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NYのジャズ・シーンで愛されている川上浩平という日本人とオフィス・ズーのこと

僕は『Jazz The New Chapter』という本を2014年からだいたい年に一冊ペースで出している。2020年に『Jazz The New Chapter 6』を発売したので、現在6冊。今は7冊目を制作中だ。

内容はというと21世紀以降のジャズをまとめたもの。2000年代にジャズの世界から出てきて、ジャズの枠を超えて活躍しているロバート・グラスパーをはじめ、カマシ・ワシントン、サンダーキャット、ホセ・ジェイムスなどなど、2000年以降に出てきたジャズ・ミュージシャンたちを紹介してきた。

僕はもともと音楽が好きで、たまたま通っていた大学の近くにあったジャズ喫茶にいったのがきっかけで、20代のころからジャズを聴くようになった。最初は50年代や60年代のジャズ、もしくはDJやヒップホップのプロデューサーたちが影響を受けた60-80年代のジャズを中心に聴いてきたが、徐々に自分とも遠くない世代のジャズの面白さに気付き、新譜を聴くようになり、ジャズにライブにも足を運ぶようになった。ジャズを”レコードの中にある歴史的な音楽”ではなく、”今も新しい表現を求めて試行錯誤が行われている現在進行形の音楽”として聴くようになった。

そうやって、同時代のジャズを聴き始めるようになってから、海外のアーティストの来日公演にも足を運ぶようになった。主に行くのはブルーノートやコットンクラブなどが中心だったが、新宿のピットインや南青山のボディ&ソウルでも行われている来日公演にも行くようになった。

Blue NoteやConcord、ECM、Verve、Nonsuchのようなメジャー傘下の大きなレーベルではなく、SunnysideやFresh Sound、High Note、Mac Avenue、Motema、Pi Recordingsのようなインディペンデントなレーベルからリリースされている作品を主にチェックするようになってから、それらのアーティストの来日公演は同じプロモーターが度々日本に招聘していることを知る。

それがオフィス・ズーというプロモーターだった。

オフィス・ズーは川上浩平さんが川上千鶴子さんと夫婦でやっている小さなプロモーターで、だいたい月に一組のジャズ・ミュージシャンを日本に招聘している。

彼らはまだ日本での知名度が低くて来日が実現しそうにないけど、海外のシーンを追っているジャズ・ファンにとっては今、最も来日を熱望しているようなアーティストを的確にチョイスしていた。カミラ・メサファビアン・アルマザンも、アンブローズ・アキンムシーレシャイ・マエストロも、ペトロス・クランパニスクリス・デイヴィスもみんなオフィス・ズーが日本に呼んでくれた。ニア・フェルダーギラッド・ヘクセルマンウィル・ヴィンソンニタイ・ハーシュコヴィッツも、と上げていけばキリがない。つまり僕らジャズ・ファンの希望をいちいち叶えてくれていたのはオフィス・ズーだった。

挾間美帆『Dancer in Nowhere』で歌ってるカヴィタ・シャーも、サンダーキャットのバンドのドラマーのジャスティン・ブラウンも、アンブローズ・アキンムシーレ作品に欠かせないピアニストのサム・ハリスも僕が初めて観たのは全てオフィス・ズーの公演だった。そんな例は枚挙にいとまがない。

僕が音楽ライターとして、海外のジャズミュージシャンの取材をしていると、「コウヘイを知ってる?私も友達なんだよね」「SNSでコウヘイと一緒に写真に写ってるのを見かけたけど、あなたはコウヘイの友達なんだね。コウヘイは元気?」と言われることが何度もあった。

ロバート・グラスパーカート・ローゼンウィンケルマーク・ターナーケンドリック・スコットマーカス・ギルモアもみんな若き日にオフィス・ズーの企画で日本でのライブを実現させていて、カワカミさんを慕っていることがわかった。ロバート・グラスパーが「コウヘイ、あいつはデンジャラスなやつだ、気をつけろよ笑」と笑っていたのを思い出す。

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(※シャイ・マエストロと川上さん)

彼ら日本のリスナーの前で演奏できたことや日本のファンと交流できたこと、そして、そのきっかけを作ってくれたオフィス・ズーにとても感謝していた。取材した際に、インディペンデントなレーベルからリリースした自分の作品のプロモーションを日本でも出来ることのありがたさを語ってくれることは少なくない。あとあとブルーノートやコットンクラブやビルボードに出演するようんなった際に、アーティストがいつも川上夫妻を招待して、楽屋に招いているのを見ていて、その素敵な関係にいつも心が温まる。

オフィス・ズーは大きな会社ではないし、派手なイベントをやるわけではない。メディアで紹介されるわけでもない。ただ、長い間、地道にアーティストといい関係を作り続けてきた蓄積がそこにはあり、築いてきた友情や信頼関係のおかげで僕らは日本にいながら、まだ大きな知名度はないが今、生で観てみたい海外のジャズ・ミュージシャンの演奏に気軽に触れることができていた。

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(※リンダ・オーとファビアン・アルマザンと川上さん)

そして、アーティストとの関係性の中で得た情報と川上さんの確かな耳で選ぶ来日公演のラインナップは外れがなかった。クオリティの高い楽曲や演奏をもつアーティストだけでなく、チャレンジングな姿勢を好んでいた。だからこそオフィス・ズーが招聘する際にはアーティストは自分の音楽・自分の演奏を思う存分に表現することができた。ライブの後に川上さんは「普通のジャズとは違うかもしれないけど、素晴らしい音楽だよね」とよく言っていた。イスラエル出身でモロッコ音楽の影響を受けているピアニストのオムリ・モールや、チリ出身でインディーロックからチリのフォークソングまでを視野に入れたギタリストでヴォーカリストのカミラ・メサをしれっと招聘するのがオフィス・ズー。優れたレーベルが良質な作品しかリリースしないのと同じことだ。僕はオフィス・ズーが呼ぶアーティストならば良いに違いないと思って、レーベル買いをするようによく知らなくてもとりあえず観に行っていた。そんなプロモーターを僕は他に知らない。

「オフィス・ズーはニューヨークの気鋭の若手ミュージシャンに日本のオーディエンスと音楽を共有する機会を直接与えてくれています。Koheiの存在を抜きにしては、たくさんのそのような若手ミュージシャンは日本でプロジェクトを発信することはできないでしょう。」ウォルター・スミスⅢ
「彼らは日本とニューヨークのジャズ・コミュニティとの貴重な繋がりを提供してくれて、それは創設者のKohei Kawakamiの仕事への愛と献身の結果であり、それが彼が世界中のミュージシャンから感謝され、尊敬されている理由だと思います。」ラーゲ・ルンド
「オフィス・ズーは40年以上もの間、巨匠においても新進気鋭の若手においてもアメリカの素晴らしいJazzアーティストを日本のオーディエンスに伝えるために不可欠な役割を果たしてきました。アメリカでJazzをプレイしている全ての世代のミュージシャンたちがオフィスズーに感謝しています。」アーロン・ゴールドバーグ
「Koheiは70年代の頃からずっと最新の最先端のジャズシーンのミュージシャンを日本に発信することに人生を捧げています。これは音楽への純粋な愛に他なりません。彼は多くの人から日本の宝だと称賛され、尊敬されています。」マイク・モレーノ

最初にも書いたが、僕は『Jazz The New Chapter』という現在進行形のジャズを紹介する本のシリーズを続けている。ささやかながら現在進行形のジャズの面白さを少しでも知ってもらおうと思ってやっている。そこでは多くのアーティストに取材をさせてもらえる機会を得ることができて、彼らとつながりを得ることもできた。

それらの中には川上さんの活動のおかげで実現したものも少なくない。むしろ、僕がやっているようなことは川上さんの掌の上で踊っていたにすぎないとも思う。僕らリスナーが心から「生で観たい」「生で聴きたい」と、そして、音楽ライターとして「もっと多くの人に知ってもらいたい」「このアーティストの話を聞きたい」と、思えるようなアーティストたちとたしかな関係を築いて、地道に日本での演奏の場を作り続けているオフィス・ズーは日本におけるジャズ文化における最も尊い存在のひとつだと僕は思っている。

僕らはどうしても目立つ場所だけを、数字が大きなところだけを見てしまいがちだが、こういう確かなことを地道に積み重ねている人たちが音楽を支えているのだとオフィス・ズーを見ていると改めて気づかされる。土を耕し、種を蒔くように、活動している彼らは世界屈指のジャズ・ミュージシャンたちを首都圏だけでなく、京都名古屋、更には岡山静岡にも連れていき、全国各地での公演を企画する。こういった活動がしずかに、そして確実に文化を広めていく。

そんなツアーをして、全国を回ることでアーティストたちは日本の魅力により深く魅かれるようになる。取材中に岡山や京都で立ち寄った場所の美しさをアーティストから聞かされたり、写真を見せられることもある。「美しい庭園がある寺で瞑想をしたんだ。素晴らしい経験だった。」なんて話をし始めるアーティストもいる。おそらくこれもまたオフィス・ズーがアーティストから信頼される理由なのだろう。何度も繰り返すが、そういったささやかな気遣いと交流の積み重ねが日本と海外のジャズ・ミュージシャンの結びつきを強くしていると僕は考えている。

「大都市や歴史的な街、そして日本各地を回っていくオフィス・ズーのツアーは、これまでにないような最高の体験を提供してくれます。」ヴィセンテ・アーチャー
「行ったことのなかった美しい街で過ごし、演奏できることはいつだって特別な時間で、忘れられない瞬間を一緒にツアーしたミュージシャンと過ごせたこと、そんな機会を与えてくれた。」テイラー・アイグスティ

僕はオフィス・ズーを見ていると、音楽に関わること、音楽を仕事にすることについてのヒントを教わっているような気持になる。僕にとってそんな特別な存在なのだ。

そういえば川上さんはミシェル・ペトルチアーニとも特別な親交があったらしい。そんな話もいつか聞いて記事にしたいと思っている。

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(※ミシェル・ペトルチアーニと若いころの川上さん)
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ジャズのプロモーター"オフィス・ズー"がコロナで活動停止を余儀なくされ、クラウドファンディングでサポートを募っています。
コロナ終息後、日本で再びオフィス・ズーが招聘してくれた海外アーティストの素晴らしい演奏を見られるようにするためにもサポートいただけると幸いです。

※これは川上さんに協力してもらって初めてカミラ・メサに取材した時の写真。ここからカミラにも存在を知ってもらえて、何度か取材するようになって、今年は以下の記事を作ったりもした。それもオフィス・ズー経由での交流から始まったことだなと思います。


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79年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。 21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に鼎談集『100年のジャズを聴く』など。 Instagramで「24時間で消えるディスクレビュー」やってます。

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