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枠をはめてたのは私自身

父が車椅子生活になって3年。
毎日デイサービスと透析があり、
車椅子で家の前で車を待ち、
また家の前で帰りを待つ。
毎朝と昼過ぎに、待機。
唯一日曜日だけが、父の外出がなかった。

私が外出しても、「午前中だけ」か、「午後から」に制限された。
人に頼むこともできたが、
いろいろ説明しておくのも煩わしかった。

そうこうしているうちに、
私の視野はどんどん狭くなり、
「どこにもでかけられない」
という制限を自分で自分にかけた。

ある時、友人と話していたら、
その友人の両親は、離れた所に住んでいて、先日骨折したけど、夫婦で自宅で生活できているという。
友人も、働いているから、特に何も助けてはいない。

そういえば、隣のおばあさんも、車椅子で一人暮らし。デイサービスの人が鍵を預かっていて、連れ出している。

それでも、なんとかなるんだ…と思った。
じゃあ、私が今やっていることの意味は何だろう?
私がしなくても、なんとかなるんじゃないの?

私は、自分らしく生きることを、完全に忘れていた。
自分のことを尊重してあげてなかった。
自ら牢獄に入り、引きこもっていた。
鍵は開いているのに、出られないと思いこんでいた。

私は、私の人生を仕切り直そうと思った。あらゆる制限から自分を解き放とうと決意し、

「私は私の人生を楽しんでいい」
「私はどこへでも出かけていい」
「私にはその価値がある」

と自分自身に許可を出した。

それでも、やりすぎるクセはなかなかぬけずにいたら、
家族が、
「それはしなくていい。大丈夫。」
「それはやっとくよ。」
と言ってくれるようになった。

夏休みに旅行に行きたいから、姉に両親の世話を頼んだら、
「行っといで、行っといで。何やったら、夏休みに2回ぐらい旅行にいっといで。」と言ってくれた。

私が頑なになって、頑張っていた時は、きっと助けづらかったんだろうな。
私が自分を開放したら、みんなが応援してくれるようになった。手助けをする機会を待っていたかのように。

どんな状況になっても、
私自身の花を咲かせるために、
自分の可能性を自分でつぶさない。
自分に対して制限をかけない。
私は私らしい花を咲かせる。
それでいいんだ。


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