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うれしいんだか、悲しいんだか。

この頃、仕事が忙しくて、いつも帰りが遅くなる。うちの奥さんは、翌日のパートが朝、早いときには先に寝ている。(もちろん了解の上で。)

朝は朝で、彼女は早くに出掛け、私はそれからようやく起きて、テレビのニュースを、まだ、はっきりしない頭で、パンを食べながらぼんやりと眺める。

そんなすれ違いが少し増えてしまい、だめだなぁと思いつつ、しょうがないなぁとも思っている。だから、大切なことを知らせたいときは、その内容を冷蔵庫の扉に貼ってあるマグネット式のホワイトボードに書き込んでいる。

先日、私の唯一の楽しみである買い置きのビールの最後の1本を、ついに飲み干してしまった。慌てて私はホワイトボードに、こんなふうに書き残した。

愛する母さんへ。
ビールを買ってください。
よろしくお願いします。
父さんより。 

「愛する」は、余計なんだけど、こう書けばあの物忘れのひどい彼女も、忘れはしないだろうと思った。(単にご機嫌を取るための作戦も含まれている。)

そして、また仕事が忙しく、彼女が眠っているときに、また、私は帰ってきた。やれやれと、カラカラの喉とクタクタの体に、ヨレヨレに疲れたネクタイを緩めながら、いつものように冷蔵庫を開けると・・・

あ、ない。私のビールが!
(そんな、ありえないっ!)

思わず冷蔵庫を閉めて、ホワイトボートを確かめると、踊るような明るい文字で、そこにはこんなふうに書かれてあった。

愛するお父さんへ。
ビール、買うのを忘れてしまいました。
ごめんね。
愛されてる母さんより。


・・・うれしいんだか、悲しいんだか。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一