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雨のオリンピア

 2004年、アテネオリンピックが開催された夏、私はギリシャにいた。ビザなしで滞在できる3カ月間、ギリシャを旅し、いろいろな人と出会い、さまざまな風景を目にし、小さな冒険を重ねた。
 オリンピックゆかりの地も訪ねようと、オリンピアにも行った。その日、オリンピアの町には、雨が降っていた。

列車でオリンピアへ

 まだ暗い早朝6時過ぎに列車に乗り込み、オリンピアへ向かった。車窓から外を眺めると、ごつごつした茶色い岩肌の山に、点々とオリーブの木が生えている。次第に、ブドウ畑やオレンジの木が見え始める。やがて海が見えてくる。列車は海沿いを走りつづける。茶色く乾いた風景が緑に変わり、雨が降り始めた。ギリシャで本格的な雨に遭うのは初めてだ。

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 この旅で、私はライターとしての一歩を踏み出した。それまで働いていた会社の社長の紹介で、新聞の地域情報面にギリシャについてのコラムを掲載してもらえることになったのだ。「五輪の故郷(ふるさと)ギリシャを歩く」というテーマだ。そこで、オリンピックゆかりの地・オリンピアを訪ねることにした。

二つの博物館

 オリンピアに着き、最初に博物館へ出かけた。道沿いにキョウチクトウの花が咲いていたのを覚えている。きれいなピンクや白の花だが、この木には毒があるという。町には二つの博物館があり、オリンピック競技博物館にはオリンピックの資料が集められていて、1964年の東京オリンピックの聖火リレーで用いられたトーチも展示されていた。

 オリンピア博物館には、オリンピア遺跡で発掘された彫刻や陶器などが展示されている。ギリシャ神話の神々の彫像が居並ぶ中で、ヘルメス神の姿が印象に残っている。ローマ神話ではマーキュリー。水星の名であり、私の正座・双子座の守護神でもある。神々の使者で、翼の生えた靴を履いて世界を飛び回る。旅人の守り神でもあるという。

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 博物館を出ると、再び雨が降り出し、雷まで鳴り始めた。オリンピアには1泊しただけだが、その間、私は取材相手や新聞社の方と電話でやりとりしては、ホテルの部屋で原稿を手直しし、仕事の厳しさを知ることになった。あれは博物館の帰りだったろうか、雨の中で仕事の電話をとり、自分の原稿の未熟さに、情けない気持ちになったことを思い出した。

駆け出したくなるスタジアム

 翌朝、原稿の修正を終えてから、オリンピア遺跡へ向かった。四年に一度、太陽の光を集め、オリンピックの聖火を採火する場所だ。しかし、この日は曇り空。そのうち雨が降り出し、傘を買う。いつも雨の少ない夏に旅行していたので、ギリシャで傘がいるとは思わなかった。

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 この地で、かつて古代オリンピア競技が行われた。開催前後は戦いが中止された「平和の祭典」だ。アーチ形の屋根を持つ通路を抜けると、そこは古代オリンピア競技が行われたスタジアムだ。幅30m、長さ192mのトラックが現れ、丘の斜面が観客席になっていたという。

 石を埋め込んだスタートラインに立ち、走りだす人たちがいる。手をつないでゆっくりと歩く老夫婦や、友人同士で走る人、競い合う若者グループもいる。

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 オリンピックイヤーでにぎわっているかと思ったのだが、観光客の数もそれほど多くなく、大理石の柱を眺めながら、のんびりと遺跡を巡った。まだ6月だったので、博物館の周囲も工事中のところがあり、本番に向けて準備中、という雰囲気だった。

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クーベルタン男爵のモニュメント

 その後、近代オリンピックの父・クーベルタン男爵のモニュメントを探し、見つけられずに辺りをうろうろしていると、車で通りかかったアメリカ人女性が場所を教えてくれた。モニュメントの前には、月桂樹の冠が置かれていた。

 彼女はギリシャとアメリカで暮らしていて、ガイドブックを書くためにオリンピアに来ているという。アドレスを交換し、街中まで送ってもらった。後日、日本に帰国した私のもとに、彼女がオリンピアについて書いた記事のコピーが届いた。こんな出会いが、この旅ではいくつもあった。

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オリンピアの記念品

 オリンピアでは、小さな羊の置物を買って帰った。遺跡から発掘されたもののレプリカだ。「書く仕事がしたい」という夢に近づき、仕事の厳しさを知ることになった旅。ろくに実績もないのに、貴重な紙面を割き、記事を書かせてもらえたのは、本当にありがたいことだったと今になって分かる。

 「取材し記事を書く」という目的ができたことで、出会いが広がり、旅の味わいも深まった。旅から戻って、私は少しずつライターとして働き始めた。情報紙の編集部に仕事を得て地元を離れるときも、再び地元に戻ってきたときにも、引っ越しの荷物に、この羊の置物をいれていた。いまもオリンピアの羊は、わが家の玄関先に飾ってある。

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(text & photo: Shoko)  Ⓒelia

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