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interview KEYON HARROLD"Foreverland":シンプルなものを作ろうとすればプロセスは複雑になる(7,500字)

ネオソウルが好きな人なら、ディアンジェロの来日公演でロイ・ハーグローヴの後任として演奏していたトランペット奏者を覚えている人も少なくないだろう。そのポジションはキーヨン・ハロルドの立ち位置をわかりやすく示している。ディアンジェロのみならずマックスウェルビヨンセPJモートンコモンなど、多くのアーティストがキーヨンを起用してきたからだ。彼はロバート・グラスパー世代のトップ・トランペット奏者として、R&Bやヒップホップを彩るホーンセクションの一角を担ってきた。

また彼はロイと同じように作編曲にも長けていた。しかも、自身で作曲するだけでなく、ビートメイクもやれば、エディットもでき、ビートメイカーとしてラッパーにトラックを提供したこともある。だからこそ、彼はさまざま作品で演奏するだけでなく、楽曲を提供し、編曲を任されることも少なくなかった。リーダー作こそ多くはないが、21世紀のジャズにおいて、最もコンスタントにかつ活発に活動していたのは実はキーヨンだったと言える。

そんなキーヨンが3枚目のアルバム『Foreverland』を発表した。2008年の『Introducing』ではデヴィッド・サンボーンやビリー・ハーパーらベテランからの信頼も厚かった彼のトランペット奏者としての実力が発揮されたコンテンポラリージャズ作だった。

が、2017年の2作目『The Mugician』ではプロデューサーとしての資質を大胆に発揮したハイブリッドな意欲作だった。その2作を経た新作は作編曲家として、プロデューサーとしての自身にさらに強くフォーカスしたサウンドだった。

コロナ禍の2020年、キーヨンは息子が白人女性から「携帯電話を盗んだ」とぬれぎぬを着せられる事件に巻き込まれ、大きな騒ぎの渦中に身を置いていた。

そんな事件を経たキーヨンは自身の音楽を怒りや悲しみではなく、むしろ優しさを感じさせるサウンドを軸に製作した。トランペットのフレーズはシンプルになり、音色は繊細かつ美しいものになっていた。多くの仲間たちがサポートしているが、全員がキーヨンのそんな演奏に寄り添っている。

ここでキーヨンはそんな新作の背景を語ってくれている。来日公演の予習的な意味でも読んでほしい。

https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/keyon-harrold/

取材・編集:柳樂光隆 | 編集:上神彰子
通訳:染谷和美 | 協力:コットンクラブ

◉『Foreverland』のコンセプト

――アルバム・タイトルの『Foreverland』はどういう意味ですか?

僕はこの言葉を「なにもかもが可能な世界」って解釈してる。自分なりの心の平穏を見つけることさえできれば、ある意味で世界は思いままなんだよね。それに気づければ、きっとその世界を信じることもできる。世界を信じられれば、夢や愛を持って、家族や友人を守ることもできるし、深い音楽を奏でることだってできるし、シンプルな音楽を奏でることだってできる。平穏でいられれば、世界と一つになることだってできる。世界のために素晴らしいバイブレーションを発信する能力を持つこともできる。

――では『Foreverland』のコンセプトは?

『Foreverland』は僕の人生経験を反映した美しい作品なんだ。人生には良いことも、悪いことも、醜いこともある。僕らは人生の中で、自分が成長した場所にたどり着き、心の中に平穏を見つける方法を見つけなきゃいけないし。僕らは愛とは何かを理解する必要もある。それぞれの曲にはそんなメッセージがあるんだ。

最初の曲「Find Your Peace」は、人はときに自分を見つめ直す必要があるって話。僕の周りの人に「自分自身を中心に置くために必要なこと」を質問してみたら、ある人はヨガをしたり、メイク・ラブしたり、読書したり、おいしいスムージーを飲んだり、仲間と過ごしたりって感じだった。人によって、それぞれ必要なことがあるんだよね。その時、僕はコモンにも話を聞いたよ。そして、コモンとは人生について深い話をしたんだ。それによって僕は気持ちを新たにすることができたし、物事を前に進めるきっかけになったんだよね。

タイトル曲の「Foreverland」は、イギリスのローラ・マヴーラと一緒に作った美しい曲だね。僕らは愛について、愛への憧れについての曲を書いた。ここでは「もしあなたが自分自身をオープンにすれば、すべては可能」だってことを歌っている。

このアルバムは、誰かがソロ演奏で自分のテクニックを見せつけるためのアルバムじゃない。このプロジェクトは、いろんな要素を網羅した音楽プロジェクトなんだ。シンガーがいて、ソングライティングがあって、それぞれの楽器のマスターがいる。素晴らしいシンガーソングライターのPJモートンがいるように、このアルバムには作曲に関しても素晴らしい要素がたくさんある。いい気分で聴けるだけじゃなくて、時間が経つにつれてその音楽の素晴らしさに気づいていく、そんなアルバムなんだ。

――なるほど。

PJモートンと一緒にやった「Beautiful day」は、ルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」のようなエネルギーがあると思う。僕はPJモートンと一緒にニューオーリンズに行って、この曲を書くためにPJと家族、キャリア、将来のこととか、お互いの人生に起きていることについて話し合ったんだ。

この曲では<今日は素敵な日だね。なぜなら僕自身が素敵な日だって言ってるから。太陽の光を浴びて、人々が勝手に言ってることは忘れよう。だって彼らは何も知らないんだから。人々は時に、あなたが経験していることを最悪の事態だって勝手に決めつけてきたりする。かと思えば、人々はあなたが(切実に)求めているサポートをしてくれなかったりする。でも、そんな人たちのことは忘れたらいい。だって、彼らは何も知らないんだから。今日は素敵な日なんだ。なぜなら僕がそう言っているから。モノは見方次第なんだよ>ってことを歌ってる。それがメッセージだね。

――アルバムの真ん中あたりから内省的な曲が出てきたり、曲名も少し不穏になったりしてますよね。

そうだね。アルバム全体が旅であり、山あり谷ありだ。「Well Walk Now」は内省的な曲のひとつで、このアルバムのスタートとなったインスト曲なんだ。このアルバムは、パンデミックの最中に始まった。僕はブルックリンにずっと閉じ込められていたころの僕は不安定な人間関係に悩んでいたし、演奏ができないことも苦しかった。そんな時にこの曲を書いたんだ。基本的には非常にシンプルな楽曲で「自分の未来に歩み寄り、美しい人間関係に足を踏み入れよう。そして、ありのままの自分を妨げるものから離れて歩いていこう」って感じ。この曲は「禅」のような、自分を中心を見据えた場所に到達するための方法みたいなイメージの曲だね。

――その次の「Don’t Lie」は意味深なタイトルです

「Don’t Lie」は、人間関係について。恋愛でもそうだけど、真実を知りたいと思うことがある。たとえ自分が傷つくような真実であっても、相手に正直でいて欲しいと思うこともあるよね?それがこの曲の始まり。

繰り返しになるけど、僕は次に何が起こるのか理解できないような人間関係を経験していた。パンデミックの間、僕は結局、誰かと一緒になるためにその人が住む場所に行くのか、(音楽家としての)自分自身を救うために他の場所に行くのかの選択をする必要があった。これからの決断を迫られていた。最終的に僕は(ミュージシャンとしての)自分を選んでラスベガスに行き、このアルバムのレコーディングを始めたんだ。パンデミック中、仲間数人とラスベガスに行ける機会があって、僕はどうしても演奏したかったんだ。そこで大きなスタジオを借りて、時間をかけてレコーディングをしたことがアルバム制作の始まりになった。フォーエバーランドの「自分の中に平穏を見つけようとする」ってアイデアは、「自分で考えて自分自身を選ぶと決めた人」(=自分)のことなんだ。

◉シンプルな音楽であること

――その「Foreverland」は、どんどん展開が変わっていく曲で、ちょっと瞑想的な部分もあったりしますね。

若い頃は、自分がどれだけ速く演奏できるか、どれだけできるか示すことが重要だった。友達を集めて、誰が一番速く吹けるか、誰が一番大きな音を出せるか、誰が一番たくさんの音を出せるか、そんなことばかりだった。でも、大人になった今の僕は(音楽を通じて)メッセージを伝えたいし、ステイトメントを出したいんだ。(音楽によって)人々の心とコミュニケーションできるようになりたい。今の僕にとってはそれこそが重要なこと。そのためには、(音楽は)シンプルな方がいい。それにシンプルなほうがインパクトがあるし、魂に、心に伝わりやすいと思うんだ。それに誰もがビバップを知っているわけではないし、トランペットの難しさを分かっているわけではないけど、素晴らしいメロディーや、サウンドの深みなら誰にでも伝わると僕は思ってる。今、僕がアーティストとして追求しているところは、そこなんだ。

――シンプルであることを重視していると。

でも、一見、シンプルに聴こえるけど、曲の制作方法を深く掘り下げていくと、信じられないほど複雑に作られているのがわかる。メロディ、言葉、楽器、ビート、これらの要素のひとつひとつに目的があり、すべてが調和するように、まるでパズルのように作られている。そして、インプロヴィゼーションからベースライン、ビートまで、全てが繋がっていて、すべてがシンクロしているんだ。そんな信じられないほど濃密なプロダクションの上にリリックが乗っている。そんなプロダクションの妙が聴こえると思う。それは自分の中にある禅や平和、理解、開放からきている。僕は水になりたかったんだ

※「Be Water」はブルース・リーの名言「水が入れ物によって形を変えるように臨機応変に対応する」のような意味

◉シンプルさを生む整合性のある作曲

――複雑に聞こえないというは非常によく分かります。バンドでレコーディングしましたみたいな構造にもなってないし、ビートメイカーが作りましたみたいな構造にもなっていない。どんなプロセスで作ったんですか?

今回のアルバムで、僕は作曲を持ち込んで、その上にレイヤーを重ねていって曲を作った。3枚目のスタジオ・アルバムが完成するまでには長い時間がかかった。最初のアルバム『Introduce』はキーヨン・ハロルドを紹介したもので、2010年だったかな。

当時、僕は50セントや多くのラッパーと一緒に音楽制作をしていた。そこではビートメーカーもやっていて、ビートやトラックを作ってたくさんの音楽をプロデュースした。それをやりながら同時にトランペット奏者として、ビリー・ハーパーマーカス・ストリックランドなどの素晴らしいジャズミュージシャンたちとの演奏もしていた。そのふたつの状況が衝突したとき、自分の音楽を簡潔に伝える最善の方法を僕は考えなければならなかった。だから、僕の音楽を時間がかかったんだ。

――なるほど。

今、僕の音楽を聴けば、トランペットが入っている位置、ボーカルの位置、コードの動きも理にかなっているのがわかると思う。今の僕の作曲方法は、完璧に筋が通っているんだ。偶発性に任せずに、具体的に考えて作っているつもり。よくあることなんだけど、トラックを作る人がヒップホップとジャズをミックスしているって言ってるときに、ビートの上に誰かのソロ演奏を乗せただけってケースがある。ローファイって呼ばれているものの中にはそういうものもある。でも、僕は(ビートの上で)ホーンを奏でているだけでは本当にシンプルな音楽にはならないと思ってる。本作の作曲は長い時間をかけて練ってきたもの。シンプルに聴こえるのは、完璧に理にかなった方法で編集されているからなんだよ。それぞれのパートを分析していけば、それぞれの楽器が何をやっているのかがよくわかるし、それが飽和状態にならず、それぞれの楽器が呼吸をしていて、それぞれのパートがきちんと意味を成している。それが僕のやり方なんだ。僕の音楽に不協和音はいらないよ。

――だから、すごく豊かな響きが感じられるんですね

そう、繰り返しになるけど、僕の作曲のプロセスに戻ると、まずメロディなんだ。そして、ビート、コード、メッセージ、即興がある。それらを全部まとめることで、文章では表現できない感情を見つけ出そうとしているんだよ。

◉テクニックを誇示しない演奏について

――「シンプルに聞こえるけど、実は複雑」みたいな話と近いんですけど、音数が少ないトランペットですごく説得力あるものを聴かせるのは、実は一番難しいことだと思います。説得力あるものに聴かせるために、どんな音色で奏でようとしたのか、どんな技術を使ったのかなど聞かせていただけますか?

どんな文学でも、どんな音楽でも、消化しやすく、理解しやすく、メッセージを伝えやすくするためには編集プロセスが必須だ。それは数学の公式のようなもの。誰もが理解できるように、基本的なすべてを最小公倍数に落とし込むには、いろんな数式を使って、多くを考えることが必要なんだ。そして、そのためには技術、理論に関する知識、それらを使う実践や実験などを経るので、長い時間がかかる。シンプルなものを作ろうとすればするほど、(そのプロセスは)複雑なものになるから

音数が多かったり、速い演奏が凄いと感じてしまうのは、自分が何を伝えたいのかがまだ分かっていない段階なんだと思う。僕もそういう時期があったけど、現時点で、僕は言いたいことははっきりしている。今の僕は(ジョン・コルトレーンの)「Giant Steps」をやる必要はないってことはわかってる。最速の曲や、技術的に難しい曲をやる必要はないんだ。もちろん「Giant Steps」の演奏方法は分かってるけど、そのうえでやる必要を感じないってこと。

今、僕はメッセージを伝えたいし、宇宙に向けて良い周波数を送りたいんだ。それはトランペットをどれだけ上手に吹けるかを見せる以上のことなんだ。トランペットは単なるツールで、僕のアートのためのマイクにすぎない。この世界で本当に重要なことについて語るため、未来への変革のパイプ役になろうとしているんだ。僕は政治家じゃないけど、だからって(社会のために)何もしない人間でもない。僕は世界中を回り、希望、自由、理解を深めるメッセージを送っているからね。それこそが僕にとって重要なことなんだ。たまたま使うことになった音楽をコミュニケーションの手段として使っているってこと。だから、僕にとって音楽はシンプルでなければならないし、僕に会ったことのない誰かにとっても消化しやすいものでなければならないと思っている。英語が母国語でない人にも伝わるものでなければならないんだ。もし、演奏で何かが伝われば、僕はアーティストとしていい状態だって言えるんじゃないかな。

――何を弾くかではなく、何を伝えたいかが大事だと。

そして、僕の演奏がシンプルに聞こえるのは、マイルス・デイヴィスクリフォード・ブラウンフレディ・ハバードを理解しているからってのも重要だ。ジョン・コルトレーンウェイン・ショーターも、だね。彼らの演奏を聴いて学び、彼らがやってきたことを何度も実践してきた。そうやって身に着けたものを使って、最小限の音で自分が伝えたいことを表現している。12音しかない音符を誰かの心に響くように出すことが僕にとっての正解なんだ。

◉平和と多様性を訴えるための語り口

――メッセージって部分についてなんですが、前作『The Mugician』を制作していた時期は、ブラック・ライヴズ・マターが激しかった時期だったと思います。だから、作品にも怒りを含めた強いメッセージがあったし、激しい演奏もあったと思います。一方で今回はあなたはトランペットをやわらかく吹いていたり、シンプルになっていますよね。一方でアフリカ系アメリカ人のあなたが置かれている状況自体は変わっていないですよね。と考えると、怒りや激しさではないやり方で依然と同じようなことを語っている部分もあるのかなと思ったんですが、それについてはどうですか?

残念なことに、世界状況はあまり変わっていないよね。不幸な目に遭っている人の対象が変わっただけだよ。パンデミック中に僕の息子に起きた事件(人種差別が背景にある「白人女性から”携帯電話を盗んだ”とぬれぎぬを着せられた」事件)はバイラルになってしまったけど、ああいうことは今も世界中で起こっている。自分とは異なる人々に対する偏見や不寛容さは世界中にはびこっている。今、その中心が中東にある。それに対して大学のキャンパスでも人々が声をあげている。僕はヒューマニティの人間だから、正しくないと思うことがあれば、声を上げていこうと思っている。僕にとって、声を上げる手段は音楽やパフォーマンスってことになる。このアルバムには、そういった要素が含まれている。でも、伝え方は確かに変わったと思う。つまり、大声で叫ばなくてもいいってこと。

僕はこの世界で絶えず起こっている物語をこれまでとは別の視点から見るようになったんだ。ミュージシャンとして、アーティストとして、人間としての僕の仕事は、平和や、他者への理解などの良いヴァイブレーションのメッセージを発信し、それによって人々が集まって、成長できるようにすることだ。怒鳴ったり、戦うばかりでなく、時にはやさしく話し、美しいメロディーを奏でたり、美しい言葉をかけたりすることで、人との距離が縮まることもあるから。君がもし誰かに近づいてきてほしいなら、ソフトに話すよね? このアルバムはそういう意味合いが強いと思う。前作は、広く届くようにできるだけ大きな声で物事を訴えていたんだけどね。

KEYON HARROLD presents 'Foreverland'
2024 6.3 mon. , 6.4 tue.

MEMBER
・Keyon Harrold (tp,vo)
・Chad Selph (p,key)
・Jermaine Paul (b)
・Charles Haynes (ds)

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