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ホワイトルーム

目が覚めると、見覚えのない部屋にいた。
そこは真っ白な床や壁で囲まれた12畳ほどの無機質な部屋で、自分が寝ていたシングルサイズのベッド以外に、物はなにもない。
不思議な事に窓や扉すらもなく、完全な密室のようだ。

「一体なんでこんな所に……」

思わず独り言を呟いた。
混乱した頭で状況を整理する。
えーっと。自分の名前は上原慎也。28歳。
仕事は……広告代理店の営業職。
家の住所は東京都北区豊島X丁目X-X メゾン・グランデ 302。
うん。パーソナルな情報はちゃんと思い出せる。どうやら記憶喪失、なんてことはないらしい。

昨日は、終電近くまで仕事をしていた。
E社の広告に関するコンペに備えて、提案資料の作成に根を詰めていたからだ。
ひと通り区切りをつけて、オフィスを出たのが23時半くらいだったか。
帰りの電車に乗ったのは覚えている。
途中で席が空いたので座って、そこから記憶がはっきりしない。
疲れていたので眠ってしまったのだろうか?
結局、この部屋に居る理由は分からないままだった。

(──そうだ、鞄は!?)

大事な事を思い出した。
鞄には顧客の情報がつめこまれたノートPCや社用携帯が入っている。
紛失したとなると、セキュリティインシデントで始末書ものだ。慌てて周囲を見回すと、ベッドの足元に鞄は横たわっていた。
中身を確認する。
ノートPCはきちんと入っていて、社用携帯や自分のスマホ、財布もある。
特に紛失しているものは無いようだ。
貴重品の無事を確認できて、ほっと胸を撫で下ろした。

自分のスマホを取り出してスリープモードを解除する。
画面には"5月17日 水曜日 6:32"と表示されていた。会社を出てから7時間程経過していることになる。
電波は入っておらず、圏外だった。
社用携帯の方も同様のようだ。

電波が通じない場所……。
現在地は地下や山奥なのだろうか?
もしかすると、犯罪にでも巻き込まれた?
状況が理解できず、不安が募る。

気を紛らわすように、部屋の中を歩き回る。
すると、部屋の中心に一枚の紙が落ちていることに気づく。
手に取ると、紙にはこう書かれていた。

”White Roomへようこそ
ここでは貴方の望む物が手に入ります
最高の一日をお過ごしください。“

「ホワイト、ルーム?何それ?望む物って……どういうこと?」

手の込んだイタズラだろうか?
書いてある事の意味が全く分からない。
望む物……?
"望む"といえば、寝起きという事もあって喉が渇いた。
飲み物は持っていなかったし、どこかに水でもあればいいんだけど──。
ふとそんな事を考えた瞬間、信じられないことに、目の前にペットボトルの水が音もなく現れたのだ。

「た、確かに欲しいと思ったけど……」

思わず目を疑う。
本当に水が出てくるなんて。
恐る恐る手にとって口にするも、変な味がする事もなく、コンビニや自販機で買う物と全く同様のようだった。

(──そういえばお腹も減ったな。サンドイッチとコーヒーなんかあると嬉しいんだけど。……スタバの)

今度はちょっと贅沢な願い事をしてみる。
すると、目の前にスターバックスのBLTサンドとアイスコーヒーが現れた。
いつも自分が好んで注文している物と同じ。
思わず、「おお!」と声をあげてしまった。
BLTサンドを食べる。
美味しい。いつもの味と何ら変わりはない。それらを平らげると、満足して床に横になった。

(そうだ、きっとこれは夢なんだな。考えただけで欲しい物が手に入るなんて、ありえないもんな)

超能力?はたまた超常現象?
ドラえもんじゃあるまいし。現実世界でこんなラッキーな事が起きるわけがない。
私は夢だと考えて、もう少しこの世界でゆっくりさせてもらう事にした。

それからは躊躇いもなく欲しい物を出していった。大きな液晶TVにBlu-rayプレイヤー、観たかった映画のBlu-ray、読みたかった小説や話題の漫画。そして酒とつまみに、くつろぐための高級ソファー…etc。
ソファーで寝転がりながら、だらだらと過ごす。最近多忙でできなかった事だ。
飲酒をして酔っ払った頭で、「最高の夢だな」と考えていた。

ひと通り娯楽を楽しんだ後、ベッドに横になる。スマホで時間を確認すると、時刻は0時を回り、日付も変わっていた。
やけにリアルな夢だったな。
まぁ、夢とはいえ、リフレッシュできたし、また仕事も頑張れそうだ──。
そんな事を考えていたら、いつのまにか眠りについていた。

翌朝。
目を覚ますと、昨日自分が望んで出した物や、ゴミなどは綺麗に片付いていた。
そして、壁だった場所に扉が存在している。
ベッドの側に紙が落ちていて、私はそれを手に取って読んだ。

”最高の一日を過ごせましたか?
ご利用ありがとうございました。
それではいってらっしゃいませ。”

どうやら、昨日一日で夢のような生活は終わりだったようだ。
きっと、あの扉で元の世界に帰れるのだろう。
私は鞄を持つと、扉の方へ向かう。
しかし、その途中でふと思いついた事があり、足を止める。

「現金。一億円。あと、それが入る大きな鞄」

そう口にすると、目の前に札束の塊と、その札束が入るくらい大きな鞄が現れた。
私は息を呑み、雑に鞄に現金を詰めて、何とかそれを持つと扉から外に出た。


          *

──けたたましいサイレンの音が聴こえる。

気がつくと、私は知らない場所に立っていた。ここはどこだろう?
元の世界に帰ったのだろうか?

足元には、現金の入った鞄が置いてあった。
あの部屋から上手く持ち帰れたらしい。それを見てほくそ笑む。

しかし、何か違和感を感じる。
どうやら、右手に何か握りしめているようだ。

「──ッ!!!」

握りしめていたモノは包丁だった。
刃には血がべっとりとついていて、それを見た私は思わず声にならない悲鳴をあげる。
側には40代くらいの男性が、胸から血を流して倒れている。

「な、なんだよこれ……」

──もしかして、自分が殺したのか?
不穏な考えが頭をよぎる。

周囲を見渡すと、そこは銀行のようだった。
客と思われる人達は、頭を守るようにしてしゃがみこみ、カウンターの中では、職員達が非常に警戒した様子でこちらを見ている。
銀行の入り口では盾を持った警察官達が、こちらに銃を向けている。

「ひ、ひょっとして、この金、俺が銀行を──」


自分の中で全ての辻褄が合った瞬間、大きな発砲音と共に胸に衝撃と痛みが走り、倒れ込む。
警察官達が駆け寄り、何やら大きな声で叫んでいる。
薄れゆく意識の中、“White Room“という名前はギャンブルで金に困って手を出した、闇バイトのグループ名だった事を思い出した──。



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