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ロバート・グラスパーと『Black Radio』の新しくなさ

ロバート・グラスパーと『Black Radio』シリーズは「ゲストの人選が変わってるよね?」ってずっとぼんやりとですが、思っていました。

コンセプトの面白さや演奏のすごさで新しいものっぽく聴いちゃうんですけど、ゲストは全然新しくないんです。ざっくり言うと”流行っている人を全く呼んでいない”。

2019年のミックステープ『Fuck Yo Feeling』ラプソディーデンゼル・カリーSiRコーデ―バディが入っていた時にはその並びで「珍しく割と新しいかも!?」と意外に思ったのも覚えています。

そんなことを考えながら、なんとなく眺めていたら、新しくなさにもいろいろあることが見えてきて、どうやら特定の時代やコミュニティに偏っているわけでもなさそうで、なんならけっこうばらけているんじゃないかとも気づきました。

そこでロバート・グラスパーが自身がプロデュースする作品の中で共演してきたアーティストが最初に頭角を現した時期の順番に並べて、分類したり、プレイリスト《featured Singers & Rappers on Robert Glasper's Album 》を作ってまとめてみました。

あと、以下の記事で共演者を時期ごとで簡単に分類してみました。太字が『Black Radio』参加者です。

端的に思ったことを言うと、90年代以降のR&Bシンガーやラッパーの中で高い技術を持っている人で、オーガニックなサウンドに合う人、ジャズやソウルに根付いているのがわかる人を選んで共演していて、世代にはこだわりがないので、かなり幅広い世代が参加している、という感じでしょうか。更に言えば、その幅広さは様々な世代のリスナーが安心して聴けそうな、いろんな世代の人が同じ場所に一緒にいるような場でも安心して流せそうな”ラジオ的な”人選とも言えるかもしれません(なのでプレイリストは普通にいい選曲になりました)。

そして、トレンドも意識している素振りがほんとにないなと。つまり新しくないし、人によっては”古い”と感じる人もいるかもしれないようなラインです。

きっとグラスパーが求めているのは洗練と普遍性みたいなことだと思いました。

ロバート・グラスパー「自分自身に対して誠実でないものを俺は作らない。常に正直な思いで作っているし、共演するアーティストとも正直に向き合っているし、誠実で個性的なスタイルのアーティストを起用するように心がけている。だからこそ、それぞれの作品が違うんだ。(参加している)誰一人としてトレンドを追いかけていないから。俺はトレンドを追わないんだ。」

「Rolling Stone Japan」May 2022

◎featured Singers & Rappers on Robert Glasper's Album

というわけで、以下のプレイリストは”トレンドを追わない”ロバート・グラスパーの新しくなさがよくわかるリストになっていると思います。

◉1980-1995

1980-1995

・1989 Posdnuos(De La Soul) - 3 Feet High And Rising
・1990 Lalah Hathaway
- Lalah Hathaway
・1990 Q-Tip(ATCQ)
- People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm
・1991 Stokley Williams(Mint Condition)
- Meant To Be Mint 
・1993 Meshell Ndegeocello
- Plantation Lullabies
・1993 Snoop Dogg
- Doggystyle
・1994 Brandy
- Brandy
・1994 Common
- Resurrection
・1995 Faith Evans
- Faith

レイラ・ハサウェイミシェル・ンデゲオチェロコモンはグラスパーが最も信頼を寄せる人たちで、グラスパーの最多共演のレイラ・ハサウェイがいるので、ここの世代を信頼しているってのはあるかもしれません。

上記のローリング・ストーンの記事でも書きましたがブランディフェイス・エヴァンスは実は歌がめっちゃうまくて、2010年代以降も起用されている人だったり。トレンドは無縁の中堅の実力派を再評価していくって意図はグラスパーの中にあるかもです。

しかし、レイラ・ハサウェイって2010年代以降、(スナーキー・パピーとの『Family Dinner』でのグラミー賞などにより)再び最盛期が来ている感じなんですけど、デビューが今から30年以上前の人なんですよね。全然そんな感じがしない。

あと、『Black Radio 3』でのデ・ラ・ソウルポスには驚きました。グラスパーが最も引用している曲は「Stakes is High」ですもんね。

◉1996-2000

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1996 Erykah Badu - Baduizm
1998 Yasiin Bey(Mos Def)
- Mos Def & Talib Kweli Are Black Star
1999 Ledisi
- Soulsinger
1999 Macy Gray
- On How Life Is
2000 Jill Scott
- Who Is Jill Scott? - Words And Sounds Vol. 1
2000 Musiq Soulchild
- Aijuswanaseing

ここも信頼を寄せている年上ゾーン。ヤシーン・ベイレディシミュージック・ソウルチャイルドは特に起用している3人ですね。中でもレディシはメトロポール・オーケストラを引き連れて、ニーナ・シモンのオマージュ・アルバムを作るようなまさに”ミュージシャンたちにリスペクトされているヴォーカリスト”の代表のような人ですよね。

◉2001-2005

2001 Bilal - 1st Born Second
2001 India.Arie - Acoustic Soul
2001 Marsha Ambrosius(Floetry)
- Floetic
2002 Norah Jones
- Come Away With Me
2003 Anthony Hamilton
- Comin' From Where I'm From
2003 Dwele
- Subject
2003 Eric Roberson
- The Vault Vol. 1.5
2003 Jean Grae
- The Bootleg of Bootleg
2003 Killer Mike
- Monster
2003 Phonte(Little Brother) - The Listening.
2005 Goapele - Change It All
2005 PJ Morton - Emotions

グラスパーの盟友ビラルは別格ですが、インディア・アリーとか、ドウェレ(Jディラ人脈)とか、ゴアペレとか、エリック・ロバーソンあたりのネオソウルのちょっと懐かしいところを引っ張ってくるところはグッときますよね。グラスパーがリアルタイムで熱心に聴いたりしたのはこの辺りだったんだろうなって感じがします。ちなみにフロエトリーの「Say Yes」は再生回数4000万回越え。日本の音楽マニアが考える”ちょっとマニアックな趣味の良さ”ではなく、こういうレベルのヒット曲を入れているってのも『Black Radio』っぽさだと思います。絶妙な大衆性、とも言えますね。

あと、PJモートンはグラスパーとほぼ同世代でこの時期からやってる人です。マルーン5に正式加入するのは2012年なので『Black Radio』の時期に彼の人生も大きく変わったって感じですかね。

◉2006-2010

2006 Georgia Anne Muldrow - Olesi: Fragments Of An Earth
2006 Jennifer Hudson - 映画『DreamGirls』
2006 Lupe Fiasco - Lupe Fiasco's Food & Liquor
2007 Chrisette Michele - I Am
2007 Shafiq Husayn(SA-RA) - The Hollywood Recordings
2008 Esperanza Spalding - Esperanza
2008 Jazmine Sullivan - Fearless
2008 Muhsinah - Pre.Lude
2010 Gregory Porter - Water

この辺りはたぶん年齢が近いゾーン。ジャズで言うとエスペランサ・スポルティンググレゴリー・ポーターは正に脂が乗り切った状態といった感じ。ジェニファー・ハドソンのような映画界で活躍しまくりの俳優から、近年ヒット作を出し、改めて評価を高めている実力派のジャズミン・サリヴァンなど、ばらっばら。かと思えば、クリセット・ミッシェルみたいな懐かしさを感じさせる人がいたり。このゾーンこそグラスパーがいろんな人を起用していることがよくわかるところかなと。

◉2011-2015

2011 Luke James - #Luke
2011 We Are King(KING)
- The Story
2012 Alex Isley - Love / Art Memories
2012 Big K.R.I.T. - Live from the Underground,
2012 Emeli Sandé
- Our Version of Events
2012 Rapsody - The Idea of Beautiful
2013 Hiatus Kaiyote - Tawk Tomahawk
2013 Laura Mvula - Sing to The Moon
2014 Amber Navran(Moonchild) - Please Rewind
2014 Mick Jenkins - The Water[s]
2014 Tiffany Gouché - Fantasy
2015 Andra Day - Cheers To The Fall
2015 SiR - Seven Sundays
2015 Ty Dolla $ign - Free TC

この辺りからは年下ゾーン。ムーンチャイルドハイエイタス・カイヨーテなど、自身の影響を受けている若手を起用したり、自身の楽曲をサンプリングしていたラプソディを起用したり、みたいな感じ。映画『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』ですさまじい歌唱力でビリー役を務めたアンドラ・デイなんてまさにグラスパー好みの実力者だよなと。

意外なのはエミリー・サンデ―。イギリス人で、2012年に大ブレイクしていた新しい人を起用するのはけっこう珍しい。

2016 BJ The Chicago Kid - In My Mind
2016 Denzel Curry - Imperial
2016 H.E.R. - H.E.R. vol.1
2018 Buddy - Harlan & Alondra
2019 Cordae - The Lost Boy
2019 Lucky Daye - Painted
2020 Ant Clemons - Better Days
2020 D Smoke
- Black Habits

2021 Yebba - Dawn

BJザ・シカゴ・キッドH.E.R.は繋がるべくして繋がったと言った感じだけど、その他の顔ぶれもソウルやジャズの歴史にリスペクトがあり、ライブ・アーティストって感じの実力者ばかり。70年代のソウルへの愛が溢れるコーデ―なんてグラスパーと合いそうですもんね。ちなみにH.E.R.はグラスパーをサンプリングしていたり、大規模なライブでのオーケストレーションをデリック・ホッジに任せていたりとそうとう近いですね。

そして、BIGYUKIや、ジェイムス・フランシーズらが絶賛するイェバはグラスパーが意地でも共演したい才能だと思ってました。

という感じで、LAに引っ越したことや、映画の仕事が増えたこともあり、更に言えば、グラスパー好みのアーティストがどんどん出てきていることもあり、若い世代とも積極的に共演するようになってきている模様。この先、どうなっていくか楽しみですね。

◎トレンドを意識しないグラスパーのスタンス

ロバート・グラスパーの音楽ってずっとトレンドと関係ないのが面白いんですよ。

ジャズ・アルバムを作った時でもそのスタイルはずっと特にトレンドと関係ないんですよね。『In My Element』に収録の「J Dillarude」でJディラをカヴァーしていた当時Jディラを演奏することが流行っていたわけでもないし、同じく『In My Element』でレディオヘッドをカヴァーした時も当時レディオヘッドが流行っていたわけでもなく、そもそもブラッド・メルドーがカヴァーし始めたのは1998年で、グラスパーのカヴァーは2007年なので、10年後なわけです。つまり、『In My Element』は演奏の技術やカヴァーのアプローチなど、新しい音楽ではあったもののトレンドとは無縁だったと思います。だからこそ、このアルバムはまだ誰もやっていないことをやって、新しい流れを作ったと思うし、同時に全く古びないと思います。ちなみに『In My Element』に関しては、ジャズの視点で見ても古びない良さがあって、これまた15年経った今、その価値はさらに高まっていて、もはや”クラシックス”になっています。ここでも「One for Grew」って曲はマルグリュー・ミラーに捧げていたり、「Betrice」ってサム・リヴァースの演奏でも知られる佳曲を新鮮に聴かせていたり、トレンドとは関係ない部分=普遍性に繋がる部分があります。

同じようなことは『Double Booked』にも言えます。ロバート・グラスパーはそんなことをずっとやっている人だと思います。

そして、この記事で見てみたように、『Black Radio』シリーズのゲスト起用に関してもジャズ・アルバムの時と同じような意図を感じます。

◎Covered by Robert Glasper

そして、そこにカヴァー曲のセレクトを考慮に入れると、更に彼のトレンドを意識してない感じが伝わると思います。

かといって、保守的な、もしくはベタな選曲というと全くそんなことはなく、名曲ぞろいではあるものの意外性があるものばかりです。特に変わっているポイントとしてはシャーデーデヴィッド・ボウイレディオヘッドヒューマン・リーグティアーズ・オー・フィアーズと、UKの曲がかなり含まれていることでしょうか。この辺りに彼のポップさのありかたや世界中で受け入れられている理由がありそうです。という感じで割とバラバラ。これをロバート・グラスパーらしい感性でリハーモナイズし、リズムも変えて演奏することで、新鮮に聴かせてしまうわけですが、その選曲自体にはトレンドなどは反映されていないんですよね。

ロバート・グラスパーの作品が古びない理由は演奏やアレンジの素晴らしさは言うまでもないですが、それと同時に選曲や人選に関して、トレンドを意識せずに、洗練や成熟、クオリティを求めているから、というのもあるのではないかと思っています。それはつまりロバート・グラスパーのいい意味での”新しくなさ”が理由ではないかと思います。

そして、その美意識というか、コンセプトを貫いているからこそ、H.E.R.デンゼル・カリーみたいな”普遍性”を大事にする新しい才能からもリスペクトされているのではないかと。クオリティを維持していれば、トレンドとは別のところから仕事も舞い込む、とも言えるかもしれません。

個人的にはその普遍性やオーセンティシティを大事にしたやり方、別の言い方をすれば、洗練や成熟を尊重する姿勢には”キャリアの重ね方”や”年の取り方”みたいなことに関するヒントがあるような気がしています。トレンドがどんどん変わる時代でも、自分のスタイルやスタンスを変えずに、悠々と活動を続けるためのヒントといいますか。ハイブリッドなサウンドのミュージシャンは数多くいますけど、自身の作品を定期的に発表しながら、様々なサポートもこなしつつ、色んなミュージシャンにフィーチャーされながら、ここまで着実にキャリアを重ねている人もなかなかいないし、シーンやコミュニティへの貢献も地道に続けながら、歳を重ねるほどにその功績や存在の大きさにどんどん重みが出ているのも特別だと思います。

個人的にはロバート・グラスパーの活動のあり方に関しては、もっと掘り下げて考察したいなと常々思っているところです。

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