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interview THEO CROKER『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』:過去と現在が繋がるブラックネスの円環

シオ・クローカーはずっと注目されているトランぺッターだった。ただ、そのキャリアも音楽性もあまりに独特で、よくわからないところがあった。

そもそもそのキャリアを見てみると、レジェンドのドク・チータムの孫という出自のサラブレッドだが、アメリカの大学でジャズを学んで以降、キャリアの多くを上海で過ごし、そこでディーディー・ブリッジウォーターに発見され、再びアメリカはNYに拠点を移し、近年はさらにLAへと移住したという紆余曲折がある。

しかし、アメリカへの帰国後はすぐに頭角を現し、コモンJコールアリ・レノックスなどに起用され、ジャンルを超えて活動している。

その間にはニコラ・コンテに起用されたり、UKのブルー・ラブ・ビーツアシュリー・ヘンリーエゴ・エラ・メイとのコラボがあったり、アメリカ人には珍しくヨーロッパのクラブジャズ方面での仕事も見える。

自身のリーダー作も素晴らしく、『Afro Physicist』『DVRK FUNK』『Escape Velocity』『Star People Nation』と良作を発表してきた。そこではヒップホップ由来のビートもあれば、アトモスフィックなアンビエンスもあり、アフロビートもあれば、ハウスのようなビートもあった。それらはロイ・ハーグローヴやニコラス・ペイトンのようなトランペットの先人がやってきたことを受け継ぐような部分もあったし、彼らよりも更に自由に音楽を奏でているようにも見えた。

リーダー作のクレジットを見てみても、いわゆるNYやLAのコミュニティに属しているわけではなさそうだし、かといってシカゴでもない。よくつるんでいるのは2010年代末に突如頭角を現しはじめたカッサ・オーバーオール。カッサ自身がBackpack Jazz Producerを名乗っているだけあってノマドっぽいミュージシャンだけにシオにもそういう感じがあるのかもしれない。つまりシオもカッサも既存のアメリカのジャズの文脈には当てはまらない存在なのだ。

そんなシオの新作は『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』と壮大なタイトルを冠したものになった。

「作品の主人公は瞑想中に先祖からのメッセージを受け、ジャンルの枠組み制限されない音楽で、この星の波動を高めること、そして差し迫る商業的 ジェントリフィケーションから我が文化を開放する、というミッションに乗り出している」

これはプレスリリースにあるシオ自身の言葉だ。

2020年のグラミー賞の授賞式直後、フロリダにある母親の家で過ごしていたところで、世界がパンデミックに。そのまま自分の内面を見つめて、一人の人間としての自分について考えたり、サイロシビン瞑想をしたり、家族代々伝わる古代のメタフィジカルについての書物を読んだりした先に「BLK2LIFE || A FUTURE PAST」というコンセプトがあったという。

そこで“ブラックネス”について再考し、自分のルーツに強いつながりを感じていた。

“自分のホームは自らの中にあると気付いた。自分の過去が、これからの未来ときれいにつながった。”

とも語っている。それはこれまでシオが作ってきたアルバムでやっていることそのものだ。『Afro Physicist』=アフロ物理学から、『Escape Velocity』=脱出速度(※重力圏を脱出するのに必要な最低速度)とSF的なニュアンスもあるアフロ・フューチャリズム的なコンセプトを続け、前作『Star People Nation』=スターピープル国家(※スターピープルはSFやニューエイジで使われる用語で宇宙人と人間とのハイブリッドなどを指す。マイルス・デイヴィスも曲名に採用している)では西アフリカのマリのドゴン族ネイティブアメリカンの文化、アステカマヤの文明を参照し、古代から信じられてきた星座をインスピレーションにエレクロニックでフューチャリスティックなサウンドを鳴らしていた。彼はいつも自身のルーツや過去を学び、そこから未来を描こうとしてきた。ただ、本作はその考えに迷いなくまっすぐに向き合ったことでここまでの抜けの良さが得られているのかもしれない。

強烈なアートワークは青山トキオ。この作品はトータルで彼のコンセプトが表現されている。ちなみに先行でリリースされたEP『HERO STOMP || A FUTURE PAST』のアートワークはEPの古代のエジプトで使われていた隼のイラストをもとにしたもの。古代のエジプトでは隼は太陽神ラーと天空神ホルスを表わしていて、アース・ウィンド&ファイアがシンボルに使っていることでもお馴染みのアフロ・フューチャリズム的なデザインの定番でもある。今回はど真ん中ストレートみたいな表現をしていることがよくわかる。

※ 取材・執筆・編集:柳樂光隆 通訳:染谷和美 協力:SMJ

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◉『Escape Velocity』とビートメイカーからの影響

――2016年の『Escape Velocity』から演奏者・作曲者だけでなく、プロデューサー的な方向性を強く出て来たと思います。まずはこのアルバムの話を聞かせてもらえますか?

『Escape Velocity』はカッサ・オーバーオールと一緒に制作したアルバムだ。生演奏とプロダクションの部分をミックスした音楽を作りたいと思ったんだ。曲に関しては自分で作って、イントロ、アウトロ、バック・グラウンド、ソロ、アレンジも自分できっちり作り上げた。そこからどうするかってところでカッサに手伝ってもらったんだ。

実は『Afro Physicist』でも同じようなことを多少やり始めているんだけど、『Escape Velocity』ではソニック(音響・空間)的な部分をもっと推し進めたかったし、レイヤーも重厚にしたかったし、エディットにも力を入れたかった。だから、キーボードやシンセサイザーを駆使したサウンドを、カッサと一緒に作ったんだ。録音した生楽器のセッションをあまりいじらずに、そこに何を乗せていくか、どう形作っていくか、ということを意識したね。あと、アルバム全体の雰囲気やスタイルがどんどん変わっていく折衷的なアルバムになっていて、シネマティックな感覚があって、ヒーロー・ムーヴィー的なものになっていると思う。

――あなたは一般的にはジャズ・トランぺッターとして認識されているとは思いますけど、『Escape Velocity』のようなアルバムを作るということはプロデューサーやビートメイカーからの影響も受けたと思うんですけど、どうですか?

マッドリブからは絶大な影響を受けていて、あの狂ったように音楽を生み出し続けるクリエイティブ・パワーに感銘を受けている。ジャンルを超えて、バリアを超えて、どんどん作って発表してしまうから、受け手としては全部聴こうと思っても追いつけないし、吸収しきれない。あの姿勢から最も影響受けてしまったから、僕のラップトップの中に発表していない音楽がどんどんたまってきている。それにマッドリブの音楽の中にあるブラック・エクスペリエンスに根付いた表現や訴えがあることも僕に響く理由だね。

それからワイクリフ・ジーン『Carnicval』のクリエイションのスタイルにも影響を受けていると思うよ。

カッサ・オーバーオールも影響源だね。彼は同世代だけど、メンター同然だと思う。

あと、重要なのがネプチューンズ。ネプチューンズはハーモニーとリズムの独特のパレットを持っていて、その個性が際立っているところが好きだね。ソニック的にもそうだし、キーやコードの使い方だけじゃなくて、シンセサイザーが出している音自体がすごく独特だし、使い方も多様で独特だ。それはドラムにも言えることで、聴けば一発でネプチューンズの音だってわかる。誰かとのコラボでも彼らの音はすぐにわかるよね。

他にもたくさんあるよ、ビョークの音楽はプロダクションに関する自分の観点にかなり影響を与えてる。ビートメイカーだと、カリーム・リギンス9th ワンダーナレッジもそうかな。コンポーザー的な側面というよりはソニックな部分に惹かれている。

影響を受けたって話だとエルメート・パスコアールラヴィ・シャンカールザキール・フセインも加えておきたいね。

――ソニックな部分に意識的なアルバムを作る際にはあなた自身のトランペットやフリューゲルホーンの演奏もそれに合わせたものになっていると思いますが、それはいわゆるジャズ・トランペッターのスタイルとは少し違うものになるのではないかと想像しますが、どうですか?

こういう音響の中でトランペットを吹くというのは僕にとっては自分らしい演奏をするための絶好の環境なんだ。僕はサウンドだけじゃなくて、表現の場に関しても常に新しい場所を模索しているからね。だから、他のトランペットのプレイヤーは意識しないようにしているし、むしろ避けていると言ってもいいかもしれないね。ただ、唯一聴くのは僕の祖父のドク・チータム。あの人の音は自分の血の中に入っているものだと思っているから、そこはどんどん吸収したいと思っている。

僕の演奏を僕たらしめているものは僕の経験だ。そして、トランペットに関しては、僕のヴォイスであってほしいと思っている。早いパッセージや高い音、先進的なことよりも、自分自身を表現したいんだ。トランペットは僕の代弁者であって、言葉にできないことを表現してくれるものだから。僕のスピリットの窓みたいなものにしたいんだ。

◉グラミー賞ノミネート作『Star People Nation』

――その次の2019年の『Star People Nation』はグラミー賞にもノミネートされ、高い評価を得ました。

正直なことを言うと『Star People Nation』でやりたかったことが、『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』でようやく実現できたんだ(苦笑) 目指していたことはあったんだけど、あの頃の僕には理解も知識も技術も足りなかった。忙しすぎて、精神的にもクリエイティブに迎える状況ではなかった。だから、『Star People Nation』は僕にとってのセグウェイだね。余裕はなかったけど、活動を続けていくためにはとりあえず作品を出して、前に進む必要があった。だから、新旧の自分が持っていた素材を寄せ集めて、なんとかアルバムにしたんだ。

当初は『Escape Velocity』よりもバンド主体でライブ的な要素多くしたいと思っていたから、1週間くらいスタジオに入って一気に録音して、その後にホーンのレイヤーを少し録って、それを重ねたんだ。サウンド的にはクリーンでクリア。ガツンと来るようなラウドなものではなくて、ミディアム・ボリューム。それまでに自分が持っていたパレットを『Star People Nation』に流して、一度クリアにしたって感じかな。

◉『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』と3人のヴォーカリスト

――『Star People Nation』にはミディアム・ボリュームってのも狙いの中にあったんですね。『Escape Velocity』の延長にありつつ、メロウやチルみたいな側面がかなり強いアルバムなので納得です。では、ようやく『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』の話にいきます。前作とは全く違うサウンドですよね。まずは音楽的なコンセプトから教えてください。

『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』を制作していたら、これは前のアルバムで作りたかったことだって気付いたんだ。さっきから話しているようにシネマティックな音楽を作りたい気持ちが僕にはずっとある。映画のようにストーリーを追いながら、聴いている人がそのストーリーに共感して、自分が実際に経験しているかのような、自分が映画の中のヒーローになったようなそんな気持ちになれるアルバムにしたいと思っていた。

そのためにはヴォーカルが必要だった。トランペットによる自分のヴォイスだけだと自分だけのストーリーになってしまう。自分の頭の中で鳴っているスケールの大きな音楽は自分のヴォイスだけじゃ表現できないと感じていたからね。

でも、バンドの生演奏をもとに作るのはこれまでと変わっていない。今回は曲によってはみんなでライブのように10分から15分くらい一気に演奏して、その中でヴァイブスがフィットした部分を採用して編集するってやり方をしてる。基本的には曲の始めと終わりだけが決まっていて、その間はマイルス・デイヴィスウェイン・ショーターハービー・ハンコックがやっていたようにオーガニックな展開に任せるって感じかな。僕がやったのは空間的な額を用意しておいて、その中でみんなに色んな事を試してもらって、そこからいいモーメントをキャッチする感じだね。サウンドは成熟していたし、音楽的なマリアージュも生まれていたと思うよ。パンデミックで時間だけはいくらでもあったから、枠組みの部分に関してはかなり時間をかけて作り込むことができたのも良かったね。

――なるほど。マイルス・デイヴィスじゃないけど、即興演奏を録ってナチュラルに聴こえるように編集して曲にしていると。

僕はそこに歌を入れたんだ。セッションに関しては僕がトランペットを使って自分のヴォイスで歌って、バンドには僕についてきてもらうようにしていた。テーマがあってソロがあるような伝統的な形式ではなくて、僕の歌うトランペットの流れに任せて曲が進展していく形式だね。そのやり方は既に決まっていたので、後からそこにヴォーカルを加えるならどうしようかなって感じだった。

ここで歌うヴォーカリストの基準は、その人の声と歌と詞が、僕が奏でるトランペットと同等のパワーや表現力を持っていること。今回、この状況下で参加してもらうってことはスタイル的にも普段やっていることとは違うのは明らかだったので、その中でもストーリーをきちんと伝えてくれて、このアンサンブルに溶け込めてる人を求めていた。

「Every Part of Me」で歌ってくれたのはアリ・レノックス。彼女は声のレンジが広くて、アーシーな声をしていて、その歌には身体の奥からこみあげてくるような魂がこもっている。今回は彼女が普段通りに気持ちよく歌える部分を超えたところで何かやりたいなと思った。彼女が表現の幅をもっと広げるためにプッシュしたい気持ちもあったから。僕と彼女で一緒に書いたパートに関しては、最初、僕がトランペットで奏でたフレーズを彼女はそのままなぞるように歌っていた。でも、彼女なら更に何ができると思ったので、僕は彼女の背中を押した。特にコーラス部分に関しては、2人でかなり試行錯誤して、彼女にはチャレンジしてもらったんだ。

「Every Part of Me」では更にエゴ・エラ・メイに入ってもらった。エゴ・エラ・メイはUKで活動しているヴォーカリストなんだけど、今、世界で最も素晴らしいリリシストだと僕は思ってる。エラ・メイは僕とアリがやったヴァースのところに、僕らだけでは完成しきれなかった最後の調整をしてくれたんだ。

僕が持って行ったメロディーが、アリ・レノックスとエゴ・エラ・メイとの共作により、かなりプログレッシブなところまでいったのが「Every Part of Me」だね。

――「Lucid Dream」でのシャーロット・ドス・サントスに関してはどうですか?彼女はストーンズ・スロウからもリリースしている才人です。

ずっと彼女のファンだったんだ。『Cleo』『Harvest Time』も大好きな作品で何度も聴いてきた。連絡してみたら、互いに互いの音楽のファンだったことがわかり、すぐに意気投合したよ。最初は僕の方で“こんな感じのメロディーでお願いします”ってデモをトランペットで作って送ったんだけど、彼女は敢えて僕のメロディーが入っていない状態で聴いて、彼女なりのメロディーを入れたものを送り返してくれた。それはリピートが多かったり、小節を超えてフレーズが伸びていて、ありがちな構成とは違ってたから、クールだと思った。しかも、偶然、僕が送ったメロディーに似ているアイデアもあったから驚いた。だから、僕は彼女が書いたメロディーを踏まえて、そこに糸を織り込んでいくように仕上げたんだ。あと、彼女はクワイア的に声を幾重にも重ねてくれた。そのおかげで僕はトランペットの演奏に専念することができた。自分の手で大きなアンサンブルを作り上げるんじゃなくて、ソロイストみたいな気持ちで演奏できたからね。

――「Every Part of Me」Ambiance Pads(※たぶんシンセパッドのこと。背景に流れている音を埋めるシンセの持続音。)を使っていたり、他の曲でもSolina String Ensemble(※オランダの楽器メーカーN.V.Eminent社の70年代のシンセ。オーケストラの弦楽器音をキーボードで鳴らすことができる)を使ったり、すごく繊細に音作りをしていますよね。

僕の最初の音楽体験は映画だったし、子供のころから映画のスコアが好きだったんだ。映画音楽ってそこら中がAmbiance Padsだらけで出来ている。子供のころから触れてきたせいか、自分が持っているソニック・パレットを駆使して実験をするって話になると、映画音楽の世界から得たものに戻っていくんだ。音楽に映画的な効果を求めてしまうというかね。ジョン・ウィリアムス『スターウォーズ』みたいなクラシックな作品のオーケストレーションも聴いたし、エリック・セラが手掛けた『フィフス・エレメント』ラロ・シフリンが手掛けた『エンド・オブ・ザ・ドラゴン』レス・バクスターが手掛けた50年代のサウンドトラックもかなり聴いたよ。僕にとって映画音楽はすごく大きいものなんだ。

◉ゲイリー・バーツとワイクリフ・ジョン

――レス・バクスターやラロ・シフリンなどはヒップホップにも散々サンプリングされてますし、いろんな部分であなたの音楽への影響がありそうです。「Anthem」にはサックス奏者のゲイリー・バーツが参加してます。彼は70年代から活躍するレジェンドで、近年は『JAZZ IS DEAD』とのコラボでも話題になってますが、あなたとの関係は?

僕は17,18歳のころに大学でゲイリーから教わっていたんだ。トラディショナルなパフォーマンスの中でどう演奏すればいいかは全て彼から教わった。それに学外でも彼からは世話になったし、卒業後もサポートもしてくれた。僕がプロとして活動し始めたころには相談相手にもなってくれたし、色んな所に紹介してくれたりもした。2019年には一緒にバンドを組んでNYでライブをやったこともあるよ。そろそろ僕とゲイリーとのこれまでの関係を音源として残したいと思ったんだ。だから、今回は1曲しか収録してないんだけど、実は5曲録音している。残りの4曲は別プロジェクトで紹介することになっているから、そのうち聴けると思うよ。

今回、ゲイリー・バーツには「Anthem」って映画の主役をやってもらったって感じだね。ゲイリーと一緒に作業しながら、いろんなことを思い出したよ。例えば、『Music is My Sanctuary』『Singerella』の重要さとかね。もともと僕が影響を受けてきた人たちはゲイリーからの影響を受けてきているんだ。つまりゲイリーは僕が影響を受けてきた人たちの更に先にいる人ってこと。例えば、ファレル・ウィリアムス。つまりネプチューンズも影響を受けていたと思う。ということを考えると、僕がゲイリーを迎えて、作品を作るのはひとつの円環が繋がった感覚もあるね。

――ゲイリー・バーツはヒップホップに多大な影響を与えてますからね。ところで、カッサ・オーバーオールもこのアルバムに貢献していると思うけど、そこはどうですか?

2曲で一緒にやっている。「Where Will You Go」ではカッサはドラムを叩いてなくて、ライブ・ヴォーカルって感じでエフェクターを使いながら歌とラップをやってる。

もう1曲は「State Of The Union 444 || BLK2THEFUTURE」。これにはストーリーがあって、ある日、「Hero Stomp || A Future Past」ワイクリフ・ジョンに聴かせたら、彼が気に入っちゃって“俺にもラップをやらせろ”とか言い出しちゃってね。“そういうつもりで作ってないからどうしようかな…”って思ったんだけど、「Hero Stomp || A Future Past」の素材を使ってそのイントロ的な曲を作って、そこでワイクリフにラップをしてもらうことにしたんだ。それ出来たのが「State Of The Union 444 || BLK2THEFUTURE」。ただ、そのために作ったトラックじゃなかったから、カッサにプロデューサーとしてトラックを整えてもらったんだ。このアルバムではこの曲以外は全曲を僕がプロデュースしているから、この曲だけがカッサのプロデュースってことになる。その意味ではこの曲だけ毛色が違うかもね。作ったものをワイクリフに聴かせたら、すごく気に入ってくれたよ。カッサにプロデュースをしてもらうのは『Escape Velocity』以来だったから、この曲にはこの5年間でのふたりの進化が入っているんじゃないかな。

――そもそもワイクリフ・ジョンが曲を聴いたってのはどういうシチュエーションなんですか?

何年か前に、誰かが僕の音楽をワイクリフに聴かせたらしくて、それで彼が僕に興味を持ってくれて、マネージメント経由で会って話をしたいって連絡がきたんだ。実際に会って話したら、話も合うし、それ以降、クリエイティブな友達として付き合ってきた。ある時にワイクリフから、彼のいとこで右腕のジェリー・ワンダの作業を手伝ってほしいって誘われて、仕事をしたんだ。その時、ワイクリフから“今、どんなことやってんの?”って聴かれて、『BLK2LIFE || A FUTURE PAST』の話をして音源を聴かせたら“僕も入れてくれよ”って感じになった。基本インスピレーションの人だから、レコーディングもその場の流れって感じ。僕と同じだから、すごくやりやすかったよ。

――その「Hero Stomp || A Future Past」はこのアルバムの中でも重要な曲だと思いますが、どういうコンセプトの曲ですか?

カルテットの演奏に関してはライブ・テイク一発録りって感じ。その背景にあるのはトライバル・サンプルから作ったトラック。大学時代に聴いたワールドミュージック系の音源でウガンダ出身の人たちがやったセレモニーのためのダンスの中のロイヤル・ダンスのパートを変調させたり、エディットして、それを幾重にも重ねて、クワイアみたいなトラックを作った。そのトラックを流しながら、僕らはまるでその儀式の場で、その儀式に加わっているような感覚で演奏したんだ。最終的にかなり長いものになったんだけど、それを編集して完成させた。あの音源にはトライバルな音楽ならではの祝祭感とかパワーが延々といつまでも続いていく感覚があって、僕らは彼らの長い旅路の途中に加えてもらったような感覚だったね。ここにはホーンをかなり重ねていて、最終的にはホーンの数は22本とかになってるはず。トランペット、フリューゲルホーン、テナーサックス、ソプラノサックス、バスクラリネットなどなどがトライバル・サンプリングの上に重ねられてて、その上で、カルテットが演奏してるって構成だね。

◉デトロイト・サウンド、ドナルド・バード、マーカス・ベルグレイヴ

――あと、個人的に気になったのが「Happy Feet」。プレスリリースには”デトロイトのイメージで書いた”とあるんですけど、JUNOが使われているテクノやハウスのようなサウンドですよね。つまりジャズでもモータウンのソウルでもない。この曲のデトロイトっぽさってどういうものを指していますか?

デトロイトはブラック・ダンス・ミュージックには欠かせない街。Jディラがいたわけだし、それにカリーム・リギンスもデトロイトだ。それにムーディーマンジェフ・ミルズの存在も欠かせない。ダンスとかハウスって話になるとブラックと結びつきにくいと思う人もいるかもしれないけど、遡ればデトロイトにいくんだ。

それに僕が若いころに聴いていたマーカス・ベルグレイヴドクター・ドナルド・バードの音楽もデトロイトのもので、それらが今でも僕の中にすごく大きいものとしてあるんだ。

――デトロイトのテクノのフィーリングも入っているというのは納得です。ところでドナルド・バードマーカス・ベルグレイヴはどういう経緯で聴くようになったんですか?

父親がドナルド・バードの大ファンでレコードをたくさん持っていたから子供のころ家で流れていたんだ。『A New Perspective』『Steppin Into Tommorow』『Ethiopian Nights』『Street Lady』、ホーンのクワイアを使ってる『Fancy Free』もいいよね。ドナルド・バードはオハイオ州(デトロイトの隣の州)のオーバーリン大学での僕の先生だったんだ。僕はすごく親しくしてもらっていて、亡くなるまで長い間、連絡を取り合っていた仲だったよ。

マーカス・ベルグレイヴも同じだね。大学時代の先生としてトランペットについて多くを教えてくれた。それにマーカスは僕の祖父ドク・チータムのフェイバリット・トランペット・プレイヤーでもあった。だから、僕は昔からマーカスのことが大好きだったんだよ。マーカスは僕に自分自身の表現をすることを教えてくれた人でもある。自分のヴォイスを活かした音楽を作ることは彼から学んだし、リズム面でもハーモニー面でも、そして即興演奏に関しても自分だけの特別なものを表現するために自分のヴォイスを使うことも学ぶことができた。

――ゲイリー・バーツドナルド・バードマーカス・ベルグレイヴはヒップホップやテクノからサンプリングされたり再評価されたレジェンドたちです。つまり、あなたの先生たちは、あなたのヒーローでもあるビートメイカーたちにとってのヒーローだったと。面白い繋がりですね。

そうだね。僕を指導してくれた先生たちはヒップホップのオリジネイターばかりだったんだ。彼らと同じ時間を過ごすことができたことはとても光栄なことだったと思ってる。

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ここからはアルバムをより深く聴くためのオマケの解説テキストです。

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