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スパイスと発酵のこと#1_はじめてのグンドゥルックづくり

【はじめに】ネパール料理の深淵を覗く時,あなたもまた...

ネパールの保存食に「グンドゥルック」なるものがあることを知った.
時はCOVID-19緊急事態宣言発令下.来たるGWに予定していた海外旅行はもちろん中止,外出もできず晴天を睨むばかりなのは目に見えていた.せっかく家にいるのだから...と一時期ハマったベーグルを焼こうにも,世の中考えることは皆同じで小麦粉は品薄.ならば友人から話を聞いたチャナダル納豆でも醸すか...?と思ったらフェイク・サイエンス・ニュースのせいで元種となる納豆が買えない.なんてこった!

そんな折に知った不思議な響きの食材,グンドゥルック.
1年前,ほんの1週間足らず滞在しただけで大好きになったネパール料理.ダルバートの深遠さに慄き,モモの多様性を楽しみ,トゥクパの滋養に頬擦りするに留まっていたが,まだまだ知らない食文化がたくさんあるようだ.

ダルバート

ヒマラヤへの玄関口として名高いPokharaに着いた初日にいきなり出会ったMy best ダルバート.とにかく素材の味が濃い.

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Chitwanのフレンドリーな道端食堂で食べたモモ(右:水餃子,店ごとにソースや皮が全然違う)とチョウミン(左:焼きそば,大体どこで食べても夏祭りの味)

トゥクパ

Pokharaの路地裏で食べたモモ入りトゥクパ.スープの出汁が重層的で,肌寒い3月の雨の夜には滲みる味だった


さてグンドゥルック,調べると要は「野菜発酵食品の干物...良い.めちゃくちゃ良い.絶対好きなやつだ.しかも調べると自作できるらしい.これなら流石に世間の需要増加とニッチ競合することもなかろう.材料費も安そう.というわけで私のGWはグンドゥルック作りに捧げられることと相成った.

まぁ以下記すことはこのtweetのリプを追えば要点は全て載っているのだが,駄文と勝手な考察を大いに追加していこうと思う.作り方は数日発酵させる浅漬けポジションものから1ヶ月も日向に置きっぱにする古漬けまでいろいろあるみたいだが,今回は上記tweetでもシェアしているDailyPortalさんの記事を参考にした.純粋に作り方を知りたい人はこちらを見てください.アドバイザーとしてオーナーさんが登場しているマナカマナ,行ってみたいな.板橋って東京?(田舎者)

前置きが長くなりましたが,作り方の要点は以下

1. 葉野菜を叩き潰す
2. 丸2日以上干す
3. 再び叩き潰す
4. ぬるま湯に漬けて2日以上乳酸発酵
5. 完全に乾燥するまで再び干す
6. 調理時には水で戻す

干したり濡らしたり忙しいな.ではいきます.

【工程1.葉野菜を叩き潰す】親の仇と思え,そして段取りは大事だ

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こちらが生前の姿.

食べこともない,正解も知らない発酵食品を作る無謀な計画に身を捧げてくれたのはJAで安かったカブの葉とタァサイ.まずはしっかり叩いて潰す.組織を破壊して乾燥を促すためだろう.

潰した

初手で瀕死の様相

そういや,連休中の天気って?と予報をみて乾燥と発酵のスケジュールを立ててみると意外と余裕がない.ということで突如作業を始めたのが22時ころ.麺棒で叩きのめす音と振動がめちゃくちゃ響き,下の階の人に怒られないか戦々恐々としていた.あと,茎の破片が飛び散って通勤用の鞄の中に入り込んでいて,連休明けに出社してギョッとさせられた.キッチンの狭いアパート暮らしでグンドゥルック作りに挑戦する方は

・天気予報とは事前によく相談
・昼間に作業を開始する
・作業台周辺は片付けてから

の3点にご留意ください.

【工程2. 丸2日以上干す】瑣末な設備投資を惜しむな,奴は甘くない

干してる

干し始め.カラビナとボウルと根菜保存用エコバッグでやってみたが...

なるべく手持ちの材料で作りたかったので写真のようなDIY精神を発揮したが,やはり乾燥度合いがイマイチ.諦めてAmazonでCAPTAIN STAG製品をポチった.そんなこんなで2日半.

2日半後

干している間は結構天気も良かったのだが,まだ茎の一部が俄然みずみずしい.

どうやら初手の殴打が手ぬるかったらしい.植物ってすごいな...もうちょい干したいけど,翌日から雨模様の予報なので夜には取り込んで次のステージへ.自然を相手にした調理は易しくない.

【工程3. 再び叩き潰す】分かる人には分かる,黒ミサの香り

再び潰し

干し上がった草を再び叩き潰す.もうこの段になると,野菜,というか,草.

散々潰す

初手での反省を踏まえ,徹底的に潰す.奴はもう縮こまり,ほぼ繊維のみだ.

ずいぶん嵩が減ってしまった.そしてなんか懐かしい香り...なんだろう...あ,わかった,牛にあげるサイレージだ.学生時代の楽しかった牧場実習の思い出がフラッシュバックする.良いサイレージは,オレンジの匂い.このセリフを聞いて,菱沼さん一家の黒ミサが脳裏に浮かぶ人はどのくらいいるのだろう.いや待て,ということは干してる段階でも発酵が進んでるってこと?まぁ,ちょっと前のめり気味だけど正しい方向には進んでるということで...

【工程4. ぬるま湯に漬けて2日以上乳酸発酵】人事は尽くした,天命を待とう

いよいよ発酵,ここが肝要かつグンドゥルックの一番の特徴.なんせ漬け込むのはただのぬるま湯.発酵の元種も保存用の塩も入れない.ストイックというか豪胆というか...他にも色々腑に落ちない(後述)まま,ぬるま湯を注いで重しを載せて暖かいところに.

つけ始め

漬物石はないので,土鍋の蓋(左)と水を入れた一周り小さいボウル(右)で代用

乳酸発酵ってことは密閉したほうがいいんだろうけど,まぁ葉っぱ部分が水に浸かってればある程度は嫌気環境になるっしょ.
そんなことより気になるのは,ここでの「雑菌」の扱いだ.今回,使う器具は漬け込むガラスボウルや重し,前段階の叩き潰す工程に使うものまで,全て煮沸滅菌をおこなった.ぬるま湯も,一旦沸かした上で鍋に蓋をして落下細菌を防ぎつつ冷ましたものを使った.しかし,だ.この草,足掛け3日間も外気にさらされてたんですよ?その間にいくらでも浮遊細菌はつくでしょうよ...塩も加えなければ腐敗防止のスパイスもない.しかも,ぬるま湯,という細菌の増殖にはもってこいの温度からスタート.不安だ...

2日漬け

2日後,漬け汁は着実に黄色くなっている

2日漬けアップ

意を決してラップを外すと...おお,ちゃんと(?)酸っぱい匂い!

実はこの間(このご時世にもかかわらず)出張で丸2日間家を開けていた.帰宅するまで一体ボウルの中が,そして家中の匂いがどうなっているのか,気が気じゃなかった.が,成功の証とされている酸っぱい匂い.作り方とルックスから想像していた通りの野沢菜っぽい香り.あとはこれを再び干すのみ.

【工程5. 完全に乾燥するまで再び干す】ミイラ,もしくはトリップへの誘い

乾燥2日後の様子がこちら.

完成

カブの葉とタァサイのミイラ完成.カタギじゃない人が常用してそう.

完成.上段のカブの葉はよく乾燥したが,下段にいるタァサイはもう1日追加で乾燥させた.にしても見た目,やばいですね.マジックマッシュルームというか...確実に味以外の効能を求めたナニカ感がある.お土産としてスーツケースにいれてたら麻薬検査官に取り締まられそうだ.

【実食】発酵万歳,すごいぞ菜葉

プレート

スープ(右上)とマタルサデコ(左)に使用.左手前は生のままクミンと和えられる世界線を辿った方のタァサイ.なにが二人の運命を分けたのか...

カレー哲学氏やそうりょうりちょう氏が絶賛していたグンドゥルックスープと,大豆を揚げたエンドウ豆で代用したサデコでベジプレート.スープは酸味がありさっぱりしているのだけど,酢やレモン果汁とはちがう圧倒的な深みがある.サデコは噛めば噛むほど味が出てくるし,油との相性が抜群.市販品食べたことないけど,こんだけおいしけりゃこれで正解でしょ!(暴論)

【考察】非合理の裏にある合理と調理方法の収束進化

趣味の料理なので結果よければまぁ良いのだが,にしても全く謎の多い食べ物だ.

謎1. なぜ発酵させる前に一旦干すのか?
謎2. 一旦干してから干すまでの間にふたたび叩き潰すのはなぜか?
謎3. なぜ発酵段階で塩も香辛料も入れないリスキーな方法を取るのか?

以下,勝手に考察.

[謎1. なぜ発酵させる前に一旦干すのか?]
どうせ水につけるなら,最初にしっかり繊維を断ち切っておけば生のままだっていい気がする.なのにわざわざ乾燥を挟むのは,草の表面の細菌叢をシフトさせて残って欲しい菌のみを選別しているのでは?
慣用句にもなるくらい,ぬるま湯は心地がいい.いろんな細菌がワンサカ増える.しかし,一旦乾燥という厳しい条件を挟むことで,ぬるま湯を好む多くの細菌は死滅ないしは弱体化し,ぬるま湯環境になっても勢力を強められないのではないか.反対に,グンドゥルックの発酵に関与する細菌は乾燥条件でも生き延びられる,というか,生き延びられる細菌だけで偶然作られたものがグンドゥルックとして受け継がれていった?
調べてみると,塩を使わない乳酸菌発酵食品は日本にもあり,長野の木曽地方の「すんき」が例にあげられる.すんきの発酵にはLactobacillus sunkii(学名もすんきに由来している)をはじめ20種類以上の細菌が関与しているらしい.細菌同士の共生関係が発酵の結果には大きく関わるようなので,やはりグンドゥルックの発酵に最適な物理環境や細菌叢を形成するのにはこの「一旦干す」過程が必要不可欠なのかもしれない.ちなみにヤクルトのこちらのページは他の菌に関しても食品利用に関するエピソードが豊富で面白い.お腹の弱かった大学の同期がここに就職していたはず.いいなぁ,楽しそう(隣の芝生はいつだって青い).

ちなみに,サプリとか健康食品によくある「植物性乳酸菌」という言い方は推奨されてないらしい.科学用語は正しく使いたいものですね.自戒自戒.

[謎2. 一旦干してから干すまでの間にふたたび叩き潰すのはなぜか?]
グンドゥルックの本質が保存食であることを考えると,最終乾燥段階は重要だろう.ここでの乾燥効率を上げるためには出来る限り組織をボロボロにしたい.初手にも殴打は加えるが,乾燥で弱った組織に追い討ちをかけておくというのがこのステージの意図だと推察しておく.

[謎3. なぜ発酵段階で塩も香辛料も入れないリスキーな方法を取るのか?]
先に触れたすんきの話にも共通するが,山間の地域では塩は貴重だ.現在ではネパール土産には岩塩が人気だったりして塩不足のイメージはないが,以前はチベットとの交易で手に入れていたものだったらしい.以前と言ってもたかだか1950年代,まだ最近の話.その価値はチベット国境付近では岩塩:米もみ=3:1,国境から離れるほど岩塩の価値は上がりヒマラヤの裾野の方までくると米もみと等価だったとか.越せるかもわからない厳しいヒマラヤの冬,そのために塩を保存用に大量に使うのはかなり憚られたことが想像される.または,使いたくてもそんなに一気に手に入ることがなかったのかも?いずれにせよ,長野の木曽山脈とネパールのヒマラヤ山脈,地形の規模は違えど塩不足は共通の悩みで,奇しくも同じ解決法に行き着いたってことなんじゃないでしょうか.全く交流がない地域間で共通項が生まれる食文化の収束進化と呼んでいいと思う.面白いなぁ.

【おわりに】深い水溜りに石を投げ続けたい

気付くとすでに4600字も書いているらしい.だいぶ見切り発車のグンドゥルック作成だったがこんなにお手軽な発酵食品づくりは他に類を見ないと思う.お腹の具合は自己責任だけど,晴天率の高い太平洋側や瀬戸内地方でもっと流行ってもおかしくない.湿度の下がった秋冬には大根葉でも使ってぜひまた挑戦したい.なんていってるが,すでに材料を変えて第2弾は作っている.それはそれでまたまとめようと思う.
ネパール料理の深淵に触れるつもりが,実はグンドゥルックの水溜りを覗いていただけかもしれない.そしてその水溜りも十分に深く潤沢な水を蓄えている.投げるべき石は,まだまだ手元にある.

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