短編小説『男子たちのクリスマス』
12月24日――男子高校生3人が、わたしの家にごそごそ集まる。両親がいないことを知っているせいか、遠慮がない。だって靴もそろえてないし。
「女子の部屋ってこんな感じなんだー」
「ちょ、あんまりみないでよぉ」
部屋は片づけすぎて、勉強机が目立つ。ほとんど家具しかない。
あまり視線を泳がせられないとわかると、3人ともおとなしくテーブルを囲んでカーペットの上に座り、勝手にポテチをつつき、コーラをコップに注いでいる。
テンションをぶつけるところを探しているらしく、大きな声でしゃべり始めた。
「『リア充爆発しろ! つまり死ね!』
って去年だったら言ってたけど、今年は女子がマオフキロシュ!」
テンション上がりすぎて最後何言ってるかわからない。
「まー彼女ってわけじゃないけどな」
「それ言うなよ。でも……ゴッほぉぉうっ!!」
むせるな。
「とりあえず、女の子とすごしたっていう事実ができるからいいよな」
道具扱いされてるみたいだから怒ろうかと思った。いやそれとも、女の子として見られていることを喜ぶべき?
わたしはこういうとき、どうしたらいいんだろう。
どうでもいい男子トークがしばらく続くと、3人の視線が宙を交うようになった。
「うそだろ」と思ったが、テレパシーで会話しているらしく、首を振ったり表情を変えたりして話している。正直キモい。
ただ、テレパシる気持ちもわからないではない。わたしがどうしていいかわからないように、彼らも女子とどう接してよいのかわからないのだ。
学校でよく接していても、他の場所で会うと意識してしまうようなものなのかもしれない。
「トランプしない?」
わたしがそう助け舟を出すと、充血した6つの目がいっせいにわたしに向く。彼らは急にじょう舌になった。
「やろう!」
「やっぱり罰ゲームあったほうがいいよなー」
「神経衰弱は?」
「イブに神経を衰弱させてどうすん――」
「いや神経を衰弱させるしかないだろ!」
「罰ゲームがあったほうがいいよな!?」
3人とも唸って真剣に考えている。
「服を、一枚脱ぐ……最下位のやつが」
エアコンが温風を吹かしている。誰が得するんだよ。そんなの却下されるに決まっている。
「寒いからな」
誰かがつぶやいた。
どういう意味なのか理解するのに時間がかかった。その真意は、「下着が見たい」から服を脱がせるんじゃない。ということを誇張している。
だめだこいつら頭がいっちゃってる。しかもわたし、ノーブラだ。
ただ記憶力には自信がある。正直こいつらよりわたしのほうが成績がいいし。
※ ※ ※
「さぁーて、最後はどれかなー?」
ラスト2枚だろ。くそ。
すっかりテレパシーの存在を忘れていた。3人が連携して、わたしは早々に諦めるしかなかった。
わたしを、じろじろとなめまわすように見るというよりも、しゃぶりつくすように見ている。黒いタイツ、貸してもらったスカート、うすく塗ったチークとリップ。
怖かった。怖すぎて、わたしはカツラと「わたし」を脱いだ。
※ ※ ※
※ ※
※ ※ ※
男子高校生4人が、教室の後ろの窓側に輪になって集まっていた。
「マジリア充爆発しないかなー」
クリスマスを目前にして、僕たちはどうやって過ごそうか悩んでいた。高1・高2は友情で乗り切った。
しかし、僕たちひとりひとりが、高校最後の年だけは女子と過ごしたいと熱望していた。
「爆発とか生ぬるいよ。アメリカのめちゃくちゃ太ってるやつみたいになっちゃえばいい。そんでじわじわ苦しみながら死ぬのさ」
「でも、正直くやしいよ。俺、この先女の子と過ごせるクリスマスが来るとは思えねぇよ」
「就職先工場だもんな」
「お前もだろ」
僕たちは工業高校に通っている。女子はほとんどいないし、いたとしてもかわいくない。顔だけでいえば、男子のほうがかわいいやつもいる。
「もうさ、誰か女装しない?」
ふつうの精神状態だったら笑い流すところだ。僕たちはふつうの精神状態じゃなかった。
僕もその提案に乗った。それはそれでおもしろそうだなと思っていた。だがこれはヤツらの作戦だった。
僕は自分がかわいいことに気づいていなかった。
ヤツらは僕を女装させて女の子と過ごしたことにしたかったのだ。そんな目で見ていたのかと思うと、虫酸が全身100周してる。
しかし、それは歪み切った純粋な願いだった。
※ ※ ※
※ ※
※ ※ ※
「最後までやり通すって約束だろうが!!」
「俺らの夢をぶち壊してんじゃねぇよボケが!」
いいすぎだろ。僕だって、女の子になりきろうと頑張っていたんだ。心の声を「わたし」にしたり、女子としてどういう態度を取ればいいのか悩んだり、部屋から男くささを消したりした。
「もう帰ろうぜ」3人とも立ち上がって、帰り支度をし始めた。
僕にだって同じ12月24日が来ているんだぞ。
「クリスマスだぞ。僕だってクリスマスだぞ。お前らだけじゃない。なのになんで僕だけ女のカッコして接客して……失ってんだぞ。クリスマスに!」
3人とも色の抜けた眼で、僕を見下している。
「……トイレ借りるわ」
そのまま部屋を出て行った。
ちくしょう。友達も失ってしまった。4人で過ごした様々な思い出がよみがえる。たとえば、――いや、何も思い浮かばない。ありすぎて、だと思う。そう思うことにしよう。
突然ドアが開くと、見たことのない3人が立っていた。
「わりぃなー。トイレと、おばちゃんのもんちょっと借りたぜ」
「お、お前ら……」
スカートを履き、真っ赤な口紅を分厚く塗りたくっている。アイシャドウは濃すぎてまぶたが重そうだ。チークは赤すぎて笑える。笑えるはずなのに、
「かわいすぎるだろ」
「お前には負けるよ」
今日、僕はやっと笑うことができた。みんなと笑った。
そういえば、忘れていたことがある。
「みんな聞いて、今日ケーキつくったんだー」
僕はカツラを拾い上げた。僕は、いやわたしたちは、親友よん。
おわり
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