見出し画像

なぜ今「ロッキー4」が公開? 観たくなる理由がありました【次に観るなら、この映画】8月20日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。
 
①「ロッキー4 炎の友情」をスタローンが自ら再構築した「ロッキーVSドラゴ ROCKY IV」(8月19日から劇場で公開中)
 
②30代女性と6歳の少女のひと夏の交流を描く「セイント・フランシス」(8月19日から劇場で公開中)
 
③ウォン・カーウァイ監督の名を一躍世界に知らしめた群像ラブストーリー「恋する惑星」(8月19日から劇場で公開中)
 
 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「ロッキーVSドラゴ ROCKY IV」(8月19日から劇場で公開中)

 
◇「ロッキー」は「3」で終わるはずだった。手を入れてない場所がないほど全く新たな再編集版(文:本田敬)
 
 「ロッキー」(76)はシルベスター・スタローンが、わずか3日で書いた脚本から始まった。一時はホームレスになり飼い犬まで売った(後に買い戻した)極貧時代の彼が作り上げた物語は、ニューシネマと娯楽性が両立した味わいで、早速映画会社が興味を示した。だが、スタローン自身が主役を演じる条件がネックとなり、当初の半分以下に減額された100万ドルの低予算映画として製作された。
 
 その後のサクセス・ストーリーは誰もが知るところだろう。シリーズ3作の全世界合計興収は約7億ドルにも上り、2次使用やグッズも含めれば、もはや一大産業になっていた。だが、スタローンは以前から「ロッキーは3部作」と宣言していた。このままだとストーリーは陳腐になり、強さのインフレ化が進むことは明らかだったからだ。


(C)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 1982年、ソ連の体制危機が囁かれ始めた頃、スタローンは「ロッキーが国際社会に参加する形なら続編はあり得る」と一転してシリーズの存続に舵を切った。インスパイアされたのは36年に行われたドイツ王者マックス・シュメリングと「褐色の爆撃機」ジョー・ルイスによるヘビー級タイトルマッチと言われている。ナチスドイツとアメリカの「第2次大戦の前哨戦」と言われた国を挙げての試合を、80年代の米ソ冷戦構造に置き換えようと試みた。新作は動き始めた。

 結局「ロッキー4 炎の友情」(85)はシリーズ最大のヒットとなったが、反動も大きかった。当時の流行だったMTV風の演出とコンサバ指向の組合せは違和感が強く、最低の映画を表彰するゴールデンラズベリー賞では4部門を獲得。劇場公開以降はネタ化されシリーズは先細り、ロッキーは「クリード チャンプを継ぐ男」(15)まで忘れられた存在になった。 スタローンも複雑な思いを持っていたのだろう。コロナ禍をきっかけに自身がスタジオにこもって手掛けたこの再編集版は、負のレガシーを最大限払拭することに集中した。安易なモンタージュを避け、適切な劇伴に差替え、ポーリーのロボット“Sico”を削除する。各シーンの色調を整え直し、ボクサーの身長に合わせて画面斜度をミリ単位で調整したりと、無数の修正によってアポロ、ドラゴ、ロッキーそれぞれの戦う理由が明確になり、ドラマ性豊かな力強い作品に生まれ変わった。

(C)2021 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. 

  作業の模様はYouTubeにアップされており、パンチの受け過ぎで緊急搬送されたことや、アポロの死に対する罪悪感など裏話も満載、コメンタリーとしても楽しめる。また「ヘラクレス」(57)やジョーゼフ・キャンベルなど、映画への知識と愛情に溢れた監督スタローンの語り口も泣かせる。こちらの日本語版リリースも望みたい。


「セイント・フランシス」(8月19日から劇場で公開中

◇子守り女性と家族の試練を通じ、“ありのまま”に向き合う尊さをユーモラスに描く(文:高森郁哉)

  生理や避妊、中絶にまつわる体験を従来の映画にはない率直さで描いた点で、2019年米公開の本作が多くの女性から共感を得てきたのは当然だろう。オープンに語ることが避けられてきた女性特有の事情について、男性観客が学ぶ啓発的な効果も認められる。だがその根底にある、ジェンダーや性的指向にかかわらず、自分と他者の“ありのまま”に向き合い受け入れることを尊ぶ姿勢が、心の深い部分に響く最大の要因ではなかろうか。

 主人公は34歳の独身女性ブリジット。パーティーで出会った26歳のジェイスとベッドを共にするなど一見気ままなようで、大学を1年で中退してから目標も持てず今に至り、同世代が結婚・出産するのをSNSで見ては自己肯定感を一層下げている。そんな彼女が、友人の紹介でひと夏の子守り仕事をゲット。男児を出産したばかりの白人女性マヤと、会社勤めの黒人女性アニーのレズビアンカップル(裕福だがそれぞれ悩みも抱える)の家に通い、6歳の長女フランシスの面倒をみることに。一筋縄ではいかないフランシスに手を焼く一方、望まない妊娠が発覚し、中絶するも不正出血にたびたび煩わされる。子守り中も自分の問題で気もそぞろなブリジットだったが、ある出来事を転機に、フランシスたち家族との関係が次第に変わっていく。

(C)2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED 

 主演のケリー・オサリバンは、女優業で芽が出ない20代に子守りの仕事をしたことと、30代で中絶を体験したことを元に、「セイント・フランシス」の脚本を執筆(私生活のパートナーのアレックス・トンプソンが監督を務めた)。グレタ・ガーウィグ脚本・監督作「レディ・バード」での女性の描き方に触発されたと明かすが、テーマ設定とメッセージはむしろ、ジェイソン・ライトマン監督とのタッグで知られる脚本家ディアブロ・コーディの諸作(「JUNO ジュノ」「ヤング≒アダルト」「タリーと私の秘密の時間」)に近い。

 本作から改めて気づかされるのは、私たちの自己評価に関する悩みや劣等感が、いかに世の常識と伝統的な価値基準に縛られて生じているかということ。偏見と差別の問題も、その根っこには外部から植え付けられた性や人種に関する固定観念が少なからずある。そんな呪縛を取っ払い、自身と他者の“ありのまま”に向き合い受け入れる人が増えるなら、そのぶんだけ世界は生きやすくなるのだろう。

(C)2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED 

 米国で「中絶」と言えば、中絶権の合憲性を認めた判例を今年6月に最高裁が半世紀ぶりに覆すなど、政治とキリスト教的価値観も関わって国を二分する難しい論点だが、オサリバンとトンプソン監督のコンビは気負うことなく、ユーモアを交えて適度な平熱感で描いている。題名を含め、宗教的な要素は本作の要所要所で認められるものの、さらりとフラットに扱われている点も好ましい。おさなごのように世俗にとらわれない無垢な眼差しで、おのれと隣人をありのまま受け入れ祝福しなさい、というのが“聖フランシス”の教えなのかもしれない。


「恋する惑星」(8月19日から劇場で公開中)

◇スタイリッシュで新鮮な衝撃と映画的オマージュに溢れた恋愛映画(文:和田隆)

 警官の制服を着たトニー・レオンが小食店に立ち寄り、そこで働くボーイッシュなフェイ・ウォンが、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」にのせて身体をくねらせて踊る。香港のカンフー映画を見て育った筆者がそのシーンを最初に見た時の衝撃は、28年経った今も鮮明に覚えていて鳥肌が立つほど。さらにフェイが歌う主題歌「夢中人」は永遠にループして聞いていられるくらい耳に残っている。

 ウォン・カーウァイ監督と撮影監督クリストファー・ドイルの名コンビが生み出した映像は、それまでの香港映画だけでなくアジア映画のイメージも一新した。そのスタイリッシュな映像と世界観は、いつ何度見ても新たな発見と感動があり、映画作りの楽しさまで伝わってくるその文法はその後の映画に多大な影響を与えている。長編3作目となる「恋する惑星」(1994)は香港を舞台に、若者たちの“すれ違う”恋模様を描き、カーウァイ監督の名を一躍世界に知らしめた。

(C)1994 JET TONE PRODUCTIONS LTD. (C)2019 JET TONE CONTENTS INC. ALL RIGHTS RESERVED

 主人公は4人。台湾のホウ・シャオシェン監督の名作「悲情城市」(1989)にも出演していたスター俳優のトニーが警官633号、彼に恋心を抱く店員を香港の歌姫フェイが演じた。一方、別れた恋人が忘れられない刑事223号を日本語も堪能な台湾生まれの金城武、彼がバーで出会う金髪にサングラスのミステリアスな女性をなんと台湾映画のスター、ブリジット・リンが演じ、このキャスティングだけでもカーウァイ監督のセンスの良さが光る。そして時間や数字へのこだわりも作品を楽しむ記号的な要素となっている。

(C)1994 JET TONE PRODUCTIONS LTD. (C)2019 JET TONE CONTENTS INC. ALL RIGHTS RESERVED

 さらに、カーウァイ監督はモノローグと即興的な演出を多用し、俳優たちが持っている魅力を生かして、ドイルのヴィヴィッドな色彩とカメラワークによる映像、ウィリアム・チャンの美術、さらにポップな音楽や異国の曲と掛け合わせて物語を描くスタイルで、その語り口はとても新鮮であった。そして新鮮であると同時に、カーウァイ作品は映画的なオマージュに満ち溢れているところも映画ファンの心をくすぐった。

 フェイのベリーショートは、ジャン=リュック・ゴダール監督「勝手にしやがれ」(1960)のジーン・セバーグを意識した髪型で、ブリジットが扮した金髪にトレンチコート姿の女性は、ジョン・カサベテス監督「グロリア」(1980)で元情婦を演じたジーナ・ローランズへのオマージュと言われている。フランスのヌーベル・バーグとニューヨークのインディーズ映画が、香港のカーウァイ作品で融合し化学反応を起こしたと思って見ると、さらに深い映画的な感動が得られるに違いない。

 25年以上の時を経て監督が4Kレストア化したバージョンが、「天使の涙」「ブエノスアイレス」「2046」とともに8月19日から劇場公開されるので、未見の方はこの機会にカーウァイ作品の美しき世界と出合って欲しい。


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?