短編小説『指を鳴らすと笑顔に変わる』
わたしが大学から駅に向かって歩いていると、紫くんがいた。
紫くんはわたしと同じ学科で、話したことはない。でも、わたしたちのグループで一度「高校のときの服って感じだよね」と話に出たことがある。誰が言ったのかは覚えてないけど、確かに!と思ったので覚えていた。
紫くんは車道沿いの歩道からひとつ内側に入った狭い道にいて、彼の目の前には泣きわめくお下げ髪の女の子がいた。たぶん5歳くらい。
紫くんのクリーム色のパンツ、っていうよりズボンには、ソフトクリームが油絵の具みたいにベタリとついていて、じたーっと垂れていた。女の子の手には中身がほとんどないコーンが握られていた。
わたしはなんだか興奮して、物陰に隠れながら近づいた。
紫くんはわかりやすくあたふたしていた。女の子を慰めようとしゃがんだり、でも何も言わずに周りをきょろきょろしてみたり、たぶんいまの紫くんの心の中が読めたら大笑いしてしまうと思う。
かわいそうだからそろそろ助けてあげようと思って物陰から出ると、紫くんはしゃがんで、女の子と同じ目線にした。
「み、見て見て」
紫くんは、コーンを握っている女の子の手を持って、女の子の目線の高さに持ち上げた。女の子はわめくのを止めて、うっすらと目を開けた。
紫くんが左手で指を鳴らした。ケンッ、と思ったよりも大きく響いた。
コーンの中から、緑の細長いひものようなものが伸びてきた。ひもが伸びてくるにつれ、中から葉っぱのようなものが2枚出てきた。ていうか葉っぱだ。ひもは茎だ。茎の先端はみるみる膨らんで蕾になった。寝起きの人間のように葉が空へ伸びをすると、蕾は開いて黄色い花びらを太陽へ向けた。コーンから、ひまわりが咲いたのだ。全長は小さいが、花と葉は立派だった。
女の子は「わぁー!」と歓声をあげ、紫くんにお礼を言って立ち去った。その先にわたしが立っていた。
紫くんはわたしに気づいてすぐに背中を向けた。けどすぐに立ち止まって振り返った。眉間にしわを寄せているが、怒っているのではなく、今にも泣きそうだった。
たぶん、口止めするかどうか迷っているのだろう。
「マジック! マジックだから! マジック!」
紫くんが叫んでいる。
わたしは、マジックじゃないんだ、と思った。
おわり
※投げ銭制です。おまけには、友達と話す話題の変化(学生から社会人)について書いてます。
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