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新宿と月餅


新宿ほど混沌とした街はほかにないと思う。

新宿にある学校に通い、その後勤め先も新宿だったこともあり、18歳から20代前半のほとんどの時間を新宿で過ごした。

新宿という街はとても深ーく、わたしのような若輩者が語れるような場所ではないが、

朝の南口で、皆同じような靴を履き、同じようなスーツを着こみ、これまた皆同じように少し沈んだ表情で足早に甲州街道を下っていく出勤中のサラリーマンの波を「バイオハザード・・・」とつぶやきながら写真を撮っている外国人がいること。終電間際の小田急線・西武線・大江戸線・・・各路線の改札前でメロドラマのごとく劇的に別れを惜しむカップルが必ずいること。伊勢丹にピンクのおじさんが現れること。アルタ前にいるキャッチのお兄さんにも人生があること。(うっかり涙するような身の上話を聞いてしまったことがある)入店するのに少し勇気がいるようなゴールデン街やしょんべん横丁(思い出横丁)のお店では「美味しいからこれ、食べなさいよ」と自分が頼んだおつまみを分けてくれるおばさまや一見強面なのに話すとずいぶん陽気なおじさんがいること。空が白んでくる頃、夜の匂いが切なさを纏いながら気だるそうに散り散りに捌けていくことは、 知っている。

各電車の路線を繋ぐ終着駅であり、地方からのバスが到着し、ビシッとスーツを着たサラリーマンから観光客、(当時の)わたしのような学生、電気屋、ファッションビル、歓楽街、二丁目、御苑、とにかくあらゆる人・物がごちゃ混ぜに存在し交差する街。街全体が巨大なターミナルの役割をなしている街。

ひとの欲と、愛と、どこか哀しさを感じる場所。新宿にはそんな印象がある。


新宿を代表するお菓子屋さんといえば「新宿 中村屋」。

新宿の地に店を構えてから100年以上にもなる「新宿 中村屋」の創業者、相馬愛蔵・黒光夫妻は当時荒れはてた地だった新宿がこのような巨大な街にまで発展することを予想していたのだろうか。


明治のころ、本郷の東京帝国大学(現 東京大学)の前でパン屋からはじまった「中村屋」は過酷な課税に悩まされ、売上を増やすべく支店を出店する場として選んだのが新宿だったのだそう。

「将来の発展の上から市内電車の終点以外に適地はない」(相馬愛蔵『一商人として』)と判断し、行商で得られたお得意様の数よりも、将来性で判断したのです。当時の新宿はまだみすぼらしい街でした。「殺風景でちょっと裏手に入れば野便所があり、筋向かいの豆腐屋のブリキ屋根が風にあおられてバタバタと音をたてている」(同上)そんなすさんだ雰囲気の場末でした。「でもそれは新宿の外形であって、もうその土地には隆興の気運が眼に見えぬうちに萌していた」(同上)と愛蔵は当時を振り返り語っています。

(出典:中村屋の歴史)  


パン屋から始まった中村屋はその後どんどんと加速度的に発展を遂げていく新宿の地で和菓子から洋菓子、喫茶店、文化人が集うサロンを運営するなど業態を広げていった。
「新宿 中村屋」や激動に変化する時代の流れと共に打ち出したものは人気を呼び、水ようかん、月餅、かりんとう、クリームパン、カレー、と「新宿 中村屋」を代表する商品が多く生まれた。

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産後すっかり足が遠のいていたのだが、久しぶりに新宿に訪れた私は、相変わらずの人の多さとせかせかと皆何かを急ぐように前のめりになって足早に通り過ぎる人波にすっかり気圧されてしまった。

せかせかとした空気に同調するように、見えない何かに後ろからせっつかれ、どこかちょっと落ち着かない。気が付くと癒しを求めて伊勢丹地下のお菓子売り場に居た。

綺麗に磨かれたショーケースのあちらこちらから、美しく、愛らしいお菓子たちが「見て見て!」と言わんばかりにキラキラ訴えかけてくるなか、ひときわキラキラッと発光している(ように見えた)ショーケースがあった。

「新宿 中村屋」の伊勢丹限定ブランド、月餅専門店の『円果天』だった。

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すこし恰好がつかないけれど、自分のためにバラで購入し、お持ち帰り。

家に着いてからいそいそとお茶の準備をして、お行儀悪く袋からつまんでそのまま口にはこぶ。

ふっ と表面の焼いたどこか懐かしいような匂いが鼻をかすめたあと、ぎゅーっと密度のある餡が口いっぱいひろがる。ピーんと肩肘を張ったままだった身体を月餅の甘さがゆるゆるとほどいていく。

中華風小豆餡のごま油の風味が心地よく、知ってるようで知らない、新しい味わいへと連れて行ってくれる。


それから店頭で異彩を放っていた「水晶月餅」の水晶。

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月餅の概念を覆す、ぷるんと透明なゼリーから透けるあんこがうつくしい。

スプーンですくうともちっと弾力のある生地と丁寧につくられたこし餡が現れる。コクのある黒糖蜜があんこの上品さをいっそう引き立たせる。

きらきらとまぶしい、宝石みたいなお菓子だ。


すっかり空になってしまったお皿を口惜しく眺めながら、改めて新宿って不思議な街だよな、と思った。

荒地だった頃から現在も、皆居場所やなにかを求めて訪れるのだろう。あらゆるものを受け入れ、受け止めてくれる場所だ、新宿は。

この地に根付いた「中村屋」のお菓子は誠実で、そのものの味がした。



【このお菓子をもっと美味しく食べるなら】
水晶月餅は見た目をまず楽しんでもらいたいのでとっておきの器にうつして(わたしはこれに合う器を探し購入するところからはじめた)窓際のちょうどよく陽が差し込む場所で食べてほしい。視覚も味覚も満たされます。



*Twitterでもお菓子についてつぶやいてます。
こちらも新宿中村屋の新ブランド⇂






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