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《Jazz The New Chapter 4 for Web》カート・ローゼンウィンケル『Caipi』Review - メロディーと演奏がコネクトするカートの脳内で鳴っていた理想のサウンド

現代ジャズ最重要ギタリスト、カート・ローゼンウィンケルの新作はこれまでの彼のコンテクストとは少し異なる異色作だ。ペドロ・マルチンスアントニオ・ロウレイロというブラジルの新星や、マーク・ターナーベン・ストリートといった旧知の仲間、更にはエリック・クラプトンなどがクレジットされてはいるものの、ほとんどの楽器をカート自身で演奏し、自ら丹念に重ねた多重録音で生み出した架空のバンドサウンドだ。

僕はこれを最高傑作だと言い切ってしまうことに躊躇はしない。『Remdy』でコンテンポラリージャズの最高到達点を更新した時のようなインパクトがある。

このアルバムはジャズの形こそしていないものの、これこそ《ジャズミュージシャンによるまだ名前のついてない音楽》だと思う。

そして、カート・ローゼンウィンケルは新作『Caipi』で、ATCQQティップをプロデューサーに迎えて共作した『Heartcore』で消化しきれなかったものをようやく形にしたんだと思います。彼が00年代までずっとやってきた滑らかさとは別のところにある音楽を。

もともとカートはギターに合わせて自身のヴォイスを有効に使ってきた人でもある。例えば、前作『Star Of Jupitar』でも印象的なテーマをギターで弾きながら、こにユニゾンで自身の声を重ねていた。いや、重ねていたというよりは、指先と喉が連動しているような感覚とも言えるかもしれない。彼の音楽は、ギターとソロとメロディーがどれだけ密接にコネクトするかということにも重点が置かれているような音楽でもあったと思う。そういう意味では、本作は、これまでのような《ジャズ》とは違う形の《歌モノ》の中で、ギターとソロとメロディーを追求したものという気もする。『Caipi』はメロディーを中心に様々な楽器を積み重ねていくことで、カートの頭の中にずっと流れていた音楽がようやく形になったような音楽でもある。なぜ、カートが決して上手くはない自身の声で歌わなければならなかったかを考えると、これはいつもの自身の演奏の中でやっているギターとユニゾンするヴォイスのように、ここでも自分の声でメロディーを奏でないと意味がなかったのかなと思う。

そうやって、自分の脳内にある音楽を具現化するためには、これまで『Heartcore』や、カートが起用されたQティップ『Kamaal The Abstract』『Renaissance』など、ヒップホップ・プロデューサーのQティップとやってきた経験が必要だったのかもしれないとも思う。脳内で鳴っているものを1つ1つ演奏して形にすることを繰り返し、それを丁寧に重ねたりエディットしながら、コネクトさせていくこと。それはおそらくバンドがサウンドしたり、グルーヴすることは全く違うことで、むしろこの『Caipi』にあるような重なり方や組み合わさり方でなければ意味がなかったように思える。時に不自然さを感じるような、それでいて自然なグルーヴがあり、どこかザラッとしている。それはその切れ目や繋ぎ目が聴こえてしまうからこそ、インスピレーションが裂け目から漏れ響いてしまうようなもの。音が重なっていることの不協和のクールさや、根拠のない触覚的な気持ちよさのようなものを意図的に奏でること。例えば、それはJDIlla『Donuts』のように。マッドリブYesterdays new Quintetのように。僕はこれこそヒップホップだなと思った。

僕らがATCQをはじめとしたヒップホップから聴き取ってきた「音楽理論(=ジャズ)とはまた別のグルーヴやハーモニー」みたいなものが鳴っていて、そこにさらっとカートがこれまで奏でてきたようなギターが入り混じって、それが所々でジャズ的にも機能してしまっていたりもする。こんな音楽はヒップホップで聴いたことないし、もちろん、ポストロックでも、ビートミュージックでも聴いたことはない。こんなものをジャズミュージシャンが作ったことに僕は驚愕している。

そして、なぜ、ペドロ・マルチンスが必要とされたのかを考えるといろんな理由があると思うけど、ひとつ考えられるのは、カートがこれまで奏でてきたギターのサウンドをかなりのレベルで身に着けつつ、同時に「音楽理論(=ジャズ)とはまた別のグルーヴやハーモニー」の意味をわかっているからなのではないかとも思う。そのために起用されたのが、ペドロ・マルチンスであり、アントニオ・ロウレイロだったのかもしれない。その片方だけでは意味がなくて、その両方を身体化できていないと意味がなかった。

ペドロもアントニオも彼らの音楽はあらゆる「意味」や「無意味」がメロディーとコネクトしながらサウンドしている。このペドロとロウレイロによる「Paixão e Fé」は『Caipi』と通じるものがある気がしてならない。というより、こういう音楽を奏でることができるジャズミュージシャンをカートはずっと求めていたのかもしれない。

こちらでカートのインタビューも読めます。併せてどうぞ。
   ➡ カート・ローゼンウィンケル・インタビュー OutTake

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KURT ROSENWINKEL - Caipi

ソングエクスジャズ SONGX042

Kurt Rosenwinkel: acoustic & electric guitars, electric bass, piano, drums, percussion, synth, Casio, voice
Pedro Martins: voice, drums, keyboards, percussion
Eric Clapton: guitar
Alex Kozmidi: baritone guitar
Mark Turner: tenor saxophone
Kyra Garéy: voice
Antonio Loureiro: voice
Zola Mennenöh: voice
Amanda Brecker: voice
Frederika Krier: violin
Chris Komer: french horn
Andi Haberl: drums
Ben street: bass
1. Caipi
2. Kama
3. Casio Vanguard
4. Song for our sea*
5. Summer Song
6. Chromatic B
7. Hold on
8. Ezra
9. Little Dream
10. Casio Escher
11. Interscape
12. Little B *Japan Bonus

SONG X JAXX - KURT ROSENWINKEL - Caipi(Japan Edition)

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◆Jazz The New Chapter 4

毎号重版を続ける話題のムック、第4弾!

今や現代の音楽シーンを左右する一大潮流となった“ジャズ”の最突端で今、何が起きているのかを、詳細なテキストと計150枚のディスク評で徹底検証。

ジャズを活性化したネオソウルとの蜜月を改めて紐解く一方、ジャズを触媒として生まれた新たな潮流にも目を向け、脈打ち続けるジャズの「今」を深く掘り下げます。

●巻頭鼎談:ジャズの現在地点(原雅明×高橋アフィ×柳樂光隆)
●黒人音楽の現在を語る(大和田俊之×柳樂光隆)
●何故、フィラデルフィアなのか? 縁のアーティスト8名の証言を手がかりに、ネオソウルとジャズの化学反応を生んだ音楽都市の真相に肉薄
●現代ジャズを通過して生まれた“新しいブラジル音楽”
●ドン・ウォズ、イーライ・ウルフが語る“新生ブルーノート”の軌跡
●他にも「ジャズ・ミーツ・プログラミング」「ピアノ/オルガン・ジャズ再考」「ベッカ・スティーヴンスとスナーキー・パピー周辺」など、多角的な考察が満載

Link ➡ 『Jazz The New Chapter 4』

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