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雪と消えた定子への思い「御袖の氷」と「みゆき」ー「栄花物語」より

この記事に頂いたコメントから
勉強したことの記録。
コメントありがとうございました!

というわけで、「栄花物語」についての
とくにまとまりのない、いくつかのメモです。
雪は季節外れですね。

母の墓参りも雪の降る日

96年センター試験では、
都にいた危篤の母と中宮定子、
流されていた伊周の再会の場面が描かれましたが、後年伊周・隆家兄弟がその母の墓参りに行く場面。

 その頃吉日して、故北の方(母)の御墓を拝みに、帥殿(伊周)、中納言殿(隆家)もろともに桜本(地名)に詣らせたまふ。あはれに悲しうおぼされて、おはせましかばとおぼさるるにも、涙におぼほれたまふ。をりしも雪いみじう降る
  露ばかり匂ひとどめて
  散りにける桜がもとを見るぞ悲しき
帥殿、
  桜もと降るあは雪を花と見て
  折るにも袖ぞぬれまさりける
よろづあはれに聞こえ起きて、泣く泣く帰らせたまふ。
栄花物語巻五

帥殿の歌を見てぱっと思い出したのが、
枕草子の
「空寒み花にまがへて散る雪
少し春ある心地こそすれ」
という連歌でしたが、
結構あるある表現のようで、
古今集にもいくつか「雪=花」のたとえが
見えるようですね
(60番、75番、111番など、らしいです)

巻七「鳥辺野」の冒頭

 かくて八月ばかりになれば、皇后宮(定子)にはいともの心細くおぼされて、明け暮れは御涙にひちて、あはれにて過ぐさせたまふ。「荻の上風萩の下露」もいとど御耳にとまりて過ぐさせたまふにも、いとど昔のみおぼされてながめさせたまふ。
栄花物語巻七

「秋はなほ夕まぐれこそたゞならね
荻(おぎ)の上風萩(はぎ)の下露」(藤原義孝)の引き歌があります。
夕暮れだから荻の風は聴覚「御耳にとまりて」。
この荻を揺らす風の音は、前回の記事で扱った
母北の方が遠く離れた息子に重ねた音
でもあります。
露もはかないもの、消えるものの象徴ですよね。

定子の遺詠「草葉の露」=土葬にしてね

定子は三人目の子どもを産んだ直後に崩御します。
定子が遺詠として残した三つの歌

 いみじうあはれなる御手習どもの、内裏わたりの御覧じきこしめすやうなどやと思しけるにやとぞ見ゆる。
  夜もすがら契りしことを忘れずは
  恋ひん涙の色ぞゆかしき
また、
  知る人もなき別れ路に
  今はとて心細くも急ぎたつかな
また、
  煙とも雲ともならぬ身なりとも
  草葉の露をそれとながめよ
など、あはれなることども多く書かせたまへり。
栄花物語巻七

恋の涙の色は血の色だそうで…一条天皇も大変だ。

三首目の和歌は、
火葬にしないで、土葬にしてね」ということ。

これで思い出すのが、
センター試験2006年本試古文「うなゐ松」の娘

我をば煙となし給ふな。それなん心にかかる。先立ちて二人の親に嘆かせたてまつらん心憂さ、黄泉路もやすくは行きやられじ。また病ひ少し緩みある折々は、辞世の歌、心にかけしを詠みおかず成りぬると、姉君のただならずおはし(妊娠している)て、近きほどに生ませ給へらん稚児の、めづらかにをかしからん顔つき見ずなりなん、いとど残り多かる。さならでは何の思ひおくことあらん。かまへて亡骸を損なはでをさめてん。もしたがひもぞする」とうしろめたげなり。
「うなゐ松」娘のセリフ
これは豊臣秀吉の時代の話だそうですが

心残りが多いから、火葬にしないでくれ、
というお願い。

定子も3人の幼い子供のこと、
そして愛する一条天皇のこと…
心残りが多かったのでしょう。

ちなみに
当時の火葬には結構な費用がかかったらしく、
貴族の葬儀方法だった
ようで。
一般庶民は風葬が一般的だったとのこと。
勉強になります。

一条天皇の悲しみー御袖の氷と「みゆき」

定子の遺言に従い、鳥辺野(葬送地)に、
霊屋というものをつくって土葬することに。
そこまで見送る伊周、隆家にとっては、
母の墓参りに行った日と同じく、
定子の葬送は雪の降る日
でした。

 をりしも雪、片時におはしどころも見えずなりぬれば、
(帥殿)誰もみな消え残るべき身ならねど
    ゆき(雪/逝き)隠れぬる君ぞかなしき
栄花物語巻七

一方、一緒に行けなかった一条天皇

「内には、今宵ぞかしと思し召しやりて、夜もすがら大殿籠らず思ほし明かさせたまひて、御袖の氷もところせく思し召されて、世の常の御有様(火葬)ならば、(火葬の煙で)霞まん野辺もながめさせたまふべきを、(今回は土葬なので)いかにせんとのみ思し召されて
(一条天皇)野辺までは心ばかりは通へども
      わがみゆき(深雪/行幸)とも
      知らずやあるらん
栄花物語巻七

涙にぬれた袖が凍ってしまうくらい、
一晩中寒い外に出て、
鳥辺野の定子を思っていた様子が想像できます。

そして、雪の降りしきる中、詠まれた和歌。
私(=帝)自らの思いは、
鳥辺野まで雪となって通っている(=行幸)よ

それが私の思いとは、君は気が付かないまま
あの世に行ってしまうのかもしれないけれど…

愛する人を失いながら、
最後まで見送ることが出来ない切なさ

伝わってきます。
いい場面を読むことが出来ました。

いぢわる栄花物語

こんな素敵な一条天皇と定子のカップルなのに、
しかもこんなにドラマティックに
書かれているのに、
栄花物語の基本は「ビバ藤原道長」
道長のライバル陣営であった伊周・隆家兄弟と
中宮定子はやはりいい書かれ方をしていない
というお話。
この記事が面白かった!

一条天皇と定子の恋には
「長恨歌」が引用されています。

あはれ、宮(定子)はただにもおはしまさざらむ(妊娠中)に、ものをかく思はせたてまつること(出家を考えるほど苦しむ)と、(帝は)思しつづけて、涙こぼれさせたまへば、忍びさせたまふ。昔の長恨歌の物語もかやうなることにやと、悲しう思しめさるることかぎりなし。
栄花物語巻五

玄宗皇帝と楊貴妃。
愛ゆえに国を混乱に陥れた二人
源氏物語中でも、桐壺帝と桐壺の更衣が
この二人にたとえられていました。

この二人の愛は、国をダメにしてしまう
しかも二人は死別する。
そんなことを言いたい意図が垣間見える、
とのことです。

また、
「栄花物語」に載っている
中宮定子の和歌はみな独詠歌

一条天皇からの返歌がついていない。
これもいぢわる…

ちなみに「枕草子」では
二人の和歌は全て贈答歌
だそうで…

栄花物語の本文は、近所のBookoffになかったので、以下の論文を参考にしました。

http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/6992/1/gogaku-52-03.pdf

この論文には、
他にも定子と源氏物語、竹取物語の類似性なんかが
書いてありました。
うーん、面白い。

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