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エリーゼのために

闇がさんざめく部屋の中
不確かな曇天の明けを待ち
重く溜めた息を吐く度
喉はひゅうひゅうと鳴りました

昨日と今日の刻の間で
白む窓をただ待ちわびた
そんな夜

古い白木のオルゴォルは
過ぎた日を巻き戻し
シリンダーを廻すのです

エリーゼのために

高い高い音階が 胸の奥を弾く度
彼を蝕む悪夢の淵へ
深く堕ちてゆきました

 むせ返るほどの花の香りと
 抗えぬ心臓の浮遊を追って
 螺旋に堕ちてゆく絶望の記憶

 エリーゼは
 エリーゼは彼を愛さなかった

頭を垂れた首筋に
紅いままの重い瞼に
枯れ果てた喉の奥
彼の残滓は侵食し
悲しみの核に手を伸ばす

込み上げる嘆きが彼のものなら
この頬が酷く濡れる事など
まったく可笑しい筈なのです

この胸の残響があの日
あなたと等しく消えていたなら
明滅する過去と交差して
どんな「いま」にいただろう

その螺子もやがて
ゆるりと動力を失いながら
零れ散る花弁を惜しむ様に
ひとつづつ美しく爪弾かれ
最期の高鳴りが消えた時
闇はそれきりにしんとして
ただの暗闇に戻るのでした