すべてがダメになったわけじゃない。
「たかがメインカメラをやられただけだ!」
そう叫んだのはガンダムのパイロット、アムロ・レイだ。確か最終回だったと思う。かなり昔の記憶なので少し違っているかもしれない。けれども子供だった私はそのシーンに熱狂した。
メインカメラと言っても、ガンダムの頭が相手のビームで吹っ飛んだのだ。それでこのセリフだ。それでも頭のないガンダムがビームライフルを相手に向け打ち放つシーンは、最高にカッコいいと思った。
今、冷静に考えれば、頭のないガンダムがカッコいいはずはないのだ。もう致命傷かもしれないし、どうしようもないとも思える。いかにアムロがニュータイプといえども、ちょっと無理だろう?と冷静に考える私がいる。
じゃあ、なぜカッコいいと思ったんだろう?
そう考えたとき、やはり、あのセリフだと思う。
「たかがメインカメラをやられただけだ!」
そうなんだ。主人公のアムロにしてみれば、それはほんの一部がダメになったにすぎないんだ。まだいくらでも闘い方はあるんだ!といった決意の強さに惹かれるのではないかと思うのだ。
子供の頃の私にとっては単純に、それでも闘ってゆく勇気に感動したのだと思う。大人になった今の私が、今でもこのシーンに心惹かれるのは「何かがダメになったとしても、それですべてがダメになったわけではない」というその強い意志だと思う。
私は仕事や何かで失敗すると、どうしても、すべてがダメになったと思い込んでしまうことがある。ため息ひとつついて、あきらめてしまうこともある。そうしたとき、少しだけ呼吸を整えて、先のセリフを思い出すのだ。
「たかがメインカメラをやられただけだ!」と。
何かがダメになったり、失敗したりしても、それはほんの一部分がダメになったにすぎないんだ。たとえ、どうしようもないと思えたとしても、それがすべてじゃない。闘い方は、まだほかにもたくさんある。そう思えることが、私は本当に「カッコいい」ことだと思うのだ。
毎日、エッセイを書くようになって、時々、気まぐれなことを思い出すようになった。なんでガンダムなんだ?と不思議に思うけれど、よく考えれば今の私みたいな大人たちの作った作品だ。そのメッセージは、種のように時を経て、今、大人になった私の中で美しい花を咲かせているのかもしれない。
そのメッセージは、今の私に教えてくれる。
もしも、何かに失敗したりくじけそうなときは
そっと心で思えばいい。
すべてがダメになったわけじゃないと。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一