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『AA 五十年後のアルバート・アイラー』に寄稿したこと:フリージャズ通ではない僕が起用されている理由

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この本で柳樂は以下の2つの記事を担当しています。

●アルバート・アイラー 主要ディスク・ガイド 柳樂光隆 細田成嗣

▲鼎談 フリー・ジャズの再定義、あるいは個別の音楽に耳を傾けること 後藤雅洋 村井康司 柳樂光隆 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂

「アルバート・アイラー 主要ディスク・ガイド」に関しては手が空いた時にInstagramでやっている”24時間で消えるディスクレビュー”として書いたものを転載したいと言われたので、少し修正して載せています。ディテールやデータを調べてまとめるのではなく、基本的には聴いて感じたことを書いてます(※データに関しては編集のほうでチェック済み)。

「鼎談 フリー・ジャズの再定義、あるいは個別の音楽に耳を傾けること」は後藤雅洋、村井康司と3時間とか4時間とか話したものをまとめた5万字越えの鼎談です。

この鼎談のための資料として作っていった「アルバート・アイラーを中心としたフリージャズ系ミュージシャンのアルバムのリリースをまとめた年表」も掲載されています。

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この本は500ページ越えのボリュームの本で、その中でアルバート・アイラーに関する知識も思い入れもある大勢の執筆者の方々が様々な方向からアイラーを分析しています。

そんな本の中に載る鼎談における即興的な会話の中でアイラーの音楽性を分析しても他の方の論考と被ってしまうだろうし、わざわざ載せるべき記事にならないと感じていました。なので、ここで僕はアルバート・アイラーのディテールをリサーチして分析するのではなく、アルバート・アイラーを取り巻く同時代の状況について俯瞰したような話をしています。例えば、それはアイラーがアルバムをリリースしていた頃のインパルスのレーベルメイトとの比較だったり、同時代のフリージャズ系の作品との比較だったり、そういったものです。細かい要素は読み進めたら詳しいことが書いてあるはずということで、本の導入のひとつって感じで、大きな話をしている、とも言えると思います。

その俯瞰した大きな話のために用意したのが「アルバート・アイラーを中心としたフリージャズ系ミュージシャンのアルバムのリリースをまとめた年表」です。別件で何本か年表を作っていた時期だったのと、以前『Miles Reimagined』という本を作った際にも同じような発想で「渡辺貞夫/マイルス・デイヴィスの年表」を作っていたのもあり、こういうものをささっと作る癖がついていました。なので、今回に関しては鼎談をいい具合に進めるための配布資料として人数分を印刷して持って行ったものですが、細田くんが載せたいというのでアイラー本に使ってもらうことにしました。

鼎談と年表の二つを組み合わせて読んでもらえるといろいろすっきり見えてくるようになる気がします(し、一冊通して、あらゆる記事を読む際に使える気がします)。どのフリージャズ・アルバムがどのロック・アルバムと同年にリリースされていたかをチェックしながら見てみると、時代のムードがより感じ取れるようになる気がします。

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またここで最もやりたかったのは、近年、Jazz The New Chapterからジャズを聴くようになったようなリスナーの方もこの本を読む可能性があると思ったので、そういった方のために”フリージャズをより親しめるようなものにする”ための話だったりします。

フリージャズというとどうしても難しそうみたいなイメージがあるのと、変な音楽、特殊な音楽、いかれた音楽、過激な音楽、ぶっとんだ音楽みたいなイメージがある気がします。リアルタイムでは実際にそう受け止められていたのだろうし、そういう側面はもちろんあると思います。ただ、アイラーが活動していた60年代から70年代初頭にインパルス・レーベルなどでアイラー周辺のミュージシャンがリリースしていた”アメリカのフリージャズ”を今、改めて聴いてみると拍子抜けするほどに普通に聴けるような”ジャズ”だと感じたりすることも少なくありません。ものによっては素朴ささえ感じることも。実際に僕も00年ごろにジャズを聴き始めたころ、名盤ガイドを片手にフリージャズの代表格といわれるアーティストのCDを買って聴いた際に「あれ、けっこう普通だなと…」と何度も思っ(てちょっとがっかりし)たくちです。

その理由にはアイラーが亡くなる前の時代のアメリカのフリージャズの多くがずいぶんシンプルに聴こえたからというのはあると思ってます。その後、フリージャズも多くのジャズと同じように先鋭化したり、ハイブリッドになったりと、多様化していくわけで、そういうものを先に聴くとそれ以前のものにはどこか素朴に聴こえてしまい、過激さみたいなものを求めて聴くと少し物足りなかった、というのもあるのかもしれません。ジョン・ゾーンも聴いていれば、デレク・ベイリーなどのヨーロッパのフリー・インプロも阿部薫あたりの日本のフリージャズも聴いていたわけですし、アメリカのジャズに寄せても、例えば、オリヴァー・レイクやフランク・ロウあたりのロフトジャズ以降のおどろおどろしいフリージャズのほうがわかりやすく過激に聴こえたことや、サウンドや質感などに関して言えば、デヴィッド・S・ウェアやトーマス・チェイピンあたりの方が過激さも感じつつ、しっくりきたというのもある気がします。

なので、アルバート・アイラー本をきっかけに、アルバート・アイラーを起点に”フリージャズってどういうものなんだろう?”みたいなことを3人で話したらいいかなと思いました。

またフリージャズというと「考えるな感じろ」的な何も考えずに情報も入れずに純粋に音だけを聴けばその良さがわかるみたいなことを言われそうなイメージがあります。ただ、せっかくの機会だし、そうじゃない提案もできたらいいかなと考えていました。なので、ここでは”こういう視点で聴いてみたらいいんじゃない?””フリージャズって言われてるけど、こういう聴き方のほうが良さそうじゃない?”みたいなことを話しています。

つまり、フリージャズの入門的な話をしてみようというのが狙いだったりします。前述したようないかれた、過激な、みたいな語り口で突き放さないような語り方、と言えるかもしれません。

そういうことをやろうと考えた理由はいくつかあります。そもそも僕は監修者の細田成嗣くんのことは『Jazz The New Chapter』で原稿を書いてもらったり、『100年のジャズを聴く』を手伝ってもらっているのもあり、それなりに知っているんですが、彼も僕のことはそれなりにわかっていて、僕がアルバート・アイラーを聴いていて、それなりに把握はしているけども、熱心のリスナーでは決してないこともわかっているはず。それでも僕に依頼してきたのにはそれなりに理由があると考えました。

おそらくですが、この本ではアルバート・アイラーやフリージャズに対する熱心なファン、もしくはフリージャズ史やフリージャズの現状などに関しても専門性を持っている方々が執筆している記事がかなり多いと思います。実際に記事の多くはそんな熱意や思いが感じられるものばかりです。そんなガチな執筆者の集まりの中に、一歩引いた”ファンではない”立場で、なんならドライな態度と言ってもいい書き手が名前を連ねていることも読者にとっては意義があるのではないかと細田くんが考えていると僕は予想しました。

僕は数年ぶり、なんなら10年ぶりとかに聴く(埃がかぶった)CDを棚の奥から取り出しては、ひっさびさにアルバート・アイラーを聴きました。ついでに、白状しちゃうと僕はインパルスならコルトレーンがダントツで好きだし、後はミンガスが好きですし、アーチー・シェップに関してもフリージャズ要素が薄めのレアグルーヴ寄りの作品の方が好きです。普段、ジャズに関しては広く聴いているつもりですが、フリージャズに関しては気になる新譜があったら聴いてみる感じで積極的に聴いているかと言われたら答えはNOだと思います。だからこそ『Jazz The New Chapter』ではフリージャズやインプロ寄りのものに関しては、ほぼ細田くんにお願いしている状況があります。

ただ、細田くんは僕がフリージャズに関してはそのくらいの距離感で聴いていることは知っていて、その上で依頼しているわけです。一方で、細田くんは僕がONJQ/ONJOや森山威男(と彼が参加している時期の山下洋輔トリオ)のファンだったことも知っています。

といった状況を鑑みて、「好きは好きだけど、熱心ではない」という距離感を知ったうえでオファーしてきているであろうことに応える”微妙な温度感”や”微妙な態度”が僕の役割だと思って、その感じでやったというのがレビューや鼎談という感じです。

鼎談の中にほぼ理由みたいなものを語ってますが、ここでは言葉遣いや言葉選びに関しても、ある種のシリアスさや諧謔性、大仰さみたいなものが出ないように話しているので、ライトで、身近で、軽薄で、迂闊で、つまりこの本の中では異質で浮いているわけですが、それゆえにちょうどいい入門になったらいいなと思っています。(※愛情が軽いし、下らないと感じたら飛ばしてもらったほうがいいかもしれません。)

たまにはこういうカジュアルな音楽評論の言葉=Jazz The New Chapterで使っているような語り口で書かれたフリージャズ論みたいなものがあってもいいんじゃないかなと思ったのもあります。

本の中でも何度もネタになってますが、アイラーといえば「破壊せよ」とアイラーではない日本の作家の人が言ったことが有名ですが、”「破壊せよ」のイメージをしれっと消し去っちゃおうぜ”といったところが僕の意図であり、細田くんが僕を起用した意図なのかなとも思っています。

ちなみにアルバート・アイラーは代表的な作品はほぼSpotifyやAppleMusicで聴けると思いますし、僕が作った年表に載っているアーティストの代表作もほぼ聴けると思います。本自体はちょっといい値段ですが、500ページのボリュームをストリーミングと併せて読めば、1年くらいは余裕で楽しめると思いますし、アルバート・アイラーを中心に様々なジャズを発見できますし、ジャズ以外の音楽へも行けるかと思います。そう考えると、なかなかお得な本だともいます。

なので、ぜひストリーミングのお供に買って読んでみてください。

『AA 五十年後のアルバート・アイラー』
編者 細田成嗣

装丁・組版 田中芳秀
四六判並製:512頁
本体価格:3,800円(+税)
ISBN:978-4-910065-04-5

ニューヨークのイースト・リヴァーで変死体が発見されてから半世紀——未だ謎に包まれた天才音楽家アルバート・アイラーの魅力を解き明かす決定的な一冊が登場!

34歳で夭折したフリー・ジャズの伝説的存在、アルバート・アイラー。ジャズ、ロック、ファンク、R&B、カリプソ、民謡、ノイズ、インプロ、現代音楽、または映画や文学に至るまで、ジャンルを飛び越えて多大な影響を与え続けるアイラーの全貌を、2020年代の視点から詳らかにする国内初の書籍が完成した。

総勢30名以上のミュージシャン/批評家/研究者らによる、緻密な音楽分析をはじめ、既存の評論やジャーナリズムの再検討、または社会、文化、政治、宗教にまで広がる問題を多角的に考察した“今読まれるべきテキスト”を収録。さらに初の邦訳となるアイラーのインタビューのほか、アイラーのディスク紹介、ポスト・アイラー・ミュージックのディスクガイド、アイラーの年譜、全ディスコグラフィー、謎多きESP盤に関するマニアックなウンチクまで、500頁以上にも及ぶ超濃密な内容!

「今アイラーについてあらためて考えることは、“偉人”をその偉大さにおいて再評価することではなく、むしろわたしたちがどうすればよりよく生きることができるのかといった、きわめて卑近な問題について考えることでもあるのだ」——序文より

「かつて『AA』なるインタビュー映画を世に出した。
そのタイトルは「間章(あいだ・あきら)」を意味した。
そこにしばしの躊躇がなかったわけではない。
「AA」といえば「アルバート・アイラー」ではないか。
ダブルイニシャルの呪術の無闇な濫用への畏怖は、
それでもいま現れるこの書物とのさらなる「一にして多」を言祝ごう。」 ——青山真治(映画監督)

▼執筆者一覧
imdkm/大谷能生/大友良英/大西穣/菊地成孔/工藤遥/纐纈雅代/後藤雅洋/後藤護/齊藤聡/佐久間由梨/佐々木敦/竹田賢一/長門洋平/柳樂光隆/奈良真理子/蓮見令麻/原雅明/福島恵一/自由爵士音盤取調掛/不破大輔/細田成嗣/松村正人/村井康司/山﨑香穂/山田光/横井一江/吉田アミ/吉田野乃子/吉田隆一/吉本秀純/渡邊未帆

▼目次
●序文

Ⅰ アルバート・アイラーの実像
●アルバート・アイラーは語る
——天国への直通ホットラインを持つテナーの神秘主義者 取材・文=ヴァレリー・ウィルマー 訳=工藤遥
——真実は行進中 取材・文=ナット・ヘントフ 訳=工藤遥
——リロイ・ジョーンズへの手紙 訳=工藤遥
——アルバート・アイラーとの十二時間 取材・文=児山紀芳
●アルバート・アイラー 主要ディスク・ガイド 柳樂光隆 細田成嗣

Ⅱ コンテクストの整備/再考
▲鼎談 フリー・ジャズの再定義、あるいは個別の音楽に耳を傾けること 後藤雅洋 村井康司 柳樂光隆 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂
●ユニバーサルなフォーク・ソング 竹田賢一
●星雲を象る幽霊たち——アルバート・アイラーのフォーメーションとサイドマン 松村正人
●抽象性という寛容の継承——アメリカの現代社会と前衛音楽の行く先 蓮見令麻
●英語圏でアイラーはどのように語られてきたか——海外のジャズ評論を読む 大西穣
【コラム】アルバート・アイラーを知るための基本文献

Ⅲ 音楽分析
▲対談 宇宙に行きかけた男、またはモダニズムとヒッピー文化を架橋する存在 菊地成孔 大谷能生 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂
●アルバート・アイラーの音楽的ハイブリッド性について——〈Ghosts〉の様々な変奏に顕れるオーセンティシティ 原雅明
●カリプソとしてアイラーを聴く——根源的なカリブ性を内包する〝特別な響き〟 吉本秀純
●アルバート・アイラーの「ホーム」はどこなのか?——偽民謡としての〈ゴースツ〉 渡邊未帆
●アルバート・アイラーの技法——奏法分析:サックス奏者としての特徴について 吉田隆一
●サンプリング・ソースとしての《New Grass》 山田光
【コラム】シート・ミュージックとしてのアルバート・アイラー

Ⅳ 受容と広がり
●アルバート・アイラーへのオマージュ——ヨーロッパからの回答 横井一江
▲インタビュー 《スピリチュアル・ユニティ》に胚胎するフリー・ミュージックの可能性 不破大輔 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂
●むかしむかし『スイングジャーナル』という雑誌でAAが注目を浴びていた——六〇年代日本のジャズ・ジャーナリズムにおけるアルバート・アイラーの受容過程について 細田成嗣
▲インタビュー ジャズ喫茶「アイラー」の軌跡——爆音で流れるフリー・ジャズのサウンド 奈良真理子 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂
●アイラーとは普遍的な言語であり、体系をもたない方法論である——トリビュートを捧げるミュージシャンたち 齊藤聡
●ポスト・アイラー・ミュージック ディスク・ガイド 選・文=細田成嗣

Ⅴ 即興、ノイズ、映画、あるいは政治性
▲インタビュー 歌とノイズを行き来する、人類史のド真ん中をいく音楽 大友良英 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂
●現代から再検証するアルバート・アイラーの政治性と宗教性——ブラック・ライヴズ・マター期のジャズの先駆者として 佐久間由梨
●録音/記録された声とヴァナキュラーのキルト 福島恵一
●アルバート・アイラーによる映画音楽——『ニューヨーク・アイ・アンド・イヤー・コントロール』をめぐって 長門洋平
●制約からの自由、あるいは自由へと向けた制約——アルバート・アイラーの即興性に関する覚書 細田成嗣

Ⅵ 想像力の展開
●破壊せよ、とアイラーは言った、と中上健次は書いた 佐々木敦
●少年は「じゆう」と叫び、沈みつづけた。 吉田アミ
▲対談 祈りとしての音楽、または個人の生を超えた意志の伝承 纐纈雅代 吉田野乃子 取材・文=細田成嗣 註釈=山﨑香穂
●ジャズとポスト・ドキュメンタリー的「ポップ」の体制——《ニュー・グラス》について imdkm
●アイラー的霊性——宗教のアウトサイダー 後藤護
【コラム】ドキュメンタリー映画『マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー』について

Ⅶ クロニクル・アイラー
●アルバート・アイラー 年譜 一九三六—一九七〇 作成=細田成嗣
●ALBERT AYLER DISCOGRAPHY 自由爵士音盤取調掛
——Index of Recording Dates
——第3巻の真実
——スピリッツ講話
——ベルズ報告

●後書
●索引 註釈=山﨑香穂
●執筆者プロフィール


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