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【アジア四方山話:第3回】中国市場上半期を総括! オリンピックから派生した危機的状況とは?

読者の皆様、こんにちは。

映画.com編集部の岡田です。

岡田さん

こちらのコラムは、映画.com本体で連載されている「どうなってるの? 中国映画市場」の番外編のようなものです。

同コラムを執筆している映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんとの“駄弁り”を公開していきます。

今回の内容は、8月31日の“駄弁り”でございます。お楽しみください!

■上半期はハリウッド映画不足の影響が顕著だった

岡田 さて、お待ちかねの駄弁りタイム! 前回は、2021年3、4月を中心に話しましたので、今回は“上半期”という括りで話していきましょうか。

 では“上半期”の中国映画市場について。旧正月の大型連休(2月11日~17日)ですさまじい数字を記録しましたよね。

岡田 はいはい、同期間の興行収入総計が78億2200万元(約1282億円)。2019年の最高記録(59億500万元:約944億円)を大幅に更新するものでしたよね。

 でも、ハリウッド映画不足によるデメリットがもろに出ちゃっているんですよ。国産の大作が旧正月期間で燃え尽きちゃったので、その後の市場全体はひどい成績。特に6月に関しては、7年ぶりの低成績でした。20年度は市場が完全に停滞していたので、19年度と比較することになるんですが、上半期全体は約11%減になっているんです。

岡田 なるほど。旧正月期間で過去最高値を叩き出しても、結局はトントンになってしまったわけですね。

 旧正月を含む、2月全体の興収は約122億7000万元。日本円にすると、大体2000億円弱です。でも、3月全体は25億4000万元(約433億4000万円)ですから。前回も話しましたけど、旧正月はイベントという印象が強いんです。外国映画も上映されていないわけではないんですが……。ゴジラvsコング」は中国での上映が世界興収をリードしていて、12億3000万元(約209億8000万円)。「ワイルド・スピード ジェットブレイク」は非常に期待されていたのですが、口コミが芳しくなかったんですよ。興収13億9000万元(約237億1000万円)ですが、前作「ワイルド・スピード ICE BREAK」と比べると、4割以上の減となっています。

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「ワイルド・スピード ジェットブレイク」中国版ポスター

岡田 え、中国の方々、「ワイルド・スピード」大好きじゃないですか。何がダメだったんでしょうね。

 んー、脚本への批判が多かったかも。話を戻しますが、旧正月で燃え尽きてしまった結果、その後、上映する作品自体も少なくなってしまったんです。いろいろな人たちが知恵を出し合って、旧作の上映という試みも行われました。「ロード・オブ・ザ・リング」「アバター(2009)」等々。でも上手くいかなかった。改めて、上半期を分析してみると、ハリウッド映画の重要性が明確となりました。

岡田 コロナ禍によって北米市場が低迷。その結果、中国は世界一のマーケットになりましたけど、それを維持していくためには、まだまだハリウッド映画が欠かせない。難しいですね……。

 それと、現状の映画館の館数があるからこそ、今の興収が維持されているわけです。その逆もしかりです。興収が減れば、映画館が減っていく。潰れてしまった映画館も多いですよ。

■「HELLO WORLD」「STAND BY ME ドラえもん2」が中国公開

岡田 日本映画に関して、何か言及することはあります?

 実はね、伊藤智彦監督作「HELLO WORLD」がヒットしたんですよ。興収は1億3700万元(約23億4000万円)。これは宣伝が上手かったかな。

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「HELLO WORLD」中国版ポスター

岡田 どんな宣伝を展開したんです?

 「日本のアニメ」という切り口だけでなく、しっかりと「SF要素」「ストーリー」を推したんです。しかも、まるで新作のような形で。日本では2019年9月20日に公開されましたが、これまでは海賊版を見た人が少ない状況でした。余程のアニメ好きでない限り、情報をキャッチしていなかったんです。中国公開は、6月11日。当時は上映作品が少ないタイミングだったという点も、後押しになったのかもしれませんね。

岡田 宣伝が上手くいくと、可能性は結構広がるんですね。

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「STAND BY ME ドラえもん2」中国版ポスター

 STAND BY ME ドラえもん2」についても話しておきましょうか。日本よりも好成績なんです。興収は2億7800万元(約47億2000万円)。大陸だけでなく、香港、台湾の口コミも良かったですね。個人的な見解ですが、日本人にとって「ドラえもん」は国民的アニメですよね?

岡田 もちろん!

 その存在を皆が知っていて、キャラクター同士の関係性もわかっている。でも、中国、香港、台湾では「ドラえもん」の存在を知ってはいますが、日本人ほど深くは理解していない。だからこそ、物語自体に集中できるのではないかと。「STAND BY ME ドラえもん2」は中国上映時点で、既に海賊版が流通していました。でも、そこまで影響を受けなかったんです。今のマーケットは、良い作品に対しては健全だなと感じましたね。でもね、口コミが悪い作品は、海賊版が出てしまった時点で、興行は壊滅的。

岡田 シビアですな……。

 日本って、作品に対しての評価は“人それぞれ”という考え方ですよね? 良いか悪いかの判断は、鑑賞者自体が判断するものだから、極力批判は避ける。でも、中国では、それないですから。悪い作品は「悪い!」とはっきり言っちゃう。「こんな作品を上映する意味はあるのか?」なんて、普通に言われちゃいますからね。

岡田 さらにシビア……。

 しかも、オフィシャルの媒体でも批判しますから。例えば、広告案件として、媒体にお金が絡んでいる場合があるじゃないですか? お金をもらっている作品に関しては、批判はしませんが、褒めることもない。基本は無言を貫く。

岡田 え!? お金貰ってるんでしょ?

 はい、貰ってますよ。とあるパターンでは、10億円の宣伝費が動いていることも。でも、無言(笑)。

岡田 どういうこと(笑)!?

 もちろんPRの投稿はしています。でも、作品背景の紹介や「こうやって見れば、面白いかもよ?」というくらい。褒めることはしない。あとね、著名人からのコメントをオフィシャルとして出すということもしないかな。

岡田 いわゆるオピニオンコメントですね。

 本当に有名な人は、勝手にコメントを出しちゃうんですよ。もちろん、無償で。ギャランティを支払って、コメントを掲載するということは少ないかな。例えば、是枝裕和監督作「万引き家族」上映時は、何千万ものフォロワーを抱える著名人たちが、勝手に宣伝していました。あれが、もし広告案件だとしたら、とんでもない費用が発生していますよ。「是枝さんの作品が面白い」と発信したり、作品に対する意見を述べることで、自分のブランドもあがりますから。日本って、オピニオンコメントって多いですよね? 特に外国映画への寄稿に「そのコメント見て、本当に皆見に行きたくなるのかな?」って感じちゃうんですよね。

岡田 (笑)。

 コメントの利用は悪いことではないんですけど……もっと上手く利用すればいいのになと。中国では、わりと一般人のコメントを利用することが多いですね。

岡田 まぁ、確かに一般の方々の“素直な意見”は信用できます。

■チャン・イーモウの新作「懸崖之上」について

 チャン・イーモウの新作について、話してもいいですか?

岡田 どうぞ、どうぞ。

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「懸崖之上」(英題:Cliff Walkers)

 「懸崖之上」(英題:Cliff Walkers)というスパイもの。原題を直訳すると「崖の上」になります。中国北東部に派遣された4人組チーム「ウトラ」が、日本軍による人体実験の証拠を見つけるべく、予測不能の“スパイ活動”に身を投じるさまを描く――といった内容ですね。4月30日から上映されて、興収は11億9000万元(約203億1000万円)。これまでのチャン・イーモウ作品のなかでは、もっとも興収を稼いだ1本になりました。

岡田 あ、以前ニュースを出しましたね!

 そうそう、この映画です。でね、興収は良かったけど、評論家の評価が一番低い。マーケットのために作ったような映画ですね。中国では、戦争時代の“スパイもの”が人気なんです。「懸崖之上」は、どういう表現すればいいかな……映画っぽいテレビスペシャルという感じ(笑)? わかりやすいんですよ。仕上がりは悪くないんですけど、自分の作家性を捨ててまで、こういう作品を撮るのはどうなのかなぁと。

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岡田 チャン・イーモウが撮ってしかるべき内容だったり、彼らしい画作り、テイストは残っているんですか?

 んー、ほぼないですね。皆「チャン・イーモウが撮った」とは思っていないかもしれない。チャン・イーモウは、こういうテイストの作品が、あと2本もあるんですよ。娘のチャン・モーが、監督をしているのはご存知ですか?

岡田 え、そうだったんだ。知らなかったです。

 朝鮮戦争を題材にした映画「狙撃手(原題)」(英題:Sharpshooter)があるんですけど、それは娘との共同監督作品なんです。娘を有名にしたい親心かな……?。でも、コロナの拡大で上映中止になっちゃいました。ちなみに「One Second」に出演したリウ・ハオツンは知っていますか?

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リウ・ハオツン

岡田 知りませんでした……。もっと勉強しなきゃなぁ~。

 彼女はね「イーモウガールズ」ですよ。

岡田 何ですか、それ(笑)?

 チャン・イーモウが発掘した女優さんのこと。最初はコン・リー、次にチャン・ツィイーチョウ・ドンユィ、そしてリウ・ハオツン。

岡田 へー、そんな総称があるんですね。

 中国語で「謀女郎」と言われる方々なんです。日本語での名称は、私が勝手に発明しました(笑)。

岡田 (笑)。

■中国の国産映画を重視した7、8月

 では、7、8月に関して話しましょうか。この2カ月間は、中国の国産映画を重視する期間なんです。国産映画の上映を最優先としているので、そもそも外国映画のラインナップが少ない。「ブラック・ウィドウ」を上映する予定だったんですが、結局実現しなかった。国産映画の保護という観点もありますが、ソ連批判を含む内容でしょ? それは「あまりよろしくない」等々、噂はいろいろありましたけどね。でも、ロシアでは公開しちゃったんですよね。で、いまだに上映は実現していません。

岡田 てっきり公開されたのかと思っていました。

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「1921」

 7月1日には「1921」が封切り。でも、興収は予想よりも下回っていました(興収5億元:約85億円)。理由は、国策映画が連続公開されすぎて、皆がいっぱいいっぱいになってしまったんじゃないかというもの。作品の出来は良かったようですが、劇中で描かれる出来事は、もう何十回もフィクションとして描かれてきていますから。それも不振の理由かもしれませんね。

岡田 日本からは池松壮亮さんも出演されているんですよね。

 あとは奥田瑛二さん白石隼也さんも出演されていますよ。7月中旬には「中国医生(原題)」(英題:Chinese Doctors)という映画が公開されました。これは新型コロナを巡るプロパガンダ映画。興収は13億3000万元(約226億9000万円)に達しました。

岡田 どういう内容なんですか?

 武漢を舞台にしていて、コロナ禍になる前と後を描いたものですね。中国の医師たちの最高の対応、そして人々のために奮起している姿を描いています。いわゆる「お涙頂戴映画」かな。主演は「マンハント」のチャン・ハンユー。ほら。ポスタービジュアル見てみて。

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「中国医生」ポスター

岡田 おー、めちゃくちゃインパクトある(笑)。

■オリンピックで強化された「ナショナリズム」

 ちょっとオリンピックに関しても、語ってもいいですか?

岡田 OKでございます。

 まず中国では、オリンピックが近づくと、大作の公開を控えるようになります。ずっと愛国教育を受けてきましたから、オリンピックに対する注目度がすごいんです。それと、今回は日本で行われたことも重要ですね。それほど時差が生じませんから。

岡田 あー、なるほど。日本とほぼ同じタイミングで観戦できるのか。

 国だけでなく、メディアもオリンピックを重視しているので、報道は“オリンピック一色”になります。でね、今回感じたのは「ナショナリズム」なんです。日本やアメリカと対戦すると愛国心が爆発する。なぜとりあげたのかというと、ドラマ・映画にも関わってきてしまう事案があったからです。

岡田 え、何が起こったんですか?

 東京オリンピックは、7月23日~8月8日に開催されましたよね。「愛国心の爆発」が2週間以上も継続していると、たとえオリンピックが終わったとしても、そこで醸成された感情が残ってしまっている。それに8月15日は「終戦記念日」ですから。卓球での敗北も決め手になって、反日感情が高まっていたんです。ブロマンス時代劇「山河令」ってご存知ですか?

岡田 いや、知りませんでした。

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チャン・ジャーハン

 主演のひとりにチャン・ジャーハンという方がいます。この方は「山河令」がきっかけとなって、上半期で最も人気を集めた俳優のひとり。自分の友達の結婚式に参加した際、彼はある写真を撮って、ネットにアップしたんです。それが靖国神社で笑顔を浮かべているというもの。無論、激烈な批判を招くことになりました。行動の正しさ云々は別として、投稿すれば、確実に批判を招くことはわかりきっているんですけどね。この事件のせいで、彼はトップの座からどん底に叩き落とされました。もしかしたら消えてしまう可能性だってありますよ。

岡田 うわ……火に油を注ぐような事態……。

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「人生フルーツ」
(C)東海テレビ放送

 そして、8月15日。愛国青年たちが謎の行動を起こします。人生フルーツ」というドキュメンタリー映画があります。

岡田 ニュータウンの一角にある平屋で暮らす建築家夫婦を追ったドキュメンタリーですね。東海テレビによる劇場公開ドキュメンタリーの第10弾。確かに中国でも人気がありましたよね?

 ソーシャル・カルチャー・サイト「Douban」のTOP250(オールタイムベスト)にランクインするほどの人気です。中国で最も評価されているドキュメンタリーの1本とも言えるでしょうね。

岡田 何が起こったんですか?

 「主人公の津端修一さんは、日中戦争に参加した」という根拠のない発言の流布が行われてしまったんです。それを契機に、愛国青年たちは、「Douban」の評価を下げるという幼稚な行動をとりました。次のターゲットとなったのは「東京物語」。理由は同じく「小津安二郎監督が日中戦争に参加したから」というもの。

岡田 これ、本当に良くない流れですね。

 えぇ、本当に良くないことです。例えば、この件について「やってはいけない」と指摘しますよね。でも、そうすると、次はその発言者が叩かれる対象になってしまうと思います。文化人、優良媒体は、今回の騒動について意見を表明していましたね。「我々の国は、なぜこんなことになってしまったんだ」と。今後、こういう騒動が増えていくとどうなってしまうのか……危機感を覚えています。ネット社会の発達によって、逆に意見を述べにくくなっているというか……。

岡田 国は声明を出さなかったんですか?

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「ジョゼと虎と魚たち(2020・アニメ版)」中国版ポスター

 この件に関しては、一切触れていません。沈黙を貫いている。この騒動の翌週、「ジョゼと虎と魚たち(2020・アニメ版)」の上映が控えていました。通常、このような状況であれば、上映中止の措置が取られることもあります。でも、上映されたんですよ。中国政府には「この騒動を、これ以上拡大したくない」という印象を受けました。長年の愛国主義教育、海外のネットにアクセスできないという状況が、このような事態を招いてしまったのかもしれません。「井の中の蛙大海を知らず」って言葉がありますよね。

岡田 はいはい。「されど空の青さを知る」と続くかな。

 ここでは「井の中の蛙大海を知らず」に限定しますが、辛口の時事評論家がこんなことを言っていました。「井の中の蛙は、インターネットを経由して、世界を見ることができる。ただ、蛙が見るのは、同じ思想を持つ人々の意見ばかり。そのことによって『自分は正しい』という考えが深まり、そんな人物たちが集合することで、状況はどんどん酷くなっていく」。これは、中国に限った話ではないかもしれませんけどね。

岡田 ちなみに「Douban」の運営サイドは、何か対処したんですか?

 特に何もしていませんね。通常、コメントがたくさんついたものは、上位にくるのですが、それを後ろの方にしたくらい。とりあえず隠したんです。ネットの暴力は、本当にすさまじいです。私は長年SNSをやっていますから「こんな人たちは相手にするべきではない」と割り切っています。でも、若い人たちは見過ごせないんですよね。ある大学生から相談がきましたよ。「自分の好きな作品が酷い目に遭っている。一体どうすればいいんでしょうか?」と。きちんと説明したいと気持ちはわかるのですが、相手によっては、それが全く通じない場合がありますから。こんな風に映画業界にも影響を与えています。このことで考えたのは「日本映画の輸入」についてです。

岡田 確かに。これって一過性のものではなくて、今後の日本映画の進出にも関わることじゃないですか?

 日本映画を集めた映画祭もやれるのかどうか……。「人生フルーツ」の件では、同作のファンがかなり反発したんです。でも、意見が通じない。自分の意見が絶対だと思っている。オリンピックでは、特に卓球での敗北が響いている気がしますね。

岡田 選手の皆さんは大丈夫なんですか?

 そこは大丈夫。でも、出世には関わってくるかもしれませんね。政府のスポーツに関わる部門って、半分の人材が卓球選手なんですよ。あとは女子バレーの方々も、そこに在籍することになる。だから、負けてしまうと、その出世に響いてくる。そんなに立身出世を深く考えない選手であれば問題ないと思いますが…。

岡田 なるほどなぁ……。あ、もう結構しゃべってますね。そろそろ終わりにしますかね。そのうちまた“駄弁り”ましょ!

 はい、また次回!

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※「アジア四方山話」の過去記事はこちら。




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