手紙ヒコーキ:紙飛行機でささやかなやり取りをするだけの話

 たまに散歩をするのですが、途中に古びた病院があります。僕はその病院についてよく知りません。名前すら気に掛けたこともありません。
 その日も病院の前を通りかかると、道端に紙飛行機が落ちていました。鮮やかな水色のそれを拾ってみると、折り込まれたところに文字の端っこが見えました。開くと几帳面な字で、「はやく家に帰りたい。いちごタルトが食べたい。病院飽きた。遊びたい」と書いてありました。病院を見上げると3階の窓が開いていて、そこからまた紙飛行機が飛び出して、風に乗って遠くへ飛んでいきました。
 都合よく折り紙は持っていませんが、メモ帳とボールペンは持っています。書かれた文字の下に「この紙飛行機はあなたが作ったんですか? いちごタルト美味しいですよね」と書いて、また紙飛行機に戻し、窓に向かって投げました。といっても狙うは3階の窓です。何度か挑戦しましたが、なかなか上手くはいきません。紙飛行機を一度開いて、先端を折り込んでからまた紙飛行機にしました。こうすれば先端が重くなることで安定して飛びます。二回目で運よく窓の中に飛び込みました。
 返事を期待しなかったと言えばうそになりますが、思ったよりも早く返事の紙飛行機は下りてきました。ただ、ずいぶんと遠くまで飛んで行ったので、拾いに行くのに苦労しました。
「そうです。邪魔だったらごめんなさい。いちごタルトは最高です。返事を飛ばしてくるなんて、変な人ですね」
 僕は昔から、メールを終わらせるのが苦手な人間です。送ってもらったら返事を書かないと落ち着きません。また返事を書いて、何度も失敗して、なんとか窓に送ります。するとまた窓から紙飛行機が飛び出して、それを拾いに行って……となれば、また僕は返事を書きます。なんだか不器用でよそよそしい、お互いが野良猫を前にした時のような、距離感と相手の出方をうかがうようなやりとりでした。
 文字で紙がいっぱいになるたびに、窓から下りてくる紙飛行機の色は変わっていきます。水色から赤色へ、赤色から緑色へ、緑色から紫色へ。
 周囲の目を気にしながら病院の窓へ何度も紙飛行機を投げましたが、さすがに夕暮れが近くなると、帰らなければいけません。
「そろそろ帰ります。変な文通でしたけど、楽しかったです」
 紙飛行機はまたすぐに帰ってきました。
「わたしも楽しかったです。良かったらまた明日もきてください」
 僕はちょっとにんまりして、青色になったその紙飛行機を持って帰りました。毎日が平凡なので、たまにこうしたちょっと不思議なことに遭遇すると、より輝いて感じられるのです。
 次の日、僕は新しく手紙を書いて紙飛行機にし、また散歩に出ました。
 病院の前に行くと、昨日と同じように窓が開いています。昨日と同じように何度も失敗してから、紙飛行機はようやく窓から入りました。
 返事はなかなか来ませんでした。まあ、時間までは決めていなかったので、それも仕方ないでしょう。近くの花壇の端っこに座って待っていると、ふっと、上から紙飛行機が飛んでいきました。駆け寄って拾い上げて、紙を開きます。
「どなたかは存じませんが、彼女は退院しましたよ」
 昨日とは違って、角ばった字がそこにありました。ああ、そうか、退院したのか。それはちょっと残念だけれど、元気になったなら嬉しいな、と、そんなことを思いました。
 病院に飽きるほど長く入院していて、つい昨日、また明日と言った人が、そんなに急に退院することがあるのかは知りません。ただ、退院したと言うのだから、きっと退院したのでしょう。きっといちごタルトをお腹いっぱい食べて、楽しく遊んでいるのでしょう。きっと紙飛行機は、もう飛ばしていないと思います。自分でどこへでも行けるのですから。


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