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アーティストを支える弁護士コレクティブはいかに生まれ、どこに向かうのか――Law and Theory5周年記念座談会

音楽家やミュージシャン、DJといったアーティストのために無料の法律相談サービスを提供する弁護士コレクティブ「Law and Theory」が、2023年1月15日で発足5周年を迎えた。6年目からはファウンダーの水口瑛介から琴太一へと代表を交代し、さらにその活動を広げていこうとしているという。音楽への強い愛から活動を始めた異色の弁護士コレクティブはいかに生まれ、どこに向かおうとしているのか。現メンバーの集まった座談会を通じ、この5年の苦闘を振り返る。

TEXT & PHOTOGRAPHS BY SHUNTA ISHIGAMI


多様な音楽ジャンルをカバーする弁護士コレクティブ

水口瑛介(以下、水口) Law and Theoryは2023年1月15日に5周年を迎えました。今日は改めてこの5年を振り返りながら、私たちがどんな活動をしてきたのか整理したいと思います。発足から振り返ると、私自身が学生時代からバンドやDJをずっと続けていて、その中で知り合ったアーティストたちから悩みを相談されることが段々と増えてきていたんですよね。友達付き合いの相談の背後に潜在的な相談者がたくさんいるのではないかと感じ、きちんとした団体をつくって法律相談に対応するべきなのではないかと思って、Law and Theoryを立ち上げることに決めたのでした。

琴太一(以下、琴) ぼくが加入したのは発足から半年経ったころですね。もともと水口さんと知り合いだったわけではないんですが、以前からTwitter上でやりとりすることがあって、音楽の話題をはじめ何かと共鳴することが多かったんです。そのうち関西方面の担当をやってくれませんかと発足当初からお話をいただいていました。

水口 琴さんに加入いただいたのが2018年6月で、そこから1年半ほどはふたりで活動していました。次に参画いただいたのが尾畠さんでしたね。

尾畠弘典(以下、尾畠) ぼくは普段九州にいるのですが、水口さんの活動に興味があり、東京へ会いに行ってランチをご一緒したのがきっかけです。その後実際に九州の案件が発生したので何度かお手伝いさせていただき、2019年11月ごろ正式な加入に至りました。

Law and Theory ファウンダー 水口瑛介

水口 当時はコロナ前だったのでリモートではなく直接お会いして相談を受けることが多かったこともあって、九州在住の相談者へ対応するために九州の方にも参加していただきたかったんです。尾畠さんともTwitter上で交流があって、間違いないなと思ったんですよね。その次に加入した清水さんからはLaw and Theory発足当初にご連絡をいただいていました。たまたま音楽出版社との交渉案件をご一緒する機会があって、その時に清水さんがとても優秀であることに気がつき、是非とも加入してもらいたいと思ってお願いしました。

山城尚嵩(以下、山城) その次がぼくですかね。2020年の9月にお声がけいただきました。

 関西担当をもうひとり増やしたいなと思って、こちらから声をかけました。神戸に優秀そうな人がいるので、早く囲い込んだほうがいいぞ、と(笑)。山城さんは以前からTwitterで音楽関連の話題を積極的に発信していましたね。

山城 Twitterってよく見られていますよね。当時も今も、テック系企業のクライアントのサポートをメインの取扱領域としているのですが、個人的に音楽関係の案件が多くなってきていた時期で、Twitterやnoteを通じて音楽に関する発信を増やしていました。

水口 そして最後が安江さんですね。安江さんもLaw and Theory発足後すぐにご連絡をいただいていて、東京の案件がさらに増えたことを受け加入いただきました。メンバーの誰よりも音楽愛が強いハードディガーだと知って、これは適任だぞと。

安江裕太(以下、安江) ぼくは受験生時代にクラブイベントへ遊びに行っていたころ、そこで仲良くなった知り合いから「音楽著作権に関する仕事をやってほしい」と言われていたので、水口さんの記事を拝見してこれだ!と思ったんです。しかも団体名が大好きなA Tribe Called Questのアルバム名のサンプリングじゃん、と(笑)。

水口 メンバーを増やしていくうえでは、ジャンルの知識が乏しいと行間が見えづらくなるので好きな音楽のジャンルが異なる方々をメンバーに加えることを意識していました。最初に誘った琴さんも、私とはぜんぜん趣味が異なっていて。

 ぼくは南米音楽などのいわゆるワールドミュージックをよく聴いているんですが、清水さんはごりごりのハードロックで、安江さんはブラックミュージック、山城さんがヒップホップ、尾畠さんがジャズ――たしかにけっこうバラけているのがLaw and Theoryの強みにもなっているかもしれません。

Law and Theory 新代表 琴太一

相談が増えるほど回答の質も高まっていく

水口 設立依頼500件近くの相談を受けてきたわけですが、一つひとつ悩みながら対応してきた感覚があります。ひとくちに相談といってもいろいろなものがありましたね。

山城 大きく分けると法律の話と契約の話でしょうか。たとえば、法律の話だと、水口さんが記事を書かれていたDJ配信と著作権の問題や、サンプリングの問題、他人の作品の盗作(著作権侵害)の話など多岐にわたりますね。契約についても、レーベルとの間の既存の契約の解釈についての相談や、これからレーベルと契約する際の注意点など幅広く相談を受けている印象があります。

水口 インディペンデントなアーティストが増えてきたこともあってか、音楽ビジネスの仕組みに関する質問も多いかもしれませんね。また、今は年間100件弱のご相談をいただいているのですが、1割くらいが相談だけに留まらず実際に依頼を受けて訴訟や交渉の代理へと発展しています。

 原盤権絡みのトラブルは大きな紛争や裁判につながることが多かった気がします。いくつかの案件では、Law and Theoryのメンバーが共同で対応して紛争解決に至ったケースもありました。

清水航(以下、清水) とくにインディーズだとしっかりした契約書がないままビジネスが進んでいくことも多いのでトラブルにつながっていきやすいですね。たとえば、お互いプロを目指している音楽仲間同士で楽曲提供や共作をしたときに、その楽曲に関する権利が誰にどう帰属しているのかといったご相談をいただくことがしばしばあります。

清水航

山城 実際に相談に乗るうえでは、メンバー間で意見交換することも多いですよね。日頃からチャットツールを通じて法律の話や音楽の話などを情報交換し合っているので、悩んだときにも相談しやすくてとても助かっています。また、四半期に一度定例会を開催して、各自が対応した相談の報告をすることでメンバーで知識やノウハウを蓄積する体制になっています。

水口 簡単な相談って意外とないんですよね。みんな対応にめっちゃ時間をかけている気がする。

安江 過去の相談内容がまとめられたシートを参考にすることもあるんですが、色々調べたりしているうちにいつの間にか2〜3時間くらいかかってしまっていることもよくあります。

清水 たとえば「事務所をやめたいです」という相談があったら、既存の契約書などや口約束など資料をすべて出していただかないと判断できないし、その上で最近の裁判例の傾向を調べる必要もありますからね。無料で相談に乗っているからといって、適当にやっているわけではなくて。有料で依頼をいただく場合と同等のクオリティを担保していると思っています。

 具体的にクリティカルな答えを返そうとすると相談者から提供された資料を細かく精査する必要があるし、一般的な答えを返そうとしてもさまざまな場合分けを想定するために結局色んなリサーチが必要になって――。

水口 パラデータの原盤権、NFT、ミックスやマスタリングの法的な捉え方など、これまで考えられてこなかった問題が多いですよね。既存の書籍やウェブサイトに言及がない論点も多くて、メンバー間で議論を重ねてやっと答えが出ることも少なくない。もっとLaw and Theoryの知名度を上げて、年間200件、300件とたくさんの方から相談をいただけるようになりたいですね。相談が増えれば増えるほどわれわれ内部ので議論が重ねられ、そして知識が集約されるので、私たちの回答の質も上がっていくはずですから。

安江裕太

複雑なことをどれだけわかりやすく説明できるか

水口 Law and Theoryの活動としては、TuneCore Japanのメディア『THE MAGAZINE』での連載「アーティストのための法と理論」にも力を入れてきました。2020年5月から2021年3月まではシーズン1として8つの記事を公開しています。

清水 ものすごく時間がかかりましたね(笑)。やはりこれまで扱われてこなかった問題を取り上げようとすると議論する必要があって、ひとつの記事をつくるのに10時間以上かけていた気がします。

水口 その分、面白いものになりましたよね。たとえば清水さんが書いたギターリフの権利に関する記事は個人的にはとても好きでした。一方で、やや高度でマニアックな話が増えて、本当に誰かが読んでくれてるのかわからないものになってしまって(笑)。現在連載中のシーズン2は「アーティストのための法と理論 ビギナークラス」とタイトルをアップデートし、マンガを取り入れながら初心者向けの記事をつくっています。

尾畠弘典[編注:リモート参加]

安江 シーズン1を模範としつつ、もっとやさしく書かなければと思っています。でも、やさしく書くのも難しいんですよね。わかりやすい表現をとると不正確になり、正確に書こうとすると複雑でわかりにくくなりがちで、毎回バランスのとり方に悩まされています。

清水 どの法律相談にも言えることではありますが、バランスは難しいです。とくにこの連載は不特定多数の方が読むものなので大雑把で不正確な表現は避けなければなりませんが、同時に多くの方に伝わりやすいものにしなければいけないわけで。

尾畠 大変でしたね……こうした執筆作業は初めての体験だったので楽しさも苦しさもあり。でも多くの方に記事を読んでいただけましたし、記事経由でご相談をいただく機会も増えたので手応えも大きかったです。

 日頃対応している相談のフォローとしてこうした記事を活用できるのもよかったですね。回答の際に参考として連載記事のリンクをお伝えすることもよくあります。

尾畠 契約トラブル対策の記事では契約書やメールの雛形を公開したこともあって、実用度も高いものになっていたと思います。

水口 ゆくゆくは書籍もつくりたいんですよね。

清水 ミュージシャン向けに音楽ビジネスや契約について解説する書籍も増えていますが、弁護士向けの本を出してみたいですね。

山城尚嵩

すべてのアーティストを支える“インフラ”に向かって

水口 素晴らしい仲間が集まり、多くの方々が相談してくれるようになったことは素直に嬉しいですね。一方で、この活動を着実に続けていかなければならないという責任も感じています。参加したいと弁護士の方々からお声がけいただくことも増えていて、とてもありがたいです。ただ、私たちとしては誰彼かまわずメンバーを増やすのではなく、Law and Theoryの理念に共感してくださる方に入っていただきたいと思っています。

 プロボノの側面が強いこともあるので、全力でアーティストのサポートをするんだという気概というか、情熱が必要になりますよね。

清水 メンバーそれぞれが相談に丁寧に対応してきたという自負はあって、そこの姿勢を共有できる人ではないと難しい。儲かるんじゃないかみたいな温度感だと厳しいですよね。

水口 むしろ持ち出しですからね(笑)

尾畠 情熱は重要ですね。どんな相談にも食らいついてアーティストの方々へサービスを提供したいと思ってくれる人に入っていただけると嬉しいです。

水口 さらに、継続して活動をしていくためには、少しずつメンバーを増やすだけでなく、定期的に代表も交代していく必要があるだろうと考えています。そこで、設立5年の区切りをもって琴さんに代表を交代することにしました。音楽とその周辺のカルチャーを扱うことを考えると、今後も若手の弁護士が代表を務めていく方がいいと思うんです。

 ぼく自身、これまで以上にこの活動に気概をもって取り組んでいく必要を感じています。Law and Theoryとして、音楽業界をもっと盛り上げたいし下支えしていきたいと考えているので、そのための知識を蓄えなければいけないし知名度も上げなければいけない。音楽関係の方々へのサポートを広げていくことで業界全体にも良い影響を及ぼせるようにもなるし、業界のボトムアップにつながるはずだと信じています。

清水 知名度はもちろんのこと、団体としての信頼性も高めていきたいです。音楽業界でなにかトラブルがあったときにLaw and Theoryの見解が多くの方々に信頼されるような状況をつくりたい。そういった専門性を示すうえでも、執筆活動なども意味があるものと考えています。

山城 ぼくが加入するとき、水口さんが「ゆくゆくはアーティストからの相談を一手に担うような団体にしたい」と言っておられたのが印象的でした。インフラのような存在になりたい、と。大きく聞こえるかもしれませんが、それだけのパッションはみんなもっていますし、真摯に活動も続けています。法律や契約に関する悩みを解消することでアーティストの方々が創作に専念していただけるような環境をつくれたらいいなと日々感じています。

Law and Theoryは2022年2月に日本弁護士連合会より「2021年度若手チャレンジ基金制度 弁護士業務における先進的な取組等に対する表彰」を受賞した。

安江 相談の件数が増えているとはいってもLaw and Theoryにたどり着いてくださった方はほんの一部ですし、まだまだ多くのアーティストの方々は不安を抱えている状況にある。知名度が上がっていくにつれて、そういったアーティストの方々の不安を取り除けるようになっていきたいですね。

尾畠 Law and Theoryとしてはもちろんのこと、個々のメンバーとしての発信も増やしていけるといいかもしれませんね。この数年、私自身はコロナ禍の影響もあり音楽が鳴っている場所へあまり行けなかったので、これからはもっと現場に足を運びながら意見交換の機会を増やしていけたらな、と。

水口 地道に活動を続けてきたことで2022年1月には日本弁護士連合会から若手チャレンジ基金制度の先進的な取組みとして表彰されるなど、着実に活動が広がっている実感があります。今日みなさんの話を聞いていて、Law and Theoryとしてアーティストの方々からの相談へ真摯に向き合ってきた自負も感じられました。その理念に共感いただける方々を新たなメンバーとして巻き込みながら、今後も活動を続けていけたらと思います。


Law and Theoryでは、音楽に関わる方々から無料で法律相談を受け付けています。楽曲制作や契約、著作権など創作活動に関するお悩みがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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