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ちゅん太のいた夏(第十二回)

【聞こえない耳と書き置き】

次の日もタクシーで三内丸山遺跡に向かった。「縄文人になる」とウエノさんが言っていたのは、縄文人の衣装を借りて、体験工房に参加することを指していた。午前中に縄文ポシェットを2時間かけて作り、午後はミニ土偶と琥珀のペンダントを作る、それがウエノさんのプランだった。
午前中のポシェットはウエノさんが物凄い集中力を発揮して、素晴らしい出来栄えの編みカゴを作った。現代で言うところの網代編みという編み方で、クラフトテープを2本おきに交差させていくのが難しく、私はかなり歪なものしかできなかった。編み始めて早々に飽きてしまい、他人が作っている手の動きや表情ばかり見ていた。ウエノさんは、2時間の間一言も話さなかった。
「説明図もあったし、一度覚えればあとは繰り返しの作業でしょ。簡単だと思うんだけどなあ」
とウエノさんは何の謙遜もなく出来上がったポシェットを手にして笑った。繰り返すが本当に見事な作品だった。
「私はちょっと退屈しちゃったけど、午後もやるの?」と訊いてみた。
「もちろん」ウエノさんはノリノリである。
しかし、午後は惨憺たる結果になった。
午後前半のミニ土偶は、ウエノさんのものは小学生が見よう見真似で作ったクッキーのようなものが出来上がった。私の手抜き作品のほうが、ずっとマシだった。土偶の方がはるかに難易度は低いと思われるのに、編み物とは雲泥の差だった。作っている間も、ウエノさんは脂汗をダラダラ流していた。
午前中に集中しすぎて、疲れちゃったのかな、と私は思った。ペンダント作りもそんなに難しそうでもないし、その頃には調子も取り戻しているだろう、ぐらいに考えていた。しかしそのペンダント作りで、ついにウエノさんは壊れてしまった。
その後も脂汗を流しながらプログラムに参加しようとしていたが、始まって10分もしないうちに、後ろに居た参加者(若いカップルだった)に、
「いい加減にしてください。私は真面目に参加してるんです!」
と叫んで作りかけのペンダントを投げつけ、会場を飛び出してしまった。「何すんだよ!」と男性の方が凄んでいたが、私もすいません、とだけ言ってウエノさんの後を追った。廊下の隅にうずくまって、ウエノさんはシクシク泣いていた。宵宮でしてくれたように、私も背中をさすってみた。
「どうしたの、気持ち悪い?お昼に何食べたっけ?」と間抜けな質問をしてしまった。
「ううん。食べ物じゃない。しばらく側にいて」と苦しそうにウエノさんは言った。小刻みに身体が震えている。
プログラムを運営している係の人も探しに来たが、ウエノさんは昼に食べたものが身体に合わなかったみたいですいません、こうしていれば治ると思いますので、と私が訊いた的はずれな質問をそのまま返して断った。
放し飼いのちゅん太も人に気づかれないように建物の中を飛びながら、「だいじょうぶ?」と私に訊いてきた。自分じゃないから、大丈夫かそうでないか全然わからない。とりあえずこうして側にいるだけなの。

    「さっきのにんぎょうづくりも そとでみてた」

    「このヒト みみが きこえない?」

そんなバカな。いまも普通にやりとりしてたでしょ。

    「でも いってることが わからないって あせってた」

どういうこと?一関のホテルで揉めていたように、予定外のことに過剰な反応を見せるのは知っている。でも今度は耳が聴こえないとか。突発性難聴?だんだん私が泣きたくなってきた。
「あのう…」
声をかけられて顔を上げると、もうプログラムは終了したのかさっきのカップルが立っていた。
「すいません、もしかしたら、僕達が静かにしていなかったのが悪かったのかなって思って。ときどき、違う場所でも注意されるから、またやっちゃったのかなって、反省していたんです」
そう。時と場合ってものを考えて、と説教しようとしたのだが、僻みっぽいオバサンだと思われそうで黙っていた。
「これ、置いていかれた琥珀です。自分たちのは適当に仕上げて、こちらも磨いて置きました。最後の仕上げはぜひご自分でされた方がいいと思って。係の人に、お詫びがてら僕らが渡してきますって言って」
あれ?めっちゃいい人たちに急展開。二人はウエノさんと私の材料を手渡すと、すいませんでした、と何度も頭を下げて帰っていった。なんだよ、お幸せに。
さらにもう一人、声をかけてきた人がいた。
「お具合の方、いかがですか?」
同じくプログラムを受講していたもう一人のご婦人が立っていた。縄文人の衣装は着ていない。グレーの襟付きのワンピースを着て、冠婚葬祭の帰りに寄ったような人がいるなあと、気になっていた人だった。髪の毛もキレイにまとめていて、ちょうど自分の親ぐらいの年齢だと思った。この方も心配してくれて、みんな優しいなあとまた泣きそうになってきた。ご婦人が続けた。
「この方、ときどき人が話していることが聞き取れなくなるんじゃありません?」
え!なんでちゅん太と同じことを言うの?
「娘が同じようなことで悩んでいたから、もしかしたらと思って」
私は、私とウエノさんが気ままな女子二人旅をしていること、旅先でウエノさんと知り合ったばかりの関係なので人となりはわからないこと、彼女は「予定」というものにこだわりがありそうなこと、こうしたパニックになるのは初めてであること、などを伝えた。
「やっぱり似ているわ。これからどちらへ?青森市内にお戻りになる?よろしければご一緒していいかしら」
ウエノさんの様子が落ち着いてから、タクシーに同乗してホテルに戻った。ご婦人はサトウさんと言った。サトウさんは別のホテルに宿泊していたが、夜まで私たちに付き添ってくれた。ひとりでウエノさんの面倒を見るのは、私がパニックになりそうな気がしていたのでとても助かった。
ホテルのレストランに入って、もうだいぶ落ち着いたウエノさんから話を聞いた。
「子供の頃から、何人かに同時に話されると、どの人の話も全然わからなくなるの」
私たちの後ろにいたカップル。そういえばミニ土偶のときもいた。小声でずっとじゃれ合っているのを私も聞いていた。近県から遊びに来たらしく、方言も入っているから私は気にならなかったのだけれど、ウエノさんには大問題だったらしい。
「講師の人の話もわからないし、後ろの二人も気になるしで、なんだか心臓がドキドキして来ちゃったの。大好きな手仕事を邪魔されて、ちょっと変なスイッチが入りそうだった」
運悪く、続くペンダントづくりも二人は参加した。その後の経緯はご存知の通りだ。
サトウさんは、パニックになったことには触れずに、自分がなぜ三内丸山遺跡に来たか、体験教室に参加したのかを話してくれた。
「娘がいたのは話しましたよね。数年前までの話だけど。生きていればちょうどあなた方ぐらいの年齢でしょうか。子供に先立たれて、すぐに納得できる親はいないですよね。いろんな人に話を聞いたり、心のケアをする会にも参加してみたんだけど、ついに思い立って恐山に行こうと思いました。最後はここに、魂がやってくるって言うでしょう」
ご存知だと思うが、恐山では口寄せと言って、イタコという霊媒的存在を通じて、自分が会いたい死者からの話を聞く、ということを行っている。言われてみれば恐山の近くまで来ていたんだ、と思ったが、青森市内からも2~3時間ぐらいかかる場所だ。娘さんはご病気か何かで亡くなったのだろうか。
「イタコの口寄がある夏の大祭に、都合を付けて行ってみようと決めたのがついこの間で、恐山の宿坊が取れなかった。だから青森市内に泊まったんですが、娘が遺跡好きだったことを思い出して三内丸山遺跡に来てみました。来てみたら、ペンダントづくりの教室があった。娘はこうした手先を動かすのも大好きだったことを思い出して、参加してみた。不思議です。そうしたら娘みたいなあなた方に会えました。これは何かのご縁に引き寄せられているって、私は今思っています」
娘みたいと言うか、趣味趣向がウエノさんにそっくりで驚いた。誰かにとっての偶然は、誰かの必然である。昔の人、じゃなくて私が今思いついた即席の格言だ。
サトウさんは、「勝手な思い込みで申し訳ないんですが、明日一緒に恐山に行きませんか?口寄せはしなくて結構ですが、せっかくここまで来たんだからあの雰囲気だけでも見て帰ったらいかがかなと思って。交通費や食事代も全部持ちますから。行き先を決めない気ままな旅なら、ぜひ」と言った。
ウエノさんは黙っていたが、私の反応を確かめているのかもしれない。私はすっかりサトウさんにお世話になった気でいたのと、娘を失った親への同情心で、同行させていただきます、と返答していた。
「朝、ここのロビーに来ます」とサトウさんは言った。朝8時30分にロビーで待ち合わせすることにして、一旦解散した。
今日こそさすがに疲れたのか、ウエノさんはすぐに寝た。ホテルの窓の外にいたちゅん太と少し話をした。ねえ、恐山のこと調べてみたんだけど、周りに硫黄が噴出しているみたい。知ってる?硫黄。小鳥にとってちょっと毒なんじゃない?

    「しらない でも はなしがいに なれた」

    「いちにち かくれているほうが つらい」

だからね、明日はこの辺で待っててくれる?一人で寂しい?

    「へいき いってくれば」

相変わらず逞しい。そう言えば、ちゅん太クンも母親と兄弟を亡くしたんだよね。

    「うん」

どんな気持ちだったか、聞かせてもらってないよね。

    「うまくはなせないとおもうし はなしたくない」

そうかもね…。サトウさんは自分の娘さんが亡くなっちゃったんだって。やっぱり悲しいじゃない。順番が違うって、誰かに文句を言いたくなるじゃない。

    「じぶんの いきる イミを かんがえてしまう」

前にちゅん太クンから訊かれたけど、自分が何をしたいのか、どう生きたいのかってことだよね。大事だったもの急になくなったら、何もしたくなくなるかもね。私なんか平和すぎてやっぱりいまでも良くわからないし。

    「じぶんだけで わかるものでも ない」

    「キミと はなせる りゆうが ボクにも わからない」

    「でも なぜか こうして キミといる」

もともと何もつながりがないはずなのに、不思議と一緒に旅行しているんだから、それなりに意味はあるんだろうけどね。サトウさんが言ったご縁?引き寄せ?

    「コトバで かんたんに せつめいは できない」

だよね。じゃあ仲間が悲しくてしょんぼりしていたら、雀族的には、どうするの?
   
    「なにもいわない なにもしない」

    「そのうち おなかがすいて いっしょに たべものを さがす」

時間が解決してくれるっていうことかな?雀と時間の感覚が違うと思うから自信ないけど。でもわかった。明日サトウさんに付き合うのは、黙って一緒に食べ物を探すのと、似たようなことだよね。それでいいよね。

    「いいとおもう」

そう言って、ちゅん太はいなくなった。もう少し夜露をしのげる場所へ移動したのだろう。それじゃおやすみ。

次の朝目が覚めると、ウエノさんが準備万端、すっかり支度を整えてベッドの横に立っていた。
「おはよう、目が覚めた?」
「おはよう、早いね。ごめん私もすぐ支度するね」
「私は先にロビーに降りてるね。ちょっと用事があるから」
と言って、荷物を持ってドアを出ていった。荷物?どうして荷物を全部持って降りていったのだろう。まだ眠い目をこすってテーブルを見ると、書き置きのようなものと封筒があるのがわかった。書き置き?ロビーに行くだけなのに?まさか!
あわててメガネをかけて、便箋に書かれた文字を読んだ、色んな意味で寝起きの頭にはつらかった。

・・・・・・・・
私子さん

私と居ると、あなたをトラブルに巻き込むようでつらくなってきました。もうひとりで帰ろうかと思います。
やっぱりイタコに会いに行くのは 怖いです。そういうの苦手です。
サトウさんともっと話したいような気もするけど、それもちょっと怖いのです。私は、娘さんとは似ていても違うのです。
あなたはちょっと自分勝手で、時々ボーッとすることがあって、とても変わった人だなあと思ったけれど、お友達になれて良かった。
あと、雀を連れていたのも知っていました。そんなことはないと信じたいけれど、あなたは雀と話せるのでしょうか?秘密にしないで、一緒に雀を可愛がりたかったけど、何か事情があるのでしょうね。雀さんによろしく伝えてください。
短い間だったけれど、楽しかった。ありがとう。

植野
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封筒には、2人分の宿泊料金も入っていた。そういうことじゃなくて、ウエノさん。行かないで。追いかけようと思ったが、ほとんど下着のような格好のままでは無理だった。ねえ。どうして置いて行っちゃうの?やっぱり連れ回して迷惑だったのかな。でもウエノさんの行きたいところへ行ったよね?自分勝手と思われたことについて異議申し立てしたいことも含めて、もう一度会いたいと思った。
窓の外は、どんよりとした曇り空だった。身支度も忘れるほどの喪失感だった。ウエノさんのことを思い出そうとしたが、15秒CMぶんぐらいのシーンしか出てこなかった。中尊寺で、指を四角のカタチにして顔をしかめながら建物を観察していた姿。夏まつりで、破れてしまった金魚すくいのポイを手に笑う姿。上出来の縄文ポシェットを手に、得意げにポーズをとる姿。考えてみたら、全部一週間以内の出来事だった。長い人生のほんの一瞬の時間が、こんなにも自分の心に刺さっていたことに驚いた。

つづく

サポートのしくみがよくわからないので教えてください。