46才、萎縮性腟炎になる【更年期記録】
ある夜、それは突然始まる。
用を足したあと、ピンクのシミがはっきりとペーパーについた。
不正出血だ。
さっと血の気が引く。
44才の秋に月経が途絶えてから、いままでの2年間一度も出血していない。
婦人科で調べてはいないけれど、1年間月経がなければ閉経という知識はあったので、早いけれども多分そういうことだと判断していた。
もともと月経自体が不安定だったから、女性ホルモンがうまく機能しない体なのだと思う。
頭の中で【がん】の二文字が浮かぶ。
そうでなくとも、なんらかの異変は起こっているらしい。やばい。
翌朝、婦人科の予約をした。幸いにも当日の午後に予約が取れた。
数日様子を見ようかとも考えたけれど、不安のまま過ごすストレスには耐えられそうになかった。
予約をとった日は台風の影響で荒天。傘もさせない強風で、普段なら絶対出かけない。
しかし天気が憂鬱だからだから出かけたくないだと、そんな我儘を言っている場合ではない。そもそも出血を見た時からすでに私の心も大荒れだし、今更だった。
後出しのようだが、不正出血が起きる少し前、違和感も数えたら数ヶ月前から気になる下腹部の痛みはあったのだ。
「やはり来た」そう即断即決出来たのは、前触れがあったからだった。
もっと早くいけばよかったのかもしれないが、婦人科はどうしてもハードルが高い。
そうでなくとも今年は年始めから体調がすこぶる悪く、歯の治療から始まり、副鼻腔炎になり、胃炎で内視鏡を受け、しまいにはコロナに罹患。後遺症で嗅覚を失い、まだ戻りきってない。
できればこれ以上、病院には行きたくないのが本音だったのだ。
胃痛もコロナの影響もまだまだ残っているのに。
それでも行かねばと覚悟を決めたのは、外からはわからない内部の変異は、とても怖いからだった。出るはずもない出血もあるならば、もはや恐怖でしかない。
初めてのクリニックはきれいで、落ち着いた空間だった。受付の方も明るく丁寧で、ほっとした。
婦人科トラウマを持つ私は今までそこそこの数いろんなクリニックを受診したが、どことも相性が合わなかった。
妊娠経験がないので、産婦人科よりも婦人科外来を掲げているクリニックを選ぼうとすると、まだまだ数が少ない。地元の婦人科があるところは、全部行った。
しかしトラウマが増えるだけで、かかりつけを持ちたくとも、持てなかった。
今回の病院は地元ではなかったが、隣りの市に近年出来た婦人科外来にも力を入れているクリニック。
たまたま通りがかりに見つけ、次に何かトラブルがあったら行ってみようかと考えていたところだった。
番号で呼ばれ、診察室へ。
男性医師へ症状を伝えると、膣炎の可能性はあるけれど、最後に検診を受けてから5年以上経っていること、閉経しているということで、まずは子宮の状態を確かめる必要があると、予想通り内診になる。
内診自体は何度も受けているし、嫌悪感も不安も実はない。感覚的には胃の内視鏡のほうが嫌だ。
とはいえ検査は婦人科に限らず、どれも嫌だといえば嫌だ。
婦人科のハードルが高い理由は検査どうこうよりも、医師からの心無い言葉と手技の乱暴さで精神的な苦痛を味わう確率の高さによるものである。
他科でも経験はあるが、なんというか婦人科でのそれらは内科や外科よりもダメージが大きい。よくわからないけど、心も体も抉られる。
ひさびさの内診は、なんとめちゃくちゃ痛かった。激痛である。
生まれて初めて検査で「いたたたたたた!」と叫んでしまった。
わりと子供の頃から病気がちだった私は、痛みを伴う検査を他にも経験している。普段から痛みにはそこそこ我慢強い自負があったのに、反射で涙も出た。そのくらい痛かった。
念の為にはっきり言っておく必要があるのは、決して先生が下手だった、乱暴だった、というのではない。
それは、ちゃんと分かった。乱暴で下手くそな人はすぐわかる。むしろ今回の先生はスムーズで、きっとうまい先生だろうと思う。
問題は私の体、はっきり言えば膣である。
なんだこの、めりめりと音がしそうな感触と痛みは!
めちゃくちゃ乾燥して張り付いている唇を無理やりこじ開けられて、薄い粘膜がべりっと剥がれたときの、あの真冬の痛みにとても良く似ていた。アレの数倍の痛みがシモで起きた感じ。
やばい、なぜそんなにも乾いているのだ、私の膣よ。
文章では冷静っぽくなってしまうが、当時の私は大混乱・大パニックだった。
力を抜こうとしても、あまりの痛みに体が反射的に強張る。
看護師さんの「力をぬいて」の掛け声に、なんとか深呼吸して逃がそうとする。先生も「痛いよね、ごめんね、もう少し頑張って」と手早くやってくれている。始めたからには、よっぽどでなければ確認出来るまで止まれないのが検査だ。本当にやめてくれと叫べば無理強いはされないだろうが、私は辞めてほしいとは思わなかった。
どちらかといえば、痛くても白黒ハッキリしてくれという思いのほうが強いし、また時間をおいて再診されるほうがしんどい。
しかし検査のための器具や手が入るたびに、どうしても痛い。
声も出てしまうし、涙もぼろぼろ出たが、もうこれは反射なのでコントロール不可能だった。
最終的に「膣が狭すぎてエコーが入らないので、ごめんなさい、おしりからいれるよ、ちょっと我慢してね」と声掛けがあり、後ろから器具が入る。
前よりも全然マシだが、ここ数日の便秘で少し切れていた為、心の中で「ああ、また切れ、うぉあ、いってぇ!」と叫ぶ。あくまで心の中で。
時間にして、10分もかかっていないと思う。
その間に、子宮の中を確かめ、触診もし、エコーと組織の回収まで終わらせてくれた先生には感謝である。
痛いは痛かったが、最小限で済ませてくれたであろう。ありがとう、先生。
そして5年ぶりの内診は終わった。
終了後、満身創痍の私はすぐには動けなかった。
痛みによるショックがどうにも大きく、ぐったりしながら泣いていた。おもに自分に対する情けなさで。
いままで内診で泣いたことなぞ一度もないのに、46にもなってこれかよ、という自己嫌悪と、痛いと叫んでしまった恥ずかしさによる心のダメージ。
後処理してくださった看護師さんにも申し訳なく、なんども謝ってしまう。
すると「いくつになっても痛いのは痛いし怖いですよ、恥ずかしいなんてことはまったくないですよ」と優しく接してくださった。
気にせずゆっくり休んでからでいいですからね。
その言葉に救われながら、数分後、服を整えて、ヨロヨロと検査室を出た。
結果、子宮にも卵巣にも問題はなかった。
念の為に子宮頸がんの検査のために組織は取ったので、数日出血があるかもしれませんとの説明を受けたあと、出た診断は【萎縮性腟炎】という耳慣れないものだった。
更年期を迎え、急激に女性ホルモンが低下した為、膣やその周辺が萎縮・乾燥して起こる症状らしい。
今の私は特に膣の萎縮が酷く、乾いて粘膜が薄くなることによって、傷つきやすく、ちょっとしたことで出血が起きてしまうという。
悩んでいた頻尿や膀胱の痛みも関係があるらしく、更年期の女性に多い症状だと聞いてびっくりした。
なんと泌尿器の悩みも更年期のせいだったとは。
別物だと思いこんでいたのに。
ひとまず膣に直接作用するホルモン剤、エストロゲン補充のエストリール膣錠が2週間分処方された。
その後の状態を見て、今後をまた検討するということで診察は終わった。
会計を済ませ、なかば放心状態で外に出る。
台風はピークを過ぎ、少し晴れ間が覗いていて、なんて出来すぎた空模様なのかと笑ってしまいそうになった。
本当に私の心と連動しているみたいで。
小一時間前まで、最悪の結果を覚悟していた。
でも今は、膝から力が抜けそうなほど安心していた。
下腹も痛いし下半身は痛いけど、些細なことだと思える。現金極まりない。
調剤待ちで時計を眺める。時間にして、出血を目にしてからまだ24時間も経っていない。
スピード解決出来た自分に拍手を送った。
来てよかった。
予約がなかなか取れない婦人科、しかも新患で当日に見てもらえたのはラッキーだった。
と、清々しい気持ちに浸りつつも、新しい問題に直面したということでもあった。
閉経後2年が経過し、ここにきて【更年期】を自覚せざるを得なくった訳である。
薬剤師さんから受け取った薬を手に、ぼんやりと「更年期かー・・・」と口からこぼれた。
今更だけど、やっと想像が現実に追いついたというか。
更年期の症状はあちこちで見かけて知っていたけれど、いざ自分がなってみても気付けなかった。
実際体験してみなければ、聞きかじったただの情報と結びつかなかった。
更年期とは閉経を挟んで、前後5年の計10年という。
つまり私は39才から始まっていて、現在後半戦に入っているようだ。
だいたい50才になる頃、終わるのだろうか。わからないものだと思った。
私としてはここが【更年期の自分】のスタートだった。