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「アトムの童」~アトムロイドとはなんだったのか&ゲーム業界の特許技術について

 アトムの童おもしろかったですね。大傑作かと問われるとアレなんですが、日曜劇場というエンタメとしては十分でしたし、「ゲームは世界を救える!」というすばらしい結論にちゃんと至ってくれたので、ぼくとしては良かったんじゃないかな~と思います。
 インディーゲームという用語が地上波できちんと押し出されたのも良かったですし。なんと、弊社で融資のために銀行だのウンたら協会だのを回ってたら、担当者に「アトムの童」見ている人がいたんですよ。インディーゲームという言葉が通じる! スゴイ! それだけでも大金星というものです。まあ、ドラマ後半はほぼ関係なかったですが。

 ただ、業界人として一番引っかかったのは劇中で登場した特許技術「アトムロイド」なんですよね。これのせいでアトム玩具は SAGAS との因縁が生まれますし、主人公が SAGAS を助ける理由にもなりますし、最終回で登場するゲームの内容にも伏線が張られるわけです。最重要アイテムです。
 しかし、その肝心要の技術が、フワッとしていて謎に包まれている!
 結局、アトムロイドを使ったゲームの何が優れているのかというのがぼくらにもピンと来てないので、当然視聴者も意味不明でしたでしょうし、それを応用したゲームも何が凄いのかよくわからないフワッとしたものなので、絵作りに説得力が欠けるものとなってしまった感があります。
 というわけで、ゲーム業界における特許技術においてちょっと解説しつつ、アトムの童でどうするべきだったのかを考察します。


アトムロイド is 何。何がすごかったのか

(C) TBS

 アトムロイドは、玩具メーカーであるアトム玩具社が作ったスゴイフィギュアです。

君のところには 人間はもちろん昆虫、恐竜、様々な造形物の模型がある。50年蓄積した その知識と技術をデータ化して取り込み、新しい3Dゲームを開発したいんだそうだ

アトムの童 一話

身の回りにあるものをゲームの中に取り込み、人間のように動かせる。確か
このアトムロイドの技術を使えばそういうことが可能になると

アトムの童 七話

アトムロイドは このように人間の関節の動きをリアルに再現しています。
普通、人間の動きを再現するにはモーションキャプチャーが必要ですが、それには多大な時間と労力がかかる。
アトムロイドの人間工学技術を応用することで、その手間を省けるんです。この動きをSAGASのデジタル技術で読み込めば、AI がそれを処理してリアルな動きを自動で再現することが可能になります。

アトムの童 七話
  • 人間の関節の動きをリアルに再現しているらしい

  • 「アトムロイド」の人間工学技術をSAGASのデジタル技術でAI解析すれば、モーションキャプチャーなしで労力をかけず短時間でリアルな動きを自動で再現できるらしい(劇中より)

 なるほど!
 これは確かに、精度にも拠りますが特許を取れると思います。人間のポージングを再現できるフィギュアなら割とありますが、それは関節の自由度が高いだけで、人間らしからぬポーズも可能だからです。肘の曲がる方向、手首の回転範囲、肩や胸(特に胸郭)の動きなど、そういったものが人体に可能な範囲に制限されている、人間的な挙動を再現できるよう設計されているフィギュアであれば、それはまさに革新的です。

 ↑これもかなりの精度ですね。かつ、アトム玩具の取っていた特許は単一のフィギュアではなく、応用次第でいろんなフィギュア(人間以外にも)に搭載できるようなもの(関節機構?)なのだと思います。

SAGAS 社で何が行われていた?

 劇中の描写を見る限り、SAGAS 社のオフィスではこのアトムロイドが全方位からキャプチャーされ、そのポージングがデジタルへと取り込まれているようです。察するに、

  1. フィギュアに複数のポージングを取らせ、それぞれ撮影する

  2. SAGAS の AI 技術で、人間の関節・筋肉の動きとして正しい補完を行い、それをアニメーションさせる

  3. モーションキャプチャー無しでかっこいいアニメーションが作れる!

 ということだと思います。

 本当か~~~?
 フィギュアいじりながらルート座標合わせて複数枚撮るのめっちゃ大変ですし、そもそも 3D モデルってそれがやりやすいようにリギング(Rigging)されているんで、フィギュアにポーズ付けるヒマあったら 3D 空間上でデータいじったほうがいいんじゃないですかね……?
 でもそれで AI に補完させてできたモノってやっぱりちょっといまいちだったりするわけで、見栄え良いように手付けしはじめると……ただの 3D モーション作業じゃん!
 ていうか、そんなに人間工学技術(誤用)の精度が高い AI があるなら、モーキャプしたデータのノイズ取らせた方がよくない……?

 あるいは、もっとアトムロイドとSAGASの技術を信用するなら、

  1. アトムロイドの持つ関節技術を AI でデジタル空間上にエミュレーション

  2. ポーズを一つ取らせてプロンプトを入れると、ポーズの意味合いを AI が読み取ってモーションを自動生成(イラストを基に清書したイラストを描くアレみたいなイメージです)

  3. 爆速で数百種類のモーションが作れる

 とか。
 ……いや、それ AI がすごくない? アトムロイドいらないよね? というか、アトムロイドじゃなくて人間スキャンすればよくない……?

 というわけで具体的な技術の部分を考えるとやはりいまいちピンと来ないんですが、ゲーム業界バリバリの会社も監修/設定考査で参加してるので、ここらへんは、ドラマを成立させるためにフワッとさせたのかな~とも思います。

なんでも取り込める技術どこいった?

 ところで、これアトムの童の大ファンじゃないと多分覚えてないと思うんですけど、一話ではこんなことも言ってたんですよね。

実物をゲームの中で魅力的に動かすには、精巧にスキャンするだけではダメなんです。このように可動部分のセットアップまでしてアイテムやキャラクターとして魅力的に見せないと。
その知識や技術を特許として持ってる会社がありましてね。

アトムの童 一話

 ……? それどこ行った? アトムロイドよりそっちの方が重要では……? もしかしてアトムロイドの中にそのすべてが詰まってる……? あのフィギュア一つに森羅万象の可動部が含まれた夢のテクノロジー……?
*この件はノイズにしかならないので置いときます。途中で設定変わったのかな……


ケレン味と人間工学の矛盾

いいか? キャラクターの動きっていうのはな、リアリティーよりデフォルメした方が迫力が増すんだよ

富永繁雄/アトムの童 八話

 劇中でも触れられているように、創作物に迫力を持たせるにはケレン味(アニメなどで使われる、演出のために大げさで物理法則に則ってない挙動・描写をさせること)が非常に重要で、人間のモーションは意外と「ダサい」です。
 SAGAS のオフィスに訪れた富永繁雄は一発でそれを見抜き、指導するわけですが、これって別にアトムロイドに限った話でもなくて、もう富永繁雄を引き抜いた方が良かったんじゃないですかね……?

本当にこれ(アトムロイド)使い道ある? 

 というか、アトムロイドが人間の関節を正確に再現している一方で、人間元来のモーションはダサいんですから、アトムロイドを解析して作ったモーションもダサくなります。当然ですね。
 3D モーションでケレン味を出そうとすると、タイミングは勿論、たまに関節をあらぬ範囲まで曲げたり、手足を一時的に大きくしたりといった、人体の範囲を超えた編集が必要になることもあります。

 ともすれば、逆にアトムロイドとAIが足かせになるケースも多いわけで……本当にこれ使い道ありますか? アトム玩具潰すほど欲しかったですか? 普通に 3D モデルに手付けで付けた方がよくないですか?

誰がポージングしてもかっこよくなる技術、とか

 じゃあどうすれば良かったんだろう、と考えると、一つ浮かぶのは「誰がポージングしてもかっこよくなるフィギュア」。これ、上手く作ればそういうフィギュアを作れる可能性があると思います。
 ケレン味というのは創作者の力量に依るところが大きく、クオリティを一定に保つのが非常に難しいんですよね。そこに、ケレン味補強フィギュア的なものがあって、誰でもケレン味溢れたかっこいいポーズを作れる、そしてそれを基にして 3D モーションを作れる、となると、確かにこれは業界垂涎の技術といえます。

 あとは……衣服にも読み取り可能な制御点を仕込んだフィギュアとか? マントやマフラーをクロスシミュレーションに依存せずかっこよくはためかせつつ、めり込みも起こらない……なんて技術があれば、仮面ライダーの現場では喜ばれるかな……。知らんけど


ゲーム業界における特許取得

 さて、特許の内容についてはこのあたりにして、ゲーム業界における特許取得とはなんぞ、という所を解説しておきます。
 ゲーム業界で特許を取るケースにおいて、特許使用料を目当てにするケースは少なく、どちらかというと

  • 他所の会社に特許を取得・主張されないため

  • 似たようなゲームを出されないため

 という側面が大きいです。(後者はなんとでもなりますが)
 実際に特許面できちんとお互いを保護しあっているかというと、なあなあになってる部分も多く(大企業には特許調査チームなんかがありますが、中小にはまずないですし)、任天堂 vs コロプラの裁判なんかを見ると「こんなのも特許取られてるの?」みたいなものがたくさんあると思います。
 しかし、黎明期に有名だった「落ちゲー特許」やら「キャラと被った背景透過特許」なんかは軒並み切れ始めてることもあり、よっぽど確信犯でなければゲーム会社同士で特許侵害を訴えることはそんなにありません。

 なので、SAGAS の言っていた「優秀な技術や特許を独占し、悪用されないようにする」というのはある意味正しい動きといえるわけです。RPG 商標なんかも有名ですね。そこらへんはちゃんと監修されてるな~という感じです。


ゲーム業界における特許回避

 大企業がなんとなしに作っていたゲームが別企業の特許に抵触してしまっていたら、どうすればいいでしょうか。答えは簡単、回避すればいいのです。
 ゲームの特許にかぎらず、特許というものは意外なほど範囲が狭く、同等の目的を達成したいのであればいくらでも回避が可能です。たとえば、任天堂 vs コロプラで取り上げられていた、背景オブジェクトにキャラクターが隠れた時のシルエット表示。

 このように、特許にはそれを実現するための方法・技術が事細かに書かれています。本件の特許に抵触しないための方は二つ、

  1. 表示するモノをキャラクターシルエット以外にする(マークとか)

  2. キャラクターシルエットの描画手段を変更する

 ポイントは、見た目が同じでも、その手法が違う場合は特許に抵触しないんですよね。なので、裁判を起こされた場合でも「このゲームのコードはこれであり、特許に記されている手法とは実現方法が違うので、特許には抵触しない」と主張できれば、負けないわけです。(例えば、シルエットを描画するカメラを別に持っておいてキャラクターが隠れている時だけそのカメラをONにするとか……)

別にアトムロイドの特許はなんとでもなる

 何が言いたいかというと、アトムロイドの特許が取れなくても、多分なんとでもなります。アトムロイドの特許は恐らく関節機構あたりだと思われますので、アトムロイドを解析しつつ全く同等の動きをする別の機構を持った関節を開発してしまえばいいのです。
 そもそも SAGAS のオフィスが持っていた技術のキモはどちらかというとデジタル上で AI がシミュレーションする部分にありそうなので、適当な多関節フィギュア買ってきても代替できる気がします。

*そもそも AI が関節データを持っていることを考えるとその学習元はアトムロイドではなく生身の人間であるべきで、生身の人間から学習したならアトムロイドそもそもいらなくない? という話に戻ってきたりします……


そもそも特許売ればよくない?

 元も子もない話しますが、この作品、いわゆる下町ロケットフォーマットの大企業vs零細企業であるものの、大企業と戦う動機づけがちょっと弱いんですよね。池井戸潤はそこらへんちゃんと考えてるわけです。

  • 下町ロケット→明らかにバルブ特許売った方が得だけど社長が夢を諦めきれない&町工場とはいえ技術力がスゴイので部品供給頑張った話

  • 陸王→潰れかけの足袋屋が起死回生にランニングシューズ作っただけの話。大企業はシンプルに嫌がらせしてきた

 で、アトム玩具はどうかというと、潰れかけの玩具屋が持て余した特許を会社ごと買ってくれると言ったのに、なぜか断って関係ないデジタルゲームを作り始める話です。

 特許売ればよくない?
 特許売った金でゲーム作ればよくない?

 いや、買収だとアトム玩具という看板がなくなるので先代より継いだ会社が~~というのはギリわかりますよ。でもそこ(買収か特許売却か)は多分交渉次第ですよね。アトムロイド特許を失ったらアトム玩具が二度と玩具作れなくなるわけではないですし、そもそもデジタルゲーム作るなら1ミリも要らないですし。ていうか工場燃えてるし。四の五の言ってる場合じゃあないでしょう!

 ゲームは金が無いと作れない!
 皆さん、今日はこれだけ覚えて帰ってください。


まとめ

  • アトムロイドは多分スゴイ関節技術

  • アトムロイドの技術がゲーム制作に絶大な寄与をするかは微妙

  • 消えたっぽい設定があるけど行方不明(最後のプロダクトにも反映されてない)

  • 特許の回避方法は色々ある

  • ゲーム作るならとっとと特許なんて売っちまえ

 まあ色々言いましたが、第一話の時点でぼくは日曜劇場として見てるので、その点ではちゃんとエンタメしてたことに揺らぎはないですし、不満もないです。

 以上!


おまけ

最後のゲームさあ~~

 この手の創作メタ創作がいつも抱えている問題として、劇中に出てくる創作物が全然面白そうじゃないってのがあるんですが、アトムの童も例に漏れずって感じでしたね。ただ、それ自体はいいんです。そういうものですし。
 ただ、

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