ機材やソフトで、手法も変わってないのにこんなに音が違うんですね。

そんなに違う印象あります?だとしたらうれしいです。全く違うサウンドにしたかったので。

――全然違いますよ。あと、ビートで言えば、スネアをあまり叩いてない気がしました。

クラップをけっこう使うので、クラップと同時に鳴っているんですよ。だからクラップの印象の方が多いのかもしれないですね。

――今まではネオソウルっぽいサウンドだから、そうなると必然的にヒップホップっぽいスネアの音が印象的に聴こえるものになる。でも、今回はそれがないのもあってハウスとかディスコの感じに近い気がしました。

そうですね。四つ打ちにここ数年ハマっていたんですよ。自分が聴くものというよりは自分が作るものとしてハマってて、土岐麻子さんのリミックス「Black Savanna (Kan Sano Remix)」とかでは四つ打ちを作ってたんです。今回それがようやくアルバムの中で一つの形になったって感じですね。突然ではなくて、前々からちょいちょいやっていたものです。

――近年の土岐さんってことはシティポップっぽいサウンドですよね。70年代80年代のシティポップやディスコからのインスパイアとかもあるんですか?

いや、具体的にこういう音楽がバックグラウンドにあるとかはないです。

――そうなんですね。Kan Sanoさんはもともとヨーロッパのレーベルに打ち込みのダンスミュージックを売り込んでいた人なわけじゃないですか?その辺のダンスミュージックの音楽歴みたいなことも聞いていいですか?

元々はジャザノヴァとか4ヒーローとか、そういうクロスオーヴァーみたいなものから入っていきました。ブロークンビーツとかを自分でも作っていましたね。

――それらはビートの構造としては複雑なものですよね。

もうちょっと複雑なものですね。四つ打ちとか全然作ってなかったですし、ブロークンビーツにハマっていたので。でも、その頃やっていたことが今のトラックメイキングにも活きているとは思います。

――思いっきり四つ打ちのハウスとかを聴いてた時期はあります?

ないですね。そんなに詳しくもないですよ、ハウスは。

――そう考えると『Susanna』は突然変異っぽいですね。

そんな感じに聴こえるんですかね。

――とはいえ、ディスコっぽいファンクとかブギーみたいなものはいろんなアルバムでやっていたじゃないですか?『k i s s』とかで。

やってましたね。

――だから、『Ghost Notes』は全然違うけど、それ以前になるとそういう色はありますよね。曲で言うと「Magic!」とか「Let It Flow」とかですね。

作り終えた後に『k i s s』にちょっとサウンドが似ているなと思って、それで凹みましたね。やっぱり一緒だ…みたいな。いま聴くとミックスとか全部やり直したいんですよね。今作の制作途中に『Ghost Notes』を聴いたら古く感じ始めたというか、これじゃないなって思うようになって、それは自分の目指しているところが変化していってるからそう感じたはずなので、そこが物差しみたいになってましたね。

――とはいえ、違いも大きくて、これまでは生音っぽかったし、ザラッとしてるローファイな感じもあったと思うんですよ。『Susanna』はそういうところがないですよね。だから、今までのはクラブ向けのトラックも作れる人が、生演奏をやっていて、その両方が入ってますみたいな感じだったのが、『Susanna』はトラックメイカーって感じがかなり強いです。それに以前のインタビューで「コードを動かすのが好き」って話をしていたけど、今までに比べるとコードを動かしてる感じもかなり少ないですよね。

曲の構成がJポップとは違うと思うので、コードを動かしてても、4小節のループをずっとやってるとか、ループ感が強いと思うので。そういうのもあるんですかね。

――そのループ感の強さは意識的にやったんですか?

Jポップ的なAメロやってBメロやってサビとかは恥ずかしくなってできないんですよ。これは俺じゃないなって思っちゃうんで。

Kan Sanoの歌、スザンナ・マユリのこと

――以前はJポップ的とまでは言わないまでも、フォーキーな歌ものがあったりして、「歌」って感じの音楽をやっていたじゃないですか?

そうですね。長谷川健一さん(との「みらいのことば」)とかMARTER(との「地球へ」)とか、色んなシンガーを入れて作った曲はありますよね。今は自分の声ありきで作るようになったので、自分の声に(Jポップ的な構成が)ハマらないんでしょうね。

――そうですね。だから、そういう構成の音楽を作っていた時はゲストを呼んでいたんだろうし。

今回は歌の分量が増えてて、歌詞の分量も前回よりも増えているんですよね。

――自分の歌の比率が増えて、歌をやる前提でやりたいことが増えてきたら、その自分の歌に合う音楽に変わってきたっていう部分もあるんですかね?

僕は歌がそんなに上手くないし、シンガーでもないから、歌の表現領域が狭いと思うんです。歌い方にそんなにボキャブラリーがないし、言葉に関しても自分の声にハマる言葉とハマらない言葉があると感じてたので、自分で自分の言葉の幅を決めていて。でも、『Susanna』を作っていたころにShin Sakiuraさんと「ほんとは feat. Kan Sano」って曲を作って、それは今までやってた言葉の幅とは違うところで作ってみたんです。それがうまくいって、手ごたえがあったので、アルバムに関しても言葉の幅を広げてもいいのかなって感じになっていきましたね。歌に関しても多少はあるのかな。昔のを聴くと下手だなって思いますし、多少上達はしているとは思います。

――言葉の幅が広がった部分ってどういう部分ですか?

固有名詞とか、具体的な言葉を入れられるようになってきたこととか。歌詞はこれだけ作ってきて、ようやくちょっと見え始めたかなって感じで、まだ書き方がわからないんですよ。自分の中でもまだ変わっていくと思いますね。

――今回特にうまく書けたと思える歌詞は?

「She’s Gone」「brandnewday」。いろんな受け取り方ができる曲が好きなんです。

1曲目の「Flavor」はアルバムのタイトル名にもなっているんですけど、これはスザンナ・マユリ(Susanna Majuri)って写真家がいて、その人の作品を見ながらイメージを膨らませて書いた曲なんです。そのスザンナさんが『Susanna』制作中、3月に亡くなったんです。5月くらいに知ってショックを受けて。去年、今年で、祖母が3人いるんですけど、3人とも続けて亡くなって、そういうのもあってショックだったので、亡くなってしまって別れた人への歌というか、そういう曲が増えましたね。そのスザンナさんに関しては何年か前に写真集を買ったんですけど、直接メールをしたことがあって、その時に「いつか会えたらいいね」みたいな返信をくれて。それをそのまま限定盤のディスク2の曲名にしました。スザンナさんには会ったことは無いし、友人でもないんだけど、僕にとっては大事な人だったし、日本ではそんなに知られてない人だと思うんですけど、タイトルにしようと。いつか人の名前をアルバムのタイトルにするのはやろうとおもっていたのもあって。

――今回の『Susanna』はピアノ/鍵盤をあまり弾いてないですよね。ソロが入ってる曲はあるけど、いわゆる生演奏の鍵盤っぽい鍵盤が入ってる曲が少ない。

生のピアノとかエレピとかが中心になっちゃうとまた結局『Ghost Notes』になっちゃうので、全然違うところに行きたかったからっていうのはあるんですよね。

――敢えて減らしたってことですよね?

完全にそうですね。

――Kan Sanoさんはライブでも喋りながらも鍵盤を弾いてるし、歌えばメロディーに対してコードをつけたくなるだろうし、鍵盤のほうが表現しやすいこともあるじゃないですか?

ライブだったらガンガン弾くし、そこは変わらないですけどね。

――アルバムではそこに対して不自由は感じなかったですか?

全くないですね。それこそ毎月作っているプレイリストに入っている曲もそんなにピアノは入ってなくて。ムーンチャイルドとかがやってるようなエレピっぽい音だけど、よく聴くと違う感じのそういう音色は意識したかもしれないけど。

―― Kan Sanoは一応、鍵盤奏者でもあるわけじゃないですか。なのにここまで弾いてないのはすごいなと。

インプロのパートがないですよね。尺を短くしたいっていうのもあって、3分超えると長いって感じるんですよ。イントロも短くしたいし、なるべく3分前後に収めたいなってのがあって、今までで最も曲の時間が短いアルバムだと思います。だから曲の間奏でピアノソロ入れようって感じにならなかったんですよ。

――だから、展開も省いてって感じですよね。

最近はそういうモードですね。

――先に言われちゃったんですけど、曲の時間が短いってことについても聞こうと思っていたんですよ。

この前の『Blue Note Re:imagined』での「Think Twice」の時もどうしようかなと思ったんですよね。他の人はだいたい5分とかあったので、自分は5分はしんどいなと思って、最終的な時間は忘れましたけど、尺はこのぐらいまでかなってところ(※4分30秒)で終わらせました。

――これだけ短いってことはDJが使うダンストラックってことでもないですよね。すごくダンサブルだけど、DJが使うには短くて使いにくいかなって。

あくまで歌ものとして捉えているんでしょうね。それこそビートルズとか。ビートルズもイントロは10秒以内とかめちゃくちゃ短いじゃないですか?あれが元にはあるので、今だに好きなんでしょうね、ビートルズのタイム感というか、楽曲感が。

――『Susanna』に関しては、僕は家でSonosってメーカーのスマート・スピーカーでSonosの専用アプリを使って聴いてたんですけど、そのアプリの初期設定がアルバムをループさせないので、アルバムが終わったら止まるんですよ。だから「あれ、もう終わった?」って感じでした。1曲1曲はキャッチ―でインパクトはあるんだけど、すぐに終わるなって感じで、最初は驚きました。

今のサブスクの感覚もそういうのあるんですかね。イントロが短いとか、曲自体が短いとか、そういう曲は増えてきてますよね。その影響があるのかはわからないけど、自分の感覚もそうなってます。でも、もともと2011年に出した『Fantastic farewell』も時間は短かったんですよ。ヒップホップのトラックって短いじゃないですか。Dai Kuriharaさんってレーベルオーナーでプロデューサーがヒップホップの感覚の人だったので、「これ、もうちょっと短くできないか」って結構言われたんですよ。自分も2、3分くらいのトラックがバーッと入っているみたいなヒップホップのアルバムは好きなんですよね。

――マッドリブとかJディラが作ってる短いビートがたくさん入ってるようなアルバムとかですよね。

そうですね。あと、アルバムとしての聴かせ方っていうか、1曲づつでも聴けるんですけど、1枚通して聴かせたかったので、曲の長さと繋ぎ方は意識しました。そこは今までで一番意識したかもしれないです。アルバム全体で一気に聴かせるみたいな。

ピアノソロ・アルバム『写し鏡のソロピアノ』のこと

――限定版のボーナス・ディスクとしてついてくるピアノソロの『写し鏡のソロピアノ』も曲がすごく短いですよね。あれも13曲くらい入ってるけど、21分で終わります。まさに一気に聴かせるアルバム。

全曲2分くらいなんですよね。全曲即興で作ったアルバムなので、全体の統一感を考えると、この感じで一時間を聴かせるのは厳しいだろうなとも思いましたし。だからこの20分ちょいの尺になっているのもありますよね。

――いままでに出してたピアノソロのアルバムは即興だけど、もう少し長かったですよね。それにもう少しインプロっぽかった。

スザンナ・マユリさんの『Mirror』って作品があるんですけど、このアルバムはその写真とスザンナさんへと捧げるアルバムがコンセプトで、曲のタイトルを繋げていったら、全体で一つの詩になっています。これも1曲で聴くというよりは、曲と曲同士の繋がりと流れで全体を聴いてもらいたいなというのがあって、じゃ、タイトルを繋げちゃおうと。3日くらいかけてとにかくいっぱい演奏を録り貯めて、それを並び替えて編集して作ったんですけど、どのタイトルにどの曲をはめていくかは後から決めてます。タイトルを決めて、そこから即興で膨らませようとすると、タイトルに縛られちゃうというか、ふくらましにくくなるので、あくまでタイトルはタイトルで、録音は録音でやって、後から合体ってやり方にしてます。

――実際に曲と曲の切れ目があまりない感じで進んでいきますよね。これも『Susanna』と同じでそぎ落とした感じですよね。

そうですね。ダイナミクスに関してもメゾピアノっていうか。強くは弾いてないです。ソフトに弾いたピアノの音色が好きなんですよね。

――今までのソロピアノの即興のアルバムだと、わりと抽象的にもなるし、エモーショナルにもなっていたじゃないですか?『写し鏡のソロピアノ』はメロディとか、メロディ未満のフレーズとか、そういうものの繰り返しで出来てて、しかも割と同じ温度感のままですよね。

ライブだとダイナミクスレンジをなるべく大きく持ちたいっていうのがあって、がっつり下げて余白を楽しむところと、思いっきり弾きまくるところとの幅を持たせるようにしているんですけど、作品として作るときはどこかにダイナミクスを絞って統一させた方が聴きやすいし、自分でも聴くのはそっちの方が好きなんですよね。僕はグレン・グールドが好きなんですけど、グールドもダイナミクスがそんなに大きくないんですよね。グールド自身も「本当のフォルテシモを僕は弾けない」って言ってて、メゾピアノのサウンドなんですよ。同じく、僕が好きなビル・エヴァンスもそうですね。

――ジャズっぽい人はソロピアノの即興をやるとどんどん変化していって、発展させる傾向もあるじゃないですか?『写し鏡のソロピアノ』はもう少し歌っぽいというかシンガーソングライターっぽいピアノソロだなと思ったんですよね。ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーがコロナ禍のロックダウン中にソロピアノ・アルバム『Suite: April 2020』を作って、6月に出したんですよ。ニール・ヤングのカヴァーとかスタンダードをやっているけど、オリジナル曲もあってって感じの内容です。メルドーのソロピアノって、どんどん発展させていって、どんどん解釈を加えていって、最後には別の曲みたいになったりもする傾向があるんですけど、『Suite: April 2020』はそんな感じがなくて、カヴァーしている曲もメロディーに忠実で即興で解釈していく感じではないんです。『Suite: April 2020』を聴いたときに、僕は新型コロナで自粛してるような時期に、すごいピアノを弾けるテクニックがある人がこういう音楽を作りたくなるんだなって思ったんですよ。もしかしたらミュージシャンの側もこういう時期に聴きたいのは、どんどんコードチェンジしたり、面白いハーモニーを使ったりってことよりも、もっとゆったり聴ける親しみやすいメロディだったり、音色の気持ちよさだったり、なのかもなって。だから、『写し鏡のソロピアノ』を聴いたときに『Suite: April 2020』を思いだしたんです。

さっきの話に戻るんですけど、僕が普段家で聴いている音楽が聴き流せるような音楽というか、あまり主張が強くない音楽を聴いているので、ダイナミクスレンジがあまり大きくない音楽といってもいいのかもしれないですけど、自分の部屋でもかけやすそうな音楽ではありますよね、『写し鏡のソロピアノ』は。

――だから、『Susanna』『写し鏡のソロピアノ』には本質的には共通するところもあるんじゃないかなって思ったんです。削ぎ落としたところだったり、楽器演奏家としてのプレイヤビリティーを抑えているところだったり、プレイヤーとしての自己主張が控えめだったり、ポップ・ソング的な短くて、親しみやすくてみたいなところとか。

削ぎ落としている感じって『Susanna』にも感じます?

――感じますね。今までに比べるとはるかにすっきりしているというか、今までのが悪いって話じゃなくて。

作っているとついつい音を足していっちゃうので、「あぁ、また足しちゃった」みたいな感じで、そこで凹むんですけど「ここはこうやるしかしょうがないからいいんだ」って自分に言い聞かせて割り切ってやってました。なるべく音は減らそうと思って作ってましたけど。

――僕が感じたのは同時に鳴っている音が少ないっていうのと、プレイヤーとして沢山弾かない感じっていう両方のそぎ落とし感ですね。

『Ghost Notes』の時はハイハットの微妙なゴーストノーツだったり、エレピのゴーストノーツだったり、細かいニュアンスを出したかったし、生身の演奏のグルーヴ感にこだわってたんですけど、『Susanna』にはそこはないかもしれないですね。もっとトラック全体のグルーヴっていうか。

――バンド的な考え方のグルーヴっていうのとはちょっと違う考え方ですよ。ドラマーとベーシストのコンビネーションみたいな生々しいグルーヴじゃなくて、音色と音域の異なる音で組み合わせたパズルみたいなグルーヴというか。それによって明らかに質感が違うから、前作とは違いが大きくて、みんなびっくりするかなって思いますけど。

そうだといいんですけどね(笑)

――割と四つ打ちっぽい曲が多いけど、その中にトラップっぽいのもちょっと混じってます。でも、トラップやってるのが目立つ感じでもないのが面白いですね。

僕としてはトラップっぽいビートを取り入れるのは初めてなんですけど、世の中的には「今更?」って感じじゃないですか。でも、あくまで自分の音楽としてやらないとただ取り入れるだけじゃなダメだなと思っていたんですよね。

――なんで今やろうと思ったんですか?

『Ghost Notes』の時から考えていたと思うんですけど、あれをやった後にやろうってことでこのタイミングになってしまったって感じですかね。

――前作に入ってたらサウンド的に合わないのはわかりますね。

そうなんですよね。アルバムごとのコンセプトも大事だなと思ってるので。でも、一回、ジャンルごちゃまぜで、ソロピアノとかも途中に入っているようなものも作りたいとも思ってるんですけどね。ビートルズ『White Album』みたいな得体のしれない感じも好きなんですよね。

――さっきから名前が出るけど、けっこうビートルズなんですね。

そうですね。めっちゃ聴いてましたから。

――みんな好きだろうけど、こんなにインタビューで名前を出すとは思わなかったからびっくりしました。

コロナ始まってから、家でレコードを聴く時間が増えたので、ビートルズもレコードで買い始めてます。今までCDしか持ってなかったんで。最近はオスカー・ピーターソンが好きなんですけど、今までなら絶対聞いてこなかったところなんですよ。僕はマイルス・デイヴィスが大好きなので。マイルスの自伝にオスカー・ピーターソンとか絶対出てこないじゃないですか。オスカー・ピーターソンも部屋でかけやすいってのもあるのかな。あと、ジョージ・シアリングも好きですね。

――そういう楽器上手い系の流麗なピアニストを聴いてるんですね。確かに意外。

大学時代の友人のMonologジョージ・シアリングが大好きで、20歳くらいのころに彼もハマってて、僕は当時はそんなにハマらなかったけど、今ハマってますね。

――ジョージ・シアリングって実はいろんなことをやってる人ですよね、ラテンジャズやったり、ポップスのカヴァーやったり、“バードランドの子守歌”みたいなスタンダードも書いてるし。

ポップスなんですよね。それこそ曲の尺も短いんですよ。

――前作まではライブでやる感じが想像しやすかったと思うんですが、『Susanna』はドラムセットとベーシストっていう感じの音じゃないし、鍵盤もあまり弾いてないから、今までで一番ライブが想像しにくいアルバムですよね。ライブで盛り上がるテンポがいいって言ってたけど、一方でライブでやりづらそうな曲でもある。

それもそうなんですよね。作ってるときにはライブでどう再現しようかとか考え過ぎちゃうとそこでできることを狭めちゃうことになるので気にしないようにはしてるんですけど。とはいえ、作ってるときに「ライブでやったら楽しそうだなとか」「ここはこういう風に弾いてもらおう」とかも考えちゃってますよね。

――あまり変化もないし、リズムもループですけど、そこは逆に変えようがいくらでもあって、解釈のし甲斐があるって感じですか?

まだやってないので、全然わからないんですけど、ライブにはライブの熱量を入れたくなるので、どうしようかなって感じですね。

――リミックスやリエディットみたいになるんですかね?そのまま再現したら、時間短いからすぐに終わるし。ドラマーはドラムパッドとかを使ったら、普通のバンドとはまた別のことができるかもって考えるとライブも面白い気がしますね。

最近は菅野颯(BREIMEN)くんって若いドラマーに頼んでいるんですけど、彼はパッドも使うし、トラップのビートも普通に叩けるし、発想もあまりドラマーっぽくなくて、トラックメイカーっぽいんですよね。ヒップホップばっか聴いてるし、ビートも作ってますしね。ミュージシャンもどんどん進化しているので、ライブで出来ることも変わっていくとは思うんですよ。僕は古いタイプなのでライブでは熱量を込めたいんですよ、マイルスの影響も大きいんで。『Bitches Brew』と同時期のライブ盤を聴くとスタジオ盤と全然違うじゃないですか。ああいうのが好きなんで。

自身の言葉を紙に残しておくこと

――ちなみに今回、ライナーノーツにもインタビューを載せたいってことになって、このインタビューをやってるんですけど、それってどういう思いがあってのことなんですか?

今回、テキストに残しておきたいと思ったのは紙に残しておきたいなっていうのはすごくあったんです。僕は昔のLPを最近は掘っていて、50年代や60年代のジャズとかソウルとかを買ってるんですけど、ライナーノーツが入ってるじゃないですか、僕はそれが好きなんです。今はネットにいっぱい僕のインタビューがあるんですけど、50年とか100年とか先にそれが残っているかどうかわからないじゃないですか。だから、自分のインタビューを残すには紙にしておくのが一番強いなと思って。僕はもともと喋るのが得意じゃないし、書くのも得意じゃないし、やっぱりミュージシャンなら音楽で伝えるべきだって思っている人間ではあるんですけど、それでもやっぱりアルバムを作ったときに自分がどういうことを思っていたのかとか、感じていたのかとか、そういうことは残しておくべきなんじゃないかなと思い始めたんです。だから今回はライナーノーツ用のインタビューをお願いしたんですよね。

――LPだとマイルス・デイヴィス『Kind of Blue』のジャケットにライナーノーツが載ってて、それをビル・エヴァンスが書いてるとか、そういうのも紙に印刷されてるから残っているんですよね。僕もライナーを読むのは好きなのでよくわかります。

そう。だからCDやLPにくっつけておくのが確実で、絶対残るなと思って。

――最近、友達がインスタにジミー・ジェフリーのレコードをアップしてて、ライナーはジム・ホールだって書いてたから、写真送ってもらって読んだりしたんですよね。そういうのありますよね。資料が少ないミュージシャンだったら情報はライナー頼りだったりするし。それにミュージシャンの言葉と音楽がセットになっているとファンはうれしいですよね。

僕も気になった作品があったら、その人がどんなことを言っているのかをチェックしますからね。その作品について深く知るための材料になりますから。

Kan Sano『Susanna』
・通常版:OPCA-1047/2,500円 (+tax)
・限定版 (2CD) :OPCA-1048/3,000円 (+tax)
・LP:OPAE-1016/3,000円 (+tax)
・レーベル:origami PRODUCTIONS

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