アルバイトの彼とケンカと。
これまでに私は数多くのアルバイトを見てきた。
そして、多くの仕事を教えてきた。
いろんな奴がいるもので、何度言ってもわからない奴もいれば、1度仕事を教えたら要領よくこなす奴。また、突然いなくなったので、探しまわったら倉庫で寝ていた奴もいた。(ちなみにその時、「おい、どうした!」って大声で言ったら寝起きの顔で「すんません、寝てました!」と素直に言ってた。だから許した。今、思い出しても笑ってしまう。)
昔のこと、こんなアルバイトがいた。
彼は当時、確か22才くらいの大学生だったと思う。それまでのアルバイトは、言われたことを言われたとおりにするのが当たり前だった。その仕事の意味を考えるアルバイトは、そうめったにいなかった。
しかし、彼は違っていた。
私の言うこと、ひとつひとつに疑問を感じて「どうしてそうすることがいいんですか?」といちいち私に聞いてきた。指示する私は、そんなことを説明するのが面倒なものだから「言われたようにすればいいんだ!」なんて言っていた。ダメだなぁ。当時、私もまだ若かった。
そんなある日のこと、商品が大量に入荷した。それは私の発注で入荷したものだった。それに慌てた私は彼に「この商品をすぐにそこに並べてくれ!」と命令をした。この当時、私は作業の段取りをよくわかっていなかった。そのアルバイトの彼にしてみれば、他にすべきことがあったのだった。
「今は出来ないですよ!それに、こんな売り方で売れるとは思えませんが!」
そんな彼の生意気な言葉に、私に怒りをあらわにした。気づけば私は彼に怒鳴っていた。「お前に何がわかるんだ!誰だって忙しいんだ!いい訳ばかりするんじゃない!」今思えば、当時の私はとにかく時間に追われるばかりで、イライラがひどかった。この当時、私はちゃんと接客をした覚えがあまりない。あの頃は接客をしなくても、ただ商品を並べてるだけで売れる時代だった。私の頭の中にはいつも売場のことばかりだった。だからアルバイトは、ただの道具にしか考えていなかった。あの時、握りこぶしを作ったままの彼の悔しそうな顔を、私は今でも覚えている。
そして、あの事件が起きたのはその後のことだった。
彼がアルバイト2人を引き連れて私の前にやって来たのだ。「僕たちはもう、あなたについてゆけません!あの時、私は他にすべき仕事があったし、あなたの気まぐれで仕事を変更させられたり、無駄にやり直させられたりするのはもうたくさんです!」
実をいうと、彼の言ったことはすべて正しかった。それでも私は「何を生意気なことを!」と声を荒げ、それを認めることもなく、かなり言い争いになった。ただ、そのとき、まるで他人事のようにそれを眺めていた当時の上司が、後になって私に言った言葉が心に焼き付いている。
「へぇ、あいつって、仕事のことで怒っているのか?そんなアルバイトははじめて見たな」と。
その時はじめて気が付いた。
「そうか、コイツは一生懸命にこの仕事のことを考えていたんだな」と。私は自分のことばかり考えてしまい、彼の声をちゃんと聞こうとしていなかった。
結局、最後に私が謝った。「言い過ぎた。ごめんな」と。「いや、もう、いいっすよ!オレも生意気でした」と少しだけ苦笑いしながら言う彼。その時でさえ、彼は忙しそうに商品を出していたのだった。
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それから実に長い年月が流れた。
あれから私は何度か転勤をして店もかわった。
そんなある日のこと、ある店で会議があって、各店から社員が集まった。販売計画とか、今後の商売とかを話し合う機会があった。各地域から数十人くらいは集まっただろうか?私が会場につき、イスに座っていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「青木さんじゃありませんか?」
振り返ると、なんとあのアルバイトの彼だった。「なんでお前、こんなところに?」そう言いながらも私は、彼の社員バッチを見てすぐに気づいた。
「そうなんですよ。青木さんが転勤されてから、オレ、この店の社員になったんですよ」そんなふうに明るい笑顔で答える彼。
いやはや、アルバイトだった彼が、いつのまにか私と同じ立場になっていたなんて。それを気にしてか彼は「それじゃ」と言って、すぐに席に戻っていった。もうちょっと話したい気持もあったけど、それもそうだなと私は思った。
彼とは苦い思い出しかない。
話そうにも、笑顔で話せる話題はなかった。
それが少しだけ寂しく思えた。
教官が大きなボードを背に、「今回、この商品をこのような売場にして・・・」とマイクのキィーという嫌な音を時々立てながら、命令するかのように説明をした。(うちの会社では有名な鬼教官だ。)
やがて、その鬼教官が私達に聞いた。
「ここまでで、何か質問は?」
「はい」と誰かが手を上げた。
あの”彼”だった。
あの頃と同じ真剣なまなざしで
彼は教官に質問した。
「あのう、そんな売り方で売れるとは思えませんが・・・」
広い教室の中
私だけが「ククッ」と小さく笑った。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一