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ギョっとするほど面白い新作を紹介します!【次に観るなら、この映画】9月3日編

 毎週土曜日にオススメの新作映画をレビューする【次に観るなら、この映画】。今週は3本ご紹介します。

①さかなクンの半生を映画化した「さかなのこ」(9月1日から劇場で公開中)

②伊坂幸太郎の小説をハリウッドで映画化した「ブレット・トレイン」(9月1日から劇場で公開中)

③生きるためウクライナを去った体操選手のドラマ「オルガの翼」(9月3日から映画館で公開)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


「さかなのこ」(9月1日から劇場で公開中)

◇ギョっとするほどの秀作 「のん=“さかなクンの分身”役」という仕掛けが大成功(文:岡田寛司)

 さかなクンの半生を映画化。そんな無理難題にも見えるものを、ギョっとしてしまうほどの秀作に仕上げてしまう。沖田修一監督の手腕に脱帽だ。完成した作品は「横道世之介」を想起させる仕上がり。笑えて、泣けて、最後に背中を優しく押してくれる。「明日への活力になる映画」と言えるだろう。

 原作は、さかなクン初の自叙伝「さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!」。子どもの頃からお魚が大好きだったさかなクンがたくさんの出会いの中で“さかなクン”になるまでが描かれている。ここに沖田監督は、ユーモアたっぷりのフィクションを織り込んだ。

 そして出来上がったのが、のんが演じる“さかなクンの分身”ミー坊の物語。

(C)2022「さかなのこ」製作委員会

 ミー坊は「男か女かは、どっちでもいい」という前提のもと、ストーリーは進んでいく。この“どっちでもいい”というスタンスが非常に良い。ミー坊を見ていると、次第に「男なのか? 女なのか?」という疑問が、本当にどうでもよくなってくる。いつ何時でも、全力で「好き」を貫き続ける――その前向きな姿勢にグイグイと引きつけられてしまうからだ。

 また、のんの起用がこれまた絶妙なのである。「ミー坊役の最適解」とさえ言い切ってしまえるほどのハマリ役。現在進行形で「自分の“好き”を貫いている」というパーソナルな印象も相まってか、ミー坊の魅力を格段にアップさせている。のんにとって、沖田組は初参加の場。しかし、沖田流演出との相性はバッチリだ。ゆるくシュールな展開、演技巧者たちとの掛け合いで、きっちりと爆笑をかっさらう。一体、何度噴き出したことか……。

(C)2022「さかなのこ」製作委員会

 大きく描かれていくのは「何かを好きで在り続けることの重要性」。同時に「好き」を維持し続けることの難しさという点にも光を当てている。他者を守るため、生活のため、仕事のため……「好き」という存在は、さまざまな局面で天秤にかけられる。だからこそ、自身の思いに正直なミー坊の姿が愛おしくなる。登場人物たちと同様、ミー坊のことをきっと「好き」になってしまうはず。

 さかなクンが謎の人物・ギョギョおじさん役で出演しているという点にも、ぜひ注目を。遊び心のある要素かと思いきや、実は物語に欠かせない超重要人物。しかも、さかなクンが演じるからこそ成立しているキャラクター(アナザーバージョンのさかなクンともいえる)。原作者をただ出演させるのではなく、しっかりとした形でフィクションに取り入れることに成功しているのだ。


「ブレット・トレイン」(9月1日から劇場で公開中)

◇伊坂幸太郎ワールドでブラッド・ピットが躍動! 殺し屋たちの“仕組まれた運命”を描く快作(文:飛松優歩)

 伊坂幸太郎氏の小説「マリアビートル」を、ブラッド・ピット主演、デビッド・リーチ監督でハリウッド映画化する。この知らせを聞いて、高校生の頃に原作を読み、映画化を夢想していた筆者の胸は高鳴った(を通り越して、快哉を叫んだ)。そして、主人公レディバグ(ピット)とともに、「乗ったら降りられない」密室と化した東京発・京都行の高速列車へと飛び乗り、約2時間の旅に身を任せた。

 映画「ブレット・トレイン」は、時速350キロの高速列車「ゆかり号」を舞台に、乗り合わせた殺し屋たちの任務と因縁が交錯する物語。いつも事件に巻き込まれる“世界一運の悪い殺し屋”レディバグ(ピット)はある日、列車内でブリーフケースを盗み、次の駅で降りるだけの簡単な仕事を請け負う。しかし、なぜか9人の殺し屋たちに命を狙われ、すぐに終わるはずだった仕事は困難を極める。

 伊坂作品の魅力のひとつは、伏線や仕掛けが張りめぐらされ、終盤で小気味よく回収されていく構成にあると言える。映画では“仕組まれた運命”の糸がより強化され、レディバグも含めた10人の殺し屋たちを絡めとっていく。原作では、実験を楽しむかのように人を死に追いやっていくプリンス(ジョーイ・キング)にさえ、映画では動機が与えられている。

 さらに伊坂作品には、殺し屋や泥棒やギャングなど、ならず者が数多く登場するが、誰もがそれぞれの人生哲学を貫いている。正義や悪といったカテゴライズから逃れ、個々の在り方が尊重されているのだ。原作同様、映画でも、殺し屋たちのキャラクターが生き生きと立ち上がっている。レモン(ブライアン・タイリー・ヘンリー)が「きかんしゃトーマス」を好み、何かにつけて引用するという設定が生かされている点も、原作ファンとしては嬉しいところ。また、それぞれの背景を丁寧に語り、ビジュアルを徹底的に作りこみ、そのカラーを衣装や音楽でも表現したことで、殺し屋たちの人間ドラマは、より深みを増している。例えば、原作ではレディバグに恨みを持つさえない小物という設定の狼が、バッド・バニー演じる、情熱的なメキシコNo.1の殺し屋ウルフへと、鮮やかに昇華されている。

 そして物語をどこまでも魅力的にしているのは、いくつもの“限界”。最初から最後まで、舞台が列車内であるという“限界”が、レディバグとタンジェリン(アーロン・テイラー=ジョンソン)との狭苦しい食堂車でのバトルや、「お静かに!」と警告されながらも笑顔でやり合うレモンとのバトルを生む。さらにレディバグが、何事もなく仕事を終えることを望み、拳銃を持ち込まないという“限界”。ペットボトル、パソコン、爆竹など、身近なアイテムが武器になり、ウィットに富んだ愉快なアクションシーンを演出している。「ファイト・クラブ」「Mr.&Mrs.スミス」などで、ピットのスタントマンを務めていた経歴を持つリーチ監督のセンスが光る。

 最後に、予告編を見て薄々お気付きの方もいると思うが、“東京・京都間を走る高速列車という設定のまるで違う場所”の描写がユニークだ。列車内はネオンで妖しく照らされ、豪華なラウンジのような場所もあるし、目を凝らして奇妙な広告たちを眺めるのも楽しい。キレキレのアクションシーンで、日本の懐メロが流れたりするアンバランスさもクセになる。先日来日したピットがPASMOを手にした写真も大いに話題になったが、劇中で日本では当たり前の“あるもの”と格闘するくだりにも、妙な感動を覚えることだろう。


「オルガの翼」(9月3日から映画館で公開)

◇ウクライナから遠く離れて、15歳の少女が世界と向き合う時。(文:髙橋直樹)

 2014年、イラクではイスラム国が勢力を拡大、アフリカではエボラ出血熱で人々が倒れ、自由選挙を願う香港市民のデモは警官が放つ催涙スプレーを防ぐ“雨傘”運動となって激化した。世界が紛争や禍で覆われていたその時、ウクライナで何が起こっていたのか。

 2011年に親ロシア派のヤヌコビッチ大統領が誕生、南部地域にロシアが軍事介入を開始、戦闘は東部にも拡大していく。政権への不信感が募るウクライナでは、13年11月に首都キーウの独立広場にデモ隊が集まり始め、機動隊と衝突を繰り返しながら、14年2月に大統領を失脚に追い込む。人民の尊厳を問う民衆の戦いは「ユーロマイダン革命」と呼ばれている。

(C)2021 POINT PROD - CINEMA DEFACTO

 「オルガの翼」は、革命に揺れるウクライナで、自分の命を守るため母国を離れることを余儀なくされたひとりの女子体操選手を追う。欧州選手権を目指すオルガは、仲間のサーシャと練習に励む。自分がチームで一番だと確信しているふたりは「誰がボスか」と言葉を交わす。勝ち気な15歳だ。

 練習の後、母の車で帰路につくといきなり車に追突される。政権の汚職を暴く報道を続ける母は、何者かに狙われているのだ。すんでの所で追っ手をまくが、オルガの腕にはガラス片が突き刺さる。生死の境界線に立たされていることを瞬時に体感させるこの襲撃シーンは圧巻、一気に作品世界に引きずり込まれる。

 娘の身を第一に考えた母は、亡き夫の故郷スイスへと送り出す。雪が積もる異国に移ったオルガはひとりぼっちだ。黙々とランニングし、誰よりも早くまだ暗い練習場に到着すると、鉄棒の大技“イエーガー”に挑み続ける。

 部屋に戻るとSNSでウクライナの状況を確認する。母はどうしているのか。サーシャは元気なのか。母国の未来はどこに向かっているのか…。言葉が通じないコーチの考え方も受け入れられず、選手とのコミュニケーションもままならない。選手権が刻一刻と迫る中、彼女はある重要な、自分のアイデンティテイを問う選択を迫られる。

(C)2021 POINT PROD - CINEMA DEFACTO

 進むのか、留まるのか、それとも…。たったひとりで世界と向き合うことを余儀なくされた15歳の少女に決断の時が迫る葛藤のドラマに、ドキュメンタリータッチのリアルな描写が丁寧に重ねられていく。

 フランスのリヨンに生まれ、スイスを拠点に活動する監督のエリ・グラップは、コロナでの撮影中断を乗り越え、脚本執筆から5年の歳月を費やして映画を完成させた。オルガを演じたアナスタシア・ブジャシキナを始めとするキャストに世界クラスの体操選手を起用。さらにPCやスマホに浮かび上がる独立広場の惨状は、デモに参加した人々が携帯電話で撮影した実映像だけを使い、他人ごとではない現実を突きつける。

 ユーロマイダン革命の直後、14年3月にロシアが一方的にクリミア半島を併合したことは周知の事実だ。明日が見えない極限下、オルガはそれでも一歩踏み出す。どんなに痛みが伴おうとも前に進む。その姿が胸を打つ。

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