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二人の休日。

仕事柄、奥さんと私は平日に休みになることが多い。休みが重なった朝には、二人のうちのどちらかがこう尋ねる。

「今日はどうする?」

私が返事をするときは、前もって調べておいた美術館の催し物か、たまに行く景色のきれいな場所を提案する。彼女が返事をするときは、彼女が事前に調べておいたモールのイベントや大きな公園、おいしいケーキ屋かバイキングの店だったりする。

そのうちの一つを決めてふたりで出掛けてゆく。
(不思議と意見が割れることはない)

先日は、彼女が提案した小さなテーマパークだった。山の上にあり、きれいな景色が見下ろせる場所だ。カーナビをセッティングして車で小一時間走らせる。山頂に向かうにつれ緑がとても目に優しい。その場所に到着すると、二人で思わず深呼吸をした。空気がとてもきれいだ。はるか遠くまで緑と街が見下ろせた。でも、残念ながらその日は曇り空だった。本当ならまぶしいくらいの美しい景色のはずが、足りないような寂しさが少し残念に思えた。

彼女が少しため息をつく。「まぁいいさ」と私は小さく微笑んだ。

かなり古いテーマパークなのか、ところどころ看板の文字がかすれて読めなくなっていた。少し壊れた遊具もそのままになっていた。園内では明るい音楽が流れていたが、かえってそれが、もの悲しさを漂わせていた。

「お客さんが少ないね」と彼女がぽつりとつぶやく。
「そうだね」と私もぽつりとつぶやく。

平日の雨が降りそうなこんな天気だ。古いテーマパークにしてみれば、その寂しさは避けられないのだろう。

でも、私たち二人にしてみれば、それはもう昔から慣れっこだ。いつも出掛けるのは平日だから、決まって人の少ない場所を二人で歩いてゆく。人ごみの苦手な二人にしてみれば、こんな素敵なひとときが、一番の小さな心の癒しかもしれない。

「アイスクリームを食べよう」と突然に彼女が言う。

このテーマパークオリジナルのアイスクリームだ。二人とも甘いものが好きだから、私が返事をする前に彼女はもう、店の前で注文をしている。

その注文を待っている間、昔もこんな風景があったなぁと私は思い出す。まだ、二人が付き合っていた頃の遠い昔だ。あの頃も二人とも、休みはいつも平日だった。二人で休みを決め合っていたけれど、仕事が忙しいとなかなか合わない。

それでも休みがうまく合うと必ず二人でデートに出掛けた。彼女が前から行きたがっていた新しいパスタ屋に行くと、その日に限って定休日だった。そのとき彼女が、とても悔しがっていたのを今でもよく覚えている。別の店でもそんなことが何度か続いた。人がにぎわう週末ではなく、なんでもない平日だから、それは仕方がないのだろう。

その度に「定休日女でごめんね」と彼女は私に謝っていた。私はその度、少しだけ切ない気持ちになった。そんなふうにさせたのは、彼女だけのせいじゃなかった。それは私のせいでもあったのだ。

そんなとき、決まっていつも彼女は私にアイスクリームをおごってくれた。お詫びのつもりなのだろうか。彼女は覚えていないかもしれないけれど、それがあの頃の、私の大切な想い出になっている。

こうして思うと、あの頃と今とが、そんなに変わっていないことが、なんだかとても幸せに思う。

「じゃ、シェアね」

ひとつのアイスを彼女が差し出す。あの頃のように1本丸ごと食べるほど若くはない。どんな味かを知りたいだけだ。まるで若い恋人同士がするみたいに、彼女がアイスを持ったまま、私がぱくりとそれを食べる。これも周りに人がいないからできる芸当だ。

そして彼女がぱくりと美味しそうにアイスを食べる。彼女はいつも美味しいものを食べると小さな鼻歌が出る。私はそのメロディを心の中で口ずさみながら、あの頃をまた、思い出していた。

午後の風が少しだけ心地いい。もうすぐ夕暮れが近づいてくる。まだ、彼女はうれしそうに鼻歌を歌っている。

静かな時が流れてゆく。

今度はどこかのパスタ屋に、彼女を連れてゆこうと
心の中で私は思った。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一