見出し画像

「母親」も役割のひとつ。もっと「わたし」をおもしろく生きていきたい!

こんにちは、あいすかです。
もう2022年もあと2週間で終わりですね。
寒さが増してきた今日この頃、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
わたしは超がつくほどの寒がりなので、冬は家の中でのんびり本を読んだり、ひたすらゴロゴロして過ごしたい人なのですが、、あいかわらず、バタバタとしております。

さて今回は、よむエラマライターとして、2022年最後のお手紙となります。
何を書こうかな、と思ったとき、
「母親」という役割について書いて整理しておこう!
そう思い立ち、パソコンに向かうことにしました。

コーヒーでも飲みながら、今回もかあちゃんの日記に、どうぞお付き合いくださいませ。

忘れられていく存在

わたしは、子どもを産んで、母親になっても、これまでずっと自分のことしか考えていません。
というと、少し言い方がきつく聞こえてしまう方もいらっしゃると思うのですが、どの母親もカタチは100人100通りあったとしても、大概みんな自分が一番大切なんです。

母親だけではなくて、父親もしかり。おじいちゃん、おばあちゃん、子どもにかかわっている人たち、そうでない人たち、みんな同じだと思っています。

人はみんな自分が一番大切。人として当たり前のことなんだけど、「母親」があえて言わなくてもいいのではという雰囲気が、今の社会的にはまだあると思います。

やってはいけないこと、ルール、モラルなど、そういった規範が時代や場所によって作られている。それだけのことなのだけど、それが根深いのです。

11年前、わたしは子どもを産んだ半年後に大学に復帰し、研究を続けていました。
満員電車に揺られながらの子連れ通勤をしていたんです。

いまはコロナ禍もあり、在宅も増えて働き方も変わってきていますが、11年前はまだ通勤が主流でした。かつ子連れ出勤をしている人は、あまり見かけることはありませんでした。

当時、電車の中で子どもの声がするだけで「静かにさせろ」とよく怒られたりしました。
もちろん、我が子が満員電車の人込みの中で押しつぶされたり苦しくならないよう、座れる時間帯の電車を選んだり、考えられるだけの工夫はしていました。
でも、身近なママから「赤ちゃんがかわいそうだと思う」と言われたときは、それなりに凹んだ記憶があります。

それでも1時間半、ほぼ毎日電車に乗って大学へ行くことができた理由は、ただひとつ、大学のナーサリー(事業所内保育園)へ私が行きたかったからです。

その日も、研究は進まず、通勤でもまたいつもの罵声をあび、さすがに落ち込んで登園しました。
その様子を見逃さなかった保育主任は、わたしに「いつも長旅ご苦労様」と声をかけてくださり、さりげなく、なぜかその日に限って、ご自身の保育観について話をしてくれたのでした。

「ここのナーサリーは0歳から3歳までのお子様たちをお預かりする乳児保育園でしょ。どんなに一生懸命に保育をしても、成長した子どもたちは、おそらく私の顔も名前も覚えていないと思うの。そう、私は忘れられる女なのよね(笑)。だけどね、この小さな人たちから、実は私たちのほうが学ばせてもらうことが多いのよ。そして、生きるエネルギー、パワーをもらえるの。(忘れられても)それは幸せなことなのよ」と。

この言葉を聞いた日から、おおげさですが、私は目の前が明るくなったんです。
ナーサリーで過ごす娘の時間は、小さな彼女自身を幸せにする時間なのだ、と。

わたしたち母親は、子どもを産む前に子育てについて学ぶ機会なんてほとんどありません。
そして、育児書を何冊読んでも、答えはどこにも書いていない。だって、我が子はこの世にひとりしかいない。自分が育てていくしかない。同時に、子育てにそもそも正解はないということに早い段階で気づいた方がいい。

仕事のように、うまくいかない。自分の思うようになんて、ならないし、してはいけない。
どこかで、何かを確実に諦めながら、それでも、子どものせいにしたくない。そんな葛藤を抱えながら子育てをしている人たちは、まだ、少なからずこの日本にはいると思います。

外からみると、わたしは自分勝手な母ではありますが、11年たった今でも主任の言葉が色んな場面で聴こえてくるようになりました。

「わたしは忘れられる女」

とってもクールなこの言葉は、わたしの母としての軸となっています。
母親も、そのうち、成長した子どもから忘れられる時があると思うんです。それは健全なこと、その時は子どもが自立したという証なのだから。
そう思うと、子育てのあれやこれや、いろんな場面で起こるハプニングも、笑い飛ばせる余裕もでてきて、少し気持ちもラクになるような、そんな気がしています。

子どもたちの「母親」連想ゲームから学んだこと

娘が小学1年生の時、同級生とそのお姉ちゃんたち数名が我が家に来てあそんでいました。
しりとりをしたり、オリジナルの面白い遊びを考えて遊んでいる様子を、わたしは少し離れたところから聞き耳をたてて見ていました。
その時にみんなでしていた連想ゲームは、いまだに鮮明に覚えています。

単語をひとつ取り上げて、そこから連想する言葉を出して、みんなからOKをもらえたら次の人へ、というような流れの手作り連想ゲームでした。

たとえば「トマト」というお題が出たとします。次の子が「赤い」と言ったとします。「赤い」から連想する何か、ではなく、ひたすら「トマト」で思いつくものを言い続けます。
小1でもわかりやすいように、お姉ちゃんたちが考えてくれたようなのですが、まさか「母親」というお題がでるとは思ってもみませんでした。

小1から小6までの女の子たちは、どのように連想したと思いますか?
「母親」→家事→育児→送迎→PTA→仕事→お世話→おばあちゃん(元母親らしい)→役員→エプロン(え?うちはしてないよ、とか声がでたけどOKに)→係

「係?」とみんなが笑っています。「係」と答えた小6のお姉ちゃんがみんなに説明をはじめました。
「うちは、お父さんもご飯をつくるし、アイロンもかけるし、家事は二人がやってるでしょ。でも、どうしても、私にはおかあさんにしか話せないこととかあって、それは女の子係のお母さんの役目なのよ。」

なるほど……。小6になれば、身体に変化も出てくるお年頃。そういえば、姉妹だったよね、そうか、おかあさんは女の子係を兼務しているのか。

「どうして、ご飯作る係やアイロン係はないのに、女の子係はあるの?」と他の子が質問しました。

「おかあさんが決めたの。係っていう方がおもしろいでしょ。って。役割があるときだけ係にしようって。でも、おとうさんは今のところ係をもっていないから(笑)だから、おかあさんイコール係なの」そう答えるお姉ちゃん。

結局、ゲームでは「〇〇ちゃんちだけのルール」ということで「母親」イコール「係」は却下となりました。

しかし、この発想、これからの未来を考えたとき、社会へ向けたヒントが盛りだくさんだと思いませんか?

家族という小さなコミュニティのなかでも、母親、父親という役割をもっとカタチをかえて細分化していく。そうするとさらに多様性がうまれる。
そのことに、子どもたちは既に気づいているのかもしれません。

「母親」をもっとおもしろく。わたしをもっとおもしろく

「母親」をもっとおもしろくしたい。
最近、わたしは本気でそう思うようになりました。ちょっと意味不明、大丈夫?と言われそうですが(笑)そこには、わたしなりに2つの理由があります。

ひとつは、自分を応援するため。おもしろさが足りないから「もっと」と言っているのではなく、日々の自分を励ましたり応援したりするように使っています。
1日のうちで一番多く会話をしているのは、自分自身なので、だれも褒めてくれなくても、この一言「もっと、おもろく。面白く。」を心の中でつぶやくと、落ち込んでいたり、もやもやしていても、思いのほか癒されたりします。自己対話ってとても大切です。

もうひとつの理由は、社会に向けての問いかけです。だれもが無意識に持っている「母親像」そのものを壊したい。世間とか社会的であるということは、ある意味では個人の思い込みの集合体なのかもしれません。

おそらく、わたし自身、娘が0歳の時に出会ったナーサリーの存在と保育主任の言葉がなかったら、「母親」になったことを後悔していたと思うんです。
(それは、子どもを愛していないとか、そういう感情とは全く異なります)

ただ、社会のなかの母親像に押しつぶされ、何か別の人格にでもならなければいけないと思ってしまう自分が辛いのです。

子育ては結局、先はわからないということが前提にあります。それならば、終わりも自分で決めてもいいと思うんですよ。

もう母親は卒業します!というその日まで、毎日わたしは呪文のように自分に言い聞かせます。
「今日もわたしを、もっとおもしろく。母親を、もっとおもしろく」と。

これから先、もしかしたら、我が娘は母親ではなく、父親の役割を選ぶかもしれない。
子どもを持たない選択をするかもしれない。行く先は全く未知で、正解もない。

だけど、彼女たちが大人になったとき、まわりにいる人たちとともに、どんな役割でもいいから、面白がって子どもたちとかかわっていて欲しい、そう思っています。

これは社会的な感情とも違う気がします。本能的な生物としての「母親」が、次の世代にいのちを繋げたい願いなのかもしれません。まさに、エレファントの「母親像(ゾウ)」と同じ気持ちでしょうか。
(注)みなさん、ここは笑うところですよ。

わたしのなかの「母親を、もっとおもしろく」とはそういうこと。
ちょっと変わっているかもしれないけれど、これからも自分勝手なことを妄想しながら生きていこうと思います。

おわりに

今年も、記事を読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。
年末年始、どうか体調を崩されませんように。
そして、来年もどうぞ、かあちゃんからの手紙を宜しくお願いいたします。

この記事を年末年始のごあいさつに代えて。

Happy Holidays and A Happy New Year!


Text by Äiskä あいすか(Cheer up girls★かあちゃんライター)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?