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散髪と彼女の笑顔。

理髪店が苦手だ。いや、髪を切るのは好きなんだ。長く伸びた髪が短くなって、さっぱりするのは気持ちがいい。たぶん私は、店で人と接するのが、そして普通の会話が苦手なのだと思う。

普段、仕事で人と嫌というほど接して、そして会話をしている。それが楽しいときもあれば、どうしても苦しいときもある。同じ笑顔でも、心の中は疲れてしまうのかもしれない。

そんなとき、髪が伸びてそろそろ散髪しなきゃなぁと思うと少し憂鬱になってくる。結局、休みの日に理髪店に行くわけだけど、休日はできるだけ、人と接したくないと思う。でも、こればかりはしょうがないか。

以前までは年配のおじさんが経営している近くの理髪店に行ってたけど、時々、突然休業してたりして不安定な商売をしている。カット代が千円と、とても安いのだけど、この頃、散髪も雑になってきた。長いこと通っていたので、何も言わなくてもいつものスタイルにしてくれるし、何も会話をしなくても、黙々としてくれるのでよかったのだけど。

今日も店は閉まっていた。前までは「本日は臨時休業をします」と入り口に書いてたけど、最近は何も書いていない。やる気はあるのだろうか?と思ってしまう。仕方ない。近くにある別の千円カットの店に行った。

ここの店に来るのは3度目になる。(さっきの店が休みの時に利用している。)最近出来た新しい店だ。この店はどちらかと言うと女性向けの美容室と言った感じだけど、男性も千円でカットしてくれるのでとても助かる。

入り口を入ると最新の券売機がある。そのパネルをタッチする。いくつか手順を踏むと「店員の指名はありますか?」と表示される。そのパネル表示に毎回、私はおののいてしまう。指名料を取られるんじゃないか?と心配になるのだ。その度「お前は何を勘違いしているんだ?」と自分に突っ込むのだけど。もちろん、指名なんてないので「指名なし」のボタンを押す。(というか店員の名前も知らないし。)

そうして発券すると、若い女性スタッフが「こちらの席へどうぞ」と声を掛けてくれる。その度に私は思う。「あぁ、こんなボサボサ頭のおじさんが来て申し訳ないなぁ」と。

「今日はどうされますか?」と聞かれる。

私はいつも、その返答に言葉を詰まらせてしまう。慣れた店ならいいけれど、あれはどう説明すればいいのだろう?実際に説明しようとしたら軽く千字を越さないだろうか?結局私は適当に「耳に髪が当たらない程度に」と答えているのだけど。それが正解かはよくわからない。私の簡単な返答に、ちょっと戸惑いながらも若い女性スタッフが、髪をチョキチョキと切り始める。

理髪店では「お仕事は休みなんですかぁ?」とよく話しかけられたりしていたけど、最近は、空気を読んでくれるのか、黙々としてくれるのでとても助かる。それもそのはずだ。私は髪を切っている間は、ひたすら目を閉じているからだ。(時々、目を開けるけど。)自然と「話しかけないでくれオーラ」を放っているのかもしれない。

本当のところは髪を切っている最中を、じっとお客さんに見られるとやりづらくないだろうか?と思うからだ。でも、美容師さんからしたら、やっぱり、じっと見てもらった方がいいのかな?千円カットなので別に細かい注文なんてないのだけど。

それにしても、彼女に笑顔がないのが少し気になった。もしかして、私が何か不快な思いをさせているのだろうか?と心配になる。あぁ、ダメだダメだ。接客態度をチェックしている私の職業病が出てしまっているようだ。

なぜだろう?と思いつつ薄目を開けて鏡を見ると、なんとも苦虫つぶしたような顔をした私がいる。あぁって思う。こんなんじゃ彼女のほうが心配になるよな。自分のカットが気に入らないのかな?って。違うんだ。私は表情のコントロールがうまくできないだけなんだ。仕事だと、うまく使い分けるクセに、なんてこったと反省をする。

なので少し作り笑いをしてみた。何ともぎこちない笑顔になった。すると少しだけ彼女が笑うのを我慢している感じがあった。私はまた、目をつむる。心の中で真っ赤になった。

散髪が終わって、レジで彼女にお金を支払い帰ろうとしたとき「ありがとうございました!」とやっと、笑顔の彼女が見られた。あれ?どうしたんだろう?と思いつつ「ありがとう」と言って私は店を出た。

近くの駐車場にとめてあった私の車に乗り込み、バックミラーを覗く。すると、そこには笑顔の私がいた。そうだった。気持ちいいくらいに髪をきれいに切ってもらって、自然と笑顔になった私だったのだ。

空はとても晴れている。さて、これからどうしよう?
温泉にでも行ってのんびりしようかな。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一