#7 映画『命乞いコレクター』様々な命乞い
前回はクズ男の冨田とその彼女、日向子のシーンを紹介しました。クズ男がヌエと対峙するシーンが今回のメインディッシュなのですが、その前にこの作品でやりたいモンタージュをお見せします。
それは:命乞いのモンタージュ。
カメラ目線で命乞いをする様々なキャラクター。
切り返すと、それを聞いている(あるいは聞いていない)ヌエのリアクション。このモンタージュでは色んなことが一度に達成できます:
・ヌエが求める感動は中々ないということ
・時間経過の描写
・命乞いを繰り返すことでヌエの日常を観客に体験させる
構成的に、それだけじゃ飽きちゃいます。なので最後の1人だけちょっと伸ばしてシーンにすることで、キュッとなる。
【希望ある死】
◯命乞いのモンタージュ
カメラに向かって命乞いする様々な立場の男たち。
男1「俺は命令されただけなんだ!あんたも分かるだろ?俺みてーなちっちぇの殺ったってなんも変わんねーよ、弾の無駄遣いだ」
ヌエ、退屈そうに聞いている。
× × ×
男2「田舎に母ちゃん残してきてんだ、見逃してくれ、見逃してください!まともな仕事じゃねえけどようやく金送れるようになったんだ。ようやく恩返しができんだ。なあ、あんたにも母親がいるだろう、なあ?」
ヌエ、あくびをする。
× × ×
男3「金か?要は金だろ?そうなんだろ?んなもん掃いて捨てるほどあらぁ!山積みにして火つけたってギャグにもならねぇ!どっかの政治家みたいにばら撒いたっていい!いくら欲しいんだ?」
ヌエ、鼻くそをほじっている。
× × ×
男4「さっさとやれよコノヤロー。てめえの精神的オナニーに付き合ってる暇なんかねーんだよ」
ヌエ、目を男4に向けながら耳をほじっている。
☓ ☓ ☓
男5「え、マジすか?命乞いすか?いやいやいや、おっかしいなぁ、へたこいたなぁ…(歯を閉じたまま息を吸って)えー、なんも浮かばねー」
ヌエ、ほんの少し乗り出して聞いている。
☓ ☓ ☓
男6「まあいいや殺されても。家賃払えなくて困ってたんですよ」
☓ ☓ ☓
男7「おいチンピラ、撃つなら心臓にしてくれ。親が頑張っていい学校行かしてくれたからよ、脳みそは傷つけたくないんだ」
☓ ☓ ☓
男8「(恐怖で震えている)僕、死にたくないです。まだ、童貞なんです…」
☓ ☓ ☓
男9「(無言でヌエを睨んでいる)」
ヌエ「(しばらくして)おーい!」
ヌエ、諦めて銃を向ける。
☓ ☓ ☓
男10「頼む、頼むよ!俺には妻も子供もいるんだ。もうすぐ二人目が生まれる、本当だ。今度は男の子なんだ。名前は大地にしようって言ってる。お願いだ、あんたの前にはもう二度と現れない。約束する。約束するから助けてください…」
ヌエ、表情を変えずに拍手。つられて浜崎も拍手。
男10「(思いっきり安堵して)やった!」
ヌエ、懐から銃を取り出しパーンと撃つ。
男10、椅子ごと後ろに倒れる。
浜崎「(間があって)わー。鬼畜っすね」
ヌエ「そうかぁ?(男の顔を見に行って)見てみ」
浜崎、近づいて覗きこむ。
男10、ほっとした表情のまま死んでいる。
ヌエ「よっく見とけ、これが希望やつだ。その瞬間に死ねたんだから、孤独死とか自殺とか、あるいは腹すかしたままくたばる骨みたいなガキどもよりマシだろ。本来こいつには希望なんて勿体無いくらいだ。あーあ、いいことしちゃったなー。ご褒美に生牡蠣でも食べるか」
浜崎「マジっすか?」
ヌエ「誰がおごるって言ったよ」
二人、部屋を出て行く。
このモンタージュは中盤のどこかかなぁ。
さて、お次はクライマックスより少し前のシーンです。「命乞いが面白かったら助ける」という前提上、誰かは助からないとお客さんの期待を裏切ってしまいます。三谷幸喜さん曰く「期待に応えて、予想を裏切る」。逆に言えば、期待を裏切っちゃあいけません。
【人間の欲求】
◯どこかの山小屋
冨田、気を失って柱に縛り付けられている。
ヌエが冨田の顔に水をかけるが、起きない。
今度は浜崎が富田の顔をはたく。やはり起きない。
冨田、軽くいびきをかく。
浜崎「え、なに?気失ってんじゃなくて寝てんの?」
ヌエ「よくこの体勢で…」
浜崎、冨田の鼻をつまんだり、両耳を引っ張ったりして遊ぶ。
ヌエ、そこら辺の紙くずでメガホンを作り、
ヌエ「冨田さーん、冨田さーん!」
冨田「(目を覚ますが状況を把握できず)…あれ?」
ヌエ「お目覚めの気分は如何ですかー。えー冨田、治さん。なぜ今縛られているか分かりますか?」
冨田「…いや」
ヌエ「あなたはですね、とある組の会長さんの愛人に手出しちゃったんですよ、知ってか知らずか」
浜崎「(凄んで)組つっても3年B組じゃねーぞこら」
ヌエ「(浜崎を見るが気を取り直して)心当たりあるでしょう」
冨田「あー、実は複数の女性と付き合ってまして、どの子なのかちょっと」
ヌエ「(浜崎に)聞いたか?」
浜崎「羨ましいっす」
ヌエ「反省するにはいささか遅い!あなたはもう、名前も性別も生まれも育ちも学歴も仕事も夢も希望も絶望も一切関係ない寿命およそ3分の領域にいます」
浜崎「(凄んで)3分じゃカップラーメン作れても食う時間ねーぞ!」
ヌエと冨田「なんな(んだ)のさっきから」
浜崎、二人に突っ込まれ、唖然。
ヌエ「(冨田に)ナイス」
冨田「いやいやいや。どうぞ続きを」
ヌエ「(咳払い)仮にあなたが、頭のてっぺんから足の爪先まで正真正銘のクズだとしても、生き延びるチャンスを与えたい。僕のポリシーです。差し支えなければ、あなたにはこれから、命乞いをしてもらいます」
冨田「……」
ヌエ「もし僕が心の底から感動すれば」
冨田「殺してください」
ヌエ「あれあれ」
冨田「せっかくの機会なんですけど俺むしろ死にたいんで」
ヌエと浜崎、顔を見合わせる。
冨田「いやぁラッキーでした。自分で死ぬには本当、何度かやろうとしたんですけど、あれ相当な勇気がいりますよ。俺には無理でした。あ、なんかごめんなさい語りモードに入っちゃって。聞きたくなかったら途中で殺しちゃって結構ですんで。俺、ちっちゃい頃から物書きになりたかったんですよ、爺ちゃんが小説家でね。爺ちゃんの書斎にいっては色んな本開いてましたよ、読めない漢字は適当意味想像して。でもねぇ、夢って残酷ですよ。誰でも書けるもの書いてるうちにいつの間にか迷惑メール書くのが仕事になっちゃいました。ははは。どうです?クズでしょ?俺が頑張って生きれば生きるほど迷惑メールが増えるんです。大抵の場合、フィルタされるか、色々くぐり抜けても開かれずにゴミ箱行きになる、読まれないのが大前提の迷惑メールを毎日毎日アホらしい…。そんな俺ですけどね…っていうか殺さないんですか?」
ヌエ「とりあえず最後まで聞くよ」
冨田「そんな俺ですけどね、人間の欲求に関しては詳しくなりました。迷惑メールなんてね、大きく分けると3パターンしかないんです。働かずにお金を儲けたい、苦労しないで痩せたい、簡単にセックスしたい。この3つ。世の中にゃ高尚な哲学だ文学だあるけどあんなの人間の欲求を前にしたら紙くず同然。あなたはさっきポリシーと言った。俺には信じる物もない。唯一信じる宗教に一番近い物は天気予報。それだってしょっちゅう裏切られる。信じる物がない人間は平気で自分に嘘をつく。俺は欲求の代弁者だ、ってね。儲けたい!美しくなりたい!ヤりたい!とひたすら書き続けた!消されようがなんだろうが迷惑をかけまくった!だから殺せ、なに最後までしっかり聞いてんですか、殺してください!さあ、早く、さっさとやれよ!」
間。
ヌエ「よし、こいつにしよう」
冨田「へ」
ヌエ「いや良かった、わりと良かったよ」
浜崎「…死にたがりを助けるんですか?」
ヌエ「(笑って)そういうことになるね。解いてやって」
冨田「え?話しがちが、え?」
ヌエ「迷惑かけないだけが人生じゃないからねぇ、いっそのこと世界一迷惑なヤツになってください」
と、自由になった冨田に札束を放る。
ヌエ「うまいもんでも食べてよ、女でも誘って。(方角を指して)なんとなくあっちが街だから」
冨田、ふらふらと出口へ向かい、軽くお辞儀をして、出ていく。
ヌエと浜崎、見送る感じになっている。
手を振る浜崎。ドアが閉まる。
ヌエ、これからどうしたものかという具合に手をこする。
ここからヌエは大変なことになります。なんせ依頼人を裏切り、ターゲットを助けちゃったわけですから。まだ書いてないですけど、ここからヌエは追われる側になり、数シーン後に命乞いをするハメになります。
そこで何て言うのか?何をするのか?
ヌエは殺されるのか?それとも助かるのか?
ここら辺が映画のラストです、きっと。
次回で最終回!
不定期で連載してきたこの映画前夜、次回で『命乞いコレクター』は最後となります。最後は、冨田のその後を描いた短いシーンと、どこに入れるかわからないけど僕が気に入ってるシーンを紹介します。
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