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#3 GPS (3章全文掲載)

 「仮想空間にサッカーチームを作る」という触れ込みに、すぐさま多くの人から反応があった。

呟き専用SNSであるmurmurarの金丸のページは、「どういうこと?」や「おもしろそう!」といったコメントで溢れかえった。続けて、金丸と中岡は、2回に分けて、その意図を説明した。

 「Cyber FCというユースチームを創設します。ただし、チームに実体はありません。全国各地にいる、所属チームのない男子高校生の選手たちをリモート教育し、数度のスクーリング合宿を通して、クラブユース選手権に挑戦します」

 「もし興味を持った高校生が周囲にいれば、案内をお願いします。説明会は専用METUBEチャンネルで行います。希望者は説明会終了後、METUBE説明欄に記載したURLから応募フォームにお進みください。我々と共に常識を覆しましょう」

 最初のつぶやきとは対照的に、2度目と3度目のつぶやきに対しては、批判的なコメントが散見された。しかし、それも織り込み済みだ。挑戦には批判が伴う。批判を恐れていては、革新的なことなどできない。批判コメントを一つひとつ丁寧に読みながらも、いよいよスタートした新しい取り組みに、金丸と中岡は自らを奮い立たせた。

 「お済みになったお皿をお下げしてよろしいでしょうか?」最近になってやっとスムーズに言えるようになった台詞だ。この呪文を機械的に唱えられるようになるまで、何度も練習させられた。今井拓真は、「はい、もう一回やってみて」と言われる度に、心の中で思っている言葉が口からこぼれそうになる。
「もうすぐなくなる仕事なのにな・・・」
 とはいえ、どれだけ無駄なことと思っていても、揉め事を起こすわけにはいかない。やっとのことで見つけたウエイターのアルバイトだからだ。拓真の働くファミリーレストランでは、自動調理ロボットの導入すら行われていない。周囲に乱立するライバル店では、受付ロボットが座席まで案内し、注文はタブレットで通す。自動調理ロボットが作った料理を、障害物を認識して避けるウエイターロボット『Panny』が席まで運ぶのだ。常駐している人間は、食器の片付けとトラブルへの対応を兼務している数名だけだそうだ。事前のアプリ登録が必須で、会計に並ばずに店を出ることができる。

 これだけの差があっても、未だに拓真の働くファミレスに来る根強いファンもいる。自動精算システムへの登録ができない人や、「人の温もりが・・・」と唱える高齢者が店を占拠する日も多い。拓真のような高校生は、20歳から支給が開始されるベーシックインカムの対象外であり、金銭に困った者はアルバイトをする必要がある。しかし、AIの台頭により、高校生が雇ってもらえるような給仕の仕事が激減したため、拓真の職場が今となっては貴重な雇用の場となっているのだ。ただ、最近は客足も減少傾向にある。やはり、他店と比べて提供のスピードが格段に遅く、回転率が悪い。長居をする客が増え、売り上げは下がる一方だ。それに伴い、サービスや味の質が落ち、悪循環にはまっている。先日も業績悪化の情報がネットニュースで流れていた。社員は仕事がなくなるのではないかと戦々恐々としている。休憩時間のみんなの会話は、いつも決まって店はいつ潰れるのかについてだ。拓真は繰り返される同じような話に辟易していた。だから休憩時間は中田を誘って外へ出るのだ。

 「同級生はプログラミングとかデザインで高い時給のアルバイトをしてるのに、俺、何やってんだろって感じですよ」
 「それ、俺の前で言うか?」拓真のアルバイト先の先輩である中田は、笑いながら言った。中田は調理場で10年間働いており、近々転職する意向があることを拓真は聞いていた。アルバイト先で唯一心を許せる存在だ。
 「中田さんも転職するんでしょ?だったらいいじゃないですか。俺にはウエイターぐらいしかできることないんっすよ。結局ロボットに代わられる仕事ぐらいしかできないんで」拓真は少し投げやりになった。
 「そんなことないよ。サッカーやってたんでしょ?前に言ってたじゃない、『順調にいけば今頃トップチームでデビューしてた』って」
 「それは本当っすよ。ユースに昇格できなかったのは、監督たちが見る目がなかっただけ。部活の顧問も厳しいだけの人だったし。だからサッカーがつまんなくなったんっすよ。今は完全趣味っすね」
 「趣味の割にはいつもバイト終わりにジムに行ってるらしいじゃない。諦めきれないなら、素直に『プロを目指します』って言っちゃえばいいのに」中田が柔らかく笑った。
 「そりゃ、プロになれるなら今からでもなりたいっすけどね・・・どこにも所属してないし、ぶっちゃけ心のどこかでは難しいんじゃないかなって思ってます。だからバイトで金貯めて学校辞めて海外行こうかなって。海外だったら成長できそうだし、もう一回プロ目指して頑張れるかなって思ってんっすよね」中田の前ではついつい本音が出てしまう。優しい眼で話を聴いてくれるからだ。拓真はそう思った。
 「海外挑戦か。いいじゃない。目標があってのアルバイトなら、何やってんだろうなんて思う必要はないよ。もう行きたい国とか決めてるの?」
 「スペインかなって思ってます。なんか、バルセロナとか熱くないっすか?」
 「理由がふわっとしてるな」中田は再び柔らかく笑いながら、「ぼちぼち戻ろうか。休憩時間も終わりだ」と言った。拓真は「そうっすね。また話聴いて下さい」と言い、裏口のドアを開ける中田の背中に続いた。


 拓真は、ロードバイクのチェーンロックを外し、ゆっくりペダルに足を掛けた。

最近、ロードバイクの盗難が増えてきているという話を聞く。盗まれたバイクは分解され、パーツをネットオークションで売られるそうだ。客や従業員が行き来するこの場所では、盗難の被害に遭う可能性は低いと思われるが、普段は小さいアラームロックも併用している。ユースに昇格できずに落ち込む息子を見かねて、両親が購入してくれたバイクだ。盗まれるわけにはいかない。1年点検の時は、少し後輪が振れていたが、普段からのメンテナンスの効果もあってか、それ以外に目立った問題はなかった。新品同様の見た目は気持ちが良いが、同時に盗難が心配になってしまうのだ。ある程度バイト代が溜まったら、GPS付きロックのデバイス代とアプリの年会費を捻出しようと思っている。

 ペダルを漕ぎ始めた。総合体育館までは20分ほどの道のりだ。道中に、1回でのぼりきるにはそれなりの脚力を必要とする長い坂道がある。拓真は、自動運転車専用レーンの横に備えられた、自転車専用レーンをできる限り素早く駆け上がる。車内でシートを倒してスマホを触っている人にちらちら見られることもあるが、こっちは必死だ。大変そうだ、などと思わないでほしい。むしろ、こちらからすれば車間距離が一定な様子が異様に見える。スピードのコントロールができない乗り物の何が楽しいんだろう。そんなことが頭を過ぎる頃には、坂道の頂上が見え始めた。もう少しだ。
 坂道を上りきると、少し開けた大通りに差し掛かる。大通りを真っすぐ進むと、右手に貸店舗の案内が貼られた建物が見えた。小さい頃に母親とよく行った洋食屋だ。5年前の感染症の影響で閉店に追い込まれた。地元の有志が集まり、存続をかけた運動まで起こったが、その結果も虚しく、みんなの思い出の場所が姿を消した。この道を通るたびに無意識に目がいってしまう。飲食店が軒並み潰れたあの時以来、新しく開店する飲食店が減少した。再び同じようなことが起こるリスクを考え、二の足を踏む。電子化やAI化によるサービスには多大な初期投資が伴う。個人経営のお店では、味の質や顧客管理システムを活用したリピーターづくりが欠かせない。高い経験やリテラシーを必要とするのだ。5年が経った今でも、居抜き物件にはなかなか買い手がつかない。
 「それもそうだよな・・・」拓真はぼんやりと思う。バーチャルレストランをはじめ、実店舗を持たずに、フードデリバリーサービスで商品を販売する営業形態の店がここ数年で格段に増えた。感染症の影響で、家庭に居心地の良さを感じた人々は、美味しい料理を食べるために、人が群がる場所に赴く必要はないと考えたのだ。それは、拓真の家庭にとっても同じことが言えた。「外食」という言葉が死語になってしまったのではないかと感じるほど、店舗で食事を共にする機会は減った。世の中の急速な変化を言葉で人に説明することはできないが、拓真自身も実体験から感覚的には理解が進んできている。

 体育館に着いた。ここは何年経っても昔のままだ。受付のおじさんに市民カードを見せ、200円を支払う。受付票と書かれた紙に、開始時間や名前、電話番号までもを丁寧に記していく。使用するたびに書いているのだが、記入された用紙はどうなっているのだろうか。
 かなりくたびれたジムだが、最低限の器具は用意されている。拓真はベンチプレス、スクワット、デッドリフトの通称ビッグ3を平日週3回の頻度で行っている。ちょうどアルバイトが入っている日がそれに当たるわけだ。METUBEの動画で筋トレについて解説をしている有名なMETUBERがいる。彼の映像をスマホで流しながら、見様見真似で始めたものが、半年以上続いている。最近では、家の鏡の前で、発達してきた大胸筋を眺めることが楽しみになってきた。1時間ほどでトレーニングを終え、帰りにコンビニでホエイプロテイン配合のドリンクを胃に流し込んだ。

 玄関のドアを開けると、愛犬のハスが尻尾を振りながらとびかかってきた。蓮の花が好きな母親が名付けた柴犬だ。うちにやってきて3年になる。「ハスただいま、いい子にしてたか?」拓真がハスを撫でていると、奥から母親の声が聞こえた。「おかえり、遅かったね。ご飯できてるよ」時計の針は20時05分を指していた。
 食卓に向かうと、見るからにジューシーなハンバーグがテーブルの真ん中で主張していた。隣ではハスが羨ましそうな眼で拓真を眺めてくる。「ハス、もうご飯食べただろ?向こうで大人しくしといて」残念そうにその場から離れていくハスの姿は人間の仕草そのもののようだった。ハスのあとを追うようにテーブルに近づいてきた母親が対面に座った。
 「まだ食べてなかったの?」拓真が母親の顔を見て訊いた。
 「当たり前でしょ?色々話しながら食べたいもん」
 「いつも話してるじゃない。今日は父さんは?」
 「もうすぐ帰ってくるって連絡あったよ。先に食べといてって言ってたから大丈夫。で、バイトはどうだったの?」
 拓真は母親とよく話をする。この年頃の男の子にしては珍しいと、バイト先でもよく言われる。自分でもなぜだかはわからない。きっと、楽観的で明るい母親は、話をしていて楽しいのだ。でも、結局最後はいつも自分の話に持っていってしまうけれど。
 「特別何もなかったよ。普段と同じ。あ、でも久し振りに中田さんとゆっくり話したよ」
 「中田さんって調理の人だっけ?どんな話をしたの?」
 「将来の話とか?サッカー選手の夢を諦めきれてないでしょ?って言われちゃった。やっぱりそんな雰囲気が出てるのかな?」
 「出てるよ。今日もジムで遅くなったじゃない。でも、お母さんはいつでもたっくんのことを応援してるからね」
 「でたよ、その台詞。何度目だよ」
 「うふふ」
 拓真にとって、こうした何気ない会話に気持ちが救われることは多かった。結論を示されることも、方法を提示されるわけでもない。ニコニコ頷いて、背中を押してくれる。それだけだ。そこにどれだけの安心感が存在するかは、拓真自身が誰よりも実感していた。


 話はいつの間にか母親がネットショップで見つけたペット用品の話に移っていた。

超音波でダニやノミをよせつけないと、熱心に話している。拓真は適当に相槌を打ちながら、ハンバーグを口に頬張った。
 「そろそろ授業の準備しなきゃ」拓真は綺麗に食べ切ったお皿を重ねながら言った。
 「置いといていいよ。今日は遅かったしね」いつもは自分で食べた分は自分で洗うのだが、今日は母親が洗ってくれるらしい。
 「ありがとう。じゃあ、今日は甘えるよ」
 ハスの頭をひと撫でし、拓真はリビングのドアを開けた。ちょうど入れ替わるような形で、ただいま、と言いながら父親が入ってきた。
「おかえり。今日も忙しそうだね」
「たまたまだよ。楽しくなってついつい話が長くなっちゃうんだ。もうご飯食べたのか?」「食べたよ。今から授業なんだ」
「そうか。楽しんで」と父親は短くこたえて、ハスの頭を撫でた。

 拓真は2階にある自分の部屋へ行き、机の上に置いてあるパソコンを立ち上げた。Coocle Chromeを開き、ブックマークしてある、『IoT学園』の文字をクリックする。拓真がネット空間にある高等学校であるIoT学園に転入したのは、去年の10月だ。もうすぐで5か月になる。中学卒業後、公立高校へ進学した拓真だったが、入部した部活の顧問の指導方針が気に入らず、直接意見をした。本人としては感情的にならず、建設的に話したつもりだったが、「俺に歯向かうのか」の一言で一蹴された。結果的に部活に顔を出さなくなり、自主退学を決意した。そんな時に、IoT学園の情報を与えてくれたのが父親だった。父親は、母親に負けず劣らずの楽観主義者で、退学の意思を伝えた際も、「お前が決めたならそうしたらいい。別にそれで死ぬわけじゃないし、自分で決めたことは全部正解だ」と背中を押してくれた。IoT学園の情報をくれた時も、決して無理強いすることはなく、「興味があれば」と、テキストチャットアプリPINEにIoT学園に関する情報のURLを送ってくれた。拓真は迷ったが、入学することを決めた。幸い、家庭環境には恵まれ、一人っ子であることも功を奏し、「お金のことは心配しなくていい」という一言が最終的な決め手となった。特に何か目標があったわけではないが、「自分でプランニングできる」という点に共感したことが大きかった。

 授業のURLにアクセスする。5か月経ったが、サッカー選手になりたいという漠然とした目標はあるものの、IoT学園ではネット配信の授業を受けるのみで、他の生徒のようにプログラミングや語学に勤しんでいるわけではない。周囲と比較して、授業を受けようとする度に、中田に吐露したような不安が募っていくのだ。それでも、親が背中を押してくれた以上は、責任を持って取り組む必要がある。「授業に集中だ」とタブレットのノートのページを拡げた時に、タブレットに同期されているPINEが反応した。バイト先の中田からだった。
 「なんだろう?こんな時間に?バイト先で何かあったのかな?」拓真は不思議に思いながらも、「どうしましたか?」と短いテキストを中田に送った。既読がついて返信が来るまでに10秒とかからなかった。
 「遅くにゴメン!murmurarのトレンド見た?金丸健二のやつ!」
 金丸健二と言えば、元日本代表選手のことだ。自分とポジションが違うため、良い選手だな、ぐらいにしか思っていなかったが、当然その存在は知っている。現役を引退してしばらく経つが、その後の動向までは拓真は知らなかった。
 「金丸健二ですか?murmurar最近開いてなかったんで、授業後に見てみます」と返信すると、「PINEニュースにも載ってるよ!拓真くんにとってチャンスだと思うよ!」という言葉と共に、URLが送られてきた。中田がここまで熱心なのも珍しい。オフライン授業を一時停止し、拓真は送られてきたURLをクリックした。するとそこには、信じられない見出しが躍っていた。

「仮想空間にサッカーチームを作る」と。



#4   Bluetooth   https://note.com/eleven_g_2020/n/n513a0a3cbb3d


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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