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カイコと暮せば④

 前回、カイコ達の生きざまに感銘を受けた俺とイト。

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https://note.com/eita2020/n/nf67cc01115b2

 日に日に大きくなっていく彼女達。

ある日、ひときわ大きかった1頭が黄土色のフンをした。それは『時は満ちたり』という彼女達からのサインだ。
 そろそろ繭を作れる身体になったという証であり、俺とイトは段ボールで全9部屋を碁盤の目状態に組み立てた『カイコマンション』をケース内に建設した。

 彼女達を各部屋へ誘導すると、彼女なりに気に入った部屋を選んで糸を吐き始める。 部屋の中で首を振りながら、自分のまわりに少しずつ真っ白なヴェールを織り上げてゆく。
 1頭づつカイコの見分けがつくようになっていた俺達。容姿こそ未だグロテスクを感じるものの、前足をあげて空を仰ぐ仕草や、一心不乱に桑をはむ姿を愛らしいと思うくらいにはなっていた。
  
 まだ半透明の繭の中で懸命に糸を繰る彼女達を、イトと俺は夕日に透かしていつまでも眺めていた。
   自分でも驚くほどに、名残惜しいのだ。

 このヴェールが次第に厚くなって彼女の姿が見えなくなった時、その時が、ほんの数週間前にやって来た 『宇宙人の花嫁』との最期のお別れの時だ。
 解り合えるはずもないと思っていたグロテスクな彼女の織り成す、真っ白な棺がこれほどまでに美しいとは。

 それから俺達は沢山話し合って、彼女達を凍らせる道を選んだ。 何日かかけて冷凍庫でゆっくりと眠らせ、繭の下を切り取って蛹に成長した彼女達をそっと抜き出して桑畑に送る。
 やがてやって来る鳥達が、きっと彼女を空へ還してくれるだろう。 せめてそれまでは、桑の香りに包まれて楽しい夢を見ていて欲しい。

 病気にかかり、小さく、黒く縮みながらも最後まで糸を吐き続けたが、遂に繭を作れずに死んだ『チビ』だけは、二人で庭の隅っこに小さなお墓を建ててあげた。
 最初の脱皮から失敗して何日も殻が抜けず、イトが苦労して殻を外してやったけど成長が皆より遅れてしまったチビ。俺達はいつも、一番新鮮で美味しそうな桑の葉の上にあの子を乗せていた。
 最期にチビがケースの隅に撒き散らした糸も、俺達は全部残さず採取した。蜘蛛の糸程度のか細いチビの糸は、手にすると驚くほど丈夫な絹糸だった。
 『まだ生きているかもしれない』と埋葬を最後まで躊躇ったイトは、チビの絹糸を集めながら『フワフワで強いね』と言って泣いた。 俺も『うん。フワフワで強いな』と言って少しだけつられて泣いた。
   
 その後彼女達の遺した真っ白な繭玉は、夏休み明けの授業の中、イトの手によってとてもかわいい花嫁人形に姿を変え、時を越えて、見事あのサエコさんから 『玄関に鎮座する権利』 を勝ち取ったのだった。

今日も玄関でニコニコと笑っている。


(2019年ブログ掲載作品)