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東京で、ちょっと思い出してみる。/(東京、本と巡る旅3)

 今年も残りわずかとなったのに、書いていない旅の話があれこれ。今回は、5月の東京での出来事を振り返ります。

1日本屋さん体験

 幼稚園か小学校の時の文集で、将来の夢を「わからない」と書いた変に生真面目な私だが、一時期、「本屋さんになりたい」と思っていた。好きなだけ本が読めると思ったのだ。売り物だからそんなわけにもいかないだろうが、本に囲まれる生活に憧れた。

 そんな子どもの頃の夢を叶える共同書店というものがあると知り、初めて神保町を訪れたのは今年の春。神保町の駅からほど近い「PASSAGE by ALL REVIEWS」は、書評サイト「ALL REVIEWS」から生まれた共同書店。1階の棚は埋まっていたが、ちょうど募集中だった3階のシェアラウンジ「PASSAGE bis!」の本棚に申し込み、「一棚本屋さん」になった。

 「PASSAGE」には棚主が店頭に立つ「パートタイム店長」というものがあると知り、いつか挑戦してみたいと思っていた。実現したのはそれから2カ月ほど経ってから。遠方に住んでいるので、自分の棚を実際に見るのも初めて。私たちeliaの名前で借りた棚には、このnoteで紹介したことのある旅の本を中心に置いていた。3階にある自分の棚から本を取り出し、この日のために新たに注文した本も一緒に、1階の平台に並べる。初めての店長体験で何も用意していなかったので、PASSAGEの方が私たちの棚を紹介するPOPを作ってくださった。

 5月18日の「ことばの日」に合わせて、ことばにまつわる本も選んだ。eliaのメンバーMihokoが撮影した旅先での写真を用いたポストカードも用意し、本を購入してくださった方にプレゼントすることにした。

 ほとんど販売や接客の仕事をした経験がなく不安もあったが、スタッフの方のサポートもあり、それほど問題もなく終えることができた。直前に連絡したにも関わらず、友人たちが顔を見せてくれる。みんな店内の棚を眺めて回り、「普通の本屋さんには置いてないような本がある」「気になる本があった」などと言ってくれて私までうれしくなった。

 3時間の体験はあっという間だったが、慣れないことで疲労を感じる。友人たちと合流し、「PASSAGE bis!」でひと休み。私が借りている棚の前でみんなで記念撮影した。パートタイム店長体験に合わせて大量発注した本の中には体験後に届いたものもあり、在庫を抱えているのだが、時々、思い出したように本が売れると、無性にうれしい。

学生時代を思い出す

 神保町から移動し、今度は学生時代の友人と待ち合わせ。eliaのメンバーNorikoと共通の友人Mくんの3人で久しぶりに集まることになっていた。大学で日本文学を学んだ私たち。本屋さん体験をしたばかりなので、文学部出身らしく本の話になった。

 Norikoと私は村上春樹さんの6年ぶりの最新長編『街とその不確かな壁』を読み終えて間もない頃で、村上作品が話題に上る。Mくんは村上さんの短編を基にした映画『ドライブ・マイ・カー』を見ていて、「ムラカミ臭」を感じたという。「ムラカミ臭」という表現がパワーワード過ぎて、村上さんのエッセイを読みながら、何度か思い出してしまった。

 Mくんの好きな作家を尋ねると、井伏鱒二という答えが返ってきた。日本文学を専攻したもののほとんど読んだことがなかったので、その後短編集を読み、Mくんおすすめの随筆集『荻窪風土記』も読んだ。有名な『山椒魚』を読んで気づいたのだが、私は志賀直哉の『城の崎にて』とストーリーをごっちゃにしていた。『城の崎にて』に出てくるのはイモリだった。

 Mくんと別れ、Norikoとお茶でも飲んで帰ろうかと話し、思い立って学生時代を過ごした街に向かった。地下鉄で通学していたこともあったので、駅のホームや通路を歩くだけで懐かしさが込み上げる。変わってしまったところもあれば、昔のままの風景も残る。

 私たちが好きだった喫茶店が今も営業していた。学生時代のささやかな贅沢だったのがこの店のケーキ。お金のない学生時代、水でケーキを食べたこともあった。誕生日には奢りあい、クリスマスにホームパーティをした時には贅沢にホールで注文した。
 ここのケーキはかなりボリュームがある。学生時代はペロリと平らげたのに、夕食の後とはいえ、食べきれないのが年齢を感じさせる。店を出て、通りを行き交う学生たちとすれ違い、学生時代を懐かしみながら駅へ向かった。

高円寺で思い出す

 翌日は高円寺へ。5月18日の「ことばの日」を前に行われるイベントをお手伝いすることになっていた。「ことばの日」はそれまで参加者として楽しんでいたので、イベントを手伝うことができて感慨深い。

 会場に向かう途中、見覚えのある建物があり、足を止めた。スマホを取り出し、写真を撮っておく。松居大悟監督の映画『ちょっと思い出しただけ』に出てきた場所だ。ここはきっとあのシーンで使われた建物だ、とストーリーを思い出す。コロナ禍に撮影・公開された映画で、マスク姿の現在から時間が遡って描かれる。久しぶりに映画館で見た映画だった。

 イベントが無事終わり、駅に向かって歩く途中で、イベントの企画メンバーの1人で映画に詳しいYさんに、主人公の2人が路上で踊る印象的なシーンの撮影現場を教えてもらい、再びスマホのシャッターを切った。

 駅前に出ると、「高円寺純情商店街」という看板が目に入る。高校生の時に読んだねじめ正一さんの小説『高円寺純情商店街』で、町の名を知った。この作品がきっかけで、商店街の名前が「高円寺純情商店街」になったという。大学に入って上京し、高円寺を訪ねた時のことを思い出した。

下北沢で聞こえてきた歌

 東京滞在最終日には下北沢を目指した。以前行ったことのある書店が話題のスポットの一角に移転したと知り、気になっていた。学生時代の友人Aちゃんが来てくれた。
 世田谷代田駅で待ち合わせ。駅の周辺は大ヒットしたドラマ『Silent』のロケ地で、駅の周辺で写真を撮っている人たちがいる。Aちゃんは親子でドラマを見ていたという。私も部分的に見ていたので、風景になんとなく見覚えがある。私たちもスマホを撮り出し写真を撮った。

 下北沢駅の方向に向かって歩き、「BONUS TRACK」へ向かう。目指す書店「本屋B&B」もこの一角にある。飲食店や日記をテーマにした店、発酵食品を集めた店など、個性的なお店が集まる。お昼前で、ランチにカレーの店へ入ると、ずっとクリープハイプの曲が流れている。思わずお店の人に「クリープハイプですね」と話しかけてしまった。

 クリープハイプの歌から映画『ちょっと思い出しただけ』が生まれ、ヴォーカルの尾崎世界観さんは映画に出演もしていた。エンディングには映画のモチーフになった『ナイトオンザプラネット』が流れる。
 歌の名前になっている『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台にしたジム・ジャームッシュ監督のオムニバス映画だ。『ちょっと思い出しただけ』の中でもその映画にまつわるエピソードが描かれる。私も卒業旅行でフィンランドに行った後に、MihokoとNorikoと一緒に見たことがあり、懐かしかった。

 ランチの後は、「本屋B&B」でひとしきり本を眺めて過ごす。本の並べ方もユニークで、一般の書店とはひと味違う品揃えだ。私たちの本棚にもちょっと珍しい本を置けばいいのだな、と一棚本屋さんの参考にする。
 下北沢に住んでいたことから、この街についてのエッセイや小説も多い吉本ばななさんのコーナーもある。一度読みたいと思いながらなかなか出合うことのなかった池澤夏樹さんのギリシャについてのエッセイを発見し、購入した。

 カフェでのんびりしたいところだったが、飛行機の時間も迫り、駅前のスターバックスでコーヒーを飲んで解散。本と映画とカレー。これは春に東京を訪れた時と同じパターン。懐かしい人に会い、懐かしい時間を思い出し、あたたかい時間を過ごす。そんな東京の旅だった。

(Text&Photos:Shoko)

🔳eliaの本棚

🔽初めて「PASSAGE」を訪れた時の記事

🔽映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』と『ちょっと思い出しただけ』について触れた記事

🔳紹介した作品
映画『ちょっと思い出しただけ』(松居大悟監督)

街とその不確かな壁』(村上春樹/著)

荻窪風土記』(井伏鱒二/著)
高円寺純情商店街』(ねじめ正一/著)


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