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インドで流布するイスラムフォビア/反女性思想「愛のジハード」

「Love Jihad」という概念を知ったので、メモとしてまとめておく。


・「Love Jihad」の概要
・「Love Jihad」の概念が公共の言論空間にひろがったきっかけ:2009年Silja Raj の駆落ち
・その後の「Love Jihad」
・まとめ

「Love Jihad」の概要

「Love Jihad(ラブ・ジハード。初期には Romeo Jihad とも呼ばれた)」とは、イスラムフォビア(イスラム恐怖症)に分類される陰謀論であり、インドと周辺地域に流布している。

その主張は

「イスラム教徒が、異教徒の女性を奪うために組織的に誘惑して改宗を強要している」

というものである。

「ヒンドゥー教徒の少女よ、ラブ・ジハードに用心しなさい!」

要点は次の通り。

・女性にイスラムへの改宗が強要されている、という。

・ムスリムによって組織的におこなわれている、という。

・組織的改宗の被害者とされるのは、イスラム以外のほぼすべての宗教の信者である。例):ヒンドゥー教、シク教、キリスト教、仏教

・与党インド人民党(BJP)の政治家と、テロ対策機関NFIが「Love Jihad」が実在していると主張している。

・一般の警察による調査ではいっさいの証拠がみつかっていない。

これはイスラムにたいする政治的なヘイトスピーチであり、ムスリムたちは否定している。
また、これは「女性の自由」にたいする攻撃でもあり、ムスリムの陰謀から女性を守ると称して、じっさいには女性の社会的な自由を制限するだめの施策が講じられている。

「Love Jihad」の概念が公共の言論空間にひろがったきっかけ:2009年 Silja Raj の駆落ち

「Love Jihad」の概念が最初に言及されたのは
2007年の南部カルナタカ州だというが、
インドの全土で議論の俎上に上ったのは2009年の事件がきっかけである。

バンガロールのChamarajnagar地域に住む18才の少女 Silja Raj が、2009年8月9日にケララ州のカヌール地区の24才の青年 Asgar と駆落ちし、そのあと結婚をした。下が二人の写真である。

娘が強制的に連れ去られたと父親が訴えて人身保護令状の申し立てをおこなったので、カルナタカ州の高等裁判所がSilja Rajの身柄に介入することになった。

議論のなかで、Silja Rajの駆け落ちは「Love Jihad」にあたると指摘された。
カルナタカ州の高等裁判所は、同州の警察に「Love Jihad」の調査を命じた。

2009年11月13日に警察が裁判所にレポートを提出した。

レポートでいわく、Silja RajとAsgarの結婚に「Love Jihad」(改宗を強制する組織的な陰謀)の存在をにおわせる証拠はなく、Silja Rajは自分の意志でムスリムの青年と結婚したとされた。
さらにSilja Rajは法廷で「わたしは自分の意志でAsgarとともに行くことを選んだ。"Love Jihad"は存在しない」と述べた。
これをうけて高等裁判所は、Silja Rajの行動を認める判決をくだした。

さらにカルナタカ州の警察は数百の宗教間の結婚の例をしらべて、同年12月31日に「Love Jihad」にあたる事例は一つもなかったと報告した。

「イスラム教に改宗させる目的で、ヒンドゥー教またはキリスト教に属する女性をムスリムの男性と結婚するように誘惑する、いかなるグループによる組織的な試みもなかった」

「自分の宗教の外で結婚して連絡がとれた女性のおおくは、結婚後に幸せな生活をしていた。彼女たちは大人であり、自分の行動を理解しながらほかの宗教に属する人と結婚した。Silja Rajのように」

同警察の調査によると、2005年から2009年のあいだに宗教間の結婚をした女性229人のうち、ヒンドゥー教徒の女性149人はイスラム教徒の男性と結婚した。ヒンドゥー教徒の女性10人はキリスト教徒と結婚した。
イスラム教徒の女性38人はヒンドゥー教徒の男性と、1人はキリスト教徒と結婚した。
キリスト教徒の女性20人はヒンドゥー教徒の男性と、11人はイスラム教徒と結婚した。
一見したところ、ヒンドゥー教徒の女性と結婚しているイスラム教徒の男性は多いが、ほかの組合わせのカップルも一定の数が存在している。
さらに、以上の結婚のうちで改宗はたったの63件でしか発生していない。
“組織的な誘惑”と“改宗の強制”があったのかどうか、これだけのデータでは判断できない。

カルナタカ州で進行したこの一連の法手続きの最中に、
隣接するケララ州では12月、『Sri Ram Sena』という極右グループが
"Save our daughters, save India"という全国キャンペーンを展開して「Love Jihad」と戦うと宣言した。

『Sri Ram Sena』の行進

この『Sri Ram Sena』は、酒場から若いカップルを引きずり出して「インドの伝統的な女性観に反している」という理由で集団で暴行したり、バレンタインに「あれは西洋文化だ」という理由で反対したりしている組織のようです。

同地域のキリスト教の組織も、多くの信徒の女性が「Love Jihad」の犠牲になっていると主張した。

が、2012年になってケララ州の警察は”「Love Jihad」の陰謀説には実体がなかった”と断定した。
どちらの州の警察も「Love Jihad」は荒唐無稽な作り話だったと発表したのである。

イスラム教徒の団体は「Love Jihad」を否定し、イスラム教からヒンドゥー教やキリスト教に改宗する人々もいることと、宗教の改宗は犯罪ではないこと、イスラム教徒への攻撃として「Love Jihad」がでっちあげられた可能性を強調した。

https://indianexpress.com/article/india/india-others/who-loves-love-jihad/

その後の「Love Jihad」

Silja Rajの事件はこのようにして収束したが、
「Love Jihad」への不安は依然としてインド社会で、与党インド人民党の政治家とヒンドゥー至上主義者およびキリスト教とシク教の団体によって宣伝されている。

2010年には、ケララ州の首相が“ケララ州でイスラム教徒を多数派にするために夫婦間の改宗がすすめられている疑い”に言及したので「Love Jihad」がふたたびインドのメディアを騒がせた。
インド人民党のマヒラモルチャ大統領がケララ州の調査に不満を表明してNIA(National Investigation Agency 国家調査局; インド国内のテロリズムに対処するために2009年に設立された機関)による調査をもとめた。

2011年には、カルナタカ州議会で「Love Jihad」をめぐる論争が再燃して、
インド人民党のマリカプラサード氏が“進行している「Love Jihad」に対策がされていない”と政府を批判した。
いっぽう、野党のインド国民会議に属するB.ラマナート・ライ氏とアブハヤチャンドラ・ジャイン氏

「この問題は地区の共同体の調和を崩壊させるために提起された」

とインド人民党を批判した。

2014年、インド人民党のMPヨギ・アディティアナス氏はテレビに出演して

「Love Jihad」はインドを標的にした国際的な陰謀であり、イスラム教徒はインドではやりたいことが力ずくでできないので「Love Jihad」を考え出した

と主張した。

ウッタルプラデーシュ州の保守的なヒンドゥー活動家は、女性はイスラム教徒を避けて彼らと友人にならないように注意を喚起した。
同州の委員会のメンバーであるAkhil Parishad は、若い女性が「Love Jihad」にたいして脆弱にならないように、携帯電話の使用の制限をすすめていく意向を発表した。これは女性の社会的な活動への掣肘にほかならない。

シク教徒評議会は、英国に居住しているシク教徒の少女たちが「Love Jihad」の犠牲者になりつつあるという報告を受けとった。報告によれば、少女たちはムスリムの夫に虐待されており、パキスタンに渡ったすえに夫に捨てられた少女たちもいるという。評議会は、犠牲者の少女の一部を救出して両親のもとに連れ戻したという。真相は謎である。

2017年にはケララ州で、ヒンドゥー教からイスラムに改宗してムスリムの男性と結婚した女性の父親が、娘はISIL(ダーイシュ;イラクとレバントのイスラム国)の介在によって改宗を強制されて監禁されていると法廷に訴えた。

「ケララの「ラブ・ジハード」」
「転向させられた少女はイスラムテロリストとして利用される」

娘はこの強制と監禁を否定したが、同州の高等裁判所は、両親のあずかり知らぬところでISILによって結婚と改宗が強いられたと認定し、結婚を無効としてしまった。

同年7月に夫が最高裁判所に上告した。最高裁判所はNIAとケララ州政府にこの問題への調査をもとめた。

NIAはISILの関与を肯定する報告を提出したが、
2018年3月8日、高等裁判所の決定が覆されて、
女性は自由意志によって結婚したと認められた。

2020年には、the Syro Malabar 教会が、
キリスト教徒の女性は「Love Jihad」の陰謀の標的にされており、
すでに多くの女性がISILによって性奴隷にされて殺されている
という主張をくりかえしおこなった。

同年、ケララカトリック司教会議(KCBC)の社会的調和と警戒委員会は、2005年から2012年の間に4,000件の「Love Jihad」があったと主張した。

同年9月、ウッタルプラデーシュ州政府のインド人民党ヨギ・アディティアナス首相は、「愛の名のもとの改宗」を防ぐための戦略を検討するよう政府に要請し、同州でその戦略のための条例を可決することを検討した。

同年9月27日、大学のキャンパスで若いムスリムの男が、自分を振った21才のヒンドゥー教徒の女性を銃殺すると、インド全土で抗議行動が勃発した。
女性の家族は、女性は改宗してムスリムの男と結婚することを強制されていたと語り、「Love Jihad」の陰謀をなんども口にした。

「ヒンドゥー教徒は「LOVE JIHAD」の意図を知ろうとしている。ラブジハードの罠に引っかかるな」

「今日はバラの花? 次は強制される…」
「ムガール人(ムガル帝国)はインドの女性を略奪してレイプするだろう」
「改宗、レイプ、'愛'、誘拐」

「ラブ・ジハードとはなんですか?」
「想像(ロマンス) VS 現実(拘束)」

これらはネット上に流出しているプロパガンダ用の画像である。イスラムへの偏見とともに、自由恋愛への恐怖をも煽っている。この宣伝に感化された少女たちは、外の世界を恐れるようになって、女性を家に束縛する伝統的な家父長制に従順になるだろう。

『969運動』の指導者Ashin Wirathu

「Love Jihad」のプロパガンダはインドの隣国ミャンマーでもすでに展開されている。
ロヒンギャの民族浄化が進行している同国では『969運動』という、イスラムの排除を念頭に置いた仏教ナショナリズムの運動が展開されているが、『969運動』の指導者Ashin Wirathuは、ムスリムが仏教徒に成りすまして仏教徒の女性を誘惑し、一夫多妻の慣習と旺盛な性欲によって増殖をはかっている。われわれは立法によって「Love Jihad」と戦って仏教徒の女性を守らなければならない、と述べている。

http://europe-solidaire.org/spip.php?article43249

まとめ

https://en.wikipedia.org/wiki/Love_Jihad#2010

以上、英語wikipediaの記事といくつかのニュース記事をつかって、
「Love Jihad」の概要をまとめてみた。
いかにもインドらしい、徹底した狡猾さを偽善と無知で覆った、泥臭い陰謀である。

現地の穏健な多数派の人々はあくまで「Love Jihad」に懐疑の目を向けており、政党と宗教組織によるプロパガンダを批判しているが、すでにインドでは宗教間の改宗を制限する法律が施行されつつあるらしい。年々、インド社会で「Love Jihad」が既成事実のように扱われつつある。

与党たるインド人民党にとって「Love Jihad」の概念はヒンドゥー教徒のカーストを超えた団結を強化するために役だっている。イスラムのアグレッシブな拡大を徹底的に抑えこんで、インドに根差していない宗教をねじ伏せたさきに、いずれはあたらしい枠組みのカースト制度ができあがるのかもしれない。

なお「愛のジハード」のほかに
「土地のジハード」「金融のジハード」「政治のジハード」があると言ってる人もいるようだが、もうバカバカしくてまとめる気にもならない!

https://www.financialexpress.com/archive/who-loves-love-jihad/1286540/

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