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Tu n'as rien vu à Hiroshima

2022年、大学の最終課題に翻弄されて1月も過ぎ去り、2月になったと思いきや、今度は世界情勢に翻弄されて1ヶ月があっという間に過ぎていきました。そしてもう3月。しばらく夜中の課題悪夢にうなされることもないけれど、この心の中の落ち着かない感じはなんでしょう。毎日BBC World、CNN、CBCとポッドキャストを全て聴きながら、休みの間に片付けたい仕事に取りかかるも、集中力が試されています。「平和」とは、もろくて儚いものなんだと世界中の全ての人が実感していることでしょう。

タイトルの Hiroshima Mon Amour、こんな時にラブストーリー?と思われるかもしれませんが、私にとって「平和」= 「ヒロシマ」、生まれ育った山口県岩国市と深い関わりがあります。岩国市が今も日本に130カ所存在する米軍基地の街であることに関係しているのか、それとも昭和40、50年代の教育カリキュラムの一環なのか、岩国市の小学生は当時やたらと原爆に関する映画や関連資料に接する機会がありました。しかし、それがきっかけで私の中に強烈に平和に対する願望が生まれたことも確かです。ヒロシマは、私の中で恐ろしく恐怖を掻き立てる場所、しかし、同時に平和を願う気持ちを常に思い起こさせてくれる場所でもあります。

アラン・レネ監督の1959年作品、Hiroshima Mon Amour 『二十四時間の情事』は広島原爆の歴史を少し違った視点から描いた作品です。1959年当時、すでに日本人の手によって制作されていた『原爆の子』(1952年 新藤兼人監督)や『ひろしま』(1953年 関川秀雄監督)で描かれた原爆を、脚本のマルグリッド・デュラスは映画冒頭の有名な男(岡田英次)と女(エマニュエル・リバ)の会話に始まり、恐怖で恐怖を描かない手法でヒロシマ、原爆、戦争を表現しました。そして何より、戦争によって人生を翻弄された男と女の苦悩を、彼らが出会う一夜と対照的に過去、現在、未来という時間枠の中で描きました。自らがコントロールできない戦争という大きな時代の流れの中で、苦しみ傷つくのは市井に生活する一人ひとりです。Hiroshima Mon Amour の男と女もそんな時代の流れの中の被害者です。

広島原爆投下から今年で77年。Home and Native Lands の制作・編集作業をしながら、ヒロシマやヨーロッパを思い、この記事を書いています。私たちは本当の「平和」を次の世代に残すことができるでしょうか。

タイトル画像:The image is from Alamy Stock image(kpa Publicity Stills) 

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