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21世紀のブラジリアン・ジャズ ディスクガイド with PLAYLIST

日本では2010年ごろ、アントニオ・ロウレイロの1stが(音楽評論家の高橋健太郎により)発見されたことから徐々にブラジルの音楽シーンの新しい世代に注目が集まるようになった。そこからアントニオ・ロウレイロを中心としたミナスやサンパウロのミュージシャンたちによるシーンの存在が明らかになり、ハファエル・マルチニフレデリコ・エリオドロら、個々のミュージシャンについても情報が届くようになっていった。

その後、アントニオ・ロウレイロやハファエル・マルチニらが日本のレーベルからアルバムをリリースするようになったり、来日公演をするようになったり、ちょっとしたブームのような状況にもなり、小さな盛り上がりを見せた。くるり主催の京都音博に2015年にアントニオ・ロウレイロ、2017年にハファエル・マルチニ、アレシャンドリ・アンドレスが出演したのもそんな流れのひとつと見ていいだろう。

ちなみにその少し前に2010年ころにカルロス・アギーレアカ・セカ・トリオらを始めとしたアルゼンチンの現代版フォルクローレのミュージシャンたちが発見され、その流れから近い音楽性を持っていた隣国ブラジルのアンドレ・メマーリらも紹介されていたこともそういった新しいブラジル音楽への関心を後押ししたのだろうと思う。

そのアントニオ・ロウレイロを中心としたブラジルの新世代の音楽は、南米音楽のリスナーだけでなく、ジャズのリスナーをも魅了した。これまでジャズ・リスナーが聴くブラジル音楽のイメージは長い間、更新されていなく、ジャズのリスナーがブラジル産のジャズの新譜を同時代の音楽として聴くような感覚があまりなかったのが現状だった。

そんな中で発見されたアントニオ・ロウレイロらの世代は明確に同時代の世界のジャズと共振していた。90年代末以降のブラッド・メルドーカート・ローゼンウィンケルら、そして、00年代から2010年代のロバート・グラスパーらといったアメリカのジャズシーンを中心としたサウンドとの共通点が見られ、それはつまり彼らがジャズに取り入れていたロックやヒップホップ、エレクトロニック・ミュージックなどの要素も聴くことができた。ハイブリッドさも含めて、彼らは同じ時代を共有していた。

2017年、ブラッド・メルドーやマーク・ターナーらとともに2000年代のジャズに革新をもたらしたギタリストのカート・ローゼンウィンケルがKurt Rosenwinkel『Caipi』をリリースした。もともとトニーニョ・オルタをはじめ、ブラジル音楽からの影響を公言していたカートだったが、ここではアントニオ・ロウレイロフレデリコ・エリオドロ、そして、また日本ではほとんど知られていなかった新鋭ギタリストのペドロ・マルチンスが起用され、ミルトン・ナシメント系譜のブラジル・ミナス地方のサウンド×カートが何度もコラボレーションしているQティップ経由のヒップホップ的なハイブリッドなサウンドに大きく貢献していた。

ここでの活躍がきっかけでペドロ・マルチンスの名は徐々にシーンに広まり、2020年にはサンダーキャットの傑作Thundercat『It is What It is』のタイトル曲を共作し、LAで活動するベーシストのサム・ウィルクスSam Wilkes『Live On The Green』にも起用されるなど、一気にアメリカのジャズ・シーンにも食い込みつつある。

そんな現代ジャズとブラジルの蜜月が始まる予感が漂う状況が生まれている中、実際にブラジルの音楽の中でも特に”現代ジャズがどうなっているのか”はよくわからないところがあるし、メディアでも紹介されているのを見た記憶がない。ここでは《現代ジャズ・リスナーのためのブラジル音楽入門》ということで、『Jazz The New Chapter』を読んでいるようなリスナーのための、つまりブラッド・メルドーやロバート・グラスパーが好きなリスナーのための現代ブラジル音楽をピックアップして紹介しようと思う。

執筆・編集:柳樂光隆 協力:江利川侑介(ディスクユニオン・ワールドミュージック部門バイヤー)

ほぼCDも出ているのでディスクユニオンなどで買える商品も少なくないので、CD派の人は以下のリンクをどうぞ。

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※ここからは以下の形式でアーティストを紹介します。
 ■アーティスト名(楽器)
 活動地域or出身地
 ・推薦アルバム
 レビュー
 音源リンク

■ディアンジェロ・シルヴァ(P) 

 ミナス
 ・Deangelo Silva『Down River』『HANGOUT』 

ブラジル新世代のジャズ・ピアニストのディアンジェロ・シルヴァのデビュー作『Down River』ブラッド・メルドーを敬愛するジャズ・ピアニストが、ジンボ・トリオ系譜のジャズ・サンバ・スタイルのアコースティック・ジャズをメルドー経由の現代ジャズ的ベクトルで拡張しようとした意欲作。“ブラッド・メルドーがジャズ・サンバに挑戦したら?”的なありそうでなかった唯一無二のジャズ・アルバム。

そして、そのメルドーの影響を受けまくっているブラジルのジャズ・ピアニストが『Finding Gabriel』に触発されて制作したエレクトリック・ジャズ・アルバムが『HANGOUT』アントニオ・ロウレイロフレデリコ・エリオドロらとのバンドで、ディアンジェロ自身が”Hangout has a synthetic quality, a rock attitude, mad improvisations. But it also has sweet melodies.”と語るようにシンセサウンドやロック的なアティテュードがあり、そこでロウレイロやフェデリコのセンスがかなり貢献してた結果、オースティン・ペラルタやサンダーキャットとも通じるようなスペイシーなエレクトリック・ジャズに仕上がった。ディアンジェロが「スタジオでテクスチャーを作成するのに何時間もかかりましたし、多くの実験的な試みを行いました。その作業に煮詰まったらハングアウト(=飲みに出かけて)して、アイデアが浮かんだら急いでスタジオに行って試してみたり、そんな自由な感じで制作を進めました。」と語るように、ロウレイロのドラムのセッティングもロック仕様なだけでなく曲ごとに違うようにも聴こえるし、エフェクトやシンセでの音響的な効果がかなり加えられていたり、アコースティックなセッションの生々しさに特化した前作『Down River』とは対極のスタジオ録音ならではの音源になっている。

■アントニオ・ロウレイロ(Dr)

ミナス出身/サンパウロ在住
・Antonio Loureiro『SO』『Livre』

ロウレイロはパーカッション奏者であり、ドラマーであり、ピアニストであり、シンガーでもある。その多才さを活かして、セッションだけでなく、多重録音やポストプロダクションにより、ポストロックを思わせるようなサウンドを生み出す。その細部に彼が影響を受けたと語るマーク・ジュリアナブライアン・ブレイドデイブ・キングらを経由した現代のジャズが宿る。そして、ひとつの楽曲の中で時に大きく曲調が変化するストーリー性はマリア・シュナイダーらの作曲家だけでなく、ロウレイロと同じようにロックやエレクトロニカから多大な影響を受けていて、ポストプロダクションや生演奏と電子音の融合にも意欲的なティグラン・ハマシアンなどとの共通点を感じる。

■ペドロ・マルチンス(G) 

ブラジリア出身/ミナスのコミュニティと共演多数
・Pedro Martins『VOX』『Spider’s Egg』

カート・ローゼンウィンケル『Caipi』に起用される以前にペドロがリリースしていたデビュー作『Dreaming High』はカート(やアラン・ホールズワース)のフォロワー的現代ジャズ作品でその時点で既にブラジルのジャズシーンが変わり始める気配が記録されていた。その後、カートが立ち上げたHeartcore recordからカートをプロデューサー、ゲストにブラッド・メルドークリス・ポッターを迎え、アルバムを『VOX』を発表。カートやマイク・モレーノを愛するギタリストであるだけでなく、ビョークサン・ラックスルイス・コールナイジェル・ゴルドリッチが好きというだけあり、そういったハイブリッドな感性があるデビュー作は後にサンダーキャットに起用されることになるセンスを示している。その後、ルイス・コールと共にノワーをやっているジェネヴィェーヴ・アルターとのプロジェクト『Expensive Magnets』を結成したり、ロウレイロ&フェデリコらにデヴィッド・ビニーらを加えたライブ盤『Spider’s Egg』をリリースしたり、US現代ジャズ・シーンにさらに深く食い込み始めている。

■ハファエル・マルチニ(P)

ミナス
・Rafael Martini『Motivo』『Vortice』
Misturada Orquestra『Misturada Orquestra』

ピアニストで、作編曲家のハファエル・マルチニは他にもRamoやMisturada Orquestraといったアンサンブルにも参加している。クラシック寄りのオーケストラとも共演して作品も残していて、ブラジルにおけるボブ・ブルックマイヤーマリア・シュナイダー系譜の作編曲家として聴くことができる存在だと思うし、21世紀のUSのジャズ(例えば、マリア・シュナイダーやエスペランサ・スポルディングなど)に影響を与えているエグベルト・ジスモンチエルメート・パスコアルなどのブラジルの作曲家の系譜みたいな文脈で捉えてみても、その現代性が聴こえてくると思う。クラシカルなオーケストレーションやアレンジが特徴ではあるが、リズムがかなり複雑な楽曲も多く、ギジェルモ・クライン辺りと比べてみるのもいいかもしれない。

■ロウレンソ・ヘベッチス(G)

サンパウロ
・Lourenco Rebetez『O Corpo De Dentro』
Xenia Franca『Xenia』
Timeline Trio『Oroboro』

ロウレンソ・ヘベッチスはギタリストで作編曲家。カート・ローゼンウィンケルマイク・モレーノ的なギターも弾きつつ、マリア・シュナイダーを思わせる作編曲もし、その上で、ロバート・グラスパークリス・デイヴ的なヒップホップやネオソウルを通過したジャズ・ミュージシャンによる生演奏によるヒップホップ的ビートも取り込んでいる。ギターはトニーニョ・オルタ系譜とも言えるし、作編曲にしてもアメリカならギル・エヴァンスの流れだが、ブラジルならモアシール・サントスの流れとして聴けるもので、アメリカの現代ジャズとブラジル音楽の関係や類似点を結び付けたような意欲作として聴いてみてもいいだろう。ちなみにアフロ・ブラジルのパーカッションをリズムセクションに組み込んで土着的なリズムを取り入れ、同じくアフロ・ブラジル音楽を洗練された形で出力していた名作編曲家モアシール・サントスの音楽をアップデートしている本作はカエターノ・ヴェローソの名盤『Livre』とも比較されている。ヘベッチスはプロデューサーとして、アフロ・ブラジル音楽とネオソウルを融合したようなサウンドのシンガー、シェニア・フランサや変則編成グループのタイムライン・トリオを手掛けていたりもして、現在のブラジルには珍しいロバート・グラスパーやホセ・ジェイムス的な音楽性をブラジルらしい手法も加えつつシーンに持ち込んでいる。

■タチアナ・パーハ(Vo)

サンパウロ
・Tatiana Parra & Vardan Ovsepian『Triptych』『Lighthouse』

アメリカの現代ジャズではグレッチェン・パーラトベッカ・スティーブンスといったリズムが複雑化した楽曲にも対応できるリズム感覚に優れた器楽的な歌唱がヴォーカリストの登場がシーンを活性した。ヒップホップよりのジャズでもビラルレイラ・ハサウェイの存在なしにはここまでの隆盛はなかっただろう。そう言った文脈でブラジル人を紹介するなら真っ先に上がるのはタチアナ・パーハだろう。ブラジルのインストゥルメンタルの音楽を掘っていると、”歌”ではなく”声”が欲しい時に呼ばれるのはほぼタチアナ。彼女に関しては、アメリカとの比較もクソも世界屈指のヴォーカリストのひとりに違いないので、まずは聴いてみてほしい。

■フェリピ・コンチネンチーノ(Dr)

ミナス
・Felipe Continentino『Felipe』
・Plipp『Ephemeral』
Luis Leite『Vento Sul』

フェリペ・コンチネンチーノフレデリコ・エリオドロらのブラジルの新世代ジャズのコミュニティのドラマーのひとり。マーク・ジュリアナジヴ・ラヴィッツのようなソリッドでタイトなドラミングが得意で、参加作品を聴いているとエレクトロニックな音色で打ち込みっぽい質感のビートを叩いていたりもする。かと思えば、プリッピ名義で打ち込みで作ったエレクトロニック・ミュージックのアルバムをリリースしている。マーク・ジュリアナなどのドラマーだけでなく、ドラムと打ち込みを併用するタイプのドラマーとして、アントニオ・サンチェス『Bad Homble』ジャマイア・ウィリアムス『///// EFFECTUAL』イーライ・ケスラーローレンス・パイクイアン・チャン辺りと並べて聴くとその魅力は更に伝わるように思う。それと同時にギタリストのルイス・レイチ(G)のグループでのLuis Leite『Vento Sul』ではダイナミックに動き、バンドを刺激するようなドラミングもしていて、ジャズ・ドラマーとしての質の高さもわかる。現代のブラジルのコンテンポラリーなジャズシーンの中心人物であり、最重要人物のひとりだろう。

■ロドリゴ・タバレス(G)

ミナス
・Rodrigo Tavares『Congo』

フェリペ・コンチネンチーノ周辺で面白いのがギタリストのロドリゴ・タバレス。言われなければブラジル人だとはわからないサウンドが印象的で、トレモロ系のギターとフェンダーローズがひたすら心地よく揺れるドリーミーなサウンドは映画音楽もしくはサイケデリックなロックやエレクトロニカからの影響を思わせるもの。そういったハイブリッドなセンスが要求される作品に貢献しているのが、フェリペ・コンチネンチーノマルクス・アブジャウヂといった現代ジャズ系のミュージシャンだったりもする。

■ブルーノ・ヴェローゾ(B)
■マルクス・アブジャウヂ(P)

ミナス
・Bruno Vellozo『Acreditar』
・Marcus Abjaud『Rarefeito』

フェリペ・コンチネンチーノ周辺には同世代の優れたジャズミュージシャンたちが集まっていて、ブルーノ・ヴェローゾマルクス・アブジャウヂはフェリペを加えた3人で様々な作品で共演している。どちらもレベルの高い演奏が聴ける。

■フレデリコ・エリオドロ(B)

ミナス/サンパウロ在住
・Frederico Heliodoro『Verano』『Dois Mundos』『Acorder』

カート・ローゼンウィンケルブラッド・メルドーラリー・グレナディアベン・ストリートといったベーシストがいたように、今のブラジルのシーンにはフレデリコ・エリオドロがいるといったイメージがある。フレデリコのリーダー作『Verano』『Dois Mundos』を聴くと、誰よりもUSコンテンポラリージャズに実直にチャレンジしているサウンドで、作曲だけでなく、その即興演奏のスタイルまでも完ぺきに身につけているのがわかる。この人がいることで成立しているアルバムも少なくないことを考えると、シーンの屋台骨みたいな存在なのかも、とさえ思う。歌もの&エレクトロニックな『Acorder』に関しても、バックの演奏はかなり即興性が高く、ポップというよりはサンダーキャットルイス・コール的な実験性が聴こえる。音色や質感はLAのシーンに近く、NYコンテンポラリージャズとLAシーンのハイブリッドさが混じっているブラジルのシーンの傾向も見えてくるような気がする。

■ガブリエル・ブルース(Dr)

ミナス
・Gabriel Bruce『Afluir』

フレデリコ・エリオドロやディアンジェロ・シルヴァ周辺のドラマーがガブリエル・ブルース。現代的なセンスとテクニックを持っているとはいえ、同シーンのフェリピ・コンチネンチーノがNYコンテンポラリージャズ寄りだとしたら、こちらはエレクトリックでフュージョン的なパワフルさがあり、ロナルド・ブルーナーJrルイス・コールなどを思わせるところもありLA寄りとも言えるかも。

アルバム自体のサウンドもエレクトリックでコズミック。80年代的音色のシンセやエレキベースによるタイトな16ビートは、ジョージ・デュークスタンリー・クラークビリー・コブハムを経由したブレインフィーダー周辺のバンド・サウンドにも通じるものがあり、それが、アジムスセザル・カマルゴ・マリアーノあたりのクラブシーンでも再評価されたブラジルのフュージョンとの相性の良さを感じさせるのもまた面白い。Jディラ系譜のヒップホップ×ジャズとは違う形で、ところどころにヒップホップからの影響を感じさせるエフェクトやエディットが施されていたり、ラップが入っていたり、ビートやベースの低音が打ち込み的に低く・重く設定されていたり、ブラジルのシーンの新たな動きが見える作品とも言える。シーマス・ブレイク参加。

■パブロ・パッシーニ(G)

ブエノスアイレス出身/ミナス在住
・Pablo Passini『Videotape』『Ninos』

パブロ・パッシーニはアルゼンチン人のギタリストだが、フェリピ・コンチネンチーノマルクス・アブジャウヂフレデリコ・エリオドロらと活動していて、リーダー作の2作品もその人脈なので、彼はもはやブラジル枠でもいいだろう。フェリピやフレデリコと同じようにUSコンテンポラリージャズからの影響大。

遅いと言ってもいいほどにゆったりとしたテンポの中でハーモニーを探りながら、また音像をコントロールしながら、即興演奏でムードや情景を描いていく。『Videotape』はシンセとギターとエレキベースの柔らない音色が混じり合い、そこにヴィブラフォンの倍音が乗る幻想的でノスタルジックなサウンドだが、ECM的なルバートというわけではなく、フェリピのドラムがタイトで細かいグリッドを刻みパルスを提供しながらも常に変化し続け、バンドの化学反応を引き出すような演奏をしているので、チルでもアンビエントでもない音楽になっているのがパブロ・パッシーニの音楽の面白いところ。もしかしたら音像の作り方などは、モノ・フォンタナスピネッタ経由のアルゼンチン由来のものだったらと個人的には想像する。

■フィリップ・バーデン・パウエル(P)

サンパウロ/パリ
・Philippe Baden Powell & Rubinho Antunes『Ludere』『Retratos』 

バーデン・パウエルの息子でピアニストのフィリップブラッド・メルドー『Art Of The Trio』を始め、ジェラルド・クレイトンアーロン・パークスが好きで、同世代のロバート・グラスパーエスペランサ・スポルディングにも感銘を受けている彼が同じような志向を持つブラジルの同世代とやっているのがLudere

アコースティックのジャズをプレイする中にフィリップやドラマーのダニエル・ジ・パウラが、ロバート・グラスパーのピアノやクリス・デイブ、もしくはダミオン・リードのドラムから、つまり、ロバート・グラスパーの『In My Element』『Double Booked』のアコースティック・サイドを思わせる演奏をさらっと聴かせたりもする。実は世界的にもありそうでないちょうどいい塩梅の現代のアコースティック・ジャズ。

■フビーノ・アントゥネス(Tp)

サンパウロ
・Rubinho Antunes『Expedicoes』
Po De Cafe『Terra』

フィリップ・バーデン・パウエルとのLudereをやっているトランぺッターのフビーノはエレクトリックなサウンドや打ち込み的なビートをドラマーに生演奏させたりとハイブリッドなサウンド思いっきり投入している。リズムはマーク・ジュリアナティグラン・ハマシアンのバンドのアーサー・ナテックや、ニーバディなどで知られるネイト・ウッド辺りを思わせる打ち込み感があって、ヒップホップというよりはエレクトロで、かなりタイトなビートがブラジルではあまり見ない珍しいタイプなのも面白い。

フビーノはジャズ・グルプのポー・ヂ・カフェのメンバーだったりで、ハイブリッドなものだけでなく、オーセンティックなアコースティック方面の現代的なジャズにも関わっていて、シーンの中心人物だと思われる。

■ダニエル・サンチアゴ(G)

・Daniel Santiago『Union』

ダニエル・サンチアゴペドロ・マルチンスの先輩的な立ち位置のギタリスト。シンセベースのブーミーな低音の上でシンセとエレピ、声やギターを重層的に配置したファンタジックなサウンドが印象的な本作は、ここ10年のブラジル産ジャズの中でも特筆すべき一枚だろう。そのコズミックでエレクトリックなサウンドはサンダーキャットの初期作などの、LAのシーンにも通じるものだが、一方でシンセを重ね、シンセベースを低く鳴らしつつも、ドラムだけは生ドラムの軽やかさを残していて、ヒップホップやビートミュージックとも異なるフィジカルなフィーリングをアピールしているのは、USで言えば、ジャスティン・ブラウン『Nyeusi』辺りと近いかもしれない。ペドロ・マルティンスとのギター・デュオもリリースするほどの名ギタリストが、テクスチャーを意識したひとつのレイヤーとしての役割で演奏しているのも、ブラジルのジャズではかなり異色だと思う。シャイ・マエストログレゴア・マレも参加。

■アマロ・フレイタス(P)

ペルナンブーコ
・Amaro Freitas『Rasif』

現代ジャズと言えば、スティーブ・コールマン門下=Mベース周辺は欠かせないが、そのあたりのテイストがあるのがこのアマロ・フレイタスというピアニスト。

ブラジルのリズムを取り入れているもののいわゆるジャズサンバやジャズボッサではなく、変拍子とポリリズムを駆使した複雑なリズム構造をベースにしたアコースティックのジャズをピアノトリオで演奏していて、リズム感が超強烈なブラジル版ヴィジェイ・アイヤー・トリオみたいにも楽しめる。ブラジルのジャズミュージシャンには珍しく、うた=メロディーにこだわらずかなりアウトするアブストラクトなソロも魅力。今のブラジルのジャズシーンの中でも最も個性的なジャズミュージシャンだと思う。リリースはUKのFAR OUTから。

■アントニオ・ネヴェス(TB)

リオ
・Antonio Neves『A Pegada Agora Essa(The Sway Now)』

トロンボーンを中心に様々な楽器を演奏し、作編曲家としても活動するアントニオ・ネヴェスはここでもトロンボーンだけでなく、ドラムとギターを演奏している。アメリカの現代ジャズシーンから影響を受けたというよりは、独自の方法で現代的なサウンドを追求していく中で、ヒップホップ以降のビートやエディット/コラージュ感を作曲で表現する音楽に辿り着いたような新鮮さがある。

アメリカのドラマーがヒップホップを、イギリスのドラマーがグライムやダブステップを人力で演奏する流れがあるが、ここでは「Simba」でブラジル産のベースミュージックの”バイレファンキ”のようなリズムを生演奏化して、楽曲に取り入れている。そう言ったセンスも含めて、今までのブラジルにはいなかったタイプのジャズミュージシャンだと思う。

■ルイス・ウーリー(P)

サンパウロ
・Louise Woolley『Rascunho』

ピアニスト、ルイス・ウーリーはピアニストというよりは作曲家としてのアイデンティティが高そうなアーティスト。日本での知名度は全くと言ってないと思われるが、これが素晴らしい内容。流麗なのに予測がつかない展開が待っている楽曲の中でドラマーのダニエル・ヂ・パウラがリズムというよりはまるでメロディーを奏でるかのように演奏していたりするあたりはブライアン・ブレイドなどを思わせるし、ヴォーカリストのリヴィア・ネストロフスキタチアナ・パーハを思わせる器楽的なヴォイスで楽曲を彩る。かと思えば、Ludureのトランぺッターのフビーノ・アントゥネスがそこにハマる美しいソロを差し込んだりもする。ジャズならではのスリリングな即興演奏がたっぷり含まれているのに、その即興がどれもパズルのピースがぴったりハマるかのように機能していて、まるで全て譜面に書かれているかのように響く完成度に驚く。

■シヂマール・ヴィエイラ(Tp)

サンパウロ
・Sidmar Vieira『Madri Riviaes』

トランぺッターのシヂマール・ヴィエイラマリア・シュナイダーとも共演経験があり、ブラジル国内でもビッグバンドやラージアンサンブルにも多数参加している名手。彼のリーダー作はブラジルでは珍しい新主流派的なダークでミステリアスな楽曲も含まれるアコースティック・ジャズ。ウィントン・マルサリスブランフォード・マルサリスなどの新伝承派にも通じるトラディショナルな雰囲気も残しつつコンテンポラリーなサウンドを奏でている。バンドのピアノからはハンコックが、トランペットからはフレディ・ハバードの影響が聴こえてくる。

■シヂエル・ヴィエイラ(B)
■ガブリエル・ガイアルド(P)

サンパウロ
・Sidiel Vieira『Tracos Urbanos』
・Gabriel Gaiardo『Live at Dissenso Studio』

こちらも新主流派新伝承派的なラインの良質なブラジリアン・ジャズ。『Tracos Urbanos』にも参加しているピアノのガブリエル・ガイアルドがいくつもライブ音源をリリースしていて、新主流派を中心にマッコイ・タイナーシダー・ウォルトンをオマージュしながら、ケニー・カークランドへのリスペクトを形にしていたりと、思いっきりそのベクトルのジャズを追求している模様。

■シコ・ピニェイロ(G)

サンパウロ/NY
・Chico Pinheiro『City of Dreams』

ブラジルからアメリカのバークリー音大へと留学し、NYで活動をしているジャズ・ギタリストがシコ・ピニェイロボブ・ミンツァーのビッグバンドのメンバーだったり、カート・エリングに起用されたりするトップギタリストの彼の2020年作はクリス・ポッターが全面参加したコンテンポラリー・ジャズ。

なんだかんだでブラジル色が強かったシコが、ここではかなりジャズ寄りで、例えばピーター・バーンスタインスティーブ・カーデナスがブラジル生まれだったら、みたいな他では聴けない塩梅のジャズギターが聴けて、トラディショナルにも忠実なジャズ・ギタリストとしての個性がくっきり浮かび上がったことでジャズファンが一気に増えそうな予感。

■ダニエル・シルヴァ(Dr)

ミナス出身/NY在住
・Daniel Silva『Minas Under Traffic』

ブラジル出身でNYで活動しているジャズ・ドラマーがダニエル・シルヴァ。学生時代からのディアンジェロ・シルヴァと交流がある彼は、後にNYへと移住し、ダーシー・ジェイムス・アーグーとも共演経験がある。彼のEPはNYのコンテンポラリージャズそのもの。ヴィブラフォンとサックスやピアノの複数のラインが並行して進む美しい楽曲や、循環するヴィブラフォンと共にドラムが刻むリズムパターンがメロディのように聴こえてきたりする楽曲からは彼の作曲家としてのアイデンティティが強く浮かび上がる。

■リカルド・グリーリ(G)

サンパウロ出身/NY在住
・Ricardo Grilli『1954』『1962』

NYで活動するブラジル出身のごりっごりのコンテンポラリージャズ・ギタリストがリカルド・グリーリ

彼の2作はカート・ローゼンウィンケル直系でマーク・ターナーケビン・ヘイズジョー・マーティンエリック・ハーランドと人選もど真ん中だが、シガーロスレディオヘッドが好きだと語るだけあり、アンビエンスの作り方やエフェクトのかけ方にはエレクトロニカ的な音響センスが見えて、そこが個性にもなっている。またブラジル出自を薄っすらと入れるのが巧みで、さらりとサンバのリズムやメロディーが聴こえてくるのも良い。そういったディテールにより、NYコンテンポラリージャズのお馴染みの面々の演奏の印象がここでは少し新鮮に聴こえるのも彼らの特性をよく把握しているリカルドの作編曲の妙かなと思う。

■バンダ・ウルバーナ(Big Band)

サンパウロ
・Banda Urbana『Polis Imaginada』『Relatos Suburbanos』

フビーノ・アントゥネスが中核を担うブラジル産ジャズ・ビッグバンド。サド・ジョーンズ=メル・ルイスボブ・ブルックマイヤージム・マクニーリーヴァンガード・ジャズ・オーケストラなどの系譜のビッグバンドのブラジル版といった趣で、ミナスをテーマにした組曲「Suite Mineira」が収録されていることもあり、ミルトン・ナシメント/トニーニョ・オルタからの影響を受けたNYのジャズ・ミュージシャンたちのテイストとの共通点も感じられるのも面白い。大きめの編成になるとシンフォニックになったり、打楽器アンサンブルになったりすることも多いブラジルのジャズの中では珍しくジャズ・ビッグバンドのフォーマットを崩していないが、それゆえにブラジルらしいリズムやハーモニー、メロディーのディテールが浮かび上がっていて、アメリカとの差異が個性になっている。

■ジョアナ・ケイロス(Cl)

リオ/ミナス・コミュニティとの共演が多い
・Joana Queiroz『Boa Noite Pra Falar Com O Mar』

クラリネット奏者ジョアナ・ケイロスのセクステートのアルバムにはピアノにハファエル・マルチニ、ドラムにフェリピ・コンチネンチーノが参加。基本的にはブラジルのショーロが根底にある室内楽的な即興演奏といえるだろうが、ECMの元ネタとしても知られ、コンテンポラリージャズに多大な影響を与えたジミー・ジェフリー『1961』にも通じる音数と体温、そして、感情を抑えた対位法的即興演奏として聴くと、アメリカやヨーロッパのジャズとの接点もかなり見えてくる。ロン・マイルスあたりと比較してみるのもいいかも。

■ダニエル・グラジェウ(P)

サンパウロ
・Daniel Grajew Trio『Manga』
Tulio Araujo & Daniel Grajew『Quantum』

ダニエル・グラジェウはブラジルらしくかなりクラシックよりのピアニストとも言えるが、このピアノトリオはかなりスウィングしていて、クラシックでもブラジリアン・インストでもなく、上質なジャズ。そのクラシック成分に関しては自身が研究したというエグベルト・ジスモンチからの影響が(左右の手の分離や力強いフォルテッシモと、その音色で鋭く刻むリズムなどから)かなり聴こえるが、一方でビル・エヴァンス的なラヴェルやドビュッシー辺りを思わせる和音を取り入れたりもしていて、それがうまく融合している。その上で、ブラジルのリズムをさりげなく取り入れていたりもするので、作編曲も巧み。個人的にはジョーイ・カルデラッツォあたりと比べてみたい気も。

■ヂエゴ・ガルビン(TP)

サンパウロ
・Diego Garbin『Refugio』

ヂエゴ・ガルビンエルメート・パスコアル周辺のトランぺッター。ビッグバンドへも参加しているだけあって、華やかな音色と高度なテクニックが特徴で、ブリリアントな音色をバックのリズミカルな演奏に合わせ自在に変化させていくさまは圧巻。正確無比でスムースな演奏に挟まれるからこそノイズやオーヴァートーンが効果的にエモーションを生む。今、世界的にもかなり個性的なトランぺッターといえるのではないだろうか。

楽曲は大胆な展開が書かれていたりもするが、即興要素も多く、ピアノのサロマォン・ソアーレスがかなり自由に動いていて、そこは往年のジャズサンバとは全く違うコンセプトでつくられていることがわかるのと、ブライアン・ブレイドジョン・パティトゥッチとも共演する現代的なピアニストであり、大胆な作曲をするコンポーザーでもあるアンドレ・マルケスあたりのエルメート門下からの影響も感じて、サンパウロのジャズシーンの系譜も見えてくるよう。

■サロマォン・ソアーレス(P)

・Salomao Soares『Colorido Urbano』『Alegria de Matuto』 

さほど知名度が高いとは言えないが、モントルー・ジャズ・フェスは若手向けのジャズ・コンペ  Montreux Jazz Talent Awards を毎年主催している。近年ではECMの録音にも起用されるイギリスのギタリストのロブ・ラフト、スナーキー・パピーのレーベルGrounUPt契約したロシアのヴォーカリストのアリーナ・エンギバーヤン、そしてブラジルのペドロ・マルチンス。世界各地のミュージシャンが参加できるコンペとして大きな役割を果たしている。

そこでファイナリストに残った経歴のあるブラジル人ピアニストがサロマォン・ソラーレスだ。そんなコンペティションに出るだけあって、世界基準のコンテンポラリージャズなサウンド。クラシック由来のピアノとリズムやキメもバッキバキのアンサンブルが聴こえる曲もあり、例えば、オメル・クラインオメル・アヴィタルあたりのUSオーセンティック寄りの21世紀以降のイスラエルのジャズにも近いような雰囲気もあるが、サンバのリズムがあったりで、ブラジルらしさも確実にそこはこのシーンの最大の魅力だろう。サロマォンや、ヂエゴ・ガルビンらを聴いているとブラジル産のコンテンポラリー・ジャズが確立しつつある予感を感じる。

■アンドレ・マルケス

・Andre Marques『Viva Hermeto』『Plural』

■ダニエル・タピア(G)

Daniel Tapia『Contrastes』

■アンドレ・メマーリ(P)

サンパウロ
Andre Mehmari『A Estacaes na Cantareira』
Andre Mehmari、Chico Pinheiro、Sergio Santos『Triz』

■ダヴィ・フォンセカ(P)

ミナス
Davi Fonseca『Piramba

■イゴール・ピメンタ(B)

サンパウロ
Igor Pimenta『Sumidouro

■ビアンカ・ジスモンチ

リオ
Bianca Gismonti『Primeiro Ceu

今後、いい音源があれば随時追加していきます。

※以下、ブラジル音楽に関する記事がふたつあるので、併せてどうぞ。

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