韓国で「珍」お泊り体験

 韓国にはこれまでに2回、仕事で出かけたことがある。そしてそれぞれちょっと珍しいところに宿泊した。

 いまから20年ほど前、私は地方テレビ局で番組制作の仕事をしていた。
 日本の地方都市に住む韓国人男性Aさんの、日韓交流に関する活動を密着取材する中で、韓国にも同行させてもらうことになった。


 その日はソウル市内で、Aさんが仕事仲間のBさんと久々に再会する様子を撮影していた。きょうは取材もそろそろ終了と思っていたころ、何やら韓国語で話が進んでいる。するとAさんが突然、「Norikoさん、今夜はBさんが泊めてくれます」。確かに私はホテルを予約していなかった。それは、ソウルならホテルはすぐとれるだろうし、撮影が終了した地点のそばでホテルをとろう、と思っていたからだ。
 「いやいや申し訳ないから結構です」と私が言ってもAさんは「でもBさんもぜひ泊まってと言ってます」の一点張り。あまり断るのも悪いかと思い、その夜は夕飯を外で済ませたあと、Bさん宅に泊めてもらうことになった。


 Bさん宅は、ソウルの漢江沿いに建つ、高級そうな高層マンションで、奥さんと、小学校高学年くらいのお嬢さんとの3人暮らしだった。奥さんも、見ず知らずの外国人が自分の家に泊まる、ということはその場で初めて知ったらしい。しかしにこやかに迎え入れてくれた。私は韓国語ができず、奥さんもお嬢さんも英語が話せなかったため、身振り手振りと「笑顔」で乗り切るしかない。これはもう「世界ウルルン滞在記」じゃないか、と当時の人気旅行番組を思った。


 客間のようなところで寝るのかなと思っていたら、私が寝るように言われたのは、なんとお嬢さんの個室だった。お嬢さんは両親の部屋かどこかで寝て、私にベッドを明け渡してくれるとのこと。申し訳なさでいっぱいになる。部屋はいかにも女の子らしい雰囲気で、パステルカラーのカーテンやベッドカバー、そしてぬいぐるみなどが置かれていた。勉強机は、日本のそれと変わらなかった。


 お風呂は、シャワーしかなかった。電話ボックスのようなガラス張りのしゃれたシャワールームだったが、韓国の一般家庭には湯舟がないのだなあと思った。


 朝起きると朝食が用意されていた。韓国独特のステンレスの器に入っていたのは、五穀米のような色のついたごはんとみそ汁。それに数種類のキムチ。朝食というのは、その国らしさが出るので、どこの国でも楽しみにしているのだが、あたたかいごはんとみそ汁という組み合わせは日本と同じ。言葉は通じないが「いただきます」と手を合わせて頭を下げてから箸をとる。慣れ親しんだみそ汁の味に、ほっとした瞬間だった。Bさん一家はすでに朝食を済ませたようで、にこにこして座っている奥さんと向かい合って、おいしい食事を頂いた。
 
2つめの珍しいお泊り体験は、なんと韓国のラブホテルだ。

 このときは、日本から韓国に嫁いだCさんという女性を取材していた。韓国人の夫と、小さなお子さん2人と暮らすソウル近郊のCさん宅をカメラマンと共に訪れ、現地のスーパーマーケットで買い物する様子などを撮影。そして撮影終了後に、近くにホテルはないかと尋ねたところ、Cさんに提案されたのが近所のラブホテルだった。


 カメラマンとしばし絶句していると、韓国ではラブホテルはモーテルやビジネスホテルとしてカップル以外も利用するとのこと。また近くには、映画やドラマの撮影所があり、撮影クルーがよく泊まっているというので、好奇心も手伝ってそのホテルに泊まることにした。


 到着したラブホテル、その名も「スイスホテル」は、日本の地方にある古びた旅館のような、地味な外観だった。


 フロントスタッフは、カウンターの曇りガラスの向こう側にいて、お互いの顔が見えない仕組みになっている。「二人ですけど、別々の部屋で」と伝えると、別段怪しまれることもなくチェックインできた。値段は日本円で1部屋3000円程度。カウンターの小窓から小さな袋が2つ差し出され、見ると、それぞれ2本ずつ歯ブラシが入っていた。さすがラブホテルだ。


 エレベーターで宿泊階まで上がり、そこで目にしたものにカメラマンと2人、思わず笑ってしまった。廊下の壁に作り付けの棚があり、そこにはアダルトビデオがびっしりと並んでいる。宿泊客は自由に部屋に持ち帰って鑑賞していいらしい。


 私たちはそれぞれの部屋に分かれて入った。
 部屋は、ピンクや赤系の派手な内装で、広々としていた。そして壁にそって置かれた半円形の大きなベッド。
 ドアを開けて風呂場を確かめると、ユニットバスではなく、渋い色の細かいタイルが一面に貼り付けてある、まるで「昭和」な風呂だった。しかも、一度に2~3人はゆったりつかれそうなほど湯舟が広い。洗い場も同様にかなり広い。さすがラブホテル。

 派手ではあるが、広々とした部屋で、私はその夜のんびりとくつろぐことができた。


 翌朝、チェックアウトのためにフロントに降りると、男性ばかりの団体客がいた。みな体格がよく、彼らが撮影クルーなのだろうと思った。確かにこのホテルはビジネス客に人気らしい。しかし完全にラブホテル仕様なのが面白い。


 その日の夜は、ソウル中心部でごく普通のビジネスホテルに宿泊したのだが、部屋の広さは「スイスホテル」の半分以下で、値段は2倍以上した。カメラマンと「昨日のホテル、広くて良かったですね」「日本もラブホテルの外観をもっと地味にして韓国みたいに泊まりやすくしたらいいのに」などとひとしきり盛り上がった。

 私にとって海外出張とは、制約も荷物も多いし、緊張するし面倒なことも起きがちだし、できれば行きたくない、というのが正直なところだ。けれどプライベートでは絶対に出会えないような体験が待っていたりする。海外旅行の楽しみのひとつ、買い物もほとんどできない海外出張だが、そのかわり、ちょっとした土産話は必ず手に入れて帰国している。
(text:Noriko)

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