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伝えたいのは「和文化ヒュッゲ」。人生を味わう瞬間がそこにある

「和文化ヒュッゲ」

その言葉は突然降ってきました。

ヒュッゲとは北欧の人たちのひと休み文化のこと。
家族や友人、親しい人同士で語り合うほっとできる時間のことで、北欧の人たちが大切にしている過ごし方です。
でも「和文化ヒュッゲ」はきっと皆さん聞き馴染みがないですよね?

それもそのはず。
だってエラマプロジェクトのライブ配信の中で生まれた言葉なのですから。(私が知らないだけで、すでに「和文化ヒュッゲ」という名称を使っている方がいらっしゃったらすみません。)

このライブ配信に参加していたのは、我らがエラマプロジェクトの代表であり、フィンランド生涯教育研究家の石原侑美さん、日本の伝統芸能「吟剣詩舞」の師範・見城星梅月さん。
そして国語教師であり、エラマプロジェクトで和文化を担当している私、橘茉里。

この3人で和文化についてゆるゆると語っていた時のこと。
(ライブ配信の内容はこちらの動画でご覧いただけます。)

「伝統芸能というと、おごそかで格式ばっているイメージがあるけれど、そういうものだけではなくて、もっとリラックスして娯楽としてゆるやかに楽しめるものもある。

おごそかなものと、娯楽として楽しむもの。
伝統芸能には楽しみ方の選択肢があり、気分によって選んで良い。」

そう話す星梅月さんを受けて、侑美さんがこんな風に続けました。

「リラックスした状態で和文化を楽しみながら、飲んだり食べたりして、楽しくおしゃべりをする。
それって和文化ヒュッゲなのでは?」

これが和文化ヒュッゲ誕生の瞬間でした。

和文化ヒュッゲという言葉のインパクトに、私は理解が追いつかず、一瞬「ん?」となり、しかし次の瞬間には「それだ!」という感覚が訪れました。

侑美さんから「星梅月さんや茉里先生は、和文化や伝統芸能を広める活動をしているけれど、それって和文化ヒュッゲを広めたいのではないか?」というコメントがあったのですが、そうかも!と思ったのでした。

私は和文化イベントを主催することがありますが、和文化を知識として知ってもらうだけでなく、五感で感じ取り、その世界観に浸ってもらいたいと考えています。

そこで、リアル会場でイベントを行う際は、日本酒の振る舞い酒を用意したり、お香を焚いたり、伝統的な会場を使用したりと、居心地の良い和の空間づくりを意識しています。

私にとって心地よい和の空間づくりは、イベントの内容と同じくらい大事なものです。

ヒュッゲということは意識せずにやっていましたが、私が目指しているのは、和文化ヒュッゲの実現だったのかもしれません。

このライブ配信では、和文化ヒュッゲとは何かを明らかにしていったら面白いのではないかと話が進み、エラマプロジェクトの企画として和文化ヒュッゲを探究し、創造していくことになりました。

和文化ヒュッゲを考える公開対話がスタート

2022年3月9日に、「豊かさとは何か?Series2:和文化ヒュッゲ#1」という公開対話を開催しました。

和文化ヒュッゲをつくっていく、記念すべき1回目のイベント。
ヒュッゲには飲み物がつきものということで、この回のサブタイトルは「コーヒーとお茶、そしてお酒」でした。

発表者として侑美さんと私が登壇し、侑美さんが北欧について、私が和文化について考察しながら、和文化ヒュッゲの要素を明らかにしていきました。

まず侑美さんから、ヒュッゲとはどういうものか、そしてフィンランドのコーヒー休憩などを事例に、北欧の人たちが大切にしている暮らしや価値観についてのお話がありました。

その内容をかいつまんでご紹介していきましょう。

ヒュッゲはデンマークの言葉です。この記事の冒頭でも少しご説明した通り、北欧の人たちのひと休み文化のことで、スウェーデン語の「ラーゴム」、ノルウェー語の「コーシェリ」など、ヒュッゲと同様の概念は北欧各国にあるそうです。

ところがこのヒュッゲという言葉、日本語には直訳できないのです。

なぜかというと、ヒュッゲはとても広い意味を含んだ言葉だから。

ヒュッゲには、落ち着いていて平穏であるという意味、心地が良いという意味、コーヒーやお酒とともににぎやかに過ごすという意味など、相反するように思える多様な意味が含まれているのです。

侑美さんは、「“騒がしい”と“落ち着いている”の中間で、みんなと共有できている平和な空間」がヒュッゲなのだと説明してくれました。

北欧の人たちは、働いている時間や自己実現のために生きがいを感じている時間よりも、どちらかというと休んでいる時間を重視しているとのことで、そんな北欧の人たちにとって、ヒュッゲはとても大切な文化だということが分かりました。

コーヒー休憩が法律になっているほどコーヒーが好きなフィンランドの人たち

フィンランド人はコーヒーをよく飲む国民性で、一日あたり3~5杯も飲むそうです。

そしてコーヒーを飲むのはリラックスするため。
日本人は目覚ましや仕事のやる気を出すためにコーヒーを飲むことが多いですが、フィンランドでは休憩するために飲むのです。

コーヒーの香りにはリラックス効果があり、コーヒーを飲むことで気持ちや体が落ち着くと言われているそうです。

私がコーヒーを飲むのはたいてい仕事中ですが、目覚ましのために飲んでいるのに、コーヒーを飲むと眠くなるなぁ、どうしてだろうなぁと感じていました。

ですが、これは当たり前のことだったのですね。
今度からはフィンランド流に、リラックスのために飲むことにしたいと思います。

さて、フィンランドに根付いているコーヒー文化。
実際に侑美さんがフィンランドの学校を視察した際、職員室で「ようこそ、まずはコーヒーを飲みましょう」という歓迎を受けたそうです。

フィンランドの人たちは、コーヒーをリラックスやアイスブレイクとして上手に活用しているのですね。

そして、コーヒー休憩をとるように、法律にしてしまっているのがフィンランド。

コーヒー休憩が労働法で定められているなんて驚きです。

例えば、8:30始業で16:00退勤だとすると、12:00に昼食、さらに10:00と14:30にコーヒー休憩を入れて、90分ごとに休憩が入る形になるそうです。
またフィンランドでは、誰かのためではなく、自分のために時間を使うこと、つまりマイタイムを積極的に取ることが習慣化されています。

ヒュッゲもマイタイムの一つと言えますね。
ヒュッゲによって自分らしい時間を過ごすことができるわけです。

そこにはコーヒーやお酒などの飲み物があり、さらに火を囲むことも大事な要素になっています。

フィンランドには焚き火をする場所がたくさんあるそうです。
焚き火をしながら、ククサという木のカップにコーヒーを入れて、飲みながら語る。または自分と対話する。

そうやって過ごす心地よい時間。
ゆるやかで落ち着いていて、じんわりとした温かい満足感がある状態。
これがヒュッゲなのです。

日本人は昔から飲んべえだった!江戸庶民の居酒屋文化

次は日本のお話です。

フィンランドの人たちにとって欠かせない飲み物はコーヒー。
では、日本の私たちにとっては何でしょう?

もちろんお茶もそうです。
ですが今回は、日本酒を取り上げます。

というのも、日本人は実は酒好きで、飲んべえ文化があったからです。

特に江戸時代は、現代の清酒に近い日本酒の流通が確立して、江戸時代後期、江戸の町には約1800軒もの居酒屋があったそうです。

当時の江戸の総面積は約80平方キロメートルで、現在の東京23区の1/8程度の大きさです。

その小さなエリアの中に1800軒もの居酒屋があり、酒屋での販売なども含めて、年間90万樽以上の酒樽を消費したと言われています。

1人あたり、毎日清酒を155ml飲む計算になると解説している書籍もありました。

日本人と酒の付き合いはとても古く、縄文時代から酒造りをしていたという説もありますし、古代中国の歴史書『魏志倭人伝』には「邪馬台国の人たちは酒好きである」という記述もあるくらいです。

居酒屋は朝から営業していましたし、日中に上演している歌舞伎の芝居小屋でもお酒が提供されました。

昼酒は一部の飲んべえの楽しみだったわけではなく、かなり多くの人たちが楽しんだのではないかと思います。

それは男性に限りません。
滑稽本というジャンルの物語の中に、居酒屋から差し入れが届いたため、長屋の女房が近所の人たちと酒盛りを始めるという描写があります。実際に、そういう女性たちもいたのではないでしょうか。

このように日本では飲酒ということに対してかなり大らかな面を持っていて、こういうお酒の楽しみ方は日本流のヒュッゲだったのではないかと思うのです。

江戸では銭湯も朝から営業していましたから、湯につかって、その後一杯楽しむなんてこともあったかもしれません。

江戸の人たちはとても豊かな時間の過ごし方をしていたんだなぁと羨ましくなります。

和文化ヒュッゲの探究は始まったばかり

今回は飲み物に絞って考えていきましたが、和文化ヒュッゲを形作る要素はまだまだたくさんあるでしょう。

私はこれまで侑美さんと一緒に、フィンランド文化と和文化のつながりを探究する講座を2年近く続けてきましたが、この中でお話ししてきた内容は和文化ヒュッゲの創造に大いに役立ってくれそうです。

例えば、
フィンランドのサウナ文化と日本の銭湯文化。
フィンランドの靴を脱ぐ習慣と日本の畳文化。
フィンランドと日本、どちらも余白を大切にしていること。
フィンランドの火や明かりを囲む文化と日本伝統のろうそくや行灯などの照明文化。

これ以外にも、両国の素晴らしい文化を数多く扱ってきました。

今まで積み上げてきたものがあるからこそ、和文化ヒュッゲという言葉は生まれたのかもしれません。

和文化ヒュッゲの誕生は予期せぬ偶然。
でもそれは必然だった。

そんな風に思うのです。

和文化ヒュッゲの探究は始まったばかり。
これからの展開をぜひお楽しみに。

Text by 橘茉里(和えらま共同代表/和の文化を五感で楽しむ講座主宰/国語教師/香司)


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