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電子ドラッグジャンキーの青年が、電脳空間で少女と取引をするお話 短編小説「世界一攻撃的な暗号文」

 ラッパーのリリックは、僕らしか気がつかない。世界一攻撃的な暗号文。

「新曲、ドロップします」

 上がる歓声、歪ませすぎな低音に、鼓膜が揺れる。
 ――お前とつるまない 数字気にしない 奴と数えたい 札にグラスIce

 キーとなるのはリリック一行目。大事なのは内容ではない。脚韻の母音を確認する。い、い、い、う。i,i,i,u。

 一発目の脚韻が地区のポイント。受け渡し地点は「i」。そこから母音を足す。

 a=1 i=2 u=3,etc…。
 受け渡し地点〝i-7〟。

 黒服の男達に悟られない様にクラブを出て行く。トイレの窓を経由して裏路地へと出る。走ってメインストリートを横切る。黒い車が1台2台、続々と通り過ぎて行く。

 蛾が近づきバチバチと音の鳴る電灯、中国語のネオンサイン、雨露に濡れた路面の蒸れた匂いと下水道の匂いが合わさって、下品な街の匂いがする。

 しかしここは、縋りたい現実であって、確かな現実ではない。

 サイバーパンクのコンセプトアートは、製作陣の趣味嗜好が色濃く反映されており、ギークが興奮する要素が、不自然なぐらいに凝縮されている。

 この街に常識は通用しない。
 ヤクザ、ハスラー、カラーギャングの類。それら全ては「オタクの新人」。

 考えは柔軟に 無難は受難へと移り変わる。

 黒服が車に乗り込んでいく。

 眼前に表示される機能説明を無視して次々とコマンドを実行する。身体をミクロ化させて、マンホールの隙間に落下する。嗅覚機能をoff、汚れのエフェクトもoffにした。

 定点カメラにアクセスし、黒服達の動向を見る。彼らはしっかりナビを使いこなし、車を追い越し、最短距離で受け渡し場所へと向かった。

 「三日目にしては、頑張って勉強している」。というのが、車を飛ばす黒服達に対する、個人的な意見。

 奴らが慣れた手つきで車を走らせる間、俺の身体は下水道を流れ続けていく。雨の影響で下水道内は濁流、速度は昼間の約20%増し。
 それは言い換えると、渋滞なしの目的地まで直行する、ベストチョイス。

「……めんどくさいな」

 呟いた後、目的地に到着した事をガイド音声が告げる。だが、目的地は遥か上にある。

 フックショットをメニューで装備、上部マンホールの裏底に焦点を当てると、白いポイントが赤く点滅する。
そこに向かってショットを撃てば、あとは自ずと身体が目的地へと登って行く。

「っ!」

 結論から言うと、ポイントに打つ事自体は成功した。身体も思惑通り上へと登っていく。しかし、速度を緩める事を考慮していなかった。マンホールに頭頂部が激突する。ドラクエのルーラを室内でした時の様に、勢いよく。

 一つ反省すべき事は、痛覚のスイッチも切っておくべきだったという事だ。

 ともあれ、何とか取引現場に到着。

「どうも」
「なっ!?」

 取引業者が目を丸くしてこちらを見る。
 眼前のマップに徐々に近づく、黒服を表すアイコン。
 黒服の連中が来るまであと9分かかると、ナビが予測した。
 
 ――イケる。
 
 スーツケースを中心として、銃を構える男達。
 ハンドガンでも十分だろう。

 敵が発砲する寸前、鉄砲玉の男の眉間に一発。硝煙の香りが鼻腔をくすぐる。

 すかさず両脇を押さえにきた二人の男に、脇の下から一発ずつ。

 左脇に居た男が使い甲斐のありそうな体格だった。スーツの袖を引っ張り、その巨体を〝盾〟として採用。

 次々と味方から弾を撃ち込まれ、巨体を揺らす〝盾〟。前方に居る二人を難なく一発で仕留めると、一人の男が回り込んで攻撃を仕掛けてきた。背後から雨粒が触れる度、電流が弾ける警棒を持っている。冷静に、インファイトにはインファイトで。勢いよく足を振り上げる。しかしゲーム内でも華奢な俺のキック。パワーなどとても期待できない。それでも敵の男は、腹を抱えながら膝を崩した。くるぶしに仕込んでいたナイフが、上手く突き刺さったおかげだ。

「……オッケー? 終わった?」

 どうやら最後の一人だったらしい。とどめに頭部に一発。銃弾を打ち込む。銃声が響く。やがてその音が空に消える。最後の黒服が倒れ込む。万が一に備え、弾をきっちり、リロード。その音が、ここ一帯における最後の音だった。   


 静寂が訪れる。


 夜露に濡れた雑居ビル街の裏路地、辺りに転がる死体は淡い光と共に消え去り、どこかへとリスポーンしていく。

 その場に残ったのは弾痕、そしてスーツケースが一つ。泥を払い、裏路地へ持ち込む。

「……」

 心の中で悪魔が囁く。「打て」と。

 駄目だ。駄目だそれは駄目だ。

 まだ安全圏内にすら入っていない。

 一方で欲望は膨らみ切った。そして爆発してしまった。脳を支配した。
 難しい事は考えなかった。というより、考えたくもなかった。

 安全な環境があればいけるか。

 マンホールを通じた安全なルートを捨て、路地を伝って戻れる様、仕様と案内を変更。一本道の路地に障壁を張り、安全を確保した。

 しばらく走り、人気のない裏路地でスーツケースを開ける。我慢の限界だった。そこにあるのは、USBメモリー。一つ取り出し、脳幹に直接突き挿す。

 脳漿がグラグラと揺れる。そんな感覚を覚える。しかし帰巣の目的を、失ってはいない。足取りは進む。視界が揺蕩う。脳が液状化していく感覚。いつもの事だ。恐れるな。汚い壁のシミ。黒い一点から全てが吸い込まれていく感覚。たどり着く象の足。足裏で90年代のミュージックビデオ。そしてステップする。画質が荒い。右下に「ビデオ2」。グルグルとビデオのテープを弛ませ、再生不能のジャンヌダルク。微笑む。プランクトンに点描画のイデア、鏡越しに見えるのは君の首下も笑顔だし、蝶が刺す。DJの針がサンプリングトラックを壊して音源が完成。ポルノ業界への警鐘、俺のサインをあげよう!どうでもいいをシャンプーの様に流したい。ところせわし異臭を放つ傘開き大仏が訪れて行進を始めた。それに釣られて細道行けばや竹藪から16bit電子世界カップルがカフェで反転してる。さむらいへとかわりくるまをのぞく。ぼろぼろでぼるだりんぐをかいしするいんどねしあのぎじんかがどうしようもなくまぬけなすがたであくびをする。200びょうにいっかいしかやらないこねただ!けたけたわらうどうりょうのかおをみておれもわらう。ぼりえすてるじょうのみやこにはわかさをすうてんじょうびとがぼくたちにれいぎをきょうようしている。あれからぼくたちはなにかをしんじて来れたのか?いるにくるまるさなぎはふかしてかんびーるのなかでねむってとなりのへやのわらいごえがいしをもちおいかけてくるどうでもいいとそんなこととばいおりんとぴあののせんりつがありどこまでもいけるぼろといっっしょにおれとどんちょうがしあわせなきもちでみたされきえおぼろづきやがとれんたるびでおやのまんげつでかなしそうにわらった。あはは。

 ・・・


「――取引って、情緒だから」

 蜘蛛の巣が張る薄暗い天井。何かのベタつきを覚える毛布に薄い布団。

「それを考えると、あなたのやり方は下品ね」

 デカいモニターヘッドホンをつけ、タバコをふかす、すれて死んだ目をした金髪ショートカットの美少女。地雷臭のする女アバターだ。そいつがいきなり説教をかましてきた。
                               続く

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昔に書いた短編を、試しに投下。

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