見出し画像

ジャズとスタンダードのこと : BRUTUS ”The Jazz Guide for Listening Bar” プレイリスト×3

BRUTUS 2021年7月号の特集「音楽と酒・夏」のジャズのページ

《酒がさらにおいしくなるJAZZ入門 The Jazz Guide for Listening Bar》

の11ページほどのほぼすべてのテキストを担当しました。

このためにいろいろ選曲もしていて、それがBRUTUSのSpotifyにアップされてます。

以下は《ジャズ100余年を彩るスタンダード・ナンバー》のプレイリスト。スタンダードがいかに演奏され続けていて、今も受け継がれているのかがわかる40曲です。

基本的には”21世紀以降も録音されているジャズの名曲20”という感じで、(一部例外がありますが)同じ曲の”20世紀のバージョン”と”21世紀のバージョン”のセットになってます。曲の解説は誌面でどうぞ。

今回、そのプレイリストを選曲するためにジャズ・スタンダードをいったん大量に集めて、書かれた順番に並べ替えて、そこから厳選する形で40曲に絞りました。

ここではそのプレイリストの原型となる数百曲の候補曲リストをシェアすることにしました。ジャズ・ミュージシャンにより演奏されている名曲をひたすら並べました。同じ曲の異なるミュージシャンによる演奏が並んでいるので、時代を経るにつれてどんな感じで変わっているのか、何が変わらないのか、みたいなことを聴いてもらえたらと思います。紙面に載せたリストと同じで、(一部例外もありますが)21世紀以降にも録音されている曲が基本条件です。約300曲、28時間ほどあります。

このスタンダード20曲ってのは編集部が立てた企画なんですよね。その立てられた枠組みが変えられないっぽかったので、工夫をして、その中でやれることをやってみました。なので、枠組みは編集部の企画のままですが、中身は全く別のものになっています。そこがこの《ジャズ100余年を彩るスタンダード・ナンバー》の読みどころでしょうか。

さて、ここからは少し”ジャズとスタンダード”について書きます。

ジャズは落語とよく比較されますが、それは落語家が古典落語をやるように、ジャズ・ミュージシャンがスタンダード=定番曲を演奏するというイメージがあるからだと思います。実際にそういう側面もありますし、そういうイメージから今回のBRUTUSでのスタンダード20という企画がたてられたんだと思います。ここに疑問を持つ人はあまりいないでしょう。まぁ、確かに間違ってもないんですけど、そこを強調しすぎるのもどうかなと思うところもあります。

ジャズは大昔から野心的な音楽なので、トレンド次第でスタイルも手法もどんどん変わっていく音楽です。ビバップだって出て来たとき、最初は異端だったんですよね。そんな音楽なので必然的にジャズ・ミュージシャンは自分が表現したいことを形にするために自作曲志向が強くなります。

それにジャズ・ミュージシャンはトレンドに反応する人たちでもあります。ソウルが流行ればソウルをやるし、ロックもファンクも取り入れてきました。21世紀以降だとヒップホップやインディーロックも取り入れます。

そもそもスタンダード・ソングだってミュージカルや映画の流行ってる曲や人気の曲を取り上げてたのが定着しただけ。サイケデリックなトレンドからインド音楽が流行れば、インド音楽だってやっちゃうわけです。なので、ジャズは伝統を守ってきたわけではなく、周りの影響は常に受けまくってきました。他のジャンルの状況が変わればジャズもそうなるので、他のジャンルが自作自演志向になればジャズもそうなるわけで、そうなれば必然的に、自分のアルバムの中でわざわざスタンダードを録音するケースは徐々に減っていきます。

60年代半ば以降のマイルスやマイルス門下のハービー・ハンコックやウェイン・ショーター、トニー・ウィリアムスらにも顕著ですが、わざわざ自分の名義のスタジオ作品の中でスタンダードが録音される機会はかなり前からそれなりに少なくなっています(※ライブやセッションではスタンダードはずっと演奏されています)。それに同じ定番曲を誰もが録音するみたいな傾向も減っていて、カヴァーを録音する場合も自分の個性が出るような曲を有名無名問わずジャンルを超えて選ぶ傾向も強くなっていっています。その自分に合う曲をジャンルを問わず選んでいる代表がレディオヘッドマッシブ・アタックエリオット・スミス、ニルヴァーナなどのカヴァーを録音したブラッド・メルドーバッド・プラスということになりますかね。

80年代初頭のキース・ジャレットスタンダーズ(・トリオ)や、80年代末のウィントン・マルサリス『Standard Time』シリーズなどのように”敢えてスタンダードをやる”と銘打つことが逆に新鮮になっていたわけですし、90年代半ばにハービー・ハンコックがロックやR&Bの名曲のカヴァー集を『New Standard』と名付けたのも、ジャズ・シーンで誰もが演奏するような新しいスタンダードが生まれなくなっていたからこそそんなタイトルが成立した企画だとも言えます。スタンダードは録音されにくいだけでなく、新たなスタンダードも生まれにくくなって久しいわけですね。

それは「枯葉」とか「いつか王子様が」とか「スウィングしなけりゃ意味がない」とか「酒とバラの日々」みたいな、さんざん演奏されてるイメージのスタンダードに関して、普通にストリーミングで新譜を追っているだけではほぼ耳にしない状況とも符合するかと思います。わざわざ自分からそういう内容の作品を探さないと、見つからないですよね。

それに過去の名曲を”そのまま演奏する”よりは、その構造が魅力的な”曲から影響を受ける”ことの方が多い状況もあると思います。2010年以降のジャズを見ると、Jディラからインスパイアされた曲は沢山あるんですけど、カヴァーしている曲は意外と少ない、と言えばわかりやすいでしょうか。”直接的に曲をカヴァーしなくても、過去へのリスペクトは示せる”という至極当たり前の話でもあるとも思います。

それにトリビュートするにしてもベタな名曲集にならないケースも多いというのもあります。ウィントン・マルサリス率いるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラによるデューク・エリントン曲集はかなり通好みな選曲ですし、グラミー賞を受賞したライアン・トゥルースデルによるギル・エヴァンス・プロジェクト(名作!!)はギルの未録音の譜面を録音した超マニアックなもの。巨匠の楽曲を録音するにしてもやり方は様々、ということですね。

なので、スタジオ録音に関しては、”ジャズ=スタンダード”というイメージは必ずしも当てはまらない部分がかなり前からあるんですけど、なんとなくそういうイメージだけが残っているのかなとは思います。スタンダードって枠組みになるとエスペランサ・スポルディングクリスチャン・スコットジュリアン・ラージマーク・ジュリアナスナーキー・パピーも入れることができなくなっちゃうわけですし、上原ひろみBIGYUKI石若駿も入れられないことになりますから。

それに世界中でジャズが花を咲かせているような時代においてはそぐわない部分もあります。例えば、UKの若手はスタンダードをほぼ録音していないので、スタンダードって枠組みだとUKの若手の多くはほぼ対象外ということになります。シャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシアも入れることができません。南アフリカやブラジル、キューバあたりも同じ状況かなとと思います。

他にも例えば、パット・メセニーのように大きな影響を与え続けている名曲を山ほど書いていても、他人に演奏されてない、みたいな場合も対象外になります。なので、80年代以降の曲はほとんど入らないんですよね。

そういう状況なのでこのスタンダード20曲の枠組みで、”現在のジャズの状況を反映させつつ、社会的な状況も視野に入れつつ、(音楽専門誌でもはなく)カルチャー誌の読者に紹介するのに相応しい立場や知名度のあるミュージシャンで選曲する”というのは難しいというよりは無理に近い感覚でした。なので、やるならかなり大変だなと思ったし、正直、乗り気ではなかったのが本音でしょうか。とはいえ、スタンダードという枠組みでしか見せられない文脈はあると思うので、今回はそこをやってみるかという感じで乗ってみて、悩みながら最善を尽くしてみた、というのが今回の特集です。その試行錯誤の痕跡があの300曲のプレイリストと言っていいでしょうね。ただ、実際に何かしら提示できたので結果的には悪くない仕事ができたと思っています。

親子、もしくは孫くらい年が離れた人たちが同じ曲を演奏しているのを聴き比べられるのは時代の変化を感じることもできますし、同時に”変わらないもの”の存在も聴こえてくると思います。100年前の曲がわざわざ演奏されるのには理由があるわけですし。みたいな感じで、なんだかんだで現代のジャズにおける重要な部分も示せたと思うので、そこはぜひ誌面で確認していただけたらと思います。

というジャズとスタンダードに関する状況があるにもかかわらず、進歩主義者的なイメージがあるブラッド・メルドーコール・ポーターロジャース&ハートが書いたスタンダードをかなり録音してたりしますし、ディアンジェロの作品でもお馴染みのロイ・ハーグローヴはスタンダードをかなり多く録音した人でもありますし、ロイは隠れた名曲を的確に掘り起こして、光を当てる人でもありました。あと意外ですがロバート・グラスパーも「Afro Blue」をヒットさせたり、セロニアス・モンクハービー・ハンコックのカヴァーで有名なように過去の名曲をかなり録音しています。そういえば、キース・ジャレットチック・コリアもスタンダードをさんざん演奏してきた人でしたが、彼らと同様に00-10年代のトップランナーのメルドーやグラスパーのような先鋭的な革新者たちが、同時に極めて保守的ともいえるような側面も併せ持っていることが少なくないのは音楽の面白いところだなと思います。特殊例だとは思いますが。

※ ↓ そういえば以前、オールドスクールなスタイルのジャズを21世紀以降にもやってる曲を集めた記事とプレイリストを作ったことがあります。これを見ると、よく音楽媒体に出てくる顔ぶれとは異なるジャズ・ミュージシャンばかり出てくるのがわかるかなと。この辺はスタンダードを割と録音するタイプのミュージシャンと言っていいかもしれません。

誌面では他にも《JAZZ GIANTS 15》ということでジャズ史の重要人物を15人、《マイルス・デイヴィスとセロニアス・モンク》の2人の巨匠について、《ジャズコラム2021》ということで今のジャズを知るためのトピック5つについて、それぞれコラムを書いて、プレリストの選曲をしています。これも編集部が立てた企画で、その枠組みには従いつつ、中身だけは大改造しました。とはいえ、100年を超えるジャズ史の中からたった15人を選ぶのはさすがにハードしたね。一応、40人ほどリストアップして、15人に絞った結果が誌面に載っているものになります。

ジャズの巨人15人のプレイリストに入れたミュージシャンは極力スタンダードのプレイリストに入れないようにしました。なので、僕が作った5つのプレイリストはそれぞれあまりかぶらないようになっていて、全部合わせると様々な時代の様々なスタイルのアーティストをそれなりに広くチェックできるようになっています。

ちなみにセロニアス・モンクに関しては以前、ブルーノートの音源のコンピレーションCD『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』を僕はリリースしてまして。それが2枚組なんですが、1枚目のテーマがモンクだったということもあり、それなりに思い入れも関心もあったので、以下のようなプレイリスト《LOVE Thelonious Monk》をすでに作っていました。21世紀以降のジャズ・ミュージシャンが録音したモンクのカヴァーをひたすら集めたものです。実は今のジャズ・ミュージシャンがもっともカヴァーしているのはモンクだと思われます。今回の特集に合わせて、曲を大幅に追加したので、ぜひモンク漬けに。100曲越えです。

おススメはなんかのきっかけで見つけたキューバ音楽×モンク・カヴァーと、ブラジル音楽×モンク・カヴァーです。モンクはどんな国のリズムに合わせてもいい感じだし、現在のミュージシャンが演奏すれば、今の響きにもなります。モンクの曲はマジカルですね。

あと、Kan Sanoさんとの対談のページに《BAR BRUTUS》ということで柳樂がイメージしたミュージック・バーのための10曲を選んだものが載っています。”カフェ・ミュージックではなくて、バーのための音楽”です。

一応、誌面と合わないって言われる可能性を考えて、プランBとしてジャズ・ピアノのみの《JAZZ PIANO for Music Bar》を準備していました。せっかくなので、そのプランBの候補曲から作ったプレイリストをここで公開します。ぜひBGMに使ってみてください。頭に浮かんでいたイメージは飯田橋Bar Meijiuに合いそうムードでした。

Kan Sanoさんとの対談で「気付くと都内のミュージックバーでもかかっている」「時代の共有感覚」みたいな話をしているんですけど、選曲がすごくいい店には漏れなくその感じがあるんですよね。それは旧譜中心だったり、そんなにトレンドを追ってないようなタイプの店でも、というか、そういうタイプの店だからこそ、です。例えば、中野のrompercicciが誌面に載せてたレコードや、西荻窪のJUHAのプレイリストを見ると、今のジャズの面白い文脈とシンクロしてるなって感じます。というか、対談では正にそこの2店を思い浮かべて、あの発言をしました。

今回は編集部が設定した枠組みに沿っていますが、中身はそれなりにいろんなところに目配せできているものにはなっていると思います。

今回のジャズ・ページは今後、カルチャー誌がジャズ特集みたいなものをやる時の基準というか、それなりにいろいろな文脈を配慮して作るのがベーシックになったらいいなと思って、そのたたき台と言いますか、”未来のジャズ特集のための提案”みたいな気持ちも込めて、表面的には穏当に見えるようにもしつつ、チャレンジングなこともやった野心的なものになりました。実は少し前にやった文學界のジャズ特集の原稿もそんな意図でやったので、少しずつですが、前進できているのかもしれません。

より現状を反映しつつ、かつ歴史も疎かにしない特集が今後、もっと作れるようになるといいですね。

またこういう企画を手掛けられることがあったら、次はもっと先に進めたらと思います。興味ある編集者の方いたら是非声をかけてください。

画像1

ここからはこの特集に関する雑記です。マジでただの雑記です。

ここから先は

1,156字

¥ 100

面白かったら投げ銭をいただけるとうれしいです。