秋の花と最後の贈り物。
よく晴れた秋空の下、奥さんと車に乗っていると、田んぼ近くにたくさん咲いた黄色い花を見て、彼女がこんな話をしてくれた。
「あの花って、なんていう名前だったかなぁ?
あの黄色い花を見るといつも思い出すんだよね」
「え、何を?」
私はカーステのボリュームを少し落としながら、助手席の彼女に聞いた。
「うん、うちの父がね、母とのケンカがいつも絶えなかったの。うちの母はきれいな花が大好きで、よくうちの広い畑に植えていたのね。でも、うちのお父さんは、農作物を育てるのが大好きで、母が畑の中に季節の花を植えていると猛烈に怒ったの。”こんな食べられもしないものを植えるな!”って」
「そっか、確かにお父さん、よく畑仕事をしていたよね」
彼女のお父さんの優しそうでいて、それでもちょっと近寄りがたい雰囲気を私は思い出していた。
「うん、畑仕事が好きでね、でも、それだけじゃ食べていけないから、別に仕事もしていたけど、いつも長く続かなくてね。何度も仕事を変えていたっけなぁ。でも、根は真面目な父だったから、たぶん、家族を養うのに必死だったと思うの」
確かに、そんな固い感じのお父さんだった。
私がずっと若かった頃、はじめて彼女の実家に行って「彼女と結婚させてください!」っていう例のセリフを言ったとき、「き、きみはうちの娘をどうしようって言うんだ!」と顔を真っ赤にして怒鳴られたっけな。今にも殴られてしまいそうな感じだった。それでも私はお父さんの目をじっと見て、何とか結婚を許してくれたのだけど。あのとき、タバコを持ったお父さんの指が、小さく震えていたのを覚えている。
「それでお母さんが、せっかく植えたきれいな花を全部ダメにして、農作物に植え替えたの。そのたび、お母さんがすごく怒って、それでいっつも夫婦喧嘩が絶えなかった。でも・・・」
「でも・・・?どうしたの?」
彼女が一呼吸置くと、こう続けて話してくれた。
「お父さんが一度だけ、花を摘んで家に持って帰って来たの。それもお母さんによ。お母さんがビックリして”どうしたの?”って聞いたら”とてもキレイだったから喜ぶと思って持って帰った”って言ったそうなの」
これはお母さんから聞いた話だそうで、お父さんがお母さんに、つまり、妻に花を贈ったのが、それが最初で最後だったそうだ。
その数日後に、お父さんは不慮の事故で亡くなってしまった。定年を過ぎた頃で、これから夫婦で人生を楽しめるはずだったのに・・・。
遠く小さくなるその花を、目で追いながら彼女は言った。
「この季節になって、あの黄色い花を見ていると想い出すんだよね。そうやって話すお母さんの嬉しそうな笑顔と、お父さんの照れ笑いが・・・」
人は自分がいつ死ぬかなんて、わかることはないけれども、知らないうちに心では、気づいているのかもしれない。
その花の名前は「セイタカアワダチソウ」
「もっときれいな花なんてたくさんあるのに、どうしてあの花だったんだろう?でも、それが不器用だったお父さんらしいかな・・・」
・・・なんて小さく彼女は笑っていた。
そんな花でも、彼女の心の中ではずっと
この季節に輝いてゆく。
そんな幸せを、心から感謝したいと思った。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一