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ひと目で“普通じゃない”と直感する異色作が公開【次に観るなら、この映画】4月9日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。

①少女が見つけた謎の卵の孵化をきっかけに起こる、恐ろしい事件を描いた“普通じゃない”ホラー「ハッチング 孵化」(4月15日から映画館などで公開)

②大ヒットファンタジー「ハリー・ポッター」シリーズの前日譚、「ファンタスティック・ビースト」シリーズの第3弾「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」(4月8日から映画館で公開)

③スパイダーマンの敵役として登場するマーベルコミックのキャラクター、モービウスを主人公に描いたダークアクション「モービウス」(4月1日から映画館で公開)

劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「ハッチング 孵化」(4月15日から映画館などで公開)

◇“幸せな家庭”の理想に狂わされる少女 謎の卵が暴く、親の愛情に潜む欺瞞(文:映画.com編集部 飛松優歩)

 北欧発のホラー「ハッチング 孵化」が気になった最初のきっかけは、胸のざわつきが止まらない不穏なポスターだった。切り取られているのは、不気味な仮面をつけた父、母、息子。唯一素顔が見える娘は巨大な卵を大切そうに撫でているが、その殻を突き破り、血だらけの“何か”が生まれようとしている――。

 本作の中心となるのは、フィンランドに住む4人家族。母(ソフィア・ヘイッキラ)は、誰もが羨む“幸せな家庭”を自らのブログで発信することに夢中になっている。そんな母を喜ばせるため、12歳の娘ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は本心を抑え、体操の大会優勝を目指し、厳しい練習に打ち込む日々を送っていた。

 ある夜、森で奇妙な卵を見つけたティンヤは、その卵をこっそりと子ども部屋のベッドで温める。やがて卵は驚くべきスピードで巨大化していき、遂に孵化する。

 アリ・アスター監督による前代未聞の“フェスティバル・スリラー”「ミッドサマー」は、太陽が輝き、人々が歌い踊る明るい世界でも、恐怖を描くことができると証明した。本作の家族が暮らしているのも、柔らかな光に溢れ、北欧らしく洗練された空間。しかし、そこには一切の綻びがなく、居心地の悪さを感じるほど洗練され過ぎている。

 母が支配する完璧な家では、ネガティブな感情、不和や崩壊の予感は、決してセルフィーに写り込ませてはいけない。そんな違和感に満ちた家に、一羽のカラスが迷いこみ、ようやく捕まえたその罪のない生き物の首を、母は容赦なく折る。見る者は「理想の家を荒らした者には、制裁が下る」というルールを一瞬で理解する。

 ティンヤの血や涙などの“痛み”を吸って成長する謎の卵から生まれた“何か”は、母がせっせと嘘と見栄で固めて作り上げた、幸せで平穏な家族の仮面をはぎとる。劇中で何度か映るティンヤのドールハウスは、家族の誰もが本心を言わない、現実感がなく空虚な生活を暗示しているかのようだ。ティンヤが心の奥底に秘めた思いを理解している“何か”は、彼女の願望を叶えるため、暴力的に現実を塗り替え、親の愛情に潜む欺瞞を暴いていく。

 物語を導いていくのは、対照的なふたつの母性だ。ひとつは、ティンヤが卵から生まれた“何か”に向けるもの。“何か”が予想を超えた、受け入れがたい行動をとっても、ティンヤは懸命にその存在を守ろうとする。彼女は、自分が母に与えられたいと望む愛情を、“何か”に注ぐ。

 もうひとつは、母がティンヤに向けるものだが、それはとても愛情とは呼べない代物だ。娘を自身の承認欲求を満たすための所有物と見なし、その生活や成長を全世界に公開する。果たせなかった夢を託す存在として、過度の期待をかける。ありのままの姿を受け入れず、無理やり理想の形に当てはめようとする。

 程度の差はあれど、同じように子どもを愛しているつもりで、実はその尊厳を踏みにじっている親は、少なからず存在する。そんな親のもとで愛情に飢え、息苦しい日々に狂わんばかりになり、心のなかでこっそりと“卵”を育てている子どももまた……。

 本作で長編監督デビューを果たしたフィンランドの新鋭ハンナ・ベルイホルムは、そんな普遍的でおぞましい家族の物語を、抜群のビジュアルセンスで、唯一無二のホラーに昇華してみせた。


「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」(4月8日から映画館で公開)

◇ジュード・ロウの魅力炸裂。冒険心を刺激する仕掛けも見応えたっぷり(文:映画ライター 牛津厚信)

 前作の公開から3年半が経つが、グリンデルバルドが最後に巻き起こしたダークな展開は微塵も脳裏から離れていない。きっと最新作も言いようのない重々しさで満たされているはず―――そんな覚悟を持って臨んだ筆者は、予想が気持ちよく覆されていくのに驚いた。重々しさもあるにはある。でもそこで際立つのはむしろ、冒険心を刺激する上質なワクワク感だった。

 その特色は魔法動物学者のニュート(エディ・レッドメイン)が密林へと分け入っていく冒頭から極めて顕著だ。作り手たちは言葉やセリフに頼りきるのでなく、映像の力をなるだけ駆使して状況や感情を伝えようとする。そうやって印象的に浮かび上がるキリン(麒麟)という生物を要に、いくつもの国を股に掛けたストーリーを一本の動線で巧みにまとめ上げていく。

 今回、ダンブルドアが作戦の指揮を執るのも重要なポイントと言えよう。我々が「ハリー・ポッター」シリーズでよく知る彼と、若い頃の知られざる彼。決して単純には割り切れない多面性をジュード・ロウが一つの体の中で見事に成立させている。飄々としながら温もりがあり、それでいて胸の内に何かを秘めたロウを、こんなに様々な角度で堪能したのは初めてだ。

 ダンブルドアが召集する6人のメンバーの中には、ニュートやその親友のジェイコブ(ダン・フォグラー)、さらに今回の映画に破格の躍動感を与える呪文学の教師ユーラリー(ジェシカ・ウィリアムズ)がいる。彼らの戦いは常に孤軍奮闘で崖っぷちではあるけれど、その反面、ダンブルドアの作戦らしい遊び心と創造性が一杯で、やっぱり観ていて無性に楽しさがこみ上げてくる。そしてキャラクター間で交わされる“粋”な空気もまた格別なのである。

 そうそう、ジョニー・デップが去ったのは残念だが、マッツ・ミケルセンも決して負けてはいない。特殊メイクではなく、ほぼ”そのまま”の姿で勝負するのは非常に彼らしいし、地に足のついた悪役ぶりがシリーズに従来と一線を画した風を吹かせていることは確か。

 総じて、本作は一人一人の個性が満遍なく活かされた見応えのあるファンタジーに仕上がっているのではないか。この時代だからこそ希望を絶やさず、本能的に楽しめるものを、という意味合いもきっとあるのだろう。まっさらな心で魔法の世界へ飛び込む。絆で結ばれた仲間を信じる。そんなシリーズの本質に立ち戻った一作と言えそうだ。


「モービウス」(4月1日から映画館で公開)

◇吸血鬼神話に自覚的なダークヒーローの誕生篇(文:映画評論家・ライター 尾崎一男)

 MCUのスパイダーマンが「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」(22)をもってひとつの区切りとし、ソニー・ピクチャーズがマーベルヒーロー映画をどのように展開していくのかを示す指標として、このスーパーヴィランの単独作に注視している人は多いだろう。

 そんな期待に応え、知名度が高いとはいえないタイトルキャラクターの映画デビューを、本作は今後も目が離せぬダークヒーローの誕生篇として成立させた。

 持病を克服するために研究を続け、人工血液を開発した天才医師マイケル・モービウス(ジャレッド・レト)。物語は彼が吸血コウモリの特性を人間の遺伝子に組み込み、自身の病状改善を試みたことから、制御不能な殺人マシンと化す過程を描いていく。

 言葉だけで説明すると典型的なヴァンパイア神話を踏んだ内容だが、先行するスパイディ由来のスーパーヴィラン単独作「ヴェノム」(18)とは対照的に、深刻で笑いのテイストを抑えたトーンが特徴だ。監督のダニエル・エスピノーサは前作「ライフ」(17)で「エイリアン」(79)の近代科学に寄せた換骨奪胎を成したが、本作もまさに現代に吸血鬼を甦らせるというコンセプトに対して自覚的だ。

 展開の踏襲は言うに及ばず、「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922)を意識したワード引用に至るまで、それは随所で確認することができる。

 また力の覚醒や敵対者の同時的な派生をソリッドに描き、作品全体にリアリティが充満している。それらは視覚や構成面に顕著で、撮影監督を「ジェイソン・ボーン」のフランチャイズで手持ちキャメラの迫真性を主張したオリバー・ウッドが、そしてカオスを体現する高速編集をリドリー・スコット作品のエディターを常任してきたピエトロ・スカリアが担当していることから、この映画は受動や体感の要素が高く、過去のMCUには見られなかったアプローチが新鮮だ。

 加えてキャラクターの動きがハイスピードから超スローモーションへと転調する可変速度効果を用いたアクションは、現実世界においてスーパーパワーがいかに特異なものかを効果的に視認させる。

 何よりこの作品は、医学のタブーを破って超人と化し、良心の呵責に苛まれたモービウスが、その力とどう向き合うのか不確定なところにミステリアスな牽引力がある。

 演じるレトの善悪に片寄らない中性的な雰囲気も、そうした点をウェットに引き立たせる。詳述するヤボは避けるが、ポストクレジットでは意外性のあるキャラクターが再登場し、スパイダーマン映画の拡張に期待を抱かずにはおれない。


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