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ティール組織を夢見る前に知っておきたい組織設計の原理原則 ー『組織デザイン』を読んで

ティール組織とは

「ティール組織」というキーワードが組織・人事領域において一時期大流行したことがあった。その流行の起点となった書籍『ティール組織 ―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』によれば、ティール組織は以下のような特徴を持っているとのこと。

・自主経営(セルフマネジメント)ー信頼関係、透明な情報と集団的知性による意思決定、当事者同士で公正に解決を図る、一人ひとりに責任と説明責任がある

・全体性(ホールネス)ー等しい価値、安全で思いやりのある職場、ワークとライフの融合、集団での学びの促進

・存在目的 -集団としての魂と目的・個人の使命感と目的の共鳴、長期的には存在目的と利益はトレードオフではない

つまるところ、上下関係、売上目標、予算といった既存組織・マネジメントの概念を排した自主性に基づく階層なきフラットな組織である。概念そのものについては非常に夢があると思う。巷でよく言われる「ネットワーク型組織」もこの概念に近い。

理想と乖離した現状


だが、現存する企業の実態に目を向ければ多くの疑問が浮かぶ。例えば日本で7割を占めるサービス業にはこの夢の組織から最も遠い現場が存在している。サービス業の働くモチベーションは、究極的には他者を通じて社会に尽くしていくことであり、上記のようなTeal組織の理念とも近いようにも思えるが、現実はそうなっていない。

個々の自主性と自己開示・他者との関係性、そして組織の目的の共感の観点といった美しい理念は、しかしそれだけでは中々響かないのが正直なところだろう。いくら「働きがい」を訴求したところで、現場の「働きやすさ」の底は抜けた状態であり、綺麗ごとが通じないのが現実である。
「夢がある」と上記したが、本書で示されているのはその世界観と抽象的なHow、そして非常に特殊な事例(オランダのとある病院等)であり、正直なところ夢の域を出ない。

そもそも未だ世界各国でピラミッド型の構造をもった組織が採用されているのには相応の理由があると考えるのが自然であると思う。そうした組織の原理原則を学ぶうえで有用だったのが『組織デザイン』ある。

フラット化の幻想の危険性

本書はこの分野の古典と言えるかもしれない。本書は一橋大学の大学教授により書かれたものであるゆえに非常に教科書的でありながら、しかし現実世界に即した内容になっている。我々のような企業人が「組織」を語る上で必須の理論と実践の双方が理解できるのが非常に有用である。

「組織」は身近であるがゆえに社内外の様々な立場の人が多様な言説を唱えるが、根底には押さえておくべき原理原則が存在する。その理解なしに行われる空中戦の組織論、ティール組織をはじめとしたフラット組織の幻想は恐らく議論を混乱させるだけになってしまう。特に以下部分の記載は痛烈である。

・「最新の組織デザイン」が様々な形で謳われているが、どのテーマにおいても大抵フラット化の幻想が根底に流れている。確かにヨコの直接折衝を強調すべき場面はあるが、どの局面においてもヨコを強調し、タテのヒエラルキーを弱めればいいと言うものではない。実際単純なヒエラルキーはよき人材がいれば効果的である。多くの企業組織における「組織が重い」「組織が遅い」の問題の原因はヒエラルキー構造そのものよりも「決めるべき上司が決めてくれない」ところにあるのが大半。「上司の要求が厳しく、部下はただ言いなりになるばかりで、主体性が育っていない」のであればフラット化の余地はあるが、「口を出したいが、責任は取りたくない」人が多数存在し、それにより物事が決まらないのであれば、それは権限委譲に効果は期待できない。経営が決断力のある管理職を育成し、その人に権限を集中させる方が効果的である

理想の民主主義を持つ企業組織という幻想を放棄して冷静に考えるならば、ヒエラルキーを単純な形に維持する事、重要なポジションに決断のできる人を配置することの方がずっと重要である。組織デザインに過剰な期待を抱かない方がいい

ヒエラルキーが嫌われる理由

そもそもなぜヒエラルキーはこれほど嫌われるのだろうか。その理由は以下のように述べられている。

ヒエラルキーは良い面も悪い面ももつにもかかわらず、嫌われている。民主主義教育の発達した現代という時代は組織の基本モデルを否定する価値観が蔓延している。これを解決するためには、民主主義のメリットとヒエラルキーのメリットの妥協点を探り、若干フラットで垂直分業の低い組織が出来上がる。もう一つは実際はヒエラルキーでありながら、表向きはヒエラルキーでないような言い方をすること。つまり従業員の声に耳を傾け丹念に説得する方法である。

・ヒエラルキーの問題はポストが限られる、という点にもある。この解決策は存在しない。違うことを頑張ってもらうと言う方向付けで痛みを和らげる以外の方法はない。逆に、昇進のためのポストや組織ができたり、等級段階が無駄に増えるといった経済合理性から離れた解決策に走ることは避けたい

なお、組織デザインの原理原則を学ぶという趣旨では『組織設計概論』という古典が存在する。

本書は組織論が確立されていなかったであろう当時においては画期的であったかもしれないが、やはり内容が概念・コンセプトに留まっている。組織設計に関わるコンサルティングの実務に取り組む際にはよく推薦図書として挙げられる本書だが、個人的には『組織デザイン』を進めたい。解像度の次元が違う。


押さえておきたい組織の基本原則

『組織デザイン』に話を戻す。特に基本骨格となる機能別組織or事業部組織の設計において以下のような原則は是非押さえておきたい。(実際にはマトリクス組織も存在。ただし「問題直視も強権も発動できない組織でマトリクス組織を設計すると、問題解決のほとんどをミドルが担い続けることになる」とのことで、かなり注意が必要であり、あくまで原則は上記2択にあるものとして想定されている)

生産・開発・販売等の機能を集約することで得られるコストダウンや付加価値アップの効果よりも、個々の製品・市場への柔軟で迅速な適応によって得られる効果の方が大きければ、事業部組織を採用すべきである。逆であれば機能別組織となる

・プロセスコントロール(プロセスの標準化)とアウトプットコントロール(成果の標準化)

・アウトプットコントロールにおける「目標・評価基準の標準化」は、競争促進効果を持つ点にメリットがある。これにより組織ユニット間の競争が促進され、その結果、監督者がわざわざ意図的に組織ユニットに叱咤激励を飛ばさなくても自律的に努力してくれるようになる

・事業部制組織は失敗を許容しやすい。会社の命運を左右しにくいし、準分解可能であるから

・どんな場合でも事業部制組織の情報処理効率が高いわけではない。事業部を超えた技術基盤の変革の発生や設備の共有などがある場合においては機能別組織の効率が高くなるケースがある

「組織は戦略に従う」は真実か

最後に、「組織は戦略に従う」の大原則についても触れておきたい。
当該原則については、日本のメンバーシップ的な労働市場という特殊な環境においてはアプローチが変わる可能性が言及されている。これも職務での活用を考えるうえで非常に参考になった。

・組織デザインの思考法(P299)。教科書的には、「戦略」→「組織デザイン」→「人事スタッフィング」。ただ、日本のような外部労働市場が形成されていない、米国のように必要な人材がある程度外から調達できるわけではない状態においては、絵に描いた餅に陥る。コア人材の内部育成・長期育成を重視する企業においては、「大まかな戦略方向性」→「既存の人材」による「組織デザイン」を踏まえた「戦略形成」を行い、そのための身近な「組織デザイン」のカイゼンを行う手順になる。実際の米国モデルより複雑であり、「コア人材の創発する戦略に組織が従う」状態となる

・上記の状態においては、①如何にミドルに考える時間を与えられるか(現場に近すぎず遠すぎずのミドル層が非常に重要になるため)・オペレーションに忙殺されないようにする。②戦略家に情報を集める。あえて多様な情報を大量に摂取するポストをつくることで、新たな企画等が生まれやすくなる。このような多元的なダイナミックなバランスが必要

組織デザイナーには、原理主義者でなく、一見無節操な現実主義者のようにふるまうことが必要である

以上、組織設計の原理原則とそれを生かした現実世界での応用まで非常に示唆に富んだ一冊であった。
組織を考えるうえでティール組織をはじめとした理想の組織に思考を拡げることもときに重要だが、その前に本書を通じて目の前の現実を理解する努力が不可欠だ。

参考)ネットワーク型組織について

参考までにヒエラルキー型の組織と対をなす、ネットワーク型組織についてはこの記事がわかりやすく書けていると思う。サッカーの試合の戦評と絡めている。

2019年J2第12節 VS 横浜FC -ネットワーク型組織の規律と解放-

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